07話.[全く寝られない]
「着いたー!」
「うるさ……」
「づかれたー……」
公共交通機関を利用することなんて全くないから疲れた。
もう二度とこんなことがなければいいだなんて考えて、そうしたら旅行とかにも行けなくなるからなーと悩んだ。
ま、家族と行くのであれば車で行くだろうから心配する必要もないんだろうけど。
「春先輩、まだお家には着いてないから頑張らないと」
「それはそうだけど……」
ベンチに座ってしまったのが失敗だったとしか言えない。
もう私の可愛いお尻はベンチに張り付いてしまって剥がれない。
いましなければならないのはとにかく休むことだ。
それに慣れないことで火照った体も秋葉の冷たい目線で冷えるというものだ。
「明衣子、悪いけどこいつの荷物と私の荷物を持って、このやかましいだけの人間は私が背負っていくから」
「分かりました」
つまり、いつもならできないことを私はできるということか。
それなら移動するのも悪いことではない。
あまりに待たせるとまた切られそうだから頑張らないとね。
「レッツゴー!」
「あんた後で絶対に――」
「ま、まあまあ、ある程度歩いたら僕も運びますから」
「そんなことできないわよ、ある程度したら明衣子を運ばせるから安心しなさい」
この駅からそう離れているというわけではないから下りて移動することにした。
後でこちょこちょされても嫌だから自分のためにそうしておいた方がいい。
ちなみに芽衣子からはふたりきりがいいと言われていたものの、秋葉が許してくれなかったことになる。
「あ、ここだ」
「ここに芽衣子さんがいるんだよね?」
「そうだよ」
おお、きらきらとした目をしていらっしゃる。
こうなったからには早く会わせてあげたいから呼び出してみたら、
「よ、よう、こそっ」
なんかやたらとお洒落な格好をした芽衣子が出てきて固まることになった。
さすがにこれには驚いた、秋葉だって黙ってしまったぐらい。
明衣子ちゃんは少し恥ずかしいのか私の後ろに隠れてしまっている。
「は? なんで春だけじゃないの」
「そ、それが許してくれなくてね、あ、この子は優しい子だから冷たくしないで」
「その子は無害そうだからいいけど、この子は絶対に嫌!」
ここで騒がしくしていると迷惑になるからととりあえず入ることになった。
なにやら今日と明日と明後日は芽衣子のご両親がいないらしい。
いないと言うより、私達のためにわざわざそうしてくれたみたいだ。
こういうことがあるから本当は来てほしいんだよなあ……。
「あの」
「あっ、えっと……」
「佐井明衣子です」
「え」
明衣子ちゃんが相手だとたじたじになってしまうところが彼女らしかった。
敵として認識した相手であればあんなに強気でいられるのにね。
ちなみに敵である秋葉はソファに堂々と座っている。
「僕はずっとあなたに会いたかったんです、だから今日会えて凄く嬉しいです」
「そ、そうなの?」
「はい、それに好きな春先輩のお友達ですから」
「す、好き……? えっと、春のことを?」
「はい? はい、好きですけど……」
溝蒋さんが言っていたことがいまさら気になり始めた。
どうして明衣子ちゃんは私にだけ敬語ではないのか、ということに。
遠くにいるから芽衣子相手にそうするのは分かるけど、秋葉だけではなく溝蒋さんが相手でもそうするところを見ていると……。
実際は(同級生みたいだから)好き、ということなのだろうか?
「ねえ、あんなことをしておきながら春のことが好きだとか言わないわよ、ね?」
「あなたには関係ないことだから」
「ま、誰が誰を好きになろうとそんなのは自由だけど、あんたが春を好きになるのは駄目ね」
ばちばちしてほしくないから止めておいた。
その後はもう知らないということで明衣子ちゃんと話していた。
初めての場所に少し落ち着かなさそうだったから私の姉力パワーで落ち着かせる。
「ちょっと歩いてみようか」
「行く」
ふたりは付いてこなかったから適当に歩いてみることにした。
とはいえ、慣れない土地だからなるべく狭くを選択する。
同行者がいるから浮かれているわけにもいかないのだ。
キャップをかぶってちょっとボーイッシュな彼女を守らなければ!
「あれ食べたい」
「お、いいね」
まだなにも食べていなかったからいいことだった。
ここも姉力で注文からお支払いまで全てやらせてもらう。
やるからには中途半端なそれでは駄目だ、そうでもなければもっと舐められてしまうからね。
「芽衣子さんのことが好きなの?」
「人としてはね」
「芽衣子さんは多分違う、春先輩のことがそういう意味で好きなんだよ」
「ありがたいことだけど遠距離恋愛はねー」
付き合ったら電話の頻度とかやり取りの頻度とか上がる、なんて保証はない。
それにそれぞれなにか大変なことがあれば話さない日だって増えることだろう。
私はそれだと嫌だ、毎日会えなければ絶対に嫌だ。
「仲がよければいいの?」
「そうだね」
毎日会えるうえに仲がよければ……。
「それなら秋葉先輩がいいと思う」
「秋葉が私のことをそういうつもりで意識してくれることはないよ」
もう夏休みになっている現状だけど、あれからまたべったりの期間がなくなってしまったからだ。
つまり、その一瞬一瞬でしか一緒にはいてくれないことになる。
私がその気になっても相手がそれでは意味がない。
というか、そもそも友達としていられている時間も少ないしね……。
「それに私が秋葉を取ってしまったら明衣子ちゃんは嫌でしょ?」
「どうして?」
「だって秋葉のことを気に入っているじゃん」
ゴミをゴミ箱に入れて歩き出す。
こっちに無限にいられるというわけではないから色々と見て回りたいのだ。
あれだ、ケチくさいのがそういうところにも影響を与えているのかもしれない。
元を取れないのに元を取ろうとするケチくさい人間だった。
「秋葉先輩のことも好きだけど大丈夫だよ?」
「まあ、明衣子ちゃんがそうでもあっちにその気がなければね」
こうして手を握ったところで「ふーん」としか言われないし。
なんだかんだで来てくれる彼女の方が可能性が高そうだ。
なんてね、こんな可愛い子の相手としては相応しくないから駄目だね。
「やばい! 迷子になった!」
「大丈夫だよ、僕に付いてきて」
「は、はい」
彼女は携帯を一度も利用することなく私を芽衣子宅前まで連れて行ってくれた。
ぐっ、私にもこれぐらい格好いいところがあればっ、もしかしたら秋葉が意識してくれることだってあったのかもしれないのにっ。
後輩である彼女の小さな手に安心している場合ではないのに、寧ろ私が引っ張っていくぐらいの立場でいなければならないのになにをしているのか。
「駄目だぁ~……」
「着いたよ?」
「私はやっぱり明衣子ちゃんといるべきじゃないよ……」
「なんで? 僕は春先輩のそういうところ好きだけど」
「そういうところも含めてだよ゛……」
お世辞もしっかり言えるなんてすごすぎる。
私なんて自分のことだけで精一杯でそんな余裕微塵もないのに。
他県ということでいまだって自分が一番落ち着かないのに!
「駄目だぁ……」
「そうね、人の家の前でやかましくする人間は駄目ね」
明衣子ちゃんにはこれぐらいの態度でいてほしかった。
私に優しい言葉を投げかける必要なんて全くなかった。
「全く寝られないわ……」
寝具が変わると無理とかそういうことでもないのに全く寝られない。
春の家では寝られるから春が特別なんてことはなく、単純に私があの子を気に入っていなかったからだと思う。
「謝って済むことじゃないけど、この前はごめん」
「いいよ、これまで我慢してきたのは芽衣子だったってことでしょ」
馬鹿、どう育てばあんな甘い人間になってしまうのか。
良人さんもそうだからあんまり言いたくないが、あれは優しさとは言わない。
厳しくしなければならないところではちゃんとやらなければ駄目なのだ。
そうでもないと相手もすっきりしない。
ま、自分の理想通りにならないからって他者を傷つけようとする人間はずっとすっきりできなくてもいいのかもだけど。
「いきなり電話をかけないでと言われたときは固まったよ、だってそれまでは普通に話せていたわけだから」
「……必死になってほしかったの、でも、春はしてこなかったから」
「ブロック――」
「すぐにしたわけではないよ、ルームからならまだ電話だってできた」
「無理だよ、秋葉だったらそう言われた後に動けるかもしれないけどさ」
私でもそんなのは無理だ。
直接拒絶されたのならそれなりに時間がいる。
全く気にしないで近づける人間がいたら見てみたいぐらいだ。
「私はいつものあれでそういうものだと片付けたよ」
「……春のそういうところだけは嫌い」
「仕方がないよ、だっていつかは絶対に離れることになるんだから。でも、秋葉や明衣子ちゃんと出会って変われたんだ」
嘘、ではないとすぐに分かった。
あんなにはっきりと言うところは初めて見た、というか、聞いた。
いつもはへらへらしているだけなのに、なんでも仕方がないと片付けようとする人間なのに、私達に出会えて変われたと口にする。
わざわざ旭に言われなくても分かりきっていることだった。
その相手と少しの時間だけでも一緒にいられれば私でもね。
「……やっぱり離れているから?」
「毎日会えないと嫌なんだよ」
「そっか、そうだよね」
毎日会えないと嫌、か。
本当のところはそこに話せないと嫌だとか手を繋げないと嫌だとかが含まれていそうだった。
私相手にもしてくるぐらいだから予想が外れすぎているということもないはずで。
「でも、これからも芽衣子とは一緒にいたい」
「嫌だよ、だってあたしにばかりお金を使わせるから」
「はは、だからたまにはこうして会いに行くよ」
よかったのかどうかは分からない。
そもそも私と明衣子はそのために春といたわけではないというのもある。
ただそこにいるだけで変えてしまったということなら……。
「ふぁぁ~、もう眠たくなってきちゃった」
「寝ればいいよ、だって明日もまだいてくれるんでしょ?」
「へへへ、ケチくさい人間だからね」
出てこようとしたから上手く隠れて躱した。
春とは帰ってからも喋ることができるからしなければならないことを優先する。
「いたのは分かってた、あたしになんの用?」
「別にあんたに用なんてないけど」
「な、なんでそれなのに横に座ってくるの?」
「は? お客様に立って話せって言うの?」
「……別に春しか呼んでないし」
座っておきながらあれだが、正直、話したいこととかなにもなかった。
春本人が許しているのなら余計なことを言うべきではない。
だからこれは単純に寝られないから時間つぶしがしたいというだけだった。
「……春が言っていたことって本当なの? あの、一緒にいないってやつ」
「ま、ずっと一緒にいるわけではないわね」
「なんで?」
は? なんでと言われても……。
特に話したいこともないときは近づかないというだけだ。
向こうも来ないから特に問題になったこともない。
「春は純粋なんだからそういうのやめてあげてよ」
「その純粋な子を二度傷つけようとしたあんたが言うの?」
「あたしはこんなものだからそのままでもいいけど、あなたがそのままでいるのは駄目、許せない」
なんだこの自分勝手な生き物……。
あ、でも、どこか春に似ている気がする。
だからこそ遠い場所に住んでいても関係が続いたということ?
「いい? 中途半端なことをするぐらいなら離れて」
「なんで、あんたに、偉そうに言われなければならないのよ」
はぁ、ここにいても疲れるだけだから戻ろう。
客間は真っ暗だったが、敷いた布団に寝転ぶことは簡単だった。
中途半端ね、聞いてみたら毎日連絡はしていなかったみたいだし寧ろそっちの方がそうだろと言いたいぐらいだった。
だからこそ気をつけてほしいということなのかもしれないが、もう少し言い方に気をつけてほしいものだ。
隣でぐーすか寝ている春がこんな態度でいるから調子づかせるんだ。
まあ、調子に乗ってしまっているのはこっちもそうかもしれないけどさ……。
「秋葉先輩」
「ごめん、うるさかった?」
「違います、僕も寝られなかったというだけです」
明衣子の方が変なプライドとかもなくて春にお似合いな気がする。
それを試しに言ってみたら「僕じゃ駄目だよ」と言われて黙ることになった。
そんなのそういうつもりでいてみなければ分からないでしょうがと言いたくなったものの、それはつまり上手くいかなかった場合には痛みを味わえと言っているようなものでもあるから口にはしなかった。
「春先輩はすごいですね、初めてのはずなのに」
「こいつのことだから昔から知っている相手といられて嬉しいんでしょ」
「僕も春先輩や秋葉先輩ともっと昔から一緒にいたかったです」
「安心しなさい、私なんて最近話し始めたばかりなんだから」
「同い年がよかったです」
同級生だからって変わらないということは私のそれで分かっている。
年下だからそう言いたくなるだけだ。
実際はなにも変わらないのにいいところがたくさんあるように考えてしまうのは私もしたことがあるから偉そうにはできないけど。
「隣同士という点も羨ましいです」
「春のことが好きなんじゃない」
「違います」
「じゃあ私?」
「それも違います」
なんだそれ、一緒の空間で授業を受けたところで結局ひとりなのに。
授業中に自由に喋れるわけでもないから誰が隣かなんて関係ない。
ちょっと外を見ようとした際にまるで自分を見るためにこっちを向いてくれた! みたいな笑みを浮かべられてもうざいぐらいなのにね。
しかもちらちらちらちら見てくるから集中だってしづらいし、本当にいいことなんて微塵もないんだ。
あれだったらまだこちらになんにも興味を抱いていない男子の横になった方が楽としか言いようがない。
「いい迷惑よ、こいつが隣なんて」
「本当ですか?」
「嘘なんて……」
ついても意味がない。
相手が誰だろうが感じたことははっきり言って生きてきた。
たかだか後輩に怖い顔で見られたぐらいで変わることはない、はずだったのに、どうしてか私は全てを言い切ることができなかった。
「んー! はぁ、よく寝られたなー」
場所がどこだろうと寝具が変わろうと私には一切関係ない。
もう既に布団を畳んでここには存在していないふたりが気になるところだけど、いまはそれよりもご飯が食べたかった。
後輩ちゃんの前でがっつくわけにもいかなかったから昨日は我慢したんだよね。
「おはよう」
「おはよう、あ、先に言っておくとあのふたりはもう出かけたよ」
「そっか、私も誘ってほしかったなあー」
私を置いていく必要なんかないじゃないか! なんてことは感じず、とにかくいまは芽衣子作の美味しいご飯を食べさせてもらう。
「ね、これで友達とかを作ればどうかな?」
「いいよ、卒業できればそれで十分だし」
「もったいないよ、ね? 頑張ってみようよ」
「……友達は春だけでいい」
「かー! 嬉しいことを言ってくれるねー!」
でも、簡単にそういうものだと片付けようした人間が言ってもらえるようなことではないでしょこれ。
手を止めてなんとなくお茶碗をじっと見ていたら「美味しくなかった?」と聞いてきたから首を振る。
もしあの日、この子が直接来ていなかったら一生会わないところだった。
その先その先で出会った人と上辺だけは仲良くして、去られたらそういうものだと片付けて生き続けていたことだろう。
私にとっての人間関係はある程度味わったら捨ててしまうガムのような感じだ。
最初は興味を持って何度でも近づくけど、近くに終わりがあるということを知っているからこそその頻度も減っていく。
だって飲み込んでしまったら体によくないでしょ?
だから吐き捨てるしかないのだ。
ただ、今回ばかりは吐き捨てることができなくなってしまっていた。
いつまで経っても味が薄くならないんだからもったいなくて捨てられないでいる。
そしてそれを悪いことだと考えてしまわない時点で変わったことを意味していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます