事件は突然に 後編
理科室に入ってきた女子生徒はキョロキョロと室内を見渡すと、無表情のままため息を吐くような動作をした後に僕たちの下まで歩いて来た。
「ねぇ、幹也来てない」
僕たちの所まで歩いて来た女子生徒――
――白井佳奈
幹也と同じく小学生の頃からの付き合いで、この同好会の最後の部員であり対魔師。そして幹也の恋人でもある。
胸元まで伸ばした黒髪は軽いウェーブをかけていて、整った容姿と合わさって美人ではあるけど、無表情と感情が籠らない声が原因で、初対面の人からは冷たい、不気味な人と思われている。
佳奈も例の事件の被害者であり、彼女が奪われたのは“表情”……正確に言うならば、他人に感情が伝わらないと言えばいいのか。
昔の佳奈は明るく元気で喜怒哀楽も激しい感受性豊かだった。だけど表情が奪われたせいで、本人がどんなに努力しても他人に感情を伝えることができなくなってしまった。それに表情を奪われた影響か、声にも抑揚が生まれずに平坦にしか話せない。佳奈の家族は不気味がることはなかったが、一部の例外を除いて誰も佳奈の気持ちを読み取ることはできなくなった。
それから色々あり、佳奈は嘘をつくことをしなくなった。それは幹也が色々と頑張ったとだけ言っておこう。
「今日はまだ来てないけど、連絡とかはなかったの?」
「ええ。今日は図書委員の活動があったから。先に行っておいてってメッセージを送ったんだけど、返事がなくて。もう来てると思ったのだけど」
どうやらスマホの確認をしないで放課後になってすぐに肝試しに向かったらしい。それとも確認したけど返事を忘れていたか。……後者だな。
――さて、どうしようか? 幹也からは言うなとメールが来てしまっている。
まあ、できればって書いてあったし伝えておいたほうがいいか。
そう決めた僕は佳奈の問いに答えようとしたけど、その前にあかりが答えていた。
【佳奈ちゃん。さっき凪君宛にメールが届いたんだけど、幹也君はクラスメイトと肝試しに行ったみたい。ネット掲示板で実況? っていうのしてるみたいだからURL送るね】
「私は何も聞いてないけど……ふーん、これね」
あかりから送られてきたURLをすぐさま開いた佳奈は、ものの数秒で該当する書き込みを見つける。
随分と手馴れているなと思ったけど、そういえば幹也に動物スレとかの掲示板を見たいからって使い方を教えてもらったって前に言ってたっけ。
とりあえず佳奈が確認している間に、幹也には佳奈に伝えたということと、次からはグループの方にハイドでメッセージを送るようにと送っておく。
「……そういうこと、大体わかった」
佳奈は一度目を閉じると、再度口を開いた。
……うん。やっぱり表情は読めない。幹也はよくわかるな。あかりも何となくわかるって言ってたし。
「私は今から幹也の手助けに行くつもりだけど、みんなはどうするの」
「放ってはおけないからね、もちろん手伝うよ。その場所の対処もしておかないとまた同じことが起きそうだし。二人もいいかな?」
僕の言葉にあかりと春も当たり前だとばかりに頷く。
まあ幹也がメールを送ってきた時点で、僕を巻き込むつもりだったんだろうと思うけどね。どうせ幹也のことだから、僕が現場に来ないから大丈夫だろうというのと、もしもの時のための保険だろう。
「ありがとう。私はこの書き込みの場所に心当たりがあるから今から行ってみる。それでみんなには別で調べてほしいことがあるの」
「うん? 調べるのは別にいいけど、一人で行く気? 時間も時間だから佳奈一人だと危ないんじゃない?」
夕暮れまでまだ少し時間はあるといっても、あと二時間もしないうちに日は完全に沈むだろう。そんな僕の心配を余所に、佳奈は淡々と答えた。
「幽世を経由するから問題ないわ」
確かに幽世を経由して向かうなら多少の危険に目を瞑れば、人の目を気にせずに霊力で身体能力を強化して走れる。だから多少距離があったとしても問題ない。
だけど佳奈の言う心当たりのある場所が、幹也たちのいる心霊スポットとは限らない。場合によっては現世と幽世を何度も往復することになってしまう。
無論、幽世の出入りにも霊力は要るので、その度に無駄に霊力を消耗する。もし途中で日が沈んだら、僕たち人間側は基本的に怪異に不利だ。
それに仮に救出が上手くいったとしても、日が沈んだ後では幹也と佳奈の能力では民間人を守りながら戦うのは難しい。だからこそ一人で行かせるわけにはいかない。
それら危惧したことを伝えると、それじゃあと春が手を挙げた。
「なら私が佳奈先輩と一緒に行くよ。最悪私が囮になればいいし、一人なら簡単に逃げられるから」
【そうだね。私も行きたいけど、対魔師があんまり多人数で行くのは逆に刺激しかねないから。春ちゃん、任せたよ】
「……誰とでも合わせられて応用が利く春の方が確かに適任か。――うん、わかった。春にお願いするよ」
「うん、頑張るよ。佳奈先輩も私に任せてね」
「そうね、頼りにしているわ」
僕たちに頼まれたことが嬉しいのか、自身の胸を叩きながら何処か満足気に春は頷く。春が同行することを一方的に決めてしまったけれど、それに佳奈が反対することはなかった。
「それじゃあ最終確認。優先するのは民間人を無事に家に帰すこと」
僕たちに異論がないことを確認した佳奈はそのまま続ける。
「それであかりと凪には、この辺りの心霊スポットの噂について些細なことでもいいから調べてほしいの。幹也から連絡があれば確実なんだけど、それだとおかしいのよ。今言うと変な先入観を持ちそうだからまだ詳しくは言えないけど、とにかくおかしいわ。……それともし異界案件になった場合だけど、対処できないと判断した時点で連絡するから応援をお願い」
「――わかった。さっき幹也にグループの方に情報送るように伝えておいたから。多分向かってる途中で情報は来ると思う。もし僕の方に送ってくるならそのまま転送するよ」
それぞれがやるべきことを決め、僕たちは全員理科室を出る。
理科室の鍵を持っているのは僕なので戸締りをしていると、その時間が惜しいとばかりに佳奈と春は廊下を駆けて行った。
幽世経緯だから佳奈の情報が間違ってなければ日暮れまでには幹也たちと合流できるだろう。
「それじゃあ僕たちも行こうか」
【うん。それで何処に行くの? 心霊スポットの噂ならクラスの子とかに聞いた方が良いとは思うけど、今の時間だともう残っている子って少ないと思うよ】
確かにあかりの言う通り、校内に残っている生徒は部活がある生徒がほとんどだろう。自然科学部である僕たちが話を聞きに行くのは難しい。そうなると新聞部と放送部が一つになった広報部に行くのが一番だけど、確か今日は取材か何かでいなかったはずだ。
それ以外だと生徒会にいる対魔師が何か知っているかもしれないが、あっちも色々と忙しいらしいからいきなり行っても門前払いされるだけだろう。工藤先生が知っているかは微妙な気がする。となると残りは――オカ研か。
「とりあえず神仏郷国に現状の連絡をしておいて、工藤先生に話を聞きに行こうか。情報が出なかったら……オカ研だね」
僕の提案にあかりは困った表情をするけれど。他に思いつかなかったのか、暫しの間の後に頷いた。
――うん、あかりがそんな表情をする理由は分かるよ……。
オカ研に在籍していた協力者の先輩は去年卒業しているから、現在オカ研に所属している部員は全員一般人だ。
本来なら協力者がいなくなった時点で関係を切るべきなんだけれど、協力者の先輩が色々とやらかしてくれたというべきか、おかげというべきか。オカ研は今の新入生以外のオカルト情報収集能力が異常なレベルに到達している。適度に監視のために顔を出しておいた方がいいぐらいにだ。
それに今のオカ研の部長なんだけど、多分こっち側のことを察しているんじゃないかと思う。確証はないけどね。考察、分析能力も正直見習いたいぐらいだから気づいてるとは思うんだけど……。
多分佳奈が知りたいって情報もオカ研ならば把握しているんじゃないかと思う。
うん、まあ色々言ったけど、個人的に気が乗らない理由があの人たちは色々と濃いっていうのがある。
幸い一般良識を持ち合わせている人たちなので今の所は安心なんだけど、そのうち何人かは自力でこちら側に来る気がする。
「正直あんまり気乗りはしないけど、可能性が高いのがオカ研だからねえ……。それにしても噂か。佳奈は心当たりがあるから調べてほしいって言ってたけど。何なんだろう?」
【少し情報を整理した方がいいかな?】
あー、確かにあかりの言う通りか。佳奈は先入観を持つといけないからって噂を調べろとしか言わなかったけど、僕たちで現状をまとめておいた方が情報を渡す時に楽だ。
人気はないから大丈夫だろうけど、念のために周囲を見渡す。
怪異関係の話をする以上聞かれないようにしないといけない。今回は僕の言動にだけ注意しておけば、仮に聞かれたとしても大丈夫だろう。
「そうだね……と言っても、わかっていることは少ないけど。まず場所掲示板の情報から歌方市内の木造のフェンスで囲まれた玄関門のある大きな木造住宅」
【それにこの高校から行くことが出来る距離だね】
「さすがに電車とかは使ってないと思うから自転車だろうね。あかりたちに心当たりがないってことは神貸神社がある方向ではないと思うから……立地条件を考えると、多分西の山の近くじゃないかな?」
この学校は歌方市内の北に位置していて、そこから東西にそれぞれ小さな山がある。それで距離はあるが西の山沿いの方ならば、昔ながらの大きな木造住宅が幾つか点在している。
ちなみに神貸神社は東の小さな山の麓近くに建てられていて、市内の各所には神貸神社の分社や小さな祠が建てられている。そこならあかりたちが詳しいので知らないということは候補じゃない。
そんな風に歩きながらあかりとともに情報を一つずつまとめていく。
さて、佳奈がおかしいと言ったのは何でだろうか。
幹也から追加情報があれば、確証を得られるみたいだけど。
――あ、そういえば肝試しへの反応のレスも何処か違和感があった気がするけど、これは関係してるかな?
よく視る前に幹也からメールが来たからつい忘れてたけど。
【二つ目は一家惨殺があって、そこで殺人鬼も自殺したという噂】
「これは間違いなく作り話だろうね。もし事実なら地鎮とか鎮魂のためにあかりや純の所が動くだろうし」
【うん。本当に数十年前に起きてたとしたら土地の浄化のためにも教えられるはずだよ。だから私もないと思う。でも佳奈ちゃんは心霊スポットとしての場所に心当たりがあるって言ってた。これっておかしいよね?】
「考えられるとしたら、佳奈はまた違う噂を掴んでいるとか。でもそうなると――あ、とりあえずはここまでにしよう」
話しているうちに保健室に到着したので、ここで話を一旦打ち切る。
そして今まとめたことをメモ帳に書き記してから、保健室の扉を開けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます