第5話

翌日

ゆかりさんに、思いのままに叫んでしまった私は少し反省していた。明莉さんと私、どちらも救える方法なんて無いのに、分かっていて無理難題を押し付けてしまった。

次に会ったら謝ろう。






「おはよー明莉」

「おはよう恵利さん、晴香さん、咲さん」

「……そろそろ、そのさん付けもやめない?」

「それは難しいです」

「えー」

「私達は呼び捨てでも構わないよ」

「私が構うんですよ。咲さん」


もうさん付けが定着してしまっているし、こんな私に親身になってくれる人達に呼び捨ては少し抵抗がある。


「そういえば、ゆかりにしばらく行けないから明莉のこと頼んだって言われたの」

「ゆかりさんが、ですか」

「ええ、1ヶ月ぐらい来れないって」


その時の恵利さん達の表情は少し暗い気がした。けれど私はすぐに気にしなくなった。


「だから、これからはゆかりがいる時間まで私達がいるわ。お昼に一旦帰るけどね」

「ありがとうございます」

「大丈夫」

「ちょっと咲!それ私のセリフなのに」

「あははは」

「恵利、良いとこ取られたねー」

「明莉、笑わないでよ!晴香は黙ってろ」

「私にだけ辛辣じゃない?」

「え、そう?」

「こら、とぼけないで!」


ああ、こういう気兼ねなくお話ができる空間が私は大好きみたいだ。だって、今とても幸せに感じているんだから。

私は今この瞬間が幸せならそれでいい。

けれど、それと同時にこの幸せを手放したくないと思ってしまう。

ゆかりさんを信じよう。そして、ダメだったとしても絶対に責めず、まずは感謝の気持ちを述べよう。それで、両親に「私」は潔く殺されよう。どっちに転んでもきっと、私以外にとってはハッピーエンドのはずだ。


「明莉?」

「ああ、ごめんね咲さん。少しぼーっとしちゃった」

「大丈夫、今日は中学校の卒業アルバムを持ってきた。……恵利が」

「そうだよ!私が持ってきたんだよ?なんで咲が言っちゃうのさ」

「でも、明莉と喋ってる時間が一番多いのは恵利じゃない?」

「気のせいだと思うな」

「おい、こっち見て言えよ」


晴香さんのドスの効いた声は冗談だと分かっていても、中々に迫力があった。





さっそく、卒業アルバムの写真を見ていた。

修学旅行のクラス写真とかに私も写っている。でも、私の記憶には引っかからなかった。その事に安心している私がいた。


「お、これ私だ。いやー若いねー」

「うん、恵利は老いた」

「は?まだピチピチのJKだぞ?」

「そんな事より明莉、どう?何か記憶に引っかかるのはある?」


三人に私の思いは言えていない。ゆかりさんにはつい衝動的に言ってしまったけれど、よく考えたら、三人はあまり表には出さないけれど、私の記憶を戻そうとして来てくれている。だから、私が思いを言えばもう来てくれなくなるんじゃないかって思ったからだ。


せっかく仲良くなれたのに、恵利さん達に会えなくなるのは嫌だ。


「ごめんなさい、無いです」

「ううん、謝ることないよ」

「私が持ってきたアルバムでもダメかー。私達の中だとこれが最有力候補だったんだけどね」

「どうする?」

「ま、いつか記憶が戻るかもしれないし気長に待とう」

「また、来てくれるんですか?」

「いつも通り毎日来るよ。何を心配してるの?」

「いえ……もう来てくれないんじゃないかと……」


恵利さん達は私の記憶を戻す為だけに来てくれているのだと思っていた。

そう言うと、恵利さん達は諭す様に言った。


「「明莉」は私達の友達だからさ、記憶を取り戻したいとは思っていたよ。でも、明莉であって「明莉」じゃないあなたも、私達にとってはもう大切な友達なんだよ。記憶が戻らなかったらそれまでだよ。少なくとも私にはどっちの明莉が良いかなんて、もう選ぶことはできないよ」

「そうだよ明莉!私達はもう友達だよ。「明莉」には無い思い出をこれから作ればいいんだよ」

「恵利と晴香の言う通り。これからも仲良くしよう」


三人の言葉は私の心に深く突き刺さった。

今まで、私のことなんて誰も見ていないと思っていた。けれど、ゆかりさんは私のことも救おうとしてくれている。恵利さん達は、私のことを友達だと言ってくれた。その思いが何よりも嬉しかった。

だから、昨日とは真逆の感情が溢れ出てしまった。


私は涙をボロボロと流していた。それは、私の視界を歪めても尚、止まらなかった。まさに、滝のように流れる。


「あー、ほら明莉これで拭きな」

「……ありがとうございます」


恵利さんからハンカチを受け取って、目の辺りを拭う。それでも、涙は流れ続けて、収まった頃にはハンカチが涙でぐしょぐしょになっていた。


「洗ってお返しします」

「いやいいって。別に汚れて無いし、濡れただけだもん。ほら返して」

「はい」

「全く、病人はベッドの上でゴロゴロしてればいいのよ」

「病人?」

「…入院してるんだから病人と同じでしょ」

「そうでしょうか」

「そうよ。ねえ?咲」

「うん」


そういうものだろうか?そういえば、私はずっと病院にいたから、外の景色を見たことはあるけど、外に出たことはなかった。今度外に行きたいな。


「私、外に出てみたいです」

「今は難しいんじゃないかなぁ」


と、晴香さんが難色を示した。なんで難しいんだろう?


「そうなんですか?」

「うん、まず優里さんが許してくれないだろうね」

「そうですか……」


残念だ。でも、今は無理でもいつか外に出たい。


「まあ、いずれ出れるわよ。今は、今後の楽しみが増えたって思えばいいよ」

「はい」


いつか皆と出掛けてみたい。明莉さんが見ていた光景を私も見てみたいと思った。








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