第4話
夕飯までしばらくあのモヤモヤについて考えていたけれど、結局答えは出なかった。
「どうしたの?明莉ちゃん。何かお悩みのようだけれど」
「えっと、両親と話していた時、ずっと心がモヤモヤしていたんです」
「それの正体が分からないと?」
「はい」
「うーん、私は明莉ちゃんの心は読めないから分からないかな。それは自分で探すしかないね」
「そうですよね……」
やっぱり私が自分で解決するしか無いのかな。
優里お姉さんは部屋に来た他の看護師さんが仕事があると言って連れて行ってしまった。
優里お姉さんもいないので、気分転換に早速、ゆかりさんに借りた(私の)本を読もうかな。
「はあー、やっと終わったわー。あっ、早速読んでるんだ?どう?面白い?」
少しして、優里お姉さんは帰ってきた。その間に150ページ読めた。ちなみに全部で500ページ以上ある。
「はい。面白いです」
「そう、良かった」
「お姉さんも読んだことあるんですか?」
「あるわよ。私も明莉ちゃんにおすすめされてね」
「そうなんですか」
私は他の人にも知ってもらいたいぐらいに、この小説を気に入っていたみたい。
「夢中になっている所悪いけれど、そろそろ消灯の時間よ」
「え?もうそんな時間ですか」
見れば読み始めてから3時間も経っていた。あれ?私って読むのすごく遅い?
それから四日が経った。遂に私は読み終えた。確かに面白かった。主人公の少女の生き様には感動するものがあって、こんなに生に執着していた子が、最後は病気に抗えず、静かに息を引き取ってしまうシーンは涙無しでは見られなかった。
でも、その生き様を美しいと思うことはあっても、かっこいいとは思わなかった。前の私と今の私は見え方が違ったみたいだ。
そのことが嬉しくもあり、悲しくもあった。
なぜならそれが、明莉と「私」は別人だと言っているようだったから。
さらに1ヶ月が経った。恵利さん達やゆかりさんとは大分打ち解けた。まだ、さん呼びは外せないけどね。両親も2日に1回ぐらい来る。けれど、私にとってはその時間が憂鬱だった。
私は両親と話していると、毎回モヤモヤするのだ。今でもその原因は分からない。
違う、何となく分かっている。
もしも私の記憶が戻ったら、私はどうなってしまうのだろうか。
この期間の記憶もあるのか、それとも無くなるのか。もし後者だとすれば……きっと、「私」という存在は無くなる。それは、私にとって死を意味する。
私はそれがとてつもなく怖かった。
私に記憶を戻させようとする両親が、「私」から見れば、死神と何ら変わりは無い。そんな両親を怖く感じてしまった。
だから私は、両親と会わないことにした。
そして、恵利さん達と有意義な時間を過ごし、ゆかりさんが来る時間になった。
「こんにちは。明莉」
「はい、こんにちは。ゆかりさん」
「今日はちゃんと、明るい話の小説を持ってきたわ」
「ありがとうございます」
あれからも、ゆかりさんに小説を紹介してもらい、貸してもらった。前回が少し、悲しい話だったので、今回はハッピーエンドで終わる明るい話をお願いした。
「それは明莉には合わなかったのね」
「はい、せっかく貸してくれたのに文句を言ってすみません」
「気にしてないわよ。私は結構好きなんだけれどね。誰かの思い出の中で生きるって、ロマンチックだと思うの」
「はい、私もそう思います。けど、自分がその立場になるのは嫌ですね」
「そう……それもそうね。自分は生きていないわけだし」
小説の話が一段落して、静寂が訪れてしまったのと、私が焦燥感に駆られていたことから、つい、聞いてしまった。
「あの、私は記憶が戻ったらどうなってしまうんでしょうか。その間の記憶は残るのか、それとも……」
「分からないわ……」
「そうですよね。でも、何となく分かっているんです。記憶が戻れば私は「私」で居られなくなるって」
「明莉……」
「両親が、お母さんとお父さんが私の記憶を戻そうと、明莉さんを取り戻そうと頑張っているんです。でも、それに気づき始めてからは、あの人達が私の存在を消そうとしているようにしか見えないんです」
誰にも言わずに溜め込んでいたものが、とめどなく溢れ始めた。私の口からはどんどん言葉が紡がれていく。
「あの人達が助けたいのは明莉さんで「私」じゃない。私だって!生まれたばかりの私だって、死ぬのは嫌なんです……でも、あの人達はきっといつか、「私」を殺す方法にたどり着いてしまうんじゃないかって、死が近づいているんじゃないかって、思ってしまうんです」
もう、私の思いは止まらなかった。
「誰も私に手を差し伸べてくれない!向き合ってくれない!あの人達と恵利さん達の言葉が少しでも重なってしまうと、恵利さん達も敵に見えてしまうんです。それは違うと分かっているのに!私だって生きたい!でも、明莉さんの人生を奪いたくない!誰も私達二人を助けられない!私はどうすればいいんですか!」
ただ、思いのままに私は叫んだ。そんな無様に叫ぶ私を、ゆかりさんは黙って見ていた。そして、口を開いた。
「分かったわ。あなたも、明莉も、私が助けるわ」
「本当に……出来るんですか?」
私は、その言葉に縋り付くしかなかった。
「でも、絶対とは言い切れない。それでも良い?」
「お願いします。それでダメだったら、私は潔く死にます」
「そう……分かったわ。出来るだけやってみるわね」
「はい」
「時間だし帰るわ。あと私、用事でしばらく来れないわ。でも、次にあなたに会う時、その時に必ずあなた達を救ってみせるわ」
「お願いします」
「任せて」
そして、ゆかりさんは帰っていった。
「本当にやるつもり?」
廊下に出ると優里さんがいた。
「聞いてたんですか」
「最近、明莉ちゃんの様子がおかしかったからね。そろそろ感情が爆発するんじゃないかと思って」
流石優里さん。伊達に一番長く「明莉」と一緒にいる訳じゃないのね。
「それで、止めないんですか?」
「私がどんな言葉をかけようと止まらないでしょう?」
当たり前だ。私は恩返しがしたいから。それに、「明莉」は思い出の中は嫌だと言っていた。なら、私がそれを叶えるしかない。私だけができることなのだから。
「ええ。私はやっぱりハッピーエンドが良いですから」
「そう思ってるのはあなただけでしょ」
そうかもしれない。じゃあ、メリーバッドエンドかな。この結果が、誰しもが目指すハッピーエンドにはならない。
「それで、いつやるの?」
「1週間後ぐらいですかね」
「随分空くのね」
「私、実はヘタレなんですよ」
「皆そうよ。はぁ……神は私達に味方してくれるかしらね」
「祈っておきます」
私は運命とか奇跡を信じている。なぜなら、私にとっては、明莉こそが奇跡そのものだから。
「手紙書いておきないよ」
「はい、帰ったら直ぐに。じゃあ、さようなら」
「はい、気をつけてね」
さて、手紙には何と書こうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます