第8話

「ゆかり、最近何か変だよどうしたの?」

「明莉……」


これは……そうだ。確か私達が小学生の頃の話だ。この出来事はよく印象に残っている。何より、私達にとってはとても大切な出来事だったから。


「明莉……私、死んだ方が良いのかな?」

「なんで?ゆかり」

「だって、私、皆から避けられてるし……それだけじゃなくて、私を見る目が冷たい気がするの。それがすごく辛くて、死にたい」


確か、自殺しようとしているんだっけ?今はもう考えていなかったけど、この時はすごく病んでいて、精神的にもやばかった。


「なんで死にたいなんて思うの?」

「え?」

「生きていれば、良いことなんていくらでもあると思うよ?それに、ゆかりと会えなくなるのは嫌だ。ゆかりが死ぬなら私も死ぬよ?それはゆかりも嫌でしょう?」


小学生から出るとは思えない言葉が出てくる。この頃から小説とかドラマにハマってたからかな。


「明莉が死ぬのは嫌」

「私もゆかりが死ぬのは嫌だよ?私の気持ちも考えて欲しいな。私達は親友なんだよ?困ったら私に何でも相談してよ。私が全部解決してあげる」


そう豪語する。ああ、私達も大分性格とか考え方が変わったなー。


「ありがとう」

「どういたしまして。これからは一心同体だよ。自殺なんて考えないでね。自殺されてもすぐに追いついちゃうけどね」


そうだ。私は生まれつき心臓の病気を抱えていた。20歳までに心臓移植を行なわなければいけなかった。

もしかしたら私は、この頃から生き延びる事を諦めていたのかもしれない。


「じゃあ、約束して。もう自殺なんて考えちゃダメ。あと、何かあったら私に相談すること!」

「うん、約束する」


この瞬間、私は明莉に命を救われた。そして、私の心の支えは明莉だけだった。




「ねえ、明莉」

「どうしたの?」

「私、自分の名前があんまり好きじゃない」

「どうして?」

「分からないけど、何となく受け入れられないの」


ああ、これも印象深い思い出だ。ゆかりが自分の名前に嫌悪感を抱いていて、私がたまたま知っていたことをゆかりに教えたんだ。


「じゃあ、ゆかりが自分の名前を好きになるようにしてあげる!」

「どうするの?」

「んふふ、たまたま知ったんだけどね、

栞菜ゆかりって名前には意味があるの」

「どんな?」

「■■■■■■■って意味があるんだよ!」

「どういうこと?」

「実は栞菜には■■って意味があって、ゆかりは、似たようなのに■■■って意味があるの!それを繋げて、■■■■■■■って意味にしてみた!この言葉の意味はね…………ってことだよ!」


明莉がくれた私の名前の意味を、私はこれまで一瞬たりとも忘れたことは無い。


「明莉が考えたの?」

「そう!」

「凄い素敵だね!ロマンチック!」

「でしょー?どう?自分の名前好きになった?」

「うん!」


そうだ、私はこの頃から自分の名前が大好きになった。明莉に私は何度も救われた。命だけでなく、心までも。






う……眩しい。夢から覚めて、目を開くと電気の光が私の目を眩ます。聞こえるのは電子音だけ。けれど、私のベッドの傍には三人の人物がいた。その内の一人が、私が目を覚ましたのに気づいて声を上げる。


「ああ、明莉!良かった。目を覚ましたのね。本当に良かった」


私のお母さんだった。他にお父さんと優里さんがいる。私はどれくらいねていたのだろう?


「……」

「……っ!そうよね。あなたは私に会うのが嫌だったわよね。ごめんなさいね。気を悪くさせて」


やっと、思考が回るようになってきた。お母さんは私が何も言わないのが、嫌われているからだと思ったみたいだ。だから私はお母さんに優しい言葉を掛ける。


「そんな事ないよ。久しぶり、お母さん」

「記憶が……戻ったの?」

「うん。ごめんね、迷惑かけて」

「大丈夫よ。明莉が戻って来てくれたなら私はそれでいいの」


お母さんは涙を流しながら言う。お父さんも静かに泣いていた。その事に胸の奥がキュッと締まる。やっぱり、愛されてるんだなあ。


「私ってどれくらい寝てたの?」

「一日くらいよ、明莉ちゃん」


と、優里さんが答えてくれた。そっか、そりゃあ体がだるい訳だ。それだけが理由じゃないだろうけど。


「でも、手術して大丈夫だったですか?」

「どういうこと?」

「だって、確か手術するには本人に説明して了承を得なきゃ出来ないって聞いたんですけど……」

「それは、事前に「明莉ちゃん」から了承を得ているから大丈夫よ。記録上は同一人物だからね」


そうなんだ。私としては、明莉さんと私は別人っていう認識だった。


「それよりも、明莉ちゃんはしばらく安静にしていないといけないので、ご両親はそろそろお帰り下さい」

「分かりました。じゃあね、明莉」

「うん、またね」


お母さんとお父さんは帰っていって、部屋に残ったのは私と優里さんだけ。


「さて、明莉ちゃん」

「何ですか?」

「私は全部分かっているわ」

「え……?」


急にそう言いだした。全部分かっているって、つまり……


「気持ちを抑えることは確かに大事なことよ。でも、それが正しい訳じゃない。時には気持ちを表に出す必要がある。そうしないと人は耐えられないことがあるからね」

「何が言いたいんですか?」


何となく分かってはいるけれど、一応聞いてみる。いや、私は次の言葉に期待していた。


優里さんは私の頭を抱き寄せて、次の言葉を放った。


「だからね、今は思う存分泣いていいの。自分の気持ちを押し殺さなくていいのよ」

「う……ああ、ああああああああ!」


その言葉で、ダムが決壊するように溢れ始めて、私は赤ん坊の様に泣いた。そんな私の頭を優里さんは私が泣き疲れて眠るまで、ずっと撫でてくれた。






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