02話.[固まることしか]
「そーっと、そーっと」
そういうことが苦手なのに自ら進んで近づこうとしてしまう微妙な点がある。
洲浜さんを巻き込むわけにはいかないから放課後にひとりやって来た。
一応屋上に繋がる扉の前、つまり最上段まで上って確認してみたものの、特に誰かが隠れているということはなく。
「ただ先客がいたというだけなのかなー」
いないことが分かってしまえばいる意味なんてないから下りて帰ることにした。
なんというか、いなければいないで物足りない感じがする。
少し微妙な気分になりかけていたから帰りにアイスでも買って食べることに。
「美味しい」
チョコはパリパリしているし、アイスはくどすぎない甘さでいい。
アイス=これと決めているぐらいにはお気に入りの物だ。
冒険することも必要だけど、こればかりはいつも変わらない。
なんとなく外にいたい気分になったからベンチに座って休むことにした。
まだまだ明るい空を見たり、たまに通る通行人に意識を向けたりして過ごす。
芽衣子がこっちに来てくれたときに一緒に座ったベンチでもあったからどこか懐かしさも感じていたりしていた。
「あ、あの子に来てもらってばっかりだったからか」
それだ、それしかない。
それだったら不満を感じてしまっても仕方がない。
会いたい気分になっても向こう、つまり私から来てくれるような雰囲気は感じ取れないからやめてしまおうということか。
とはいえ、いきなり会いに行くことも不可能だった。
何故なら、私は芽衣子の家を知らないからだ。
「あれ、崎内こんなところでなにやってんの?」
「洲浜さんこそそんなスポーティな格好でどうしたの?」
「私は放課後になったらいつも走っているのよ、で、結構形から入るタイプだから一気に揃えたってわけ」
「偉いなあ、私なんてお小遣いがあったらすぐにお菓子とか買っちゃうからさ」
「私のこれもあんたのそれも自分のためなんだからいいじゃない」
彼女のそれは筋肉がついたり痩せたりするかもしれないけど、私のそれは残念ながら太っていく一方だ。
やめなければならないのについつい買ってしまう魔力がある。
魔法なんて存在しない現実でもそれに似た力は確かにあるような気がしていた。
「じゃあね、そう遅くならない内に帰りなさいよ?」
「うん、洲浜さんもね」
さってと、そろそろ帰りますか。
原因、理由が分かったところでどうしようもない。
いくら考えたところで芽衣子が側にいる生活がこないように、いくら考えたところで家を知らない以上は意味がないからだ。
今日は課題もないから帰ったらすぐに転ぼうと思う。
ベッドに転べばその日にあった微妙なことはすぐに忘れられるから。
これもまた私にとっては不思議な力だと言えた。
「ただいま」
両親は共働きだからこの時間に家にいることはない。
つまり、だらだらしていても怒られることはないといういい時間だった。
ただ、なんとなく台所を見てたまには作ってやるかという気持ちになったので、夜ご飯を作ってからだらだらすることに。
私にだって一応家族のためになにかしてあげたいという気持ちはあるのだ。
「ただいま」
ああ! 兄が帰宅するような時間になってしまっている!?
はぁ、どうしてこうも手際よくできないのか。
こう、ささっと作って「お兄ちゃんが作ってくれたよ?」なんて嘘をつけるぐらいにはやりたかったのに。
残念ながら作っているところを見られてしまったうえに手伝われてしまったということになる……。
「春、どこに行くんだ?」
「もう作っただけで私はお腹いっぱいだよ……」
お風呂に入って休むことにした。
まあ、それを終えてからの方が気持ち良く休めるから悪くはない。
多分、こういう小さなことを積み重ねていった結果、我慢しきれなくなって爆発したということなんだろう。
自分が動くことによって少しずつ分かっていくというのはいいけど、その度になにをやっているのかという気持ちになるから微妙だ。
「はぁ」
でも、ベッドに転んでしまえばそんなのはどこかにいく。
ただ事実から目を逸らして現実逃避しているだけかもしれないものの、翌日に持ち込んでしまうよりはマシではないだろうか?
「春、入るぞ」
「うん」
兄はあくまでいつも通りの兄って感じだ。
優しくしてくれるから好きな人でもある。
「よっこらしょっと」
「ここで飲むの?」
「春が付き合ってくれないとひとりだからな」
ひとり、か。
意外にも私はひとりになったということがなかった。
必ず誰かひとりとはああいう風に話せたりするのだ。
他者がただただ優しいだけなのか、それとも、私になんらかの魅力があるのか。
少なくとも嫌な人間ということはない気がした。
だってそんな人間に敢えて近づく人間はいないだろうし。
「ね、お酒って美味しい?」
「どうだろうな、人それぞれだからな」
「ちょっと飲んでみてもいい?」
「それは駄目だ」
「はは、言うと思った」
こういう平和な時間が好きだった。
話し続けるばかりではなくたまに途切れるところもよかったりする。
私も持ってきてくれていた炭酸ジュースを飲んで過ごしていた。
「実はさ、いい感じの相手がいるんだよ」
「えっ、ほんとっ?」
「まあ、まだどうなるかは分からないけど……そうだな」
「すごいすごい! やっとお兄ちゃんに彼女さんができるのかあ」
お互いに好きになって恋人関係になる。
誰かがいてくれてもそういうことはなかったからどういう気持ちになるのかは全く分かっていない。
デメリットもあるということは知っているけど、なにも全部が悪いわけではないでしょと未経験の女はそう思うわけだ。
「お、おいおい、学生時代も普通に付き合っていたからな?」
「それは知っているよ、だって家に連れてきてくれたじゃん」
別れてしまった理由は他県に行ってしまったからだった。
遠距離恋愛は現実的ではないということで兄の方がそう口にしたらしい。
「ただ、俺は期待していないけどな」
「え、どうして?」
「その人の幼馴染が物凄く格好いい人なんだ、もし俺が仲良くなれたとしても比べられてしまいそうでな」
「駄目だよそんな考えじゃ、悪い方に考えてばかりいたらそれが現実になっちゃうでしょ」
こんな弱気なことを吐くということは未だにあれを引きずっているのかも。
お互いに好きになって付き合ったところでいつかは別れることになると、そういう風に考えてしまっているのかもしれない。
事実、結婚まで進められる人達はそう多くないだろうからそうやって不安になるのも無理はないのかもしれないけど……。
「お兄ちゃんらしくないよ、学生時代も戦って隣にいられる権利を勝ち取ったって言ってたじゃん」
「確かにそうだな……」
「相手のことを考えずに行動してしまうのは駄目だけどさ、お兄ちゃんが勝手に悪く考えて自滅していくところは見たくないよ」
こういうことに付き合うからそういう人にはならないでほしい。
私からしたら理想のお兄ちゃんという感じだから、というのもある。
それに兄贔屓かもしれないけど、身長が高くて筋肉質で容姿も整っているんだから負けていないはずだ。
いや、そもそもその人に勝とうとする必要はないと思う。
大事なのはその女の人にちゃんと見てもらえるかどうかではないだろうか?
「お仕事の愚痴とかだったら聞いてあげるからそれはやめてよ」
「分かった、頑張るわ」
「うん、私も頑張るからさ」
それでも階段のところで食べるのはちょっとやめようと決めた。
せっかく兄が作ってくれているのにあそこでは味わえない。
また、洲浜さんの邪魔をしたくないというのもあった。
違うか、友達さんの邪魔をしたくないと言った方が正しかった。
「いただきます」
お仕事で忙しいのに作らせてしまうのはいいのだろうか? そう考えてしまった。
冷凍食品に頼っているとはいえ、それだって時間を使っていることには変わらないわけで、自分が効率よくできないからって頼ってしまっていいものか……。
「昨日結構遠くまで走ってきたのよ、そうしたらちょっと筋肉痛になっちゃってさ」
「……友達はいいの?」
「それは大丈夫よ、それにいま仲良くしたいのはあんただしね」
違う場所にしても全く意味がなかった。
尾行されたらそりゃ場所なんてすぐにばれてしまう。
静かなところがいいと言っていたからかもしれないけど、だからって私を追ってこなくてもいいはずなんだけどな。
「それ、作ったのあんたじゃないでしょ」
「え、なんで分かるの?」
「なんかあんたはそういうの無理そうだなって」
真っ直ぐなそれが中央に突き刺さる。
昨日手伝ってくれたのだって時間が遅くなるからとかそういうことではなかった。
きっと全て任せたら禍々しい物になるからと兄は動いてくれたのだろう。
私でもカレーとかシチューとかそういうのなら上手に作れるけどね。
「私は自作だから少し羨ましいわ」
「あ、仲良くないの……?」
「違うわ、両親は忙しいから迷惑をかけたくないのよ、だから頑張って家事とかを覚えてやらせてもらっているわ」
ど、どうしてこうも違うのか。
だからこそあの友達の多さ、ということなのだろうか?
もうそういうのが滲み出ていて周りの人間は近づきたくなる魅力があると。
初対面の私にも気さくな人だしなあ、そういうものなのかもしれない。
「こんなこと聞かされても困るだろうけど、お母さんもお父さんも大好きなのよ」
「私もそうだよ、お兄ちゃんも大好きだよ」
「兄か、それもいいわね」
なんてことだ、友達のためにもご両親のためにも動けるなんて強すぎる。
余裕があるからこそか、余裕があるからこそ他人を馬鹿にしたりしないで過ごすことができるということか。
あ、ただ、他人を馬鹿にしないという点は私だってそうだからそう悪い状態でもないのかもしれない。
当たり前と言われればそれまでだけど、悪口を言ってきたりする人は身近にいるものだからね。
「それに頑張れば『いい子ね』と褒めてくれるの、それがやる気に繋がるというか」
「はは、本当に大好きなんだね」
「嘘は言わないわよ」
笑顔が可愛い、こういう笑顔に男の子はぐっとくるんだろうな。
それを見せてくれるかどうかは好感度次第だけど、頑張った先でこんな笑顔を見ることができたらあっという間に惚れてしまいそうだ。
「ただ、そんなふたりにも問題があってね」
「問題?」
「……彼氏ができたらいいわねとか言われるのよ」
「ああ! それが親だから仕方がないよ」
ちなみにこちらも昔は何度も言われていたものの、年数を重ねてもできなかったことから言ってくることはなくなっていた。
逆に「無理しなくていいからね!」とか「いつまでも家にいてくれればいいぞ!」とか言われてしまっているぐらい。
「作ろうと考えたところですぐにできるものではないじゃない? だから結構困るのよねー」
「できたらいいけどねーとか言っておけばいいよ」
残念ながら誰だって誰かと付き合えるというわけではないのだ。
兄、姉、弟、妹、その内の誰かがいてくれれば任せることもできる。
彼女みたいにひとりっ子とかだとできないけど……。
「そうだ、今度そのお兄さんに会わせてよ」
「え、あ、成人しているから……」
「別に狙おうとしているわけではないわよ」
「分かった、それならいいよ」
よかった、こんな若い女の子に近づかれたらさすがの兄でもどうなるのかなんて分からないからね。
それにいま兄は頑張ろうとしているところなのだ。
「んー! はぁ、美味しかった」
「あ、先に戻っていいよ」
「別にいいわよ、ちょっとここでゆっくりしていくわ」
こちらも喋ってばかりいないで食べてしまおう。
これもまた兄贔屓かもしれないけど、兄が作ってくれたご飯を食べると頑張ろうという気持ちになれる。
もしかして私はそういうつもりで好きだったり……はないな。
だって兄に恋人さんを見せてもらったときには自分のことのように喜べたぐらいだし、優先してもらえなくて拗ねたことなんてないからだ。
私のこれはあくまで家族として好きだというだけ。
「人を好きになったことってないな」
「恋愛的な意味で? 私はあるけどね」
「うん、人としてならすーぐに好きになるんだけど」
あるのか、って、そりゃあるか。
なんで動かなかったの、なんで動かないの、そんなことを言われたくはないだろうから黙っておく。
「ごちそうさまでした」
昨日の私はお前が言うなよと言われてしまうようなことを口にしてしまった。
だってそういうのをとっくの昔に諦めている自分が悪く考えたら駄目~なんてね。
まあ、そこまでネガティブタイプというわけではないから説得力がなさすぎる、なんてことはないものの、ちょっと偉そうに言い過ぎてしまった。
怒らないでいてくれたのは兄がただただ優しいからでしかない。
そこを勘違いしないように気をつけなければならなかった。
「来なくなっちゃった」
何日通ってもあの子と会えることはなかった。
関わりがあったとかではないから言ってしまえばそれでもいいけど。
でも、最後があんな感じだったからそこだけは気になったままで。
「探そ」
同じ校舎内には絶対にいるんだから見つけることはそう難しいことではない。
また、二年生ということは分かっているのもあるから。
まるで幽霊を見たみたいな反応をされたままで終わっているため、そうではないということを分かってほしかった。
僕だってたまたまあそこにいただけだから。
「洲浜さんは今日も走るんだよね?」
「そうね、毎日やらないと意味がないから」
「それなら気をつけてね」
「あんたもね……っと、あんたに用があるんじゃない?」
「ん? あっ」
別に探さなくても踊り場のところで待っているだけでよかった。
いきなり話しかけると警戒されてしまうかもしれないからお友達に事情を説明。
「へえ、たまたまあそこにいたの?」
「うん、僕もあそこでゆっくりしていただけだから」
「で、崎内は慌てて逃げてしまったと」
「そういうことになるね」
いきなり話しかけた僕も悪いけどあそこまで驚くことはないと思う。
後輩である僕にタメ口で話しかけられたからこその反応、というわけでもないだろうし。
それに僕自身がそういう怖い話は苦手だから勘違いしないでほしかった。
「え、ゆ、幽霊じゃないの?」
「幽霊じゃないよ」
「そうだったんだ、逃げてごめん……」
そんな話をしている間にお友達さんは「それじゃあね」と歩いていった。
なんとなくこのままだとあれだから付き合ってもらうことにする。
「私、怖い話とか暗いところとかが苦手でさ」
「そうなの?」
「うん、もう高校二年生なのに情けないよ」
どんなに頑張ってもどうにもならないこともある。
これを情けないと感じたことは一回もなかった。
開き直っているわけでもない……かな。
「あ、私は崎内春、あなたの名前を教えて?」
「佐井
「め、めいこって名前なの?」
「うん、漢字はこういう感じ」
ん? どうしてかかなり驚いた顔をしている。
理由は分からないから答えてくれるのを待っていたけど、結局「そうなんだ」としか言ってくれなかった。
「そういえばどうして今日は来てくれたの?」
「この前逃げられたから気になっただけだよ」
「あ、それはごめん」
「あと、逃げられたくないかな」
「ごめん、それもまたごめん……」
謝ってほしくて言ったわけではないのに……。
「そうだ、なにか甘い物でも買ってあげるよ」
「甘い物っ?」
「うん、あ、五百円以内でお願いね」
い、いや、寧ろこちらが迷惑をかけてしまったのにそんなのは駄目だ。
年下だろうが関係ない、やらなければいけないことは決まっている。
だから寧ろ選んでほしいと言ったら「駄目だよ!」と言われて縮まる羽目に……。
結局、数分後には買ってもらってしまった自分がいた。
「美味しいね!」と言っているところを見て固まることしかできなかった。
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