13 光希が壊れた
〇
光希が壊れた。
「え、何やってんのお前? なんで俺んちに居んの?」
「あ、王子……っ、お帰りなさいっ。どう、かな、ボクのこの恰好」
光希が女装をしている。
彼が着ているのは、フリルやレース、リボンなどでこれでもかというくらい飾られたふわふわヒラヒラなドレス。
白を基調として、そこにピンクっぽい色合いが混ざっている。ロリータ系って言うのか? 西洋の子ども向けのお人形さんが着てそうな感じ。
しっかりと化粧も施して、ただでさえ中性的で整った光希の顔が女の子っぽくなっていた。
その上ウィッグも着けて、明るい髪のロングヘアーになっている。軽くウェーブがかかっており、見た目だけじゃウィッグとは分からない。
このようなファッションは、千花のような小柄で童顔な子にこそ似合うもののような気もするが、思いのほか高身長の光希にも似合っていた。
いや、そもそも男の光希がこんな服を着ているのがおかしい気がするのだが、普通に似合っていた。
ギャップ的可愛さ的な。似合いすぎだろこいつ。
もう元々の光希を知らなければ、普通に身長の高い女の子だと思っただろう。
光希は恥ずかしそうに顔を赤らめ、俯きがちになって、スカートの裾をつまみ上げていた。
可愛すぎるな? いや待て、うん、可愛すぎるんだけど。別に変な意味ではない。
「ねえねえ、王子、どう思う?」
「……いや、びっくりするくらい可愛くてびっくりするけどさ」
「そ、そうっ? え、えへへっ、えへへへへへへ」
照れ笑いをするな。
頬を染めるな。ダメだかわいい。
俺がおかしくなったのか? なぜ光希にドキドキしているのか俺は。
モロに俺の好みなんだけど。
いやそうじゃなくて落ち着け、一旦落ち着いて、状況を再確認しよう。どうしてこうなった?
俺は光希を見る。女装をしている。
服が小さいのか、丈が合っていない。
光希が細身だから入っているという感じで、スカートの丈が異様に短い。
ニーソックスとスカートの間の白い肌が、絶対領域が眩しい。あーパンツ見えそう。あしほっそ。
じゃなくて!
つーかこいつなんでおっぱいあるの? パットってやつか? いやでかくね?
じゃなくて!
落ちつこう。一度、落ち着こう。
俺は一つずつ思い返していく。
まず、光希の様子がおかしくなったのが、三日前、日曜日の昼。
徹夜でゲームしようとしてる途中に寝落ちして、起きた時、光希と白雪がなぜか一緒にいたんだ。
そしてその翌日、つまり昨日。
光希が珍しく遅刻してきて、俺を避けているような感じがあった。
そして今日は、比較的いつも通りの光希だった。
朝、電車の中で会って、一緒に登校して、お昼も一緒に取った。お昼時には千花もいた。
確かにいつも通りではあったのだが、妙な違和感があった。
いつも以上に視線を感じるし、なんか顔赤いし、ふとした瞬間にぼうっとしてるし、黙り込んでるし、風邪でも引いてるのかと思ったが、そういう訳でもないらしい。
あとこれは光希には関係ないが、なぜか白雪がまた弁当を作ってくれるようになった。
そして放課後、光希は気付いたら教室から消えていた。
昨日みたいに漫研に行く気分にもなれなかったので、俺は一人で帰ろうとしたのだが、そう思った時に白雪からラインが来たのだ。
『お兄ちゃん、昨日卵買うの忘れちゃったから、帰りに買ってきて! 私は今日用事あるから!』
そうして、特売をやっているという少し遠い所のスーパーまで買いに行かされた。三十円くらいしか変わらないんだから近くのスーパーでいいんじゃないかと言うと怒られた。
そして、そしてである。卵を買って、帰宅したところ、女装した光希に出迎えられたということだ。
もう訳が分からん。
俺は、目の前で嬉しそうにニマニマ笑って頬を押さえている光希に、恐る恐る尋ねる。
「……なんで女装してんの?」
「なんでだと思うっ?」
楽しげに聞き返される。
いや知らんて。知らんよ。知らんから聞いてるんじゃん。
質問に質問で返すなって親から教わらなかったのか? 俺は教わらなかったけど。
俺があの天然夫婦から教わったことと言えば、人生はノリと勢いで、楽しければ何でもいいということである。
確かにその通りなんだけども。
「おかしくなったのか?」
「ううん、違います」
指と指でバッテンを作る光希。ぶん殴ってやろうか?
なにちょっとかわいい風にしてんだよ。
やってることはこの上なく気持ち悪いのに普通に可愛いから反応に困るんだが。脳が混乱している。
俺は拳を握りしめ、おかしくなった親友の頭をぶん殴ろうか、おかしくなりそうな自分の頭をぶん殴ろうか悩む。
どっちが正解だ? 両方いっとくか?
俺が自分の両拳を見つめていると、光希が俺に一歩詰め寄って来た。
ちなみに場所は玄関を上がって少し進んだ所。俺が肩に掛けているカバンには特売品の卵が入っている。
俺は寄って来た光希から、一歩後ずさる。そしてまた一歩詰め寄られた分、後ずさる。
しかし、何せ狭い廊下なので、すぐに壁際に追い詰められた。
え、なにこの状況。
俺の脳裏に、昨日見た例のBL同人誌が蘇りかけたが、慌てて抹消した。
光希の顔が、俺の目の前に近付く。
「実は……ね」
目と鼻の先で、光希の唇が動いた。色付きリップを塗っているのか、色が鮮やかに赤っぽく、瑞々しく、艶やかだ。なんかこう、ぷるんっとしている。
こいつ男なんだよな? まつ毛も長い。綺麗な瞳してんなこいつ。
香水も付けているのだろう。いつもと違う甘い匂いもする。
俺が好きな匂いだ。
「ボク、王子に可愛いって、思ってもらいたくて」
「頭大丈夫か?」
「お、王子はボクのこと可愛いって思うんだよね? さっき、そう言ってくれたもん、ね」
「いや、確かに可愛いとは、思うが」
「ふふっ、ふふっ、王子はそういうとこ正直だよね。そういう王子、好きだなぁ」
怖い。マジで怖い。怖い怖い。
何が怖いってこの状況もそうだけど無駄にドキドキしてる自分も怖い。
いや怖いからドキドキしてんのか? もう何が何だ分からん。
助けて。誰か助けて。もう無理怖い。
慌てて逃げ出そうとすると、光希に肩を押さえられる。
その拍子にバランスを崩して、廊下に倒れ込む俺。
下敷きにされるカバン。砕ける卵。覆いかぶさって来る光希。
仰向けに倒れた俺の腹に、光希の尻が乗っている。俺の尻には砕けた卵がある。カバンの中身の惨状は想像したくない。
「重い……っ」
「お、重くないってばっ!?」
「いや重いわ!」
こいつ自分が身長何センチあると思ってんだ。
しかし光希は俺の上から退く気配もなく、そのまま俺の頭の両側に手を突いてくる。圧しかかってる重さは少し軽くなったが、代わりに逃げ場がなくなった。
光希が俺を見下ろす。
「ねえ、王子……」
光希の顔が赤い。息も荒い。潤んだ瞳が、俺をじっと見つめている。
「……なんだよ」
「ボクのこと、どう思ってる?」
「……どうも何も、友達だろ」
「それだけ?」
「……いや、親友だとは、思ってるけど」
「…………そっか、王子はそうなんだ」
ねぇ、なにこの展開? また夢か? 夢であってくれ頼む。
「ボクは違うよ。あのね、ずっと黙ってたけど、ボク、王子くんのことがずっと好きだったの。友達としてじゃなくて、ずっと、ずっと、王子くんと恋人みたいになりたかった。運命だと思ったの。好きで、好きで、たまらないの。胸がね、苦しいの。王子くんのことを考えると、きゅぅぅってする」
心臓がドクンと大きく跳ねる。こいつ、こんなに可愛かったか……?
光希の顔が迫り、熱く荒い息遣いが直接感じられた。
「ちょ、ちょっと待て落ち着け光希、何の冗談だ?」
「ねえごめん王子くん、私我慢できない。キス、したい……」
切なげな吐息が漏れる。光希の瞳はトロンと蕩けるようになっていて、もはやそこには俺しか映っていない。
「本気で言ってます?」
「だめ……?」
「ダメです」
「ねえ、だめ?」
「ダメだっつってんだろ」
「…………だめ?」
「お前は話を聞かないRPGの村人か?」
「お願い……、ねえ、お願い……お願い、したいの」
こいつ目がマジだ。
俺は今の自分が置かれている状況を再確認する。長身の光希にしっかり抑え込まれて、逃げ出せる気がしない。
瞬間、緊急のアラートが俺の脳内で鳴り響いた。
「白雪! 白雪ヘルプッ! 兄ピンチ! 兄ッッ!! ピンチッッ!!!!!!」
用事があるとは言っていたが、玄関にあった靴から彼女の帰宅は確認している。
兄の貞操の危機を救ってくれ最愛の妹よ。
俺の唇は、運命の相手である彼女だけのものなのだ。
「ちょっ! 光希さん! やりすぎ! やりすぎですって! ストップ!」
すると、廊下の陰から白雪が飛び出してくる。ハッと光希の瞳に理性の光が戻り、慌てて俺の上から跳び退いた。
誤魔化すように笑う光希。
「あ、あははーっ! ご、ごめんね王子、ちょっと、調子に乗り過ぎちゃった……かも?」
「なにどういうこともう色々訳わかんないし怖いんだけど??????」
急いで白雪の背中に避難する俺。ケダモノだった。さっきの光希はケダモノだった。
今はもうなんかいつもの光希って感じがするけど、さっきのこいつは野獣だった。怖い。
「ごめんお兄ちゃん、ちょっとしたドッキリのつもりだったんだけど、光希さん、ちょっと興が乗っちゃったみたいで」
「う、うん、その、ボクって演技の才能があるのかも……」
「は? 意味わかんないんだが???」
意味不明過ぎて若干キレ気味になる俺。
よく分からんが俺がこいつらに弄ばれたのは分かった。
演技って何だよ。そういうレベルじゃなかったろ今の。もうハリウッド行けよお前。今のが演技なら、こいつ顔もスタイルも完璧だし、絶対俳優になれる。
「えっとね、お兄ちゃん」
「なんだよ」
「え、泣いてる?」
「な、泣いてねーしッ!」
でもちょっとだけ涙目になってるかもしれない。マジで怖かった。
男に無理やり襲われるかよわい女の子の気分を味わった。
昨日の早乙女の気持ちが分かった。怖かったんだな……。俺はこの先何があっても女の子に無理やり迫ったりしないと己に誓う。
よくない。無理やりは、よくない。
なんかイケメンに無理やり襲われて愛されてみたい女の子願望みたいなの聞いたことあるけど絶対ウソだろあれ。
いや、でも俺も可愛くてエッチな女の子には無理やり襲われてみたいかもしれない……。
うん? 同じことなのか? ダメだよく分かんなくなってきた。
俺は、光希がなぜ女装をしていたのか、今の一連の流れは何だったのか、という事情を白雪から聞く。
彼女曰く、事の始まりは日曜日の昼。徹夜のゲームの途中で俺が寝落ちしていた間、光希と白雪が話してたっぽいあれだ。
その時、白雪は光希に、自分の夢を語った。白雪は、ファッションコーディネーターになりたいらしい。
「お前、前は公務員になるとか言ってなかった?」
「ゆ、夢はファッションコーディネーターなの!」
らしい。初めて知ったがそんなの。
それを聞いた光希は白雪の夢を応援し、自分にできることがあれば協力すると言ったらしい。そして、白雪は、光希を女装させてみたいと頼んだ、と。
「なんで? なんで女装?」
白雪の夢と何も関係ねえだろそれ。
「こ、光希さん綺麗な顔してるしスタイルもいいでしょ? だから女装が似合うと思って! コーディネーターの血が騒いだというか!」
「にしてもこの服はないだろ。なんで光希に着せるのがこれなんだよ。つーかどっから持って来たんだよこんなもん」
「あ、これは演劇部の知り合いに借りたの。あとお兄ちゃんこの服はないって言うけど、結構似合ってると思わない?」
「…………」
無言になる俺。光希(女装)と目が合う。目を逸らす。
「ま、それは置いといて、だ。ドッキリとか何とか言ってたのは?」
「それは、思った以上に光希さんの女装が可愛くなったから、お兄ちゃんをびっくりさせようと思って」
「そのために卵買いに行かせたのか?」
「う、うん、そう!」
「でもそれっておかしくないか?」
「え?」
「光希の女装が思った以上に可愛くてそんなこと企んだのなら、それってお前が俺に卵買いに行かせるラインしたあとだよな。あれ放課後になってすぐきたし」
「い、いや違うよっ。昨日だよ昨日。今日じゃなくて、昨日の放課後、はじめて光希さんを女装させたんだから。そこでこのドッキリを思い付いたの」
「ふーん、そうか」
「う、うん、そうなの」
「うん……? 昨日……?」
なにか、忘れてる気がする。昨日、放課後、俺は白雪と学校で会った気がするぞ。
「……あっ」
「お、お兄ちゃん? どうしたの……?」
「お前、昨日のあれは何だったんだ?」
そうだよ。昨日あのあと風紀委員に捕まって色々あったせいで忘れていたが、俺が早乙女を追い詰めた時、白雪の上履きに襲撃されたんだ。
「あ、あれはっ、えっと、お兄ちゃんが早乙女先輩を追いかけ回してたから……なんてことしてるの、って思って」
「お前、早乙女と知り合いなの?」
「う、うん、そうだけど……?」
「そういえば白雪、早乙女のこと先生って呼んでなかった?」
「え、な、なんのこと?」
「…………」
「…………」
「……俺がなんで早乙女を追いかけてたのか、気にならないのか?」
「きっ、気になるけど、聞いたら教えてくれるの?」
「いや、できれば教えたくないけど……」
「で、でしょ?」
「…………」
「………………」
沈黙。
光希を見ると、目を逸らされた。頬に冷や汗をかいている。
白雪を見る。微笑まれる。額には冷や汗が浮いている。
なーんかまだ企んでるなこいつら。なに企んでるのかは知らんが。
「し、白雪ちゃん……ボク、そろそろ元の恰好に戻りたいかも」
「あ、そ、そうですね! じゃあ私の部屋行きましょうか! じゃあお兄ちゃん、ちょっと光希さんの着替え手伝ってくるね!」
一目散に逃げていく光希と白雪。
「おいこら待て!」
マジで何なんだ一体。
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