12 ご機嫌なちくわ部


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 早乙女さんと、白雪ちゃんが語った内容を総合すると、次のようになる。


 まず、始まりは二十二年前、当時の白花高校には、『傾国のプリンセス』と呼ばれる物凄い美少女が居たらしい。

 フランス出身で、まるでフランス人形のように、可愛さを追及してつくられたような美貌を持ち、スタイルも抜群、長く艶やかで少しカールがかかったブロンドヘアと、碧い瞳は、多くの生徒を惹きつけてやまなかったらしい。


 ……私はその女の子に強烈な心当たりがあるのだが、とりあえず話を進める。


 その少女は美しく、成績も良く、性格も良く、おおよそ完璧な少女だった。

 その少女に関する逸話は数多あるらしいが、ここではその一つのみを抜粋する。


 曰く、『ご機嫌なちくわ部』という謎の部活は、その少女が作ったものであるらしく、その実態は、ただのBL好きの集まりだった。


 当時は今よりも、そういった同性愛等に関するコンテンツは世間からの風当たりも強く、マイナーで、『ご機嫌なちくわ部』の部員たちは密やかに内輪だけで楽しんでいたという。


 その『傾国のプリンセス』こと、初代『ご機嫌なちくわ部』の部長は、絵がとても上手く、個人的にBL系の漫画を創作することもあったらしい。


 そして、彼女が描いたその漫画が、あまりに〝良すぎて〟、当時、白花高校に通っていた女子生徒たちが次々とBL沼に落ちていったという。

 その凄まじい手腕を持つ彼女に、畏怖と畏敬を以って付けられた二つ名が『傾国の腐界堕とし』。

 彼女によって腐女子の世界に堕とされた無垢な少女たちは数知れない。


彼 女が卒業したあとも、その名は代々受け継がれ、『ご機嫌なちくわ部』の部長は、『傾国』の名を背負うのがしきたりであるらしい。


 余談だが、初代『傾国』は、高校を卒業したあと、その界隈から姿を消し、多くのファンが悲しんだのだが、昨年のコミケにて、彼女が描いた同人誌が売られるという衝撃ニュースが界隈を震わせたとか、震わせないとか。

 もはや彼女は私たちにとって伝説であり、神様のような存在です、と、二十一代目『傾国』こと早乙女静葉は語る。


 そんな早乙女さんもまた、初代『傾国』と同様に〝良すぎる〟BLを作り出す天才であるらしく、界隈にファンも多く、二代目『傾国の腐界堕とし』との呼び声も高いのだが、


「い、いえ、でも、私が、あの方の名をそのまま受け継ぐなんて畏れ多いです……」とのことである。


 昨年、白花高校に入学したあと、紆余曲折あって『ご機嫌なちくわ部』に辿り着いた早乙女さんは、その手腕を思うさま発揮したのだが、その時、題材にしてしまったものが、『私と王子くん』であったらしい。(私というのは、もちろん男としての私だ)


 入学当初から私と王子くんはかなり目立っていたようで、それを遠巻きから見ていたBLを嗜む女子たち曰く「もうそれにしか見えなかった」、と。


 早乙女さんは言う。


「本当に、ちょっとした出来心だったんです。我慢できなくて、尊すぎて、気になってずっと見守っちゃって、ストーカーみたなこともしちゃって、そしたらもっと尊くて、気付いたら筆が動いてて、でも、そうこうしてる内に、どんどん拡散していくし、後戻りできなくなって、みんなも欲しがってるし、私の心も欲しがってるし、我慢できなくなって、ナマモノは色々気を付けなきゃいけないって知ってたんですけど、調子に乗っちゃったんですぅぅぅぅ………っ」


 そんなこんなで、白花の水面下で早乙女さんが描いた私と王子くんを元にした同人誌はどんどん広まって行き、ファンも増えていったと。

 今や、それは白花の腐女子にとってバイブルも同然である、と。なんてことだ。


 そして今年の春、ほんの二か月近く前のこと、王子くんの妹である白雪ちゃんが白花に入学してきて、大きな事件が起こった。


 入学してすぐ、偶然『ご機嫌なちくわ部』と例の同人誌シリーズのことを知ってしまった白雪ちゃんは怒り心頭。


 「うちの兄を何だと思ってるんですか」と、先輩も多数いる『ご機嫌なちくわ部』に単身で突撃したらしい。

 物凄い度胸だ。普通の女の子が、入学早々出来ることじゃない。


 毅然とした白雪ちゃんの態度と、有無を言わさぬ迫力に、二十二年の伝統を持つ『ご機嫌なちくわ部』はあやうく壊滅しかけた。

 『ご機嫌なちくわ部』に所属する精鋭の腐女子たちを相手に、白雪ちゃんはたった一人で立ち回り、壊滅の一歩手前まで追い込んだのだ。


 それはもう、激しい戦いであったという。


 そんな戦いの中、白雪ちゃんに最後まで抵抗したのが、早乙女さんである。


 早乙女さんは、本人の許可も取らず勝手なことをしてしまったと誠心誠意謝罪し、同時に白雪ちゃんにBLの良さを説いた、尊さを訴えた、素晴らしさを見せつけた。


 結果、白雪ちゃんはBL沼に沈んだ。

 


 ●



 沈む所まで沈んでしまった白雪ちゃんは、その後、『ご機嫌なちくわ部』の副部長の座に落ち着いた(奪い取った)らしい。


 『ご機嫌なちくわ部』の十三人の幹部トップのことを『十三の罪深きメロウ』と呼ぶようなのだが、白雪ちゃんはそのナンバー2、『攻めのイラ』の名を冠している。

 早乙女さんは部長にしてナンバー1、『傾国のヤオイ』である。


 だが、実質的な部内の権限は白雪ちゃんが握っているらしく、今部室に誰もいないのは、私が王子くんを攻略するための会議をする場所として空けてもらっているから、だそうだ。


 白雪ちゃんは言う。


「うちの兄のことに関しては私が許可を出したんですが、」


 それはそれでどうなんだろう。


「光希さんをモデルにしたものを私が見逃していたのは、事実です。本当に申し訳ありませんでした。ですが、ですが、私が、光希さんと兄がくっついて欲しいと思っていることは、純粋な私の気持ちで、純粋に応援したと思うからこそ、協力しようと思ったんです。そこに、私のBL趣味は一切関係ありません」


 正座したまま白雪ちゃんは真剣に言った。


「ほんとに?」


「……すみませんちょっとだけあるかもしれないです」


 …………正直なのは良いことだ。


 私は、正座して項垂れている二人を見下ろしながら、言った。


「ね、ねぇ……その、ぼ、ボクと、王子の、本って、ボクも見てもいいのかな……」 


 二人が弾かれたように顔を上げて、目を見開く。


「そ、それは……どういうことでしょうか」と、早乙女さん。


「えっと……その、ボクも普通に、興味ある、というか、そもそもボクも前からそういうジャンルは、嫌いじゃなくて……」


 大体母様のせいだ。というかもう、言っていいのかな。


 全ての始まりが母様なんじゃないの? これ……。


 早乙女さんは、正座の状態からいきなり立ち上がって、途中何度かこけそうになりながらも、壁際に並べられて布がかけられていた本棚の一つへ向かう。


 そこから十冊くらいの薄い本を持ってきて、私に差し出してきた。


「ど、ど、どうぞ……」


 私はそれを受け取る。

 受け取ってしまう。な

 んだか、物凄くいけないことをしているような気がした。


 いいのだろうか。

 果たして、これに目を通してもいいのか?


 ドキドキが止まらない。ヤバい。どうしよう。

 決して入ってはいけない業の深い領域に立ち入ろうとしている自覚があった。

 一度入ってしまったら、二度と戻れないという確信もある。


 無意識の内に喉が鳴る。


 表紙からして、もう危ない香りがしている。


 どうしよう、どうしよう、どうしよう、でも見たい、見たい……見たいよぉ……。

 私は大きく深呼吸して、このページをめくるか否か悩む前に、一つだけ解決されなかった疑問点について、目の前の二人に尋ねることにした。


「そういえば、なんで『ご機嫌なちくわ部』って言うの?」


「……初代部長が残した、こんな言葉があります」


 当代部長の早乙女さんが静かに言う。


「〝ちくわ〟は〝棒〟であり、〝穴〟でもある、と」


 母様は天才かな、と私は思った。



 ●



 ごめん王子くん……、ごめんなさい……、私が弱いのが悪いんです。欲に負けてしまいました。


 でも、一つだけ言わせてください。


 …………ものすごかった。





いつだったか、旧校舎の屋上でセナとこんなことを話した。


「少年は、様式美を知っているかい?」


「様式美ですか?」


「あぁそうだ、お約束、テンプレートと言ってもいい、あるいは予定調和。物語を構成する上で、型にハマった展開とでも言うのか」


「あー、何となく分かりますけど、それが?」


「これでもオレは漫画家の端くれだからね、そういったストーリー上の型に思うこともあるのさ。それで、少年の意見を聞きたくてね」


「はぁ。まぁ……、でもいざいきなり様式美と言れても、すぐには思い付かないんですが」


「ふむ、それじゃあいくつか例を挙げよう。例えばそうだね。正義は最後に勝つ。ヒーローの変身中に敵は攻撃しない。バトルもので川に落ちたキャラは必ず生きてる。登校時に街角でぶつかった美少女が同じクラスに転校してくる。ツンキャラはいつかデレる。ミステリで一人になったキャラは死ぬ。ミステリで山奥に行くと閉じ込められる。データキャラは主人公に負ける。ラノベや少女漫画の主人公の容姿は普通なのに異性によくモテる。恋心を秘め続けた幼なじみヒロインは負ける。ヒロインのピンチには主人公が現れる。主人公はピンチ時に大切なことを思い出して覚醒する。お姫様にかけられた魔法を解くのは王子様のキス。この戦いが終われば結婚する奴は死ぬ。やったか!?と唱えると敵が生き返る。秘密道具を使って調子に乗ったのび太は痛い目に合う。リトさんが転ぶとラッキースケベが起こる。押すなよと言った芸人は熱湯風呂に落とされる。テレビで気になる展開の直前にはCMが入る。――奇跡は、起こる。……とか、だろうか」


「よくそんなに一気に出てきますね……。いくつか様式美なのか怪しいやつもありましたけど」


「そういったものを、少年はどう思う?」


「そうですね。俺は、嫌いじゃないですよ。ベタと言えばベタなんでしょうけど、そういうのは需要があったり、物語が盛り上がるから使われるんでしょうし。いわゆる王道ですよね。王道は、みんな好きでしょ」


「ふむふむ、なるほどね。それじゃあもう一つ。オレは今、様式美の例として、最後に『奇跡を起こる』と挙げたが、それはあくまで物語の中での話だ」


「でしょうね」


 そもそも、奇跡は簡単に起こらないから奇跡なのだ。


「少年は、どうすれば現実でも奇跡が起こせると思う?」


「…………信じ続ける、とかですか?」


「ふむ、良い答えだ」


 たまに思うが、セナは一体どの目線でものを語っているのだろうか。このしたり顔を見せられると一度全力で張り倒したくなってくる。


「信じ続けるというもの重要な要素の一つだね。だけどオレはね、奇跡を起こすための第一条件は、これだと思うんだよ」


「……なんです?」


「固定観念を、綺麗さっぱり捨てることさ。羽がなくても本気で空を飛ぼうと考えた最初の人間のようにね。そうすればきっといつか、人は魔法だって使えるようになる」

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