05話.[絶対にどかない]
「消えろー!」
先程から叫びはじめて早三十分が経過したものの、それが消えてくれるようなことは全くなかった。
仕方がないから諦めてベンチに座ったら寧ろたくさん増えて困ったことになる。
どうしてこうなのか、全て説明できる人がいたら聞いてみたい。
「はぁ、声フェチだったのかなあ……」
なんかあれから可愛いとかもっと聞きたいとか、そういうことをいつも考えてしまっているのだ。
あんなことがあったからって一緒にいる時間が増えたとかではないのに、それどころか避けられているぐらいなのに馬鹿だなあと。
「崎内先輩、今日はなんか荒れてるね」
「そうなんだよ」
佐井ちゃんの声も可愛くていいはずなのにそういう湧き上がってくるような感じではないんだよね。
つまり、洲浜さんの声がドストライクだった、ということだろうか?
まあ、それを全面に出して引かれてしまったとかではないからまだマシだ。
もっとも、向こうにとってそうではないかもしれないけども。
「佐井ちゃんは人のどういうところを好きになる?」
「元気なところかな」
「おお、確かに相手が明るいとこっちもよくなるよね」
自分がそこまで明るい人間ではないから他者に求めるしかなくなる。
他者まで似たような感じだったら多分疲れてしまう。
気まずくならないように頑張って話そうとして空回ることだろうし、私の相手はそれこそ洲浜さんとか彼女みたいな存在の方がいい。
残念ながらそのふたりとすらあまりいられていないのが現状だけど。
「あとは身長差かな」
「お? 相手が高い方がいいってこと?」
「うん、その方がなんか甘えやすいから」
なるほど、身長が相手より高いとしっかりしなければならないという考えが出てきてしまうからか。
他者から見られた際に甘えるのそっちなの? と思われたくないのもあるかも。
でも、逆に身長が高いことで可愛さを出すことはできるような気がした。
照れに照れを重ねて、顔を真っ赤にしながらも甘えているところを想像するとね。
「僕で言えば崎内先輩がそうだし、崎内先輩にとっては洲浜先輩がそうだよね」
「身長差は確かにそんな感じだね」
残念ながら多分無理だ。
佐井ちゃんが来てくれるので対応させてもらうけど、私が行ったところで洲浜さんが対応してくれるとは思えない。
どうしてもそういう機会を作りたいならこの前みたいなびしょ濡れになってしまったー、家から遠いのにー、みたいなシチュエーションにでもならないと困る。
というか、あの方法はそう何度も使えるようなことではなかった。
ある程度土台がしっかりしている状態だったら無理やり連れて行っても問題にはならないかもしれないけど、残念ながらこちらはそうではないからだ。
「あ、あの人の話を聞かせてほしい」
「あの人?」
「もうひとりのめいこ……さんの話」
隠すようなことでもなかったから自分のできる範囲で分かりやすく教えた。
彼女は頷いたり「そうなんだ」とか言ったりしながら最後まで聞いてくれた。
ま、言ってしまえば奇跡みたいなものだろう。
寧ろどうしていままで続いたのか、それが分かっていない。
近くにいなかったからだろうか?
あまり時間を重ねられなかったからこそ、粗というやつに気づかれなくて続いた可能性もある。
また、必ず話さなければならないみたいな義務感もなかったわけだから息苦しい感じもなかったのかも……。
「会いたくないの?」
「家を知らないからもう無理なんだよ」
「あ、それこそ一方通行でもルーム……? から電話をかけてみるとか」
「抜けられただけではなくてブロックされちゃっているんだよ」
「そっか……」
完全な拒絶、あそこまでされたらなにかしようなんて考えられない。
そもそも、あれから芽衣子のことを引きずったことなんてなかった。
結局、それぐらいの仲だったという話で終わってしまうことだ。
「それにいまは明衣子ちゃんがいるからね」
「僕は多分、その人みたいにはなれないよ」
「ならなくていいよ、私は佐井明衣子ちゃんとして求めているんだからね」
完全に別人なのに重ねることなんて元々不可能だった、もし私にそういうのがあったらこうして来てくれることはなかったはずで。
いやまあ、元々そんなことなんてするつもりはなかったけど
「洲浜先輩ともいたい」
「私に任せて!」
というわけで翌日、
「洲浜さん!」
「声でか……」
そういう理由のためならこうして動くことができるので頑張ることにする。
~ともと言ってくれた佐井ちゃんに応えたかった。
例え社交辞令的なものであっても構わない。
実際はほとんど一緒にいられていないけどとか言ったりしないでね。
「佐井ちゃんが一緒にいたがっているからいてあげてよ!」
「え、あの子が? 分かったわ」
これで私がしなければならないことは終わった。
教室から出る必要もないから座ってゆっくりとする。
あの子が隣にいると声を聞きたくなってしまうから丁度よかったというのもある。
私は見たり聞いたりすることだけで楽しめるから気にしないでほしい。
ああして頼まれたときだけなにも考えずに行動しようと決めた。
「崎内さん、さいちゃん? って誰?」
「一年生の女の子なんだ」
「可愛い?」
「可愛いよっ、気になるなら行ってきたらどうかな?」
廊下まで連れてきた状態で声をかけたからすぐに会うことができる。
残念ながら付いてきてと言われてしまったから行くことになってしまった。
ま、これも頼まれたということにカウントしてしまっていいだろう。
「崎内と違って静かね」
「甘い物を食べられるときはテンションが上がりますよ?」
「いいことじゃない、いつでも淡々としているよりはよっぽどいいわ」
彼女は佐井ちゃんの頭を撫でてから「そういう人間味がある方が好きよ」と。
なるほど、佐井ちゃんみたいな子がいいのか。
私には絶対にできないことだからとにかく待つ作戦というのは有効だ。
「あの子が崎内さんの友達?」
「んー、洲浜さんの友達かな」
「そうかな?」
「え? そうかなと言われても……事実楽しそうなんだからそうでしょ」
少し離れた場所とはいえ、きっと向こうもこちらに気づいている。
でも、そんな状態であんなことをしたのは見せつけるためだと思う。
私はこういう人間じゃないと関わらないぞと言われている気がした。
悔しいとかそういうことは一切感じなかった。
相手が可愛い佐井ちゃんであればなおさらのことだ。
「
「当たり前だよ、だってあの子はひとりでいると駄目になるからね」
「そうなの?」
「うん、そうなんだよ」
寝ていたりするときは単純に眠たいというだけだけど、それ以外のときはなるべく他者といられるように行動しているということか。
どちらかと言えば勝手に他者が近づいてくると言った方がいいのかもしれないような存在だけどね。
「で、崎内さんはどうして一緒にいようとしないの? またあの悪い思考から?」
「いや、だって話しかけてくれないから」
「待っているかもしれないでしょ?」
「ないよ、もうお弁当とかだって一緒に食べているわけではないし」
同じ場所にいても来ることはない。
それは佐井ちゃんも同じことで、ひとりの時間というのはどんどん増えていく。
メンタルクソ雑魚人間というわけでもないからなんとかなっているけど、もしそうではなかったらどうなっていたんだろうかね。
「そんなに気になるなら溝蒋さんが一緒に過ごしてよ」
「いいよ?」
「はは、冗談だよ、それこそ洲浜さんの邪魔になってしまうからね」
見ていた限りではこの子と一番仲が良さそうだったからそんなことできるわけがないのだ。
もう苦手ではなくなっているものの、その行動によって誰かが寂しい気持ちを味わうということになるのなら私が折れればいい。
それこそひとりでいることには慣れているから。
「なんで加わらないのよ」
「溝蒋さんに付き合ってもらっていたんだ、だから溝蒋さんが悪いわけではないよ」
「は? 私はあんたに言っているんだけど」
「私? あー、佐井ちゃんの邪魔をしたくなかったからかな」
私と話すことなんて彼女と話すことよりも簡単だ。
だって学校ではほとんど椅子に座っているだけだし、仮に外に出ることになってもあのベンチに座ってぼけっとしているだけだから。
でも、彼女はそうではないからと佐井ちゃんは私に頼んできたわけで。
「んー、これは……」
「溝蒋さん?」
「あ、私はもう教室に戻るよ」
「あ、うん、付き合ってくれてありがとう」
結局、怖い顔のままから直ることなく予鈴が鳴って解散となった。
理由が分からなくてなんでだろうと考えることしかできなかった。
「洲浜先輩は大人って感じがする」
暗に私は大人ではないと言われている気がする。
ま、まあ、洲浜さんと比べたら確かにそうだからショックを受ける必要はない。
また、そう分かっていてもこっちのところに来てくれていることを感謝していた方がいいだろう。
「多分、友達としていることすら不釣り合いかな」
「そんなことないよ、悪く考えてもいいことなんてなにもないよ」
「そうだよ、崎内さんみたいに自分の足を引っ張ることになるからね」
そう、そういう思考は結果的に自分の行動を制限してしまうようなものだ。
溝蒋さんみたいにはっきり言ってくれるとこちらとしては助かる。
もっとも、そう言われてしまったから気をつけようではなく、無理だから待つことに専念しようとしてしまうところが私の悪いところだと言えた。
待っているだけでなんとかなるなら誰もなんにも困らないんだよなあ。
「溝蒋先輩が羨ましいです、同級生だったらもう少しぐらいは違ったはずですけど」
「いまからでも親しくなれるよ、寧ろ前々から一緒にいた私よりも秋葉と仲良くなれるかもよ?」
「もしそうなるとしてもそれは私ではありません、崎内先輩だと思います」
「んー、なんかお互いに遠慮しているところがあるからどうかねー」
一定の期間は仲良くなれてもあるところですぱんと関係が切れてしまうような人間だったから仕方がないと片付けてほしい。
もし過去にそのようなことがなければ得意のポジティブ思考でぐんぐん仲良くなろうと行動していたはずだ。
でも、離れていった人達が悪いというわけでもないから……。
「ところで、どうして崎内さんにはタメ口なの?」
「あ……」
「気にしなくていいよ、私にはそのままでいいよ」
後輩だろうが同級生だろうが変わらない。
こうして来てくれる限りはそのままでいい。
別に敬語なんて使ってもらえるような立派な生き方はしていないから、などと考えているわけではない。
唯一の友っぽい存在である洲浜さんとあんな感じだからだ。
だからこそ、あの子よりもちょっと多く来てくれる彼女とは友達みたいな感じでありたかった。
「秋葉だ」
「いつもこっちまで走りに来ているみたいなんだよね」
六月に突入したらしたで今度は晴れの日が続いていた。
それでも梅雨だということには変わらないから晴れの内にたくさん走っておこうと考えているのかもしれない。
いや、雨でも走っていたわけだからとにかく日課をこなしているというだけか。
「あれ、今日はあんたも参加してんの?」
「うん、特に用事もなかったからね」
彼女は当たり前のように佐井ちゃんの頭を撫でてから静かにこちらを見てきた。
なにか悪いことをしているというわけではないから目を逸らすことはしない。
が、結局こちらになにかを言うことはなく、ふたりに挨拶をして走っていってしまったという……。
「さてと、今日はもう帰るよ」
「私も帰ります」
「じゃあ途中まで一緒に帰ろう」
私はまだ残ることにした。
また雨が降るのは確定しているからいまの内にゆっくりしておきたい。
あと、午前中にあんなことを言っておきながらあれだけど、私はやっぱり溝蒋さんがあまり得意ではないというのもある。
別になにか悪口を言われたとかではないのにどうしてだろうか?
……洲浜さんと仲良くできているから敵対視、なんてこともないしなあ。
「いい天気だ」
冬とは違ってすぐに暗くなったりしないのもいい、暖かいというのもいい。
芽衣子との思い出を抜きにしてもいい場所だ。
「春」
「え? え……」
そんなことを考えていたからだろうか?
何故か私の前に芽衣子本人が、みたいなことになったのは。
「え、まだ休日の前とかでもないのにどうしたの?」
隣県とかそういうことでもないのだ、平日に来るなんておかしい。
いや、そもそもあんなやり取りをした後で会おうとすることがおかしいというか。
「……そんなのどうでもいいよ」
「ま、まあ、私は別にいいけどさ」
帰ることが遅れてしまうなんてこともないからそうなる。
いまはとにかく話してくれるまで黙って待とう。
私のなにかがこの子の中の引き金を引いたということなら気をつけなければならないから。
「春」
「どうしたの?」
「私のために……でよ」
え? とかとぼけている場合ではなかった。
鞄から取り出したのは小さな道具。
彼女はこちらの腕をがしっと掴んでからそれを振りかぶろうとする。
そこまで反射神経が残念というわけではないからなんとか掴めたものの、ここまでしようとするなんて私はなにをしてしまったのかと頭の中がごちゃごちゃになった。
「許せないっ」
「ちょ、ちょっとっ」
どちらかと言えば立っている彼女の方が有利だった。
力がそこまで強くないというのも影響していて、押さえられていたのは一瞬だ。
どうして、何故、こんなことしたところで意味がないのに。
その許せない相手を傷つけたところで気持ちなんかすっきりしないのに。
なんかこんなことをされているのに酷く悲しい気持ちになってきてしまった。
これほど追い詰めてしまったのならされても仕方がないみたいな考えが一瞬出てきたときのこと、
「なにやってんのよ!」
急にやって来た洲浜さんが横から芽衣子にタックルしたことでなんとか拘束から逃れることができた。
もちろんそこからは彼女の前に私が立った。
少なくとも彼女を巻き込むのは違う、これは私が解決しなければならないことだ。
「……あたしはずっとひとりだったのに友達と仲良くできている春が気に入らない」
「仲良くできてなんかいないよ、この子は全く来てくれないんだから」
煽るようなことはしたくないけど実際はそんなものだ。
洲浜さん達の話を彼女に対してしていたわけではないから先程佐井ちゃん達といるところを見て判断したのかもしれないけどさ。
「邪魔、どきなさい」
「嫌だよ」
絶対にどかない、どけるわけがない。
洲浜さんになにかがあったらご両親が悲しむ、そんなことがあってはならない。
それになんかもうしてこないのではないだろうかなんて考えている自分もいた。
「芽衣子」
「……もう死ぬ」
「やらせないよ!」
今度は完全に自分の力だけで止めることができた。
洲浜さんがカッターを取り上げて遠くへ投げてくれたから助かった。
道具がなければそんなことできるわけがないから。
それに本当に死ぬ気があるなら黙って死ぬはずだから。
「はぁ、はぁ、疲れたー……」
疲れたから地面だろうがなんだろうが気にせずに寝っ転がった。
こんなことがあったのに依然として空は綺麗なままでなんだこれと笑ってしまったぐらいだ。
「汚れるわよ」
「いいよ、なんかこうしていたいんだ」
「ちょっとあんたの家に移動しましょう、もちろんその子も連れてだけど」
「分かった」
ベンチに俯いて座っていた彼女の手を掴んで歩き出す。
もちろんカッターも回収してからだからポイ捨てには該当しない。
正直に言おう、洲浜さんがいてくれてよかった。
もしそうではなかったらいま頃どうなっていたのか。
兄が帰ってきてからゆっくり話し合おうと決めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます