8 俺は彼女を追った
〇
なんだか、光希の様子がおかしい。
今まで遅刻なんてしたことなかったのに、二限目の終わりくらいに登校してくるし、俺と目を合わせようとしない。近付いて話しかけようとすると、不自然に逃げる。
何か、おかしい。
俺は自分の行動を振り返ってみる。何か、自分でも気付かぬ内に、彼の気に障るようなことでもしてしまっただろうか、と。
そういえば、よくよく思い返してみると、昨日の別れ際から、光希の様子が変だったような気もする。
俺は土曜の夜から光希と一緒に徹夜でゲームをして、その途中で彼が寝落ちした。俺がゲームに熱中している間に、気付けば隣で寝ていた。楽しい夢でもみていたのか、やけに幸せそうな寝顔でにやけていたのを覚えている。
そんな寝顔もイケメンだった。
それから、光希が寝てるのに勝手にゲームを進めるのも悪いと思った俺は、最近個人的にハマっているFPS系のゲームを始めて、いつの間にか俺も寝ていたのだ。
起きた時にはもう朝、というか昼過ぎで、隣から光希は消えていた。
荷物は部屋に置いてあったので、帰った訳ではないと判断した俺は光希を捜したのだが、なぜか彼は白雪の部屋にいた。
何の話をしていたのか分からないが、ただならぬ雰囲気を感じた。
マジで何やってたんだろあれ……。
まさか、まさかとは思うが、白雪と光希がすでにデキているという可能性はあるまいな?
もし白雪と光希が結婚したら、光希が俺の弟になるのか……。
うーむ、それは、なんと言うか……、完璧な美男美女同士で滅茶苦茶似合うな。
うーむ。
でも光希は今千花と良い感じっぽいし……。
うーむ。
まぁ、この話は置いておこう。
そのあと、光希は用事を思い出したとか言って帰って行ったのだが、あの時の光希は変だった。
昨日の時点では、俺は半分寝ぼけていたのもあって、特に疑問に思わなかったが……。
俺が何かいつもと違うことをした記憶はないので、俺が寝ている間に何かあったのか……?
一緒にゲームやってる時は普通だったしな。
それとも、俺とは全く関係ない事情だったりするのだろうか。
でも明らかに俺を避けてるしな……。普通にショックなんだけど。
昼休みも、「ごめんボク用事があるから」と言って光希は早々に教室を出て行った。
一体何なんだ。
光希が居ないので、久々に他の友達と昼食でも取ろうと思ったが、ここ最近は屋上で千花と光希と一緒にお昼を過ごすことが常だったので、千花が既にいるかもしれないと思って屋上を覗くと、やっぱりいた。
「よう」
先に来てベンチを取っていてくれたらしい千花に声をかける。いじっていたスマホから顔を上げ、彼女が俺を見る。そして首を傾げた。
「あれ、光希先輩は一緒じゃないんですか?」
「うーむ」
「何ですかその顔」
さらに首を傾げる千花。小鳥がよくやってる感じ角度。
あざとい仕草だが、やけに自然と様になっている。
たぶん千花は常日頃からこういうことをやっているので、もう染みついてるんだと思う。
凄い奴だ。
だって可愛いんだもん。田中はこれに騙されてしまったんだな。仕方ない、仕方ないよ田中。
「よく分からんが、光希に嫌われてしまったかもしれない」
「喧嘩でもしたんですか? 意外ですね」
「意外か?」
「だって先輩と光希先輩、もう気持ち悪いぐらい仲良いじゃないですか」
「白雪にも似たようなこと言われたな」
「まぁ、だから喧嘩してるのが想像できないっていうか。どうせ先輩が余計なこと言ったんでしょうけど」
「なぜ原因が俺にあると決めつける。俺は何もしてない。俺は無実だ」
「ほんとですかー?」
疑いの目で見られる。信用されていない。
「じゃあ、今日は先輩と二人きりの昼食ですね」
「いいのか?」
「何がです?」
「俺と二人で」
てっきり光希がいないなら意味がないと言うのかと思っていたが。
千花は俺の言っている意味が理解できないというようにきょとんとする。
「別にいいですけど、何か問題でもあるんですか?」
「いや、まぁいいんだけど」
俺は千花の隣に座って、自分の手元に食料がないことに気付く。
「購買でメシ買ってくるの忘れた」
「そういえば先輩って、ゆきちゃんにお弁当作って貰ったりはしないんですか? ゆきちゃんはいつも自分で作ったお弁当持ってきてるみたいなんですけど」
「あぁ、それはな……、複雑な事情があってだな」
実を言うと、去年まで、俺は白雪に弁当を作って貰っていた。
本当によくできた妹だ。あいつ欠点とかあるのか?
ただ、そんな風に白雪に弁当を作って貰う代わりに、俺はその弁当の容器を自分で洗うことを義務付けられていたのだが、ある時、それを五日連続で忘れた所白雪が怒り、以降作ってくれなくなった。
「……先輩が悪いんじゃないですか。全然複雑でもないし」
千花が心底呆れたような顔で俺を見る。
その通りだ。俺が悪い。
多分、また頼んだら作ってくれそうな気がするんだけど、今度俺が容器を洗うのを忘れた時、彼女のどんな怒りを買ってしまうか分からなくて不用意に頼めない。
白雪怖い。
「はぁ……全く、仕方ないですね。じゃあ、これ食べますか?」
そう言って、千花が俺におにぎりとクリームパンを差し出す。
「いやでもそれお前のメシなんじゃないの」
「そろそろダイエットしようと思ってたところなので、ちょうどいいです」
「太ったのか? そうは見えんけど」
「あの、そういうこと聞かないでくれます?」
にらまれた。謝る。
……今の俺が悪いのか? いや、そういう考えだからいけないのだ。今度から気を付けよう。
俺は学べる男だ。
「ほんと先輩は……、はい、これ食べてくださいね」
シーチキンのおにぎりとクリームパンが膝に乗せられる。
俺の腹を満たすには足りない量だが、今日の所はこれでいいだろう。
「さんきゅー」
お礼を言いながら隣を見やると、千花が俺に手の平を突きつけていた。
「……この手は?」
「いや、お金ですよお金。これ購買で私が買ってきたやつですから、ちゃんとお金払ってくださいね。まさか、後輩に奢らせるつもりじゃないですよね?」
「なるほど」
そんな感じで、可愛い後輩と楽しいお昼を過ごした。
ただ一つ気になったことがあって、昼休みの間ずっと、屋上の端っこの方から、早乙女静葉が俺と千花のことをこっそり見ていたのである。
意味深な視線だった。
本人は隠れてるつもりなのだろうが、バレバレだった。
彼女はたぶん俺のことが好きなので、千花と二人で昼食を取っている俺のことが気になって仕方なかったのだろう。
モテる男は罪だなぁ。
〇
放課後も、光希は用事があるとか何とか言って、逃げるように教室を出て行った。用事ありすぎだろあいつ。
俺はそのまま帰宅してもよかったのだが、帰ってやることもないし、暇だったので、なんとなくその足で漫研の部室に向かうことにした。
今朝セナに顔を出せとも言われたし、せっかくだから会いに行ってやろう。
我が二年B組の教室は新校舎の二階にあり、漫研の部室は、旧校舎四階の一番隅にある。新校舎と旧校舎は二階と四階の部分で、渡り廊下で接続されている。
教室を出た俺は二階の渡り廊下を通って旧校舎へ入り、階段を上る。
旧校舎の二階と三階と四階の教室は、文科系のクラブの部室として使われているのがほとんどだ。
四階に上がって、文芸部の部室前を通り、黒いカーテンで閉め切られたオカ研の部室前を通り(なんか変な笑い声が聞こえた)、白花伝説研究部の部室前を通り、〝ご機嫌なちくわ部〟というマジで何をやっているのか分からない部活(普段は静かなのにたまに奇声を上げてえげつない喧嘩をしてるのが聞こえてくるらしい)の部室前(ここも黒いカーテンで閉め切られている)を通り、漫研の部室前に辿り着く。
俺はここの部員だが、最近はここに来てなかったので、一応コンコンとノックしてみる。
しかし、返事はなかった。
誰もいないのかな?
鍵は開いていたので、勝手に入ることにする。久しぶりに漫画でも読ませてもらおう。
漫研の部室は、二つある扉の内、片方側からしか入ることができない。
何故なら、部屋の半分が漫画で埋め尽くされているからである。
そこには、部員が持ち寄ったり、過去の部員が遺産として残して行った数多の漫画が敷き詰められた棚がズラリと並んでいる。
もう半分のスペースの中央には長テーブルとパイプ椅子が据えられており、そこで歓談したり、漫画について語り合ったりする。
しかし、今はそこに誰もいなかった。棚が重なって立ち並んでいる漫画スペースの方にも人の気配はない。
水の入った電気ケトルと、ティーセットがテーブルに置かれているので、俺が来る前に誰かがここに居たのだろう。
ただ使用した感じはなく、使用しようとした所で、何か用事を思い出して部屋を出て行った風に思える。トイレにでも行ったのかな?
ふとその時、俺はテーブルの端に、漫画の原稿らしきものが重なって置かれていることに気付いた。
部員が描いた漫画だろうか。
勝手に見てしまうのは悪いと思ったが、興味には逆らえずつい覗いてしまう。そこには、衝撃の絵図があった。
「……」
思わず絶句する俺。
……これは、いわゆるBLというものなのだろうか。
その辺りに関しては見識が深くないので、ハッキリとしたことは言えないが、多分そうだと思う。
ボーイズがラブラブしちゃうヤツだ。
キラキラした輝かしいイケメンが、ちょっと地味めでアンニュイな感じのイケメンを攻め立てている。
アレがアレになってアレがアレアレしようとしている。
あれあれあれあれあれあ~~~ッ、という感じだ。
かなりハードだ。
アレのグングニルカリバーとアレのアビスシークレットホールがアルティメットドッキングしてアレアレしている。
腕を組み、俺は深く唸る。
「……うーむ」
このラブラブしてる二人の顔に、見覚えがあるのは気のせいだろうか。
何枚か原稿を確認してみると、表紙らしきページがあった。見ると、キラキライケメンが地味めイケメンを押し倒していた。
タイトルは『プリンス×プリンス6』
6……。
つまり、シリーズものということか。随分と人気のシリーズのようだ。
「…………うーむ」
やっぱり、この二人が誰かに似ているような気がしてならない。
まるで、現実の誰かと誰かの顔をそのまま二次元に落とし込んだような……。
どうか、気のせいであって欲しい。
しかし、『プリンス×プリンス』というタイトルも、その当たって欲しくない予感を助長させてくる。
お願いだから、俺の思い過ごしであって欲しい。
そう思いながら原稿を見ていくと、人物紹介みたいなページがあって、そこに『ヒカル』と『ジーオ』という名前があった。
メインの二人で、学園では彼らは『花の王子』、『星の王子』と呼ばれているらしい。
「…………」
いや、これはもう、いや、でも、うーん、これは……、え……、え? ……え?
やばい混乱するぞこれは。認めたくない。
あと、これを書いた作者の名前は『傾国』というらしい。ペンネームってやつだろう。
それにしても、『傾国』って、どこかで聞いたことがあるような……。
その『傾国』というワードが、何かに結び付きそうになった瞬間、どこかでガタンと何かが倒れたような音が響いた。
「なんだ?」
顔を上げる。
隣から聞こえたってことは、あれか?
例の『ご機嫌なちくわ部』の部室か?
噂に聞くように、喧嘩でもしてんのかな。
その時、部室の扉が開いて、一人の大人しそうな少女が入って来た。野暮ったいメガネと長い黒髪。
早乙女静葉だ。
早乙女は、原稿を見下ろして唸っていた俺を見た瞬間、固まった。
一瞬、彼女の中で時間が停止したようだった。
そのあと一拍置いて、彼女は悲鳴を上げた。
それからの彼女の動きは鮮やかだった。
軽快なフットワークでテーブルを回り込んで、俺の側にやって来ると、目にも留まらぬ速度で俺の前にあった原稿を一つ残らず奪い取って行った。
そして彼女は、何かよく分からないことを喚きながら部室を飛び出した。
俺は彼女を追った。
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