03話.[肩を揉み続けた]
「明衣子だけど偶然ってあるんだなあ」
もしかしたらあの芽衣子が佐井ちゃんになったのかもなんて考えて、そんなわけがないでしょとすぐに捨てた。
一度も会ったことがなくて、声しか聞いたことがない状態であっても声が違うんだからそうではないということが分かる。
あの子を重ねたところで意味はない。
それどころか、重ねてしまったらきっと佐井ちゃんも離れていくから。
「崎内」
というか、そもそも次があるのだろうか?
私が逃げたから来てくれただけであって、それも解決したいまなら行く意味もなくなってしまった気がする。
どうせああいう風に知り合ったからには仲良くしたいけど、向こうにその気がなければこれまた意味がないから難しい。
友達にぐらい簡単になれるようにしておいてくれよと神様には文句を言いたくなってしまう。
「崎内!」
「ひゃっ、ど、どうしたの?」
「あんた独り言多すぎ、寝ていたのに話しかけられていると思って起きることになったじゃない」
「それはごめん」
大声というわけではないから許してほしい。
ただ、考え事をやめることはできないし、考え事をしているとそういうことも増えてしまうから別の場所でやろうか。
賑やかな場所だからと逆に集中できるとかそういうことではないのだから。
「で、なんの話?」
「ほら、この前の話覚えてる?」
「あ、電話をかけないでって言われたやつ?」
「そうそう、実はあの子もめいこって名前だったんだよ」
「へえ、で、同じ名前だから驚いているって?」
頷いたら「まあ、こんだけいればそういうこともあるでしょ」と彼女は言う。
確かに知らないだけでたくさんいるわけだから彼女の言う通りだと思う。
たまたまそういうことがあったというだけだ。
佐井ちゃんと芽衣子に繋がりはないし、佐井ちゃんに重ねることもしないわけだからそれだけで終わってしまう話だった。
「ふぁぁ~」
「眠そうだね」
「昨日ちょっと片付けをしててね、それが意外と長引いてしまったのよ」
「あ、本を読んじゃったんでしょ」
「簡単に手は止まるものよね」
そういう経験は何度もあるからよく分かる。
テスト勉強をしなければならないときにもそうなるからあれは恐ろしい。
それもまた魔法というわけではないけど一種の力だ。
誘惑を断ち切ってやらなければならないことをやる、それが普通のことのはずなのにテストで百点を取るよりも難しいことだった。
「ちょっと頭を撫でていい?」
「は? 嫌よ、髪がぐしゃぐしゃになるじゃない」
「いやほら、そうすれば寝られるかなーって」
「大体、あんたに起こされてこうして起きているんですけどね」
はーい、怖いからこれ以上言うのはやめよう。
そこまで余裕があるというわけでもなかったからすぐに予鈴が鳴り、本鈴が鳴り、学校に登校しているときで一番楽しい時間と言ってもいいお昼休みがどんどん近づいてきている事実に喜んだ。
お昼休み前に組み込まれている意地悪な体育があるとかそういうこともなかったため、今日はあくまで平和に午前中の予定を終えられたことになる。
佐井ちゃんと約束をしているわけではないものの、少しだけあの階段のところで待っていることにしたんだけど……。
「来ないな」
年下だからこういう場所には来づらいか。
そもそもここに来ていた理由がひとりになれるからということであれば私がいる時点で駄目な場所ということになってしまう。
「あ、崎内さんみっけ」
「あなたは洲浜さんの友達の溝蒋
「そうそう、あ、それで秋葉を知らない?」
「今日は付いてきていないから分からないかな」
「そっかー、秋葉ってそういうところがあるよね」
彼女はこの前の兄みたいに「よっこいしょっと」と言いつつ隣に座った。
初めてまともに話すみたいなものだけど緊張したりはしない。
寧ろそれでどんどん話せる人ができればと考えているぐらいだった。
「そういえばこの前、崎内さんが大きい男の人と歩いているところ見ちゃったんだ」
「あ、それはお兄ちゃんだよ、ちょっと歳が離れているけどね」
「すっごく格好良かったから会ってみたいな」
「あ、雰囲気がってこと?」
「ううん? ちゃんとこの目で見たから」
ということは妹贔屓というわけではなかったということか。
まさか兄も妹の友達から興味を持たれているとは考えていないだろうな。
洲浜さんも会いたいと言っていたからそのときに一緒に来てもらうことにした。
なんだかんだ共通の友達がいた方がいいだろうからだ。
「はぁ、ここに戻していたのね」
「もしかして昨日の場所に?」
「そうよ、そうしたらいないから驚いたわ……って、なんであんたもいんの?」
「そんなの秋葉を探していたからに決まっているでしょー」
待っていても今日は来ることはなさそうだったからご飯を食べてしまうことに。
ふたりの会話を聞きながら食べられるというのもなかなか悪くない時間だった。
「じゃ、今日行く? 崎内が大丈夫ならだけど」
「私の方は大丈夫だよ、今日なら今日でもう連絡しておくけど」
「それならお願いしようかな」
あんまり期待しないでほしいと言うのもなんか違う気がする。
ただ、なんらかのことを言われたら嫌だから普通の兄だよと言っておいた。
本人がいなくなった後にその人の悪口を言う、そういうところを高校生になってから見たことがあるから怖いのだ。
ふたりがそうすると決めつけているわけではないけど、どうしても不安になってしまうからそうさせてもらった。
やっぱりいつでも保険的なものをかけておくと安心できるから。
「春、本当に家にいるのか?」
「うん、ふたりともいるよ?」
「マジかよ、俺なんか見てどうするんだ……」
もう終わっているのに帰りづらいみたいだった。
いつもであればご飯を食べてゆっくりお酒飲みタイムに突入! という幸せな時間のはずなのにそうではなくなってしまっているということだ。
少し申し訳ないことをしてしまった気がするけど、連絡もなしにこんなことをしているというわけではないから許してほしい。
「まあいいや、いまから帰るからさ」
「分かった、気をつけてね」
それで十分もしない内に帰ってきてくれたものの、さすがにふたりと話しているときは居心地が悪そうだった。
「物好きだな」
「そうですか? 年上の男の人には惹かれるものじゃないですか」
「年上好きなのか?」
「そういうわけではないですけど、格好いい人がいたら話しかけてみようかなという気持ちにはなりますよ?」
「へえ、すごいな」
仮に格好いい人を見つけても話しかけてみようとはならないから兄と同意見だ。
なにもかもが根本的なところから違うということをいまので知ることができた。
真似をしてみるのもいいことだけど、現実を知って大人しくしておくことも正当化しているとかそういうことではなくいいことのような気がした。
だって動くということは周りに迷惑をかける可能性もあるということだから。
「洲浜さん? さっきから黙ってどうしたの?」
「初めてあんたの家に来たわよね」
「あ、そうだね、そういえばそうだ」
家に招くということはつまりそういうことだ。
まだ一週間も経過していないのにいまさらふたりがいることに驚いた。
物凄く距離を縮めるのが上手な人達だったらこんなことも普通かもしれないけど、少なくとも私と彼女は違う。
事実、兄に会いたいというそれがなかったらいつになっていたかは分からない。
「
「え? あ、撫でればいいのか」
「はい、お願いします」
「よ、よしよし」
「ありがとうございました」
これ以上いると迷惑をかけてしまうからということで帰るみたいだったので、送っていくことにした。
もう暗いけどなんかそうしなければいけない気持ちが出てきてしまったから仕方がないと片付けるしかない。
「待て待て、俺も行くよ」
「え、休んでてくれれば……」
「駄目だ、春は暗いの苦手だしな」
それほどありがたいことはないから、大島先生のときと同じで大人しく甘えさせてもらうことにした。
当たり前のように兄の両隣は取られてしまったものの、この距離感なら怖いということもないから気にしていなかった。
「崎内先輩」
「んひゃっ? ……ん? あ、佐井ちゃんっ」
はぁ、こうして実際に会えると安心できるな。
それこそ初対面のときのあれが微妙だったから嫌われてしまったのかもしれないなんて考えてしまった自分もいるわけだから。
「今日はちょっと忙しくて行けなかったの」
「実はあそこで過ごしたんだよ? でも、待っていたんだけどそういう事情があったのなら仕方がないね」
「僕も付いていっていい?」
「うん、ついでにお家まで送っちゃうよ」
こんな時間にこれ以上外にいてほしくない。
って、相当離れてしまったから急いで追わなければならないみたいだ。
なので、彼女の手を掴んで走り出した。
そこまで優れているというわけではないから速すぎるということもないはずで。
「急にでかい足音が聞こえてきたからなんだと振り返ってみたらなんか増えてるな」
「友達の佐井明衣子ちゃんなの」
「めいこ? って、あの芽衣子ではないよな?」
「違うよ、全くの別人だよ」
何気に芽衣子は家に泊まったこともあるから兄も知っていた。
それどころか名前呼び捨てを許可されたぐらいだから仲がいいと思う。
学校がつまらないとよく言っていたあの子だけど、なんかやたらとコミュニケーション能力も愛想もよかったからあっという間だった。
だからこっちの県に来たときは毎回泊まっていたぐらいだ。
「良人さんは知っているんですね」
「まあ、凄く仲がいいとかそういうことはないけどな」
「最近起きたことも知っているんですか?」
「最近起きたこと? 連絡先は交換しているわけではないからな」
そういえばあのことを言うべきだろうか?
結構気に入っていたみたいだったし、洲浜さんが口にしてくれたおかげで出しやすくなった気がする。
「お兄ちゃん、実は芽衣子からもう電話をかけないでって言われちゃったんだ」
「え、そうなのか?」
「うん、多分なんらかの悪いことを積み重ねた結果だと思う」
理由がないのに切る人はいないはず、仮にもしそういう人がいたらただの勉強不足ということになるだけだ。
「そうか、じゃあもう来ることはないんだな」
「うん、なんかごめんね?」
「いや、謝る必要はないぞ」
兄はこちらの頭をぐしゃぐしゃと撫でてくれた。
正直、兄ならこう言ってくれるであろうと期待して口にしたから私はずるい。
優しさを利用してはならないと分かっているのに、どうしても怖くてついついそういう期待をしてしまうのだ。
「めいこという名前なの?」
「そうだよ? だからこの前はちょっと驚いたんだ」
「そういうことだったんだ」
そうして会話をしている間にもお家に着いて順番に別れることになっていく。
最後に残ったのは意外にも洲浜さんだった。
あのベンチがあるところを走っているわけだからこの辺りだと想像していたもののそうではないらしい。
「私の家は少し遠いのでもう大丈夫ですよ」
「いや、迷惑じゃないなら送らせてほしい」
「迷惑なんかじゃ、寧ろ私の方が迷惑をかけてしまっていますし……」
「気にしないでくれ、それにそうしないと妹が無理をしだすからな」
くっそう、暗闇なんかにびくびくする人間じゃなければ格好良く送るのに。
同性だろうとそういうところを見てもらえて仲良くしたいと思ってもらえるような存在になれたかもしれないのに、実際はこんなのだから現実的ではないなと諦めることになってしまう。
ひとつだけでもなにか優れているところがあってくれれば……。
「ここです」
「高校からも少し離れているんだな」
「あの、ありがとうございました」
「いやいや、それより春といてくれてありがとな」
「それも逆ですから」
え? 逆って彼女からすれば私がいてくれているということなの?
って、そんなのあるわけがない。
彼女がなんらかのことを我慢していてくれているからなんとかなっている私達だ。
自分の力でこうできているとか自惚れるつもりはない。
「そうか」
「はい」
「じゃ、俺達はこれで」
兄が歩いていってしまったから付いていこうとしたけど一旦やめた。
「洲浜さん、私はいてあげているなんて考えたことは一度もないからね」
言いたいことを言えればそれで満足だから挨拶をしてその場をあとにする。
正直、離れすぎると鼻水が出そうになるから急いでいたというのもあった。
でも、なんかあれってやっぱり卑怯だよね。
だって言い逃げということになってしまうし、相手の話を聞こうとしないのは駄目だろう。
そもそも、兄がいたから社交辞令的なものを吐いたかもしれないのにね。
「結構遠かったな」
「うん」
「でも、あれなら尚更送ってよかったよ」
いつもであればまだ明るいからあ、そう? で終われるけど、今日は兄の帰宅するような時間になってしまっていたからああするのが自然だった。
ただ、兄がいてくれてよかったとしか言いようがない。
もしいいよいいよと言ってあそこまで行くことになっていたら……。
「つか、くっつきすぎじゃないか?」
「……こ、怖いんだよ」
「だったら無理するなよ」
そうはいっても兄にだけ任せて家に戻るなんてできるわけがない。
さすがにそこまでクソな人間はやっていないし、なりたくないと思っている。
なにかしなければならないのは確かだから肩を揉むことにした。
というか、そういうことしかできないというか……。
「もみもみー」
「そんなのはいいから付き合ってくれよ」
「それとこれとは別だよ」
美味しいご飯を食べられているのだって兄と両親のおかげだ。
それなのに私ときたらなにもしていなくて恥ずかしい。
だから少しだけでもなにかをしたいと考えて行動するときはある。
残念な点はそれが相手のためには多分なっていないということだった。
「ぎゅー」
「今日はどうしたんだ……って、芽衣子と話せなくなったのはショックだよな」
「そこまでではないけどね、だっていつかは終わることが決まっていたわけだし」
「おいおい、なんか考え方が暗いな」
直接話すことが不可能だった以上、仲良くし続けることなんて不可能だ。
近くにいて実際に話すことができる相手であっても去っていくのだから。
期待しないことを意識しておけば受けるダメージは少なくなる。
それは=としていつでも切られるかもしれないという前提で動いているというわけでだからなあ。
そういうのに相手が鋭いからこそああいうことになるのかもしれない。
「悪い方に考えたら駄目なんじゃなかったのか?」
「でも、マイナス思考をしないなんて不可能だよ」
もしそれができる人間であればこうはなっていなかった。
なんて、なにもないからこそ成功している人間のいいところだけを見てこう考えてしまうのかもしれないけど。
「私はお兄ちゃんにとって反面教師だからね」
「暗いのが怖いのに無理するところ以外は反面じゃないな」
「だからそれは友達がいたからだよ」
「ま、友達がちゃんといることが分かってよかったけどな」
洲浜さんと佐井ちゃんは多分大丈夫だと思う。
前にも言ったようにああいう存在は必ず現れる。
だから私にしなければならないのは長期化するように頑張ることなんだけど、去られていくことも経験してきているから難しいというか……。
「ああ、いま頃馬鹿にされているかもな……」
「もう、なんでお兄ちゃんもなの?」
「セクハラだ~とかSNSで呟かれているかもな……」
「そんなことないってっ」
しないよ、多分だけど。
興味が薄まれば他のことに意識を向けるから大丈夫だ。
気に入らない存在にいつまでも執着する人間ばかりではない。
「安心してよ」
「……そうだな」
それから数分は肩を揉み続けた。
こうしたことで少しは楽になってくれていたら嬉しかった。
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