4 モテる男はつらい


 ●



 私が幼い頃、母様が、私のためにたくさんの絵本を自作して、読み聞かせてくれていたことについては先述の通りであり、その中の『お星さまに願う恋~運命の出会い~』が私にとって一際特別なものであるというのも先述の通りだ。


 私と王子くんとの出会いは、この絵本のお姫さまと王子さまに近しい部分がある。私が彼に強い運命を感じたのも、先にこの絵本を読んでいたからだ。


 そして、これは今から話すことの上でとても大切なのだが、『お星さまに願う恋~運命の出会い~』には、続きがある。


 母様が私のために作ってくれた絵本、『お星さまに願う恋~運命の出会い~』は、いわゆる物語の前編にあたる部分なのである。


 その後編のタイトルとは、『お星さまに願う恋~恋の試練、真実の愛を求めて~』。これもまた素敵なタイトルである。


『お星さまに願う恋~恋の試練、真実の愛を求めて~』へ続く。 



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 『お星さまに願う恋~恋の試練、真実の愛を求めて~』のあらすじ。


 王子さまとめでたく結ばれたお姫さまは、とても幸せな毎日を送っていました。

 しかし、そんなお姫さまをこころよく思わない魔女がいました。


 悪い魔女は、王子さまのことが好きだったので、王子さまと結ばれたお姫さまを恨んでいたのです。


 悪い魔女は、お姫さまに言いました。王子さまと別れなさい、と。

 しかしお姫さまはそれを断ります。王子さまがいないと、私の生きる意味はありません。私と王子さまは真剣に愛し合っているのです。


 悪い魔女は怒りました。

 悪い魔女は言います。

 本当に愛し合っているというのなら、真実の愛を見せてみろ。


 悪い魔女はお姫さまに魔法をかけます。

 すると、なんということでしょう。お姫さまは男の子になってしまいました。


 悪い魔女は言います。

 男になったお前でも、王子さまが、ちゃんとお前の元の正体に気付き、その上でも愛し合うことができたなら、元の姿に戻してやる。


 大変なことになりました。


 悪い魔女の魔法のせいで、男になったお姫さまを見ても、誰もそれがお姫さまであることに気付いてくれません。

 そして王子さまも、お姫さまに気付いてくれませんでした。


 お姫さまに気付かない王子さまは悲しみます。

 いったい、僕のお姫さまはどこに行ってしまったのだろう。 


 王子さまに気付いてもらえないお姫さまは泣きました。

 このまま、私は王子さまにも愛してもらえず、お姫さまにも戻れないのでしょうか。


 それでも、王子さまは、突然いなくなってしまったお姫さまを捜し続けました。

 そしてある日の夜、空を見上げていた王子さまは、ハート型の星が流れていくのを見ました。


 王子さまは知っていました。ハート型の流れ星に願えば、どんな恋のお願いも叶うということを。


 王子さまはそのお星さまにお願いしました。

 どうか、またお姫さまと出会えますように。


 しかし、お願いをしたあと、何日経っても、王子さまはお姫さまと会うことができません。


 王子さまは不思議に思いました。そして、つい気付きました。


 そう、お姫さまは、ずっと王子さまの隣にいたのです。


 見つめ合うお姫さまと王子さま。

 やがて近付く二人の唇。

 以下濃厚なBL描写――。



 〇



 とある休日の朝、俺は絶叫しながら目を覚ました。


 額にはびっしりと汗が浮いていて、俺はそれを寝間着の袖で拭う。


 あー、びっくりした。夢か……。


 物凄い夢だった。

 あまり具体的なことは思い出したくないが、俺と光希が男と男の濃厚な愛に沈んでいく、というような夢。


 俺と光希は確かに仲の良い友人だが、別にそういう関係ではないのだ。


 その時、ノックも無しに俺の部屋の扉が開いた。


「お兄ちゃん、なにひとりで騒いでるの?」


 腰に手を当て、どこか呆れた表情で俺を見る妹の白雪。

 スラリと伸びた手足、クールに整った美しい顔立ち、軽く内に巻かれたミディアムショート。

 流石俺の妹と言うべきか、紛うことなき美少女である。

 今からどこかに出かけるのか、身だしなみはお洒落に整えられていた。スタイリッシュなパンツスタイル。


 しかし、大体こいつが悪いのだ。


 昨夜突然、「お兄ちゃんってさ、光希さんといつも一緒にいるじゃん? ちょっと仲良すぎるよね。まさか本気でそっちの気があったりするの?」とか言うから……。だからあんな妙な夢を見たのだ。


 別に俺は男と男が愛を育もうと、女と女が愛し合おうと、お互いが納得しているのであればそこに意を唱える気はないし、そういう愛の形も尊重されてしかるべきだとは思うが、俺の恋愛対象はあくまで異性――女性であり、なんなら俺の恋人となるべき運命の相手はもう決まっているのだ。

 それは光希じゃない。


 俺は二重の意味を込めて白雪をにらむ。

 俺に妙なことを言って妙な夢を誘発したことと、勝手に兄の部屋に入ったことを咎める意味だ。

 こいつはさも当たり前のように俺の部屋に入って来る節があるが、兄のプライベートを尊重して欲しいものだ。

 お陰で俺はいつもエロ本の隠し場所に頭を悩ませている。


「何しに来たんだよ」


「何って、お兄ちゃん今日出かけるんじゃなかったの? 九時には出るみたいなこと言ってたから、一応言いに来てあげたのに」


「……今何時だ?」


 すると白雪は、わざとらしいため息を一つ吐いて、スマホのホーム画面を俺の鼻先に突き付けてきた。


 彼女のスマホの画面に表示されている時刻は、八時五十分。


「おぅ……」


「じゃあね。一応お父さん家にいるけど、私も出かけるからちゃんと戸締りしていってね」


 白雪はそう言って、それから思い出したようにこう続けた。


「あ、さっき焼いた目玉焼きが台所にあるからよかったら食べて。冷蔵庫に昨日の残りのサラダもあるから」


「はい」


「あと家を出る前に、ちゃんと寝ぐせ直して顔洗って歯も磨いてよね、絶対」


「はい」


「じゃ、行ってきます。お兄ちゃんも、忘れものとかしないように。事故にも気を付けてね」


「はい」


そして、手をひらひら振りながら、白雪は部屋を出て行った。


「うーむ……」


 できる妹だ。俺の妹なだけはあるな。

 お兄ちゃんは誇らしいぞ。



 〇



 三枝千花の一条院光希攻略作戦について。


 なんやかんやあって、俺は可愛い可愛い後輩、千花の恋を手伝わされることになった訳だが、状況はあまり芳しいとは言えない。


 俺という橋を渡しての二人の交流は度々行われており、その結果、光希と千花の仲は確実に深まっているのだが、友達以上の何かにまで至りそうな気配はない。


 そもそも光希は鈍感で、千花が言動の端々に匂わせている『あなたのことが好きなんです~♡』オーラに気付いていないし、もし仮に気付いたとしても、今の彼が千花に靡くことはないだろう。


 光希は確かに童貞だが、俺と同じくただの童貞ではない。

 誇り高き童貞なのだ。

 千花が今まで弄んできたそんじょそこらの童貞とは違う。

 田中とは違う。


 だが、光希という男を陥落させるのが非常に困難であるということは千花も理解しているようで、だからこそ彼女も俺に協力を要請しているのだ。


 そのために俺は、今日という休日に、俺と光希と千花の三人で出かける予定をセッティングした訳だ。

 優秀な妹のおかげで、どうにか待ち合わせの時間までに、集合場所に辿り着いた俺だったが、そこには千花しかいなかった。


「あ、先輩、おはようございます」


「おう。あれ、光希は?」


「まだ来てないですね」


 腕時計を見ると、正確な集合時刻まではあと五分ほどある。

 いつもの光希ならもう来ていてもおかしくなさそうだが、まぁこういうこともあるだろう。


 その時ちょうどスマホが震えて、光希からのラインが届いていた。


『ごめんちょっとだけ遅れるかも』


『了解』と返信する。


「光希ちょっとだけ遅れるかもしれないんだと」


「はーい、それじゃあそれまでは先輩と二人きりですね♡」


 千花は俺を上目で見て、お茶目に言う。


 今日の千花の装いは、クリーム色のニット服(袖がないやつ)に、白っぽいなんかふわふわしたスカート。

 彼女の普段の短めのスカート丈を考えると、今日のスカート丈は膝下くらいと、そんなに短い訳ではない。

 そして、小さなハンドバックを両手でちょこんと持ち、なんか小さい棒みたいなヤツが付いたチェーンネックレスを首から提げ、厚底のなんかお洒落な感じのサンダルを履いている。


 一見すると、清楚っぽいコーデである。

 これが清楚コーデなのかどうかは知らんが、なんかそんな感じがする。

 俺は女の子が長めのスカートを履いてるだけで清楚っぽく感じてしまう人種だ。


 だが、だがである。彼女のむき出しになった白い肩と腕、スカートから伸びる細い足が妙に色っぽい。

 そして何より、彼女が身に着けているニットがかなりピッチリとフィットしているため、女の子らしい体のラインが浮き出ているのだ。

 千花は小柄な割に、その、なんというか、グラマラスなので、これは、これは……。


「あの、先輩」


 ふと、千花が半眼になって俺を見た。声に呆れが混じっている。


「胸めっちゃ見てるの、分かりますからね」


「え」 


「いや、まぁ別にいいんですけど」


「え!?」


「やっぱダメです」


「はい」


 目線を上げる。ジト目の千花と視線が重なる。


「千花、今日の服めちゃくちゃ可愛いな」


「最初の一声がそれであってほしかったです。先輩の今日の恰好は普通ですね」


「知ってるか? この世で普通を維持するのって、めちゃくちゃ難しいんだぜ」


「先輩って顔はそこそこ良いのに、何かあと一歩足りないって感じなんで残念なんですよね」


「白雪と似たようなこと言うのやめてくれる?」


 うっかり自分について見つめ直してしまいそうになるから。


「ゆきちゃんも色々大変そうですよね」


 こいつ俺の前だと思ったこと全部口に出すよな。ある意味信頼されているとも言える。それだけ俺が良い男ということだろう。


 だが、この話題を続けるのは何となく嫌な予感がしたので、俺は千花に聞く。


「そういえば聞いてなかったけど、千花は光希のどこに惚れたの? この前屋上で会ったのが初対面だよな?」


「あぁ、それはですね」


「それは?」


「顔がとても好みだったので」


「なるほど」


「浅いって思いますか?」


「いや、別に?」


 顔が好きだから、一目惚れしてしまったから。別に何も悪いことじゃない。容姿も性格も気質も、人を構成する立派な要素だ。そこに優劣はない。


 俺だって運命の相手である彼女には、ほとんど一目惚れだった訳だし。


 うん、あるよね、やっぱりそういうの。でも田中を弄んだのは許さんからな……。


 ふと気づくと、千花が俺の顔をジッと見つめていた。


「やっぱり先輩って、そこそこかっこいいですよね」


 どうした急に。そんな面と向かって褒められると照れるが。


「惚れるなよ?」


 キメ顔。


「そういうところが残念なんですよね」


「……」



 〇



 本日のお出かけプランは、ここらに住まう若者たち御用達の大型ショッピングモールにて、最近なんか巷で流行ってるらしいアオハル系の恋愛映画を鑑賞し、そのあとなんか良い感じに昼食を挟み、なんかその場のノリで服を見たりなどのショッピング、ということになっている、たぶん?


 光希と合流したのち、俺たちは談笑しつつ目的のモールへ直行。

 ウィンドウショッピングで少し時間を潰してから、映画館に向かい、ポップコーンとお好みのドリンクを購入。

 予約済みのチケットをスムーズに発券してからシアタールームへ。


 左から光希、千花、俺の順で座る。

 映画が始まるまで、少し時間がある。まだ劇場も明るく、雑談が許される時間だ。


「ボク、この映画の原作も好きなんだよね」と光希。


 これ原作あるの? 知らなかった。


「あ、わたしも好きです!」と千花。


「千花ちゃんも読んだことあるんだ。いいよね、あれ」


「わかります。特にヒロインが――」


 慌てて千花の口を塞ぐ。こいつ今ネタバレしようとしただろ。

 千花ににらまれて手を離す。


「なにするんですか」


「それはこっちの台詞だ」


 さてはこいつ、ネタバレ過激派の前でネタバレすると血の雨が降るということを知らんな?


 そのあと、どうでもいい雑談を交わしている途中、映画が始まるまで光希と二人きりにさせてくれないかなぁチラチラという視線シグナルを千花から受信。


「俺ちょっとトイレ行ってくるわ」


 席を立つ俺。どこかで時間潰してこよう。


「あ、ボクも行こうかな」


 お前は行かんでいい。


 千花ににらまれる俺。


 いや、俺悪くないでしょ……。



 〇



 映画はそこそこよかった。

 何がどうよかったのかと聞かれると、難しい所だが、なんかよかった。笑いあり、涙あり、恋愛あり、そして、彼らの募った想いが最後に奇跡を起こす。青春だなぁという感じでした、はい。


 原作と違う所が色々あるらしいので今度光希から借りることになった。


 光希と千花は映画の感想で意気投合していた。俺はその二人の会話を側で聞いているだけだった。

 うんうん、いい雰囲気なんじゃないの?


 その後、最近オープンしたというパスタのお店でお腹を満たした。そこそこ美味い割に安価で、学生のお財布にも優しかった。

 そのお店のネット口コミを見た所、『トイレが少し狭かった』という感想があった。他にもっと書くべきことはなかったのか? 


 それから、服を見たいという千花に付き添って適当にアパレル系のお店を巡る俺たち。光希と千花の会話の機会を増やすためにそれとなく二人と距離を置く俺。そんな風に一歩引いて二人を見ている内に、気付いたことがある。


 光希が妙に手慣れているということだ。


 妙に慣れた様子で、千花の服選びに付き合っている。

 もちろんレディースの衣類。凄い奴だ。今流行りの女の子コーデとか、俺は全く分からない。

 じゃあ男の子コーデなら分かるのか? と言われると、それは聞くな。


 思い返せば、今朝、千花のコーディネートを見た時の彼の褒め方はかなり自然だったし、どこかの誰かのようにおっぱいを凝視するということもなかった。

 あの魔力に抗うとは、すごい奴だ。俺が気付かなかった千花のネイルアレンジにもしっかり言及していた。


 これが真にモテる男の凄さか……。


 俺も別にモテない訳じゃないが、光希にだけは素直に白旗を振らざるを得ない。にしても光希楽しそうだな。ああいう光希はあまり見たことがない。

 もしかして光希と千花、お似合いなんじゃないのか……?


「先輩せんぱいっ! どうですかっ、これ」


 シャッと試着室のカーテンを引いて、光希と一緒に選んだらしい服に着替えた千花が俺を見て、ポーズを取る。


 袖の部分がゆったりとした白っぽいブラウスの上に、肩に吊るひもが付いた明るい紺色の服を合わせている。


「オーバーオールってやつ?」


「サロペットですよ」


「サロペットってなに?」


「オーバーオールみたいなもんです」


 じゃあオーバーオールでよくね? でも微妙に違うらしい。分からん……。

 光希は分かってた。敗北感。あとで調べてみよう。


 千花がくるっとその場で回転して、何かを求めるように俺を見る。はいはいかわいい。


「めちゃくちゃ可愛いな」


「先輩それしか言うことないんですか?」


 なんでちょっと怒られたの俺?


「光希はどう思う?」


 俺は光希に会話を繋げる。

 見たかこの完璧なパスを。千花にとっても、ここで光希の評価を確かめるのは大切であるはずだ。


「これもすごい良いと思うけど、千花ちゃんならさっき見たブラウンカラーのやつも似合うかもね」


「あ、ですよね! わたしもそう思ってました! 試してみてもいいですか?」


「うん、全然いいよ。また着替え直すのも大変だろうし、ボクが持ってくるね」


 自然な感じで穏やかに微笑み、颯爽と件の服を取りに行く光希。

 こいつ完璧か? 


 そんな光希の背中に千花がお礼の声をかけ、嬉しそうに俺を見る。


「先輩せんぱいっ!」


「はい」



「光希先輩ってほんとカッコいいですよね」


「わかる」


「よくあんなすごい人と友達になれましたね」


 わかる。


「俺もカッコいいからな」


「はいはいそうですねー」


 普通に流された。


 でも別に俺とて、初めから彼と仲良くなろうとした訳じゃない。

 むしろ、仲良くなるつもりなどなかった。とある打算を持って、俺は彼に近付いたのである。


 入学当初、光希は並みいる新入生たちの中でも一際異彩を放っていた。


 俺と光希は同じクラスだったのだが、彼は皆の注目をその一身に集めていた。

 そして光希を見る者たちは、特に女子は、一様に彼を誉めそやしていた(まるでアイドルを前にしたファンのようだった)。


 故に、男子たちは焦っていた。

 クラスにいる可愛い女の子たちを皆彼に持っていかれやしまいかと、光希を警戒しているようだった。


 一方、俺はと言えば――彼は傍から見ていて完璧に過ぎたので――、そんな完璧な人間などいる訳がない、こういう見かけが完璧な奴ほど腹の内ではろくでもないことを企んでいる性悪野郎に違いねえんだよッ、けぇいっ! と思い、彼に近付き、どうにか彼の欠点を探ってやろうとしたのである。

 別に彼の欠点を探り、どうこうするつもりはなかったが、妙にそんな彼のことが気になって仕方なかった。


 しかし、俺の予想に反して、光希はただの良い奴だった。

 そして俺たちは意気投合し、今に至るという訳だ。疑ってすまんかった……。

 俺が悪かった……。


「でも、光希先輩って、なんというか」


 俺が懐かしの記憶を回想していると、ふと、千花がそんな声をもらした。

 しかし、ちょうどその時光希が戻って来て、千花はにぱっと愛嬌のある笑みを浮かべる。


「ありがとうございます! なんかすみません」


「うん、気にしないで」


 そしてまた試着室のカーテンを閉める千花。


「ねえ王子」


 光希に呼ばれてそっちを見ると、彼は若草色の大人っぽいワンピースを手に持っていた。


「これ、どう思う?」


 どう……、とは?


「千花にってこと?」


「え、あ、うんそうっ。千花ちゃんに」


「いいんじゃないの? あいつ元が可愛いしスタイルも良いから正直何でも似合う気がする」


 どうしたこいつ。千花の服を自分から選んでくるなんて。


「そうだよね、可愛いよね、千花ちゃん」


 試着室のカーテンをジッと見つめながら光希は言った。どうしたこいつ。


 正直な話をすると、俺は光希と千花が上手く行く未来は限りなくゼロに近いと思っていた。

 可愛い後輩のために、俺にできるサポートはしているつもりだが、結局最後に千花を選ぶか選ばないのかを決めるのは光希であり、そういう光希は今までどんな女の子に迫られても靡く素振りを見せなかった男だ。


 俺がエロい話を振ると動揺しつつもしっかりと関心を示すので、女の子に興味がない訳じゃないことは分かっていたが。


 やっぱり相性がいいのかもしれない。

 光希なら千花にいいように振り回されることもないだろうしな。美男美女で気も合うとくれば文句も無い。お似合いだ。


 二人が結ばれた時は、俺も祝福するとしよう。



 〇



 妙な視線を感じる。

 光希と千花の楽しげな会話を一歩引いた位置から生温かく見守っていた俺だが、どうにも俺たちをつける誰かがいるような気がしてならない。


 これは、少し確かめる必要があるな……。


 角を曲がった所で俺は解けた靴紐を結ぶフリをしてしゃがみ込み、二人には「先に行っといて」と言う。気分は正体を隠して敵国のスパイと戦うエージェント。


 と思ったけど、二人と普通に俺を待っていてくれるようで、その場に立ち止まった。いい奴ら。


 そして俺が靴紐を適当に結び直して、立ち上がった所で、見覚えのある人物が角を曲がって来て、俺たちを見て「あ」と声をもらした。


「え」


 そこにいたのは、俺と光希のクラスメイトの女の子である。

 彼女は千花を見て、光希を見て、最後に俺を見て顔を赤くし、そのまま俺たちに気付かないフリをして過ぎ去っていった。

 いや、流石に見なかったことにするには無理があるでしょ。


「今の、早乙女さんだよね」と、俺を見ながら光希が言う。


「うむ」


「お知り合いですか?」


「クラスメイトだけど、大人しい子だからあんまり話したことないかな」


「そうなんですか?」


「うむ」


 まさか彼女が俺たちを付けていたのだろうか。いやマジでいるとは思わなかったな……。


 秘密のエージェントごっこもたまにはやってみるもんだ。


 早乙女さおとめ静葉しずは


 野暮ったいメガネと腰まで届きそうな長い黒髪が特徴的な少女である。物静かで、教室内でも本を読んだりなどして一人で過ごしていることが多い。


 それだけなら特に問題ないのだが、俺は知っている。

 時折、彼女が俺に意味深な視線を送っているということを。

 授業中や休み時間、廊下ですれ違う時など、不自然に俺を見ているのだ。

 俺がそのことに気付いたのは最近だが、間違いないと思う。


 これは彼女が俺に只ならぬ感情を抱いているという証左であり、彼女が今日俺をつけていたかもしれないという事実に、説得力を持たせる。


 分かる人には分かるのだろう。


 どうしても学校では光希が目立ち、俺は添え物ネタキャラ扱いされがちだが、一部の慧眼を持つ者たちは、しっかりと俺の隠された魅力に気付いているのだ。

 早乙女静葉という少女も、その内の一人という訳だ。


 モテる男はつらい。


 その後の三人でのお出かけタイムは何事もなく終わった。普通に楽しかった。

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