11 この高校は一体何なんだ。魔窟か? 


 ●



 一体何があったのか、早乙女さんを追いかける王子くん。そんな二人を追いかけると私と白雪ちゃん。


 校内を縦横無尽に駆け巡る早乙女さんと王子くんのフットワークは凄まじく、全然距離を詰めることができない。


 通りすがりの生徒たちが、一体何事だと目を丸くして私たちを見ていた。


「な、なんでこんなことになってるの!?」


 もはやなぜ自分が走っているのかも分からない。

 でも、王子くんが早乙女さんを捕まえてしまうのは、何となく不味い気がした。


 同じように隣を走っている白雪ちゃんが、息を切らしながら言う。


「た、たぶん、先生が原稿を持ってたので……もしかしたら」


「げ、原稿?」


「あっ! い、いえ、何でもないです! とにかく、お兄ちゃんを止めましょう」


「う、うん」


 その後もなぞの追いかけっこはしばらく続き、そして、遠く離れた視線の先、廊下の隅に早乙女さんを追い詰めている王子くんを、私たちは捉えた。

 遠いのでハッキリしないが、早乙女さんが何かを抱えて、隅っこで震えているのが分かる。


 王子くんは一体何をやってるんだ。

 追いかけるなら私にしてくれたらいいのに……。


「やばい!」


 白雪ちゃんが焦ったように加速した。

 私はそれに追いすがろうと慌てたせいで躓き、転びそうになってしまう。


 たたらを踏んで、なんとか転倒を堪える。

 顔を上げると、流れるような手付きで上履きを脱いだ白雪ちゃんが、走りながら上履きをスローイングしていた。

 白雪ちゃんの上履きが綺麗な直線軌道を描き、早乙女さんに手を伸ばそうとした王子くんの後頭部にヒットする。


 白雪ちゃんは頭を押さえている王子くんに近付いて、何やら会話していた。

 早乙女さんは白雪ちゃんのお陰で難を逃れたようで、紙の束を抱えながらこちらに駆けてくる。

 続けて、白雪ちゃんもこちらにやって来る。


 しきりに首を捻っていた王子くんが、ふとこちらに視線を向けそうになって、慌てて私は近くにあった曲がり角の陰に隠れた。


 同じところにやってきた早乙女さんと白雪ちゃんを見て、私は言う。


「一体何だったの? その、早乙女さんが持ってるそれ、とか……。原稿? って言ってたけど」


 気まずそうに黙り込む早乙女さんと白雪ちゃん。数秒の間を置いて、白雪ちゃんが言った。


「……と、とりあえず、またお兄ちゃんに見つかる前に急いで部室に戻りましょう。話は、えっと、その、そのあと、ということで」


 白雪ちゃんにしては珍しく歯切れの悪い台詞だった。


 私としても落ち着いて話をすることには賛成なので、そのまま三人で『ご機嫌なちくわ部』の部室へ向かった。



 ●



 部屋の中には、神妙にして異様な空気が漂っていた。


 私の前で、堅い床の上に正座して項垂れている白雪ちゃんと早乙女さん。

 なぜか立ったまま二人を見下ろしている私。


 彼女たちの前には、先ほどまで早乙女さんが大事そうに抱えていた紙の束があった。一目で分かる漫画の原稿だ。


 母様も漫画を描く人なので、私には馴染みのある用紙である。

 そして不思議なことに、その原稿に描かれた上手な絵は、母様の絵柄にどこか似ていた。


 どうしていいか分からず、困ってた私は、とりあえず話を進めようと二人に声をかける。


「えっと……、この漫画の原稿が何なのか、聞いてもいいのかな……?」


「…………」


 再び重苦しい沈黙が訪れる。


 そのまま数十秒が経ち、やがて耐え切れなくなったように早乙女さんが動いた。

 彼女はおでこを床にこすりつけて、いわゆる土下座の体勢を取った。


 そして、泣きそうな声で言う。


「これは……、我が校が誇る二人の王子様。星野王子くんと、一条院光希さまを元ネタにした、BLの、同人誌の原稿です……、どうしても、描きたかったんです……、我慢できなかったんですぅぅ……」


 続けて、観念したように白雪ちゃんが言う。


「本当にすみません……。全部、話します……、この漫画のことも、この部活のことも」


 

 〇


 

 早乙女静葉を追い駆け回した挙句、妹の上履きに襲撃され、訳の分からないまま一人取り残された俺は、風紀委員に捕まっていた。


 罪状は『女子生徒を校内で追いかけ回していたとの通報が入ったが本当か? ちょっと着いて来いお前こら抵抗するな』罪。


 風紀委員室に連れ込まれ、出口を施錠される。


 長机の前のパイプ椅子に座らされ、向かいには二人の少女。


 その内の一人、俺の目の前に座っているのは、白花ネームドの一角『妖艶風紀乱し』こと、一ノ瀬いちのせりん


「さて」


 一ノ瀬先輩が俺を睨め付けながら、スラリとした色白くも健康的な脚を組んだ。

 その拍子にスカートの裾がめくり上がり、むっちりとした瑞々しい太ももがスカートの裾から僅かに覗く。


 なんて眩しい。純潔男子には目の毒だ。

 思わず目を逸らすと、「こっちを見ろ」と低い声で言われる。


 いや、見えそうなんですよ、色々……。

 スカートはしっかり長いのにめくれ上がってるせいで下着を隠す役割を損ないかけてるんですよ。

 見えそうで見えないのが何よりも男の理性を揺さぶるということを理解してるのか? この人は……。もう言ってやろうかな。


「パンツ見えそうですよ」


 思わず口から漏れた。一ノ瀬先輩の顔が沸騰したように赤くなり、慌ててカートの裾を直す。

 隣に居た少女が、手に持っていた警棒のようなものを俺に投げつけてくる。

 ギリギリで躱す。頬を掠めて行った。


 あっぶねぇ……っ! 何でそんなもん持ってんの? 今更だが、ウチの高校って色々おかしいよな。


 警棒を躱した俺が気に入らなかったのか、彼女は続けて殴りかかってこようとする。

 危ない! 危ないって! なんでこんな野蛮なのが風紀委員やってんの!? こいつの風紀を正せよ! ちゃんとしつけしろ!


 拳を振り回している女の子(校章の色を見るに一年生)の腕を掴んで、俺は彼女を宥める。どーどー。


「は、離せ! ケダモノめぇ!」


 いやいやいやいや、君には言われたくないが。

 確かに男はケダモノだが、理性あるケダモノなのだ。場合によっては理性飛ぶけど。


 俺は少女の顔を見る。

 黒髪のショートカットで、前髪をヘアピンで上げている。ちょっぴり広いおでこがキュートな可愛い子だ。

 ただ、元々少し大きめの瞳をさらに見開いて、親の仇のように俺を睨みつけているので、普通に怖い。


「カナタ、戻れ」


 鋭く凛とした声が響いた。カナタと呼ばれた少女がビクリと震え、大人しく一ノ瀬先輩の側へ戻って行く。

 シュンと垂れた尻尾を幻視した。


 ……怒られてハウスされた犬かな? 


 俺は改めて、正面を向く。

 一ノ瀬先輩がまだ少し赤い顔のまま、こほんと咳払いした。足はちゃんと両方とも床に降ろされている。よかった。


 さて、それでは改めて、一ノ瀬先輩について説明しよう。


 一ノ瀬凜、三年生、風紀委員会の長、品行方正の優等生で、風紀の乱れは許さない。

 学生の本分は勉強であると強く主張し、校内で規律を乱す生徒を見れば瞬時に駆け付け、強制風紀を執行する。

 彼女のお陰で、校内の風紀度は五割増加したとかなんとか。


 ちなみに、『漫研の魔物』こと虚空蝉那の天敵である。


 そんな真面目の塊みたいな彼女が、なぜ『妖艶風紀乱し』などという名前で呼ばれているのか。

 まぁ、端的に言って、本人の色気が半端ないからである。


 一ノ瀬先輩は、制服も校則通りに着用し、アクセサリーの類も着けず、無駄な化粧もしていないのに、なぜかそこに豊潤な色香が漂う。


 彼女の発育が良すぎるのも一因だが、本人が無自覚な所で男子を惑わせて来るのだ。そう、さっきの足組みのように。


 本人が自覚していない所に生まれる無知無垢なエロスは、時にとてつもない破壊力を持って男子を襲う。

 身も蓋もなく言ってしまえば、天然ドジでエロい真面目美人お姉さんだ。

 あと、ワインレッドのハーフリムメガネをかけている。色々完璧である。


 風紀を正す風紀委員長であるのに、そんな風に男子を惑わしてしまう彼女を、一部のアホな男子は、畏怖と畏敬を込めてこう呼ぶのである、『妖艶風紀乱し』と。


 ちなみにこの二つ名を知ってるのは白花の男子だけだ。

 全員が全員こんなアホ失礼な呼び方をしている訳じゃないが、こういう時の男子たちの結束力は異常と言えるほどの強固さを発揮し、未だに女子たちにはバレていないようである。


 さらに余談だが、昨年の文化祭で彼女が着たメイド服姿の生写真は闇ルートで数万円の取引がされているという。

 これも一部の男子しか知らない。

 取引場所に関しては厳重なプロテクトがされており、俺も詳しいことは知らない。


 前に光希にこのことを話した所、「ほんと、男子ってバカだよね……」と呆れたように言われた。


 否定はしない。否定はしないが、お前だって男子だろ……。


「うちのカナタが失礼した」


 そんな一ノ瀬先輩の声で、俺は現実に戻って来る。


「いえ、気にしてないので」


 チラリとカナタちゃんを見やる。睨まれる。どうやら嫌われてしまったらしい。


「さて星野くん、では改めて聞こうか。君が女子生徒を追い回していたという話は、事実か?」


「…………いや、でも、俺は」


「口ごたえするな! 事実のみを答えろ!」


「カナタ、静かにしろ」


「はい……」


 カナタちゃんが大人しくなる。

 そして、まるで俺のせいで一ノ瀬先輩に怒られたと言わんばかりの眼で睨まれる。

 いやいやいや……。


「で、どうなんだ?」と、一ノ瀬先輩。有無を言わさぬ迫力。


「……確かに、追い回したのは事実ですが」


「やはりそうか! 凜さん! やはりこいつはケダモノです! 女の敵です! 今すぐ斬首しましょう!」


「カナタ」と、一ノ瀬先輩がカナタちゃんに視線を飛ばす。大人しくなるカナタちゃん。


 もうコントにしか見えない。斬首って……。カタナで斬首されるのだろうか、カナタちゃんだけに。……これ言ったらホントに首切られるな。


 一ノ瀬先輩が「うむ」と唸って俺を見る。


「事実であることは確かのようだな。では、君の言い分を聞こうか」


 ちゃんと話は聞いてくれるらしい。よかった。


 一ノ瀬先輩は、基本的には常識人で良い人なのである。たまに冗談みたいな天然とドジをかますことがあるくらいで。


 だが、言い分を聞いてもらえるとなった所で、あの状況をどう説明したものか。


 俺がモデルにされたっぽいBL漫画の原稿を持ち逃げされたから追いかけたとでも言うのか……?


 いや、それは、流石に……。信じてもらえないだろうし、信じられても困る。


 俺が言葉に悩んでいると、「やはりやましいことがあるから何も言えないのだろう」とでも言いたげに、カナタちゃんがせせら笑って俺を見ていた。


 くそぅ……っ! 果てしなくウザい……っ!

 ある意味才能だ。いつかこの子に目に物見せてやると心に誓う。

 初めてですよ、ここまで俺を虚仮にしたおバカさんは……。


 そんなこと思考を弄んでいると、ガンガンと外から扉を開けようとする音がした。


「あ、あれ? 中に誰かいる?」


「カナタ、開けてやってくれ」


 一ノ瀬先輩の指示を受け、カナタちゃんが扉の鍵を開けに行く。


 すると、小学校の低学年くらいの小さな女の子を抱っこした男子生徒が入って来た。

 確か俺と同じ二年生の、風紀委員に所属する真面目な奴だったはず。確か名前は中村。


 入って来るなり、中村は困ったように一ノ瀬先輩に言う。


「凜さん。なんか構内をうろうろしてるこの子がいて、どこから来た子かも分からないし、何か変なことばかり言うので保護……というか、連れて来たんですが……」


 要領を得ない台詞だ。一体何があったのだろう。


 中村が抱えられている女の子は、不機嫌そうな顔で、中村に文句を言っていた。


「あんなぁ自分、こういうのはあかんで? そら、逃げようとしたウチが悪いのは分かっとるけど、これはあかんて。ウチが抱きしめたくなるくらい可愛いのはしゃーないけどな? セクハラや。これはセクハラや。最近はそういうの厳しいの分かっとるん? なぁ、自分何歳や。あんま年上の女舐めとったらあかんで。つーか、自分ウチが誰か分かっとるん? ここの卒業生やで。そこそこ有名やったんやでウチ。別にええやろ、少しくらい入ったって」


「………」


 その場に異様な空気が漂い始める。流石の一ノ瀬先輩も困惑していた。


 インパクトの強すぎる幼女だった。

 黒髪のおかっぱ。日本人形を思わせる精巧で整った容姿と、それに似合わない派手な洋風ドレス。おまけに関西弁。

 あまりにもクセが強い。


 ぶつぶつと文句を言っていた関西弁幼女が、ふと俺の存在に気付き、目を丸くした。


「おぉっ! 自分や! ウチは自分に会いに来たんやて!」


「は? 俺?」


「せや、ウチの親友の可愛い娘を任せられるくらいのええ男か、ウチが見極めたろうと思ってな?」


 マジで何を言ってるのか分からない。何かのごっこ遊びでもしているのだろうか。ここの生徒の妹とかかな。


 なんにせよ、ここから逃げるにはちょうどいい。

 このままだと、俺に分が悪いのは誰の目にも明らかだったのだ。


「すみません、絶対に外せない用事思い出したので帰ります」


 立ち上がり、開きっぱなしになっていた出口から逃走。

 背後からカナタちゃんの怒った声が聞こえる。


「待てぇ痴れ者! 逃がさんぞッ!」


 どういう言語センスしてんだあの子は。


「ちょぉ待てぇ! どこ行くんや! おいこら自分! 離せアホ!」


「ちょ、暴れないで! こら! か、噛まないで!」


「こらどこ触っとんねんスケベ! そんな乳揉みたいんやったら乳でも尻でもあとで揉ませたるから離さんかいどアホぉ!」 


 さっき校内を走り回った俺が言えたことじゃないが、全く以って騒がしい学校だ。



 〇



 警棒を振り回し怒り狂うカナタちゃん(風紀皆無廊下全力疾走娘)をどうにか撒いて、旧校舎の屋上に向かうと、給水塔の縁に腰掛けながら、セナがタバコを吸っていた。

 漫研にいないと思ったら、こんな所にいたのか。


「やぁ少年、なんだか疲れて見えるけど、どうしたんだい?」


「もう俺にも何が何だか分からない」


 はしごを登って、彼の隣に腰掛けながらそう言うと、くつくつと愉快そうに笑われた。


「事情は知らないが、災難だったみたいだね」


「ひとごとですね」


「ひとごとだからね」


 セナは微笑みながら煙を吐き、携帯灰皿に灰を落とす。手慣れた仕草だ。


「タバコってそんなに良いんですか?」


 セナは定期的にここでタバコを吸っている。白昼堂々こんなことをしてるから風紀委員に目を付けられるのだ。


「中々良いもんだよ。少年も吸ってみるかい?」


 灰皿に吸い殻を押し込みながら、カートンから新しい一本を取り出し、俺に見せる。手の平で『NO』を示すと、セナはくつくつと笑いながらタバコを咥え、ライターで火を付けた。


「オレはね、こうやって高校の屋上で、生徒としてどうどうとタバコを吸うために浪人と留年をしたんだよ。なんかそういうのってかっこいいし、憧れるだろ?」


 冗談だと思いたいが、セナの場合マジで言ってる可能性が捨てきれなくて怖い。

 天才とバカは紙一重であるとよく言うが、こいつは間違いなくバカの部類だ。


「確かに国の法律には違反してませんけど、思いっきり校則違反ですよね」


「大半の女子のスカート丈だって校則違反だよ。大真面目に守ってるのなんて、あの風紀委員長くらいじゃないのか? 違反してない他の子も、どこまで短くすれば校則違反だなんて一々把握してないよ」


「まぁ、それは確かに」


「可愛い子ぶりたい女の子がスカートを短くする校則違反も、カッコつけたいオレがタバコを吸う校則違反も、似たようなものだと思わないかい?」


「どうなんでしょうね」


「ま、人の感性なんてそれぞれだけどね」


 どうでもよさそうに言って、ぷかぁと白い煙を吐き出すセナ。タバコの匂いが風に吹かれてふわりと香る。

 俺は案外この匂いが嫌いじゃないのだが、将来ハマってしまったらどうしよう。

 タバコをやめられないせいで、いずれ運命として再会する彼女に嫌われるなんてことはないと思いたいが。


「そういえば、セナさんに聞きたいことがあるんですけど」


「なんだい?」


「セナさんって、漫研の部長ですよね」


「あぁ、かれこれ四年目になる」


 日本広しと言えど、高校の一部活の長に四年も居座り続ける奴はそうそういないだろう。


「早乙女静葉について聞きたいんですが」


 それだけで、セナは何かを察したようだった。


「もしかして、彼女が描いてるアレに気付いてしまったのかな」


「……じゃあ、やっぱりあれって」


「あぁ、少年と光希くんをモデルにしたBL同人誌だね」


「…………」


 俺の顔が大いにしかめられたことは言うまでもない。そんな俺を見たセナが愉快そうに笑う。


「不満かい?」


「いや、不満もなにも……不満というか……えぇ……、いや普通に不快ではありますけど、そんなもん描いてどうするんですか」


「どうも何も、楽しむんだよ」


「楽しむ?」


「あぁ、少年と光希くんのアレコレをね」


 …………ダメだ。何も分からない。

 恐らく、この話は俺の理解の範囲外にある。


「ちなみに噂に聞くところによると、オレと少年のバージョンもあるらしい」


 絶句する俺。


「少年を奪い合うオレと光希くんの三角関係が描かれているらしい。ちなみにそこらへんの同人誌は、白花の女子生徒のみに伝わる闇ルートで取引されているとか、いないとか」


 絶句する俺。少しだけ、セナとの距離を空けた。


「しかし静葉くんも迂闊だね。ナマモノを題材にする時は重々に留意しなきゃいけないと、彼女も知っているだろうに」


 ナマモノってなんだよ。俺は魚介類か何かか? サバでもタコでもないんだけどな。


 俺が眉を顰めていると、セナが俺を見て、元気づけるように言う。


「ま、気にするなよ」


「いや、いやいやいやいやいやいや、気にするわッ! なに? 闇ルートで取引ってなに? もしかして流通してるってこと?」


「してるね。かなり人気らしい。続きを待ち望んでいる者がたくさんいる。恐らく少年が見たのは、少年がモデルになっている中でも一番人気の『プリンス×プリンス』シリーズの新刊用の原稿だろう。最近、静葉くんが頑張って描いていたよ」


「怖い! 怖いわ! なんでそんなに詳しいんだよ。中でもってなんだ。他にもあんの?」


 すると、セナがフッと不敵に笑った。


「誤解無きように言っておくが、オレが少年に妙な気を起こすことはないからそこは安心して欲しい。オレは、ね。オレがそのことを知っているのは、オレが漫研の部長だからであり、オレがこの白花高校に関して色々詳しいからだよ。何せ、オレはもう五年もここの生徒をやっている」


「五年も生徒をやってるのは誇ることじゃないですけどね」


「ま、それは置いといて、だ。あれは、今更少年が騒いだところで簡単に止められるものじゃない。少年に同情はするが、もし無理に止めようものなら、多くの犠牲が出るだろう」


「戦争でも起こるんですか」


「起こるね。死人も出るだろう、それがないと生きていけない女子が大勢いるんだ」


 どういう理屈だよそれは。


 この高校は一体何なんだ。魔窟か? 得も言われぬ業を背負った者たちが集うアンダーグラウンドか? 

 他所から奇人の巣窟と呼ばれているのは知ってるけど。


「……いや、色々納得できないんだけど……、俺の慈悲深過ぎる寛容な心を持って、一億歩譲って俺は気付かなかったことにしてやるとして、これは光希も知らないんですよね」


「あぁ、知らないと思う、少なくとも今は」


「あいつが知ったらどんなことになるか」


 流石の光希も、怒るんじゃないだろうか。あいつは何だかんだ真面目だしな。


「それに関しては、気にしなくていいとオレは思うよ。むしろ、いや、これはいいか」


「は?」


「ま、結局どうするのか決めるのは少年だし、オレの言ったことは忘れてくれても構わない。むしろ少年が動いてくれた方が面白くなりそうだし、例の同人誌を辞めさせたいなら、オレは協力してもいいよ」


「あんたは一体何がしたいんだよ」


 俺がそう言った時には、セナは跳ぶようにはしごを降りて、屋上の床に降り立っていた。


 セナは飄々と笑いながら俺を見上げると、あっさり言った。


「青春かな」



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