第3話
お昼ご飯を食べて、2時まで暇だったから、優里お姉さんと話していた。優里お姉さんは私が目覚めた時から私に付きっきりでいてくれているけれど、仕事は大丈夫なのかと聞いたところ、今は私と一緒にいるのが仕事だから大丈夫だそう。
看護師の仕事を私はよく知らないから、それが仕事になるのかどうかはよく分からない。
「それで、次はあなたの幼馴染が来るけれど、心の準備は出来てる?」
「出来てますよ?」
なぜ今になってそんなことを聞くんだろう?心の準備なんて、朝から出来ていた。
それに、さっきも友達に会っていたのに。
「そう。幼馴染の子はあなたが大好きだったから、あなたと話している時に取り乱しちゃうかもしれないの」
「そうなんですか。愛されているのは幸せなことです」
今の「私」は誰かに愛されているのかな?
優里お姉さんは私を受け入れてくれている気はする。
私の両親はどうだろう。記憶を失くしてしまい、別人のようになった我が子を愛してくれるだろうか。
「まあ、たまにすごい失礼なことを言っちゃうかもしれないけど極力気にしないようにして」
「はい」
それから待つこと30分程。ドアをコンコンとノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
そう答えるとドアをガラガラと開けて入ってきたのは、少し大きなメガネがよく似合っている大人っぽい印象の子だった。サラサラで長い黒髪が彼女の大人っぽい雰囲気をより、醸し出していた。
「初めまして、明莉。私は
「はい、よろしくお願いします。ゆかりさん」
「こちらこそ。今日はあなたのことについて沢山話すわよ。まずは……趣味とか?」
「趣味、ですか」
「ええ、あなたは本を読むのが好きだったの。特にジャンルは選んでなかったっけ。小説家になりたかったとも言っていたわ」
「小説家……ですか」
小説家は機会に恵まれないと本当に厳しいと思う。何せ、どんな作品がたくさんの好評を得られるのかが分からないから。
「そう。私も、自分の世界、物語を作れるのは素晴らしい事だと思って応援してたわ。小説家で食べていけるのはほんのひと握りの人だけなんだげどね」
「私だったらそんな危険な橋は渡りませんね」
「私もよ。でも、夢って言うのは無理だって言われても諦められないものなのよ」
「そうなんですか」
私は夢を持ったことがないから分からない。
それにしても、すごく落ち着いてる子だ。
優里お姉さんの心配は杞憂に終わりそう。
そして、ゆかりさんは持ってきたかばんをごそごそと漁って、中から一冊の小説を取り出した。辞書みたいに分厚いやつだ。
「明莉が特に好きだって言ってたのはこれね。重い病気を患ってしまった主人公の女の子が必死に生きるお話。自分の死の運命を受け入れて、最期まで生を噛み締めながら生きていたのがかっこいいんですって」
前の私が好きだった小説……読んでみたい。けれど、私に読み切れるだろうか。
「分厚いですね。こんなの本当に最後まで読めるんですか?」
「読んでみる?元々明莉の部屋にあったやつを借りてきただけだから、私に拒否権はないの」
「じゃあ、お借りします」
「ええ。読み終わったら感想頂戴ね」
ゆかりさんから本を受け取る。うわっ、重い。こんなにページ数が多い本、読み終わるまで何日かかるんだろう?
「いつ読み終わるか分かりませんが」
「大丈夫よ。ハマればあっという間だから。かくいう私も止まらなくなっちゃって一日で読み終わったもの」
その後も前の私が好きだった本や小学校の頃の思い出を語ってくれました。
「私ね、昔は自分の名前が大嫌いだったの。嫌いだった理由は忘れちゃったけどね」
「今は好きなんですか?」
「ええ。そのことを明莉に言った時に明莉がね、私の名前がどれだけ素敵かっていうのをずっと喋り続けてくれたの。それから自分の名前が好きになったの」
話している間ゆかりさんは懐かしむような顔をしていた。
私、そんなことしたんだ。よっぽど、ゆかりさんが好きだったんだろうなぁ。
「ゆかりちゃん、そろそろ時間よ」
「あ、本当。明莉、また明日」
「はい」
そうしてゆかりさんは帰って行った。もう少し話したかったなぁ。明日が楽しみになった。
「そうそう明莉ちゃん。少ししたら、ご両親も来るみたいよ」
「両親……」
今の私を両親はどう思っているのだろう。
「明莉、大丈夫?」
両親が来た。時刻は夕方。空はオレンジ色に輝いている。
大丈夫かと聞かれても、何のことを言っているのか分からない。
「?」
「私達があなたの記憶を戻してあげるから、何も心配しないで」
「そうだな。父さん達に任せてくれ」
「はあ……」
両親は私の記憶を何としても戻したいみたいだ。でも、恵利さん達やゆかりさんとは言っていることはほとんど変わらないのに、何か違う気がした。
心が少しモヤモヤする。
両親は30分ぐらいで帰っていった。両親が私に話しかけている間、私の心はずっとモヤモヤしていた。
恵利さん達の時も、モヤモヤしたけれど、それは一瞬の事だった。何が違うんだろう?
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