プリンス×プリンス(プリンセス)~俺の親友(男、イケメン)が、かつて愛を誓い合った幼なじみ(女、美少女)であることに俺は気付いていない~
19 都合の良い、予定調和に収まるおとぎ話みたいに、めでたしめでたしと言える、そういう奇跡
19 都合の良い、予定調和に収まるおとぎ話みたいに、めでたしめでたしと言える、そういう奇跡
〇
今日の光希の服装は、落ち着いた雰囲気のワンピースだった。なんか見覚えがあると思ったら、あれだ。
この前と千花と光希と一緒にショッピングに行った時、光希が俺に見せてきたやつ。昨日までのガーリッシュな衣装とは違い、大人っぽい格好である。
付けてるウィッグもストレートのロング。化粧もいつもより落ち着いた感じだった。
ただそれは、見かけだけの話だ。
今、光希はブランコに座って、まるで幼子のようにめそめそ泣いている。
赤い目を必死にこすっていて、その仕草に強烈な既視感を覚えた。心臓が跳ねる。
「ばかぁ……、王子くんの、バカっ」
泣きながら俺を見上げて、光希は何度もそう言った。
「すまん……、あれか? 俺がお前のラインとか無視したから」
「ち、ちがう、それじゃないもん。無視されたのも、辛かったけど……」
もん、って……。
少し前までのさわやかイケメンの光希はどこへ行ってしまったのか。いやまぁ、こっちがこいつの素なんだろうけど。
「……もしかして、千花と二人でいたからか?」
「そ、そう、だよ……っ、もう、あんなに二人で、仲良さそうに、して……っ、腕まで組んで……っ」
何で知ってんだよ……。
まさかあとを付けられていたのか。全然気づかなかった。
「あー、いや、別に大したことしてた訳じゃないんだが」
「……いいよ、もう、気を使わなくて……」
拗ねたように光希は言う。
「王子くん、千花ちゃんと付き合うんでしょ……」
「は? いや、付き合わないけど」
「えっ?」
弾かれたように顔を上げる光希。その表情は、驚きに満ちている。
「え? え、え? 違うの!?」
「むしろ何でそんな結論に至ったのかが気になるんだが……。いやまぁ確かにあいつから付き合いましょう的なことは言われたけど、普通に断ったし」
「断ったの!? なんで!?」
「なんでって……、お前にも何度か言ったろ、俺にはずっと前から好きな子がいるって」
「あっ、そ、そうだよね! う、うんっ、王子くんはそうだもんね!」
なんでこいつこんなに嬉しそうなんだろう……。別に光希のことが好きと言った訳でもないのに。
「まぁでも、お前の連絡無視したり、逃げたりしたのは悪かったよ。光希のことが嫌いだった訳じゃなくて、むしろ可愛すぎて戸惑ったからというか」
ふーむ……、真面目な顔して何を言ってるんでしょうか俺は。
色々恥ずかしすぎるが、今ここで、こいつから逃げるのはやめることにした。
今こそ、光希とちゃんと向き合うべきであると、直感的に思った。
「え、えへへへへへへ……っ、わた――、あ、いや、ボク、そんなに可愛かったかな」
口元をだらしなく緩ませながら、頬に手を当てる光希。
今のこいつが男だって分かる奴いんの? いないだろこれ……。
光希の笑顔を見ていると胸が痛い。
この感覚は知っている。
昔にも経験したから。
姫ちゃんの笑顔を見た時と、同じ感覚だ。
「……あ、あの、ね……、もう何回も言ってるけど、ボク、王子くんのことが、好きなの」
「うん」
「ずっと昔から、好きだったの。運命だと、思ったんだ。王子くんは、私の王子さま、だったから」
「うん」
光希は立ち上がって、真っ直ぐと俺を見た。
「王子くんは、ボクのこと、好き?」
「あぁ、好きだよ」
その言葉は驚くほどあっさり俺の口から出て来た。予想外の返事だったのか、光希が目を丸くする。
「ただ、ダメなんだ。俺にはもう好きな子がいて、その子と結婚の約束までしてしまってる。だから光希の気持ちには応えられない」
「うん」
今ここで、全てを綺麗に終わらせられる可能性が一つだけある。
荒唐無稽で、あまりにもバカバカしい話にはなるのだが、まるで都合の良い、予定調和に収まるおとぎ話みたいに、めでたしめでたしと言える、そういう奇跡が。
〇
大切なものは目に見えない。
だから俺は目を閉じる。
視界に入ってくる余計なものに気を取られず、大切なものを見つけるために。
光希と出会ってから、特にここ最近の間に感じた違和感と手がかりを頭の中に並べてみる。
見逃している大切なものを、手に入れるために。
「じゃ、じゃあ、さ。もしも、仮にの、話だけど、ボクが突然女になったとしたら、王子は、どう思う?」
――とても可愛くなるだろう。そしてそれは、限りなく俺の理想に近い。
「光希さん、ちょっと可愛すぎない? いやそうじゃなくて……。それもそうなんだけど……、なんというか……女の子っぽい? 女の子っぽすぎる……?」
――その通りだ。最近の光希は、まるで中身が女の子のようである。きっとそれが光希の素だ。
「……光希さん、本当にお兄ちゃんのこと好きなんだよ。光希さん言ってた、お兄ちゃんと会った時から、ずっとずっと前から好きだったって。運命だと思ったって」
――光希はずっと前から俺のことが好きだったらしい。運命だと思った、と。
「なんでって……、お前にも何度か言ったろ、俺にはずっと前から好きな子がいるって」「あっ、そ、そうだよね! う、うんっ、王子くんはそうだもんね!」
――なぜ光希は、嬉しそうな顔をしたのか。なぜ光希は、俺の好きな人が誰であるか聞こうとしないのか。それはもう、俺が好きな子が誰なのか、知ってるからじゃないのか?
「出ました。――星野王子さん、あなたは、メルヘンで悪戯好きのお星さまからハートを奪い、運命を認めましょう。さすればあなたの悩みは解決されます」
――光希のことを知っている自称保護者のロリババアから、俺はお姫さまのハートを奪い取った。そして運命を認めれば、俺の悩みは解決するらしい。認める、とは、つまり。
「だけどオレはね、奇跡を起こすための第一条件は、これだと思うんだよ。固定観念を、綺麗さっぱり捨てることさ。羽がなくても本気で空を飛ぼうと考えた最初の人間のようにね。そうすればきっといつか、人は魔法だって使えるようになる」
――奇跡を起こすための第一条件は、固定観念を捨てること。奇跡を起こしたいなら、常識に囚われてはいけない。
「お姫様にかけられた魔法の解くのは王子様のキス」
――それが様式美であり、予定調和ってヤツだ。
そして、運命とは、必ず幸せに結ばれることが決まっているからこそ、運命なのだ。
俺と彼女は、きっとそういう運命にある。
〇
俺は、ポケットの中にある『姫』と書かれたハートを握りしめながら、正面の光希を見る。
「俺は光希の気持ちに応えることはできない。なぜなら、俺にはもう結婚を約束した運命の相手がいるからな」
「じゃあ、私の気持ちになら、答えてくれる?」
そう言って、目の前のその子は、瞳を閉じた。
あー……、これで全部勘違いだったら、大恥どころの話じゃないな。
そんな締まらないことを考えながら、俺は少しだけ背伸びをした。
背伸びを終えた時、俺の手の中にあったハートの石は無くなっていて、彼女の頭は俺の胸元より少し下のあたりに収まっていた。
どうやら俺の運命の相手は、この一年と少しの間、ずっと俺の側に居たらしい。
俺と彼女は見つめ合って、今度は彼女が背伸びをした。
〇
その後の顛末を事細かに語るつもりはない。
何より俺が恥ずかしすぎるし、アホすぎるし、たぶんこんな文章に目を通している物好きの読者諸君と言えども、そんなことまでは知りたくはないだろうから。
ただ、一つだけ。
大切なものは目に見えないが、盲目の恋に落ちていても、大切なものを手に入れることはできるようだ。
まぁ、大体そんな感じである。
〇
そう言えば、あともう一つだけ言わせて欲しいことがあった。
諸々の事情は聞いたけど、男にTSした女の子が女装するのは、ヤバすぎるだろ……。
そんなもん素面で気付けるか。俺が恋に酔っていたからこそ、気付けたとも言える。
つまりあれだな、むしろ恋をして盲目になった時にこそ、手に入れられる大切なものもあるということだ。
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