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Nora
01話.[予感はしていた]
「最悪……」
やらなければならない課題のプリントを忘れてきてしまった。
しかもそれに気づいたのが二十時過ぎだったという、ほとんど詰んでしまっているような感じだった。
幸い、完全下校時刻は二十一時だからまだ取りに行けるのは分かっている。
ただ、この時間に校舎内に残っている物好きな人間なんていないだろうし……。
とはいえ、物凄く怖い担当教師だから忘れることなんてできない。
なので、
「おいおい、いまから酒を飲もうと思っていたんだけど……」
「ご、ごめん、だけどひとりだと怖くて」
帰宅したばかりの兄に無理やり付き合ってもらうことにした。
もちろん、敷地内に入ってしまえばひとりで頑張るしかないけど……。
「つか、友達にコピーさせてもらうとか無理なのか?」
「無理だよ、もう終わっているだろうし」
「でも、暗いの苦手だろ」
「先生が怖いから忘れるわけにはいかないんだよ」
いや、やっぱり兄を巻き込むのは違うから帰ってもらうことにした。
謝罪と感謝をしっかり忘れずにして、ひとり学校まで走り出す。
校門からでも体育館やグラウンドで活動しているのが見えてそこだけはほっとすることができたものの、私にとってはこれからが勝負だから心臓がどっくんどっくん大暴れだった。
そもそもこの時間から校舎の方に入れるのかどうかすらも分かっていない。
でも、先生達が出るようの出入り口があるはずだと探していたらそれは簡単に見つけることができた。
この学校のいいところは校舎内であれば履き替えなくていいということだ。
だから気にせずに突入することはできたんだけど、
「職員室とか入れないよ」
そう、ここにきて新しく問題が出てきてしまったことになる。
特にあの静かな感じ! あれだけは小学生の頃からずっと嫌いだった。
それに私は高校生、そうとなればなおさら雰囲気も重いわけで……。
「よよよ、せっかくここまで来たのに」
制服に着替えてわざわざ出てきたのに、怖いのに走ってここまで来たのに。
そんなときだった、がららと扉が開かれる音がしてついついそっちを見てしまう。
「あ、大島先生!」
「きゃっ、あっ、こ、こんな時間にどうしたんですか?」
「それがプリントを忘れてしまいまして……」
これは大きい、しかも男性教師じゃなかったのが運がいい。
男の先生は怖いからもし男の先生だったらきっと逃げていた。
そして翌日にはそれはもう酷いことに……。
「そうですか、それならいまから一緒に行きましょう」
「え、さすがにそんなことは……」
「だって崎内さんは暗いところが苦手じゃないですか」
変なプライドを優先して乗っからないなんて無理!
ここはもう大島先生の服の裾を握らせてもらうことにする。
担任の先生というわけではないけど、一年生の頃からお世話になっている先生だ。
それなのに時間は重ねてきたというか、別にこういう行為も失礼ではな――失礼かこれは……。
「ありがとうございました、大島先生はやっぱりすごいです」
「そうですか?」
「はい、少なくとも私にとってはそうです」
長居していると駄目になるから挨拶をして別れた。
帰り道ももちろん走った。
無事に家に着いたら兄に再度謝罪と感謝を忘れずに伝え、着替えを持って洗面所に駆け込む。
「ふぅ、これで後は課題をやっていくだけだ」
取りに行ったのに風邪を引いてしまったら馬鹿らしいからすぐに部屋に戻った。
ベッドから出ている誘惑を断ち切り、小学生のときに買ってもらった勉強机と向かい合う。
「……もしもし?」
「あ、もしかして寝てた? それならごめん」
「別に寝てねえし」
「ちょっと課題をやる前に声を聞きたくなってさ」
これでやる気も上がるから私には必要なことだ。
もっとも、相手からしたら明らかに面倒臭がられているんだけど。
昔からこんな感じだからそれぐらいでいちいち傷ついたりはしない。
ただ、たまに彼女がもっと可愛らしく反応してくれたら、そんな風に考えるときは正直あった。
「は? そんなことにあたしは付き合わされたのかよ」
「ごめんって、もう満足できたから切るよ」
「待て」
「うん?」
ちなみに、いつでもこんな感じということはない。
こういうのが少し嫌なだけでいつもはもう少し柔らかく相手をしてくれる子だ。
まあ、仮にあのままの態度であったとしてもそれも人の自由だから構わなかった。
「……別にいいよ、電話ぐらいなら」
「ははは、ありがと!」
「あたしも違うことするからこのままで続けよ」
「分かった」
話すことばかりに意識を向けないように気をつけていた。
少し前にそれで真夜中になったことがあったから怖いんだ。
万が一そんなときにトイレに行きたくなんてなってしまったら……、ひぇぇ。
「はぁ、会いたいな」
「毎日というわけにはいかないよね」
「……なんでこんなに遠いんだろう」
「なんでだろうね」
外で偶然出会ったとかそういうことではなかった。
最初はSNSで繋がっていただけ。
やり取りを続けていく内に会おうということになって行ってみた結果となる。
結構危ない行為なのは確かだった。
それでも個別にやり取りできるアプリに移って、写真とかを送ってもらえたから安心できたという感じ。
「学校は楽しい?」
「楽しくない、学費を払ってもらっているから行っているだけだよ」
「あと、高卒資格のため?」
「うん、それ以上でもそれ以下でもないよ」
大学に行くつもりがない私としてもそうとしか言えない。
別につまらないとか感じたことはないけど、せめて彼女がいてくれればもう少しは楽しめたんじゃないかと考えるときがある。
しても意味ないのに、いきなり転校とかそんなことありえないのに、そんなことを延々と考えて時間を消費してしまっていた。
「
「なんとも言えない感じかな、つまらなくはないけどね」
「ふーん」
「
「そんなこと言われても困るよ、一度も同じ学校だったことすらないのに」
それはそうだ、もっともすぎる。
そういうのもあって、課題はとっくに終わっているのにそのことを教えなかった。
終わってほしくなかった、電話、通話を続けていたかった。
「そういえば春に言っておかなければならないことがあったの忘れてた」
「え、そんな言い方されたら怖いじゃん」
そこで黙られてしまったら余計に気になるでしょうがとツッコもうとしたとき、
「もう二度と電話をかけてこないで、それじゃ」
そうするよりも先に切られて駄目になった。
「え?」
再度見てみてももう終わってしまっているのは変わらない。
どうしてと聞こうとしてルームを見てみたら抜けられていてそちらも駄目で。
「え」
結局、理由が分かるときは延々にこないということをそれが物語っていた。
「うーん、なにが原因なんだろう」
会いたいと言ってきた後だったから違和感がすごい。
そこから二度と~というそれまでに失敗をしてしまったのだろうか?
まあ、どちらにしろ会えるのは一年に数回あるかどうかという感じだったからいつかはこうなっていたのかもしれないけど……。
「席替えするぞー」
っと、独り言を言っているわけにもいかないね。
適当に紙を取っていった結果、奇跡的に窓際になれた。
中央だから見づらいということもない。
「私の分がないんですけど」
「え? あ、本当だな」
「あそこでいいですか?」
「そうだな、崎内の隣しか空いてないしな」
誰が隣だろうと全く構わない。
正直、やらなければならないことは決まっているからだ。
それになにより、あの衝撃に比べればどうでもいいというか……。
「よろしくね」
「よろしく」
挨拶だけはしっかりしておけばトラブルには発展しない。
怖い子というわけでもないし、きっと同じようにやっていけるだろう。
昨日のあれが残ったままだから今日は兄と一緒に飲もうと思う。
もちろんこちらは炭酸ジュースだけどさ。
「あ、教科書忘れた……」
「見せてあげるよ」
「ありがと」
こういうことで仲を深められたらいいと考えている。
自力で仲良くなれるなんて自惚れてはいないからこそだ。
また、隣の席になれたからって関わり始めるなんて決まってはいないし。
「終わったわね」
「そうだね」
誰でもいい、どうでもいい、そんなことを言った私だけど騒がしい人ではなくてよかったと感じている自分がいた。
少し派手だからという理由で関わらないのはもったいない感じ。
あ、だけどこちらはただの地味ーな女だから発展しようはないか。
なにか悪いところを踏み抜いて三年続いた子から関係を切られるぐらいなんだからねーと、自慢できることでもないのに内で呟いてみた。
「
「そうね」
「あ、どうでもいいとか思ってそう」
「どうせ同じ教室内にいるんだからそう変わらないでしょ」
「うわ、そういうこと言っちゃう?」
お昼休みになったからお弁当袋を持って移動しよう。
特に決まっているわけではない。
あ、と感じたところでいつも食べているだけだった。
あまり離れると戻るのが面倒くさいから今日は階段の一段目に座って食べることにした。
屋上は開放されていないからここに来る人間はいないというのがいい。
下からだと上ってこない限りは見えないから落ち着いて食べられる。
あとはあれだ、考え事をするのにもいい場所かもしれなかった。
「隣、いい?」
「付いてきたんだ、あ、どうぞ」
「お昼ご飯ぐらい静かな場所で食べたいのよ」
分かる、けど、賑やかな場所が嫌だというわけでもない。
嫌われているわけでもな……ないつもりだし、これまでそういう対象として選ばれたこともないから結構教室内でゆっくりすることは多かった。
みんな結構声が大きいから色々な話を聞けるというのも楽しいと言える。
「なんか困っていそうなのよね」
「友達が?」
少なくとも先程の子ではないだろう。
逆にああいう態度から実は……となる可能性もあるかもしれないけど。
二年生になったばかりだから正直、彼女がどれぐらいの子と関わっているのかは分かっていなかった。
「違う、あんたが」
「あー、実は昨日大切な友達から『二度と電話をかけてこないで』って言われちゃってさ」
「え、そういうこと普通言う……?」
「え? 言うけど」
あれは=として声を聞きたくないということでもあるから完全な拒絶だ。
違うか、ルームから抜けたことによって完璧なものとなったことになる。
なんでだろうなあ、あまりにも唐突すぎてショックを受ける暇すらないというか。
「洲浜さんはそういう経験、一回もなさそうだね」
「ないわね、喧嘩したことならたくさんあるけど」
「それがいいよ、なんて、洲浜さんだったら私みたいにはならないって話だよね」
へへ、まあいつかはどうせ別れることになっただろうからいい経験ができたと片付けてしまおう。
こういうことが初めてというわけでもないし、いちいち傷ついていたらまともに生きることすら難しくなってしまうから。
だけどせめて、終わる前にもう一回ぐらいは会いたかったなあ。
「それよりなんか面白いね、私が春で洲浜さんが秋だからさ」
「名前に夏が入っている子はいても冬はないでしょうね」
「はは、どうせなら揃ってほしいけどね」
まだまだ人生は長いからそういう子とも出会うことはあるだろう。
でも、その度に誰かがいなくなっているわけだから大変そうだ。
頑張るとしても学生時代にやっておかないと無理そうで。
「つか、その子とはどうすんの?」
「ん? もう終わりだよ、県外に住んでいる子だからこれで繋がれなくなったらどうしようもないしね」
「終わりは一瞬ね」
「うん、そうなんだよ」
これで返事がこなくてそわそわ、なんてこともなくなる。
それに毎日無自覚に迷惑をかけてしまっていたということだからこれでよかった。
大好きな子に二度と迷惑をかけなくて済むんだからいいことでしかない。
「それより課題のプリントを忘れてきた子がいて大変だったよね」
「同じ教室内でやられると居心地が悪いわ」
「そうそう、私なんか学校に取りに行ったぐらいだけどね」
もう本当に大島先生がいてくれてよかったとしか言えない。
さすがに教師とかをやっていると怖くはなくなってくるのだろうか?
いや、怖くない人は最初から最後まで怖くないかと終わらせる。
それにしても高校二年生になっても暗いところが怖いなんて情けない。
冗談抜きで十分ぐらい留まっていたら涙を流す自信があるぐらい。
前世でそれ関連の嫌な死に方をしたのかな?
「へえ、夜の学校ね」
「案の定校舎の方には全く生徒がいなくてね」
「この学校、ひとつだけ怖い噂があるわよね」
「怖い噂?」
「そう、それこそいま私達が座っているここなのよ」
そんなことこれまでで一度も聞いたことはないけどな……。
そういうのがあるなら教室にいる私の耳に入らないわけがない。
だって生徒とかってそういうのが好きでしょ?
だからこれは私を怖がらせたくてわざと言っているんだと判断した。
きっと怖がりな人間を見抜く能力でもあるのだろう。
「あのね、ここで三年間ひとり寂しく過ごすことになった生徒がいてね」
うわ、私がそうなりそう……。
事実、去年も結構ここには来てしまっていたから。
もう私もその生徒さんの領域に足を踏み入れてしまっているぞ……。
「耐えられなくなった生徒はそこの屋上から飛び降りてしまうの」
「開放されてないのにどうやって?」
「そんなのあれよ、割ったに決まっているじゃない」
「えー!」
「鍵を借りられるわけがないでしょ? そもそも、自殺しようとしている人間が律儀にそんなことするわけがないじゃない」
なるほど、確かに一理ある。
自分で自分を殺してしまうほど追い詰められてしまったのか。
もし私の精神力が物凄く弱くて、芽衣子を精神的支柱として見ていたとして、それから昨日のあの流れになったら私でもそうなっていただろうか?
いや、なっていないとしか言えない。
何故なら精神力は弱くないし、遠くにいる芽衣子に依存して生きるのは不可能だったからだ。
いくら考えたところで芽衣子は側にはいないし、結局のところは自分が頑張らなければなにも結果はついてこない。
集中できなかったりした理由を他者のせいにしてはならない。
私は私、いつだって私が頑張らなければ駄目なのだ。
「ま、結局奇跡的に助かったんだけどね」
「すごいね」
「それがよかったのかどうかは分からないけどね」
「間違いなくよかったよ、少なくともご家族を悲しませなくて済んだんだから」
なにも分かっていない他者だからそう言えるのかもしれないけどね。
まあ、この話はこれで終わりだ。
ご飯を食べるときにする話ではない。
別に怖いとかまだお昼なんだからそういうことはない、うん。
「学校、楽しい?」
「つまらなくはないよ」
「私は楽しいわ、だって学校に行けば友達がたくさんいるもの」
それはそれだけ努力をしたってことだ。
私はしたとは言えないから羨む資格はない。
卑下するような人間でもないから悪いとも考えてはいない。
「秋葉ー?」
友達が急に近くから消えたら私でもそうやって探すと思う。
だから行ってあげなさいと頼れるお姉さん感を出しながら言ってみた。
なによこいつ……といったような目で見てきた彼女だったものの、友達に再度呼ばれたことで「行ってくるわ」と言って下りていった。
「格好良すぎでしょ私」
「そうだね」
「ひっ」
い、いつの間に背後にっ……?
しかも先程の話を聞いた後だったからそれはもう冷や汗がやばかった。
これからまだ授業を受けなければならないのに、もしかしたら汗臭くなってしまうかもしれないのにそれは止まらない。
「そう警戒しないで、僕はただそう思っただけ」
「そ、それよりいつからいたの?」
「ん? あ、いつからだろう」
ひぇぇ! これは絶対にやばいやつだよ!
それはもう慌てて、お弁当箱を片付けて逃げることにした。
幸い、追ってくるようなことはなかったから教室の前でほっとした。
けど、また出会いそうな嫌な予感はしていた。
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