対魔師と協力者 後編

【お疲れ様。大変だったみたいだね】 


 引き戸を開けた僕の目に飛び込んできたのは、手持ちサイズのホワイトボードを胸元に持って目が笑っていない笑みを浮かべたあかり。


 反射的に戸を閉めようとした僕だったが、その前に死角に潜んでいた春が腕を掴んできた。

 逃げようとした僕の態度にあかりはますます笑みを深めると、ホワイトボードの文字を書き直し、僕の目の前に掲げた。


【工藤先生に話は聞いてるけど、凪君から今回の件の報告を“正直”にお願いね】


「……はい」


「に、兄さん……」


 あ、圧がヤバイ。

 きっと今の僕の表情はすごく引き攣っているだろう。何時もののほほんとしたのとはまた違う笑みに、腕を掴んで離さない春もガクガクと震えている。

 こうしてまた僕は、屋上での一件を洗いざらい話すことになったのであった。



【うん。ありがとう。大体分かった】


「つ、疲れた……」


 説明を終えた僕はぐったりと机に体を預けていた。肌に感じる机の冷たさが何処か心地良い。話疲れたというのもあったけど、話している最中のあかりからの誤魔化すなという圧がすごかった。

 怠い頭を動かして、真剣な表情でノートに何かを書き込んでいるあかりをボーっと眺める。


 ――萩野あかり

 幼少の時からの幼馴染の一人であり、神仏郷国所属の対魔師にして実家の神貸かんのがし神社の見習巫女。

 艶のある流れるような黒髪を背中まで伸ばしていて、先の方をリボンで結んでいる。普段から笑みを絶やさずおっとりとしている。

 対魔師としては言霊や結界術、浄化能力に優れている。それに加えて巫女としてお守りや護符の作成、条件さえ整えば『神降し』なんかもできる。あと禊中毒。

 そんな優秀なあかりだけど、小学生の時にとある怪異が引き起こした事件によって“声”を奪われている。


 当時起きた事件によって僕を含めた幼馴染五人は体の一部の機能や能力を奪われている。

 僕の場合は右目の視界。それともう一つ大事な存在を奪われている。

 あの事件が何故引き起こされたのか。なぜ僕たちが巻き込まれてしまったのか。その時の記憶を思い出そうとしても、虫食いのように所々欠如している。

 ただ、もう二度と奪われてしまわないように。何時かその怪異から奪われたものを取り戻せるようにと、僕たちは必死になって修行した。

 そんな昔のことを思い出していると、僕の視線に気づいたあかりは顔を上げる。


【どうかした?】


「いや、ちょっと昔のことをね。ところでさっきから何を書いてたの?」


 別に隠すようなことではないので体を起こしながら正直に答えると、少しだけ困った表情を浮かべながらノートに書いていた部分を切り離すと手渡してくれた。

 ……えっと、屋上に出現した怪異についての報告書――あ、やばっ!? まだ今回の報告書まとめてなかった!?

 ハッと気づいた僕は、慌てて居住まいを正すとあかりに頭を下げた。


「ご、ごめんあかり!」


【別に話してくれたことをまとめただけだから、気にしなくてもいいよ】


「いやそういうわけにはいかないよ。お詫び……じゃなくてお礼かな。何か頼みたいこととかない?」


 さすがに代わりに報告書をまとめてくれたのに、何もしないわけにはいかない。

 僕の言葉にあかりは少しだけ考えるような素振りを見せる。


【それならまた今度神社のお手伝いをお願いね】


「それぐらいならお安い御用だよ」


 そう約束をして改めてあかりに礼を伝えてから、まとめてくれた報告書を確認する。僕の口頭での報告がかなりわかりやすくまとめられていて、これなら今日中に報告できる。所々に空白の行があるけど、これは僕が補足事項を書くために開けておいたのだろう。

 

「やっと話し終わった。兄さん、これ神社うちの方で祓っておく? それとも純君の所に持ってく?」


 あかりの手際の良さに感謝していると、僕が報告を始めた時に部屋の隅に逃げていた春が何時の間にか戻ってきていた。


 ――萩野春


 あかりの妹で昔から妙に僕に懐いていて、僕のことを兄呼びしてくる。あかりと同じく神仏郷国の対魔師で神貸神社の見習巫女。

 髪は短くショートにまとめていて、前髪の一部が横にハネている。ややツリ目がちなせいか、初対面の人には勝気な印象を与えたりしている。


「私の感覚的には純君の所でいいと思うけどなぁ」


 僕たちの元まで来た春はあかりと僕の顔を交互に見ると、屋上で封印した怪異の霊符が入った箱を机の上に置いた。どうやら僕が説明している間に確認のためにと箱を持って行ったようだった。


「怪異だから寺よりも神社の方がいいと思うけど」


「でも今回のって飛び降りた少女の霊でもあるから、霊を鎮めるなら蒼波寺あおなみでらの方がよくない?」


 あー、それ言われると判断に迷うな。

 蒼波寺は同じ対魔師で春と同年である中園純なかぞのじゅんの父親が住職をしている寺だ。

 表向きは普通のお寺というか、普通の寺よりもより地域に密着しているというべきか。何かあった時の駆け込み寺みたいな役割をしている。

 僕はよく悪霊や人が関わった呪具を封印した時には、ここにお焚き上げに持って行っている。

 ……そういえば、今日は来れないって純から連絡着てたけど、もしかしたら協力者が増えるかもとか言ってたような……?


 それはともかく、今回の怪異はどちらかと言うと噂が基になっているから怪異扱いでいいはず。別に浮遊霊が取り込まれたわけでもないしね。

 そのことを話すと、あかりも僕に同意見だったのかこくりと頷いた。


【凪君の言う通り今回は神社で問題ないかな。一応父さんには確認を取るけど、問題があるなら改めて純君の所のお寺でお焚き上げしてもらえばいいよ】


「うんわかった、じゃあこっちで預かるよ。はい、姉さん」


【春ちゃんも祓えるんだから、たまには自分でやろうよ】


「ほら、適材適所っていうか……。私はそういう細かい神事とか祈祷で祓うとかって苦手だからさ……あはは」


 先ほどまでの態度はどこへやら。あたふたと言葉を紡ぐ春にあかりはジト目を向け、それにまた春が言い訳を始めた。そんな何時ものやり取りに小さく笑う。


 過去の事件のせいで春は当時の記憶を全て奪われた。

 記憶を失う前はおどおどとした引っ込み思案の性格だったけど、今の物怖じしない明るいワンコみたいな性格になった。それに普段は何処か軽いけど、一度自身が関わったことには人一倍真剣に取り組んでいる。あとは強がりな部分とか僕やあかり以外には一言多い時がある。あとは……姉のあかりに弱い所は記憶を失う前と変わらないかな。


 このまま二人のやり取りを眺めていてもよかったけれど、このままヒートアップしたらあかりはともかく春の機嫌が悪くなる。

 さてそろそろ声をかけようかとタイミングを見計らっていたら、仕事用のスマホが鳴った。


「……メール?」


 ハイドではなく、仕事用の方にメールが届くのは珍しい。

 件名もなく、本文もURLのみ。これを開いて見ろということだろうか?

 いたずらメールかと思ったが、差出人はまだここに来ていない対魔師の高城幹也たかじょうみきやからだった。


 ……あれ? このアドレスって幹也が私用で使ってるスマホから来てる?

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