2 男は単純な生き物であると、誰かが言った
〇
男は単純な生き物であると、誰かが言った。
その通りだ。
〇
入学式から一か月と少しが過ぎ、晴れて高校生となった新入生たちも、学校に慣れてきているようだった。
浮足立っていた彼らの足取りも徐々に落ち着き、校内で迷うことも無くなる。
気温も上がり桜が散ると共に、季節は春から夏へと向かい始める。
青春をひた走る高校生たちの放課後は、部活動に熱を上げたり、友達や恋人と楽しく遊んだりするのに忙しい。あるいは己を高めるために孤高の中で勉学に励み趣味に没頭する者もいよう。
そんな風に忙しなくしている高校生たちを横目にしながら、俺は旧校舎の屋上へ向かった。
新校舎の屋上が生徒たちの憩いの場となっているのに対し、旧校舎の屋上は殺風景だ。床も汚れており、大体いつも閑散としている。
そんな旧校舎の屋上は、告白の定番スポットとして有名でもある。
たまにここで、俺の知り合いの中でも一際関わっちゃいけないタイプの奴(漫研の魔物)がタバコを吸っていたりする。今は俺以外に誰もいない。
屋上のフェンス越しに運動場を見下ろすと、快活なかけ声を上げながらランニングをする運動部の姿が見えた。
中には初々しく張り切る一年生たちもいる。
他の二、三年生と見かけはあまり変わらないのに、こうして眺めるだけで一年生と分かるのだから面白い。
校舎内からは吹奏楽部の音出しや、軽音楽部がかき鳴らすギターなどが聞こえてくる。決して上手ではないが、不思議と聞き心地は悪くない。
学校の放課後という雰囲気。
放課後と聞けば、自然と夕焼け色の景色が浮かんでしまうものだが、視線を持ち上げて確認してもまだ日はそこそこ高く、空は青い。しかしあと一、二時間も経てば、きっと趣のある夕焼けがここから見渡せることだろう。
さて、一体なぜ多忙な男子高校生たるこの俺が、放課後の屋上で腕を組み、有象無象の生徒たちを傲岸不遜の心持ちで見下ろしているのかについて。
俺とて立派な男子高校生。放課後は暇な訳じゃない。ゲームに読書(漫画)にアニメ鑑賞、ネットサーフィンと、やることは多いのだ。
いつもなら帰宅部仲間であり親友の光希と一緒に帰路に着き(正確に言えば俺は帰宅部ではないだが、似たようなものである)、娯楽を求めて寄り道するか、俺の家にてゲームでもしながら駄弁るところだが、今日はそうじゃない。
本日、帰り際のHRが始まる前、俺のスマホに一つのメッセージが届いた。
『放課後、先輩に話したい大切なことがあるんですけど、時間あります?』
俺にそんなラインを送って来たのは、昔からよく知る歳下の少女、三枝千花だった。
千花は俺の妹、白雪の友達で、小学校、中学校、高校と同じところに通い、付き合いも長いだけあって、互いに気の置けない関係のようである。
端的に言って仲が良い。
性格なんかは全然違うんだけど、普通に仲良くしてるっぽい。
うちにもよく遊びに来ていたし、俺も彼女たちと同じ学校に通う先輩であったので、千花と俺の付き合いもまた長い。
受験期に、白雪に教えるのに合わせて勉強の面倒を見てやったことも一度や二度じゃない。
もはや二人目の可愛い妹のようとも言えるだろう。前にこれを本人に言ったら、「いや、そういう認識されるのはちょっと流石に引きます」と言われた。泣ける。
そんな千花が唐突に、『先輩に話したい大切なことがある』と連絡してきたわけだ。いくら多忙を極める俺と言えど、可愛い後輩にそんなことを言われてしまえば、貴重な時間を割くほかない。
だから俺は、ちょっと用事が出来たから今日は先に帰っておいてくれと光希に告げ、こうして待ち合わせ場所である旧校舎の屋上にひとり赴いた訳である。
キィと、少し錆びついた扉が開く音が背後で響く。耳を澄ませば軽い足音がこちらに近づいて来るのが分かる。
俺は腕組みを解いて振り返り、そこに千花の姿を確認した。
三枝千花という少女のことを他人に説明するなら、俺はまず『かわいい女の子』であると言うだろう。
しかし、一口に『かわいい』と言っても、そこに込められる意味は様々だ。したがって、千花が有する『かわいい』について、もう少し詳しく記述する。
まず千花は、容姿が可愛らしい。見目が良いというのはもちろんそうなのだが、俺の妹、白雪が世界でも一、二を争うレベルの〝美人〟であるのに対し、千花は〝可愛らしい女の子〟なのだ。この違いを分かってもらえるだろうか。
近年、文学界に幅を利かせているライトノベルという文書ジャンルでは、〝美少女〟が出てくるのが半ば様式美となっているようだが、その言葉を借りるのであれば、白雪も千花も美少女であることに違いはない。
しかし、女子中高生の中では比較的背が高く、大人びたしっかり者であり、イケメン兄貴たる俺に似て、冴え冴えとしたクールな容姿を持ち合わせる白雪と違って、千花は小柄であり、面立ちにはまだ幼さが残る。
千花の立ち居振る舞いは明るく元気にハキハキとしていて、彼女の笑顔には人懐っこい子犬を思わせる愛嬌がある。そういう彼女が纏う雰囲気もまた、『かわいい』。
そんな三枝千花という少女を見た多くの者は、その『かわいさ』に絆されてしまう。
彼女の純粋無垢に見える『かわいさ』に充てられ、特にバカな思春期男子なんかは簡単に心を惑わされてしまったりする。ほんとアホだからなアイツら。
だが、彼女のことを長く見ていると、分かることがある。彼女はそういう自分の『かわいさ』をしっかりと理解していて、その上で、それを誇示するように無邪気めいた『かわいさ』をつくって振舞っているきらいがある。
『あざとい』という言葉を辞書で調べると、『抜け目がなく貪欲である』だとか、『小利口、小賢しい』という説明が記されている。しかしながら、現代のネット社会においては、その言葉はしばし異なった意味で使われる。
曰く、『あざとい』とは、自分の可愛さや愛らしさなどの女の武器を巧みに操り、男性の気を引き、手玉に取るような計算高い女性を形容する表現である、と。
それの類義語として、『小悪魔系』や『あざとかわいい』という言葉も挙げられる。
端的に言って、三枝千花はそういう少女である。
ある意味可愛くない少女だが、俺は可愛いと思っている。だって可愛いし。
俺は、改めて、目の前にやって来た千花を見下ろしてみる。
守ってあげたくなるような華奢な腰回りと、それに反するように豊かさを主張する胸元。
明るく染められた髪はシンプルな薄桃色のリボンで二つ結びにされており、彼女が軽く身を動かすたびに毛先がゆれ、ふわりと甘い匂いが香る。
上目にこちらを見る千花の瞳は微かに潤んでいて、頬には少し朱が差し、どことなくいじらしい。
千花はコクリと白くやわらかそうな喉を鳴らして、可憐に微笑みながら言った。
「あの、王子先輩。時間作ってくれてありがとうございます」
「まぁ、うん、全然暇だったしな、うん、別に」
「あ、ですよね。先輩いつも暇そうですし」
千花はパッと顔を明るくして、腕を背中で組みながらクスクスと笑う。
「それで、話ってのは? わざわざこんな人がいないところで、別に帰りながらでもよかったのに」
「そ、そうですね。いや、なんというか、あまり人に聞かれたくなくて、落ち着いて話したいことなので」
顔を赤らめながら、照れるように小さく身を捩り、千花は言った。
ここらで念のため確認しておくが、俺は馬鹿じゃない。あと、鈍感でもない。
齢十六にして、俺という人間ほど他者の機微に聡く、適切賢明な行動を選択できる者もそうそういまい。
俺は、俺という個人が持つ主観的な偏見を一度さっぱり取り払い、客観的に今の状況を俯瞰してみた。するとどうだ? 自然と導かれる結論があるのではないか?
つまり、だ。
千花は、俺に惚れてしまったのではないか?
別におかしい話じゃない。
彼女の視点で考えてみれば、俺は、常にクールかつクレバーに振舞い、頼れる背中を示し続けてきた頼れるお兄さん先輩なのだ。惚れない方がおかしい。
しかし俺は、今から行われるであろう彼女の告白を断らなければならない。辛いことだ。
理由は大きく分けて二つ。
一つ、彼女は俺の運命の相手ではないから。
そしてもう一つ、彼女には既に恋人がいるはずだ。
そのことを俺は知っている。千花の彼氏、その名を田中という。
中学の時の俺の後輩だ。純粋真面目でその場の雰囲気に流されやすい健気な男の子である。
おそらくきっと、千花は田中というものがありながら、俺にも惚れてしまい苦しんでいたのだろう。あるいは今からされるのは告白ではなく、相談である可能性もある。
田中とは別れるから俺と付き合ってくれませんか? とか、田中を裏切りたくないけど、俺のことが好きで好きで堪らなくて、どうしてらいいですか? 的な。
だからこそ俺は頼れる先輩として、千花を導かなければならない。
田中は良い奴だ。流石に俺というハイレベルパーソンには劣ってしまうだろうが、とても良い奴だ。彼ならきっと千花を幸せにしてくれることだろう。
やがて千花は、意を決したように俺を見て、その桜色の唇を開いた。
「あの、実は、ですね」
「あぁ」
「先輩に、相談したいことがありまして」
「ほう」
「わたし、今、好きな人がいるんですけど……」
「おう」
「でも、その人、物凄く、素敵な人で」
「わかるぞ」
「わたしにはちょっと釣り合わないかな、とも思うんですけど、やっぱり、どうしても好きで、この気持ちを、抑えきれなくて」
「あぁ、仕方ない」
「だから、先輩」
辛いことだ。こんなにも一途に想ってくれている健気な後輩を、今から俺はフラなければならないのだから。モテる男ゆえの性とでも言うのか。
「わたし、一条院光希先輩のことが好きなんです。先輩って、一条院先輩と仲良いですよね? だからわたしが一条院先輩とお付き合いできるように手伝ってくれません?」
「……なるほど」
…………なるほど。……………………なるほど。
……………………まぁ、うん、知ってたけどね。知ってたけどね?
〇
「つーかお前、田中はどうしたんだよ」
千花から、我が親友光希のことが好きで、彼と仲良くなるために色々手伝って欲しいと頼まれたあと、返事を保留にして、俺はそう言った。
田中はどうしたんだよ田中は。あいつ確か白花が第一志望だったはずだけど、千花とイチャイチャし過ぎて落ちたから違う所に行ってるんだよな。
俺の忠告を聞いておけばよかったものを。愚かな奴だざまぁみろっ! 学生の本分は勉強なんだよぉ!
おっと本音が。
いや、うん、田中は良い奴だと思うよ? でもちょっと良い奴過ぎたな。純粋過ぎた。
「あぁ、彼ならもう別れましたよ」
やっぱりか。何となく予想はしてたけどさ。にしてもすげぇさっぱり言うなこいつ……。
「なんで?」
「いや、だって、元からそんな真剣じゃなかったですし、勉強の息抜きついでみたいな付き合いでしたし、彼、真面目過ぎて付き合ってても全然面白くなかったですし、付き合う前と何も変わらなかったというか、ぶっちゃけもう飽きたというか」
ひっでぇ。何だこの酷い女は。とんだ悪女だ。もうあざとかわいいとかそういうレベルに収まらない。お前から告白したんだよな?
さっきまでの俺はどうかしてたな。全然可愛くないわこの後輩。確かに見た目や仕草は滅茶苦茶可愛いけど、それだけに中身とのギャップに恐怖する。
……しかし、千花を満足させることができなかった田中に非があるという考え方もできなくはないのか……?
いやでもやっぱコイツが悪いわ。こいつが悪い、酷い。
童貞を弄ぶライトヒップガールはみんな悪だ。童貞の敵だ。もうちょっと童貞に優しくしてくれ頼むから。
「おい千花」
「なんですか?」
「お前、田中には謝ったのか?」
「……? なんでわたしが謝らないといけないんですか?」
純粋な瞳で、少しだけ首を傾け、キョトンとした表情を浮かべる千花。
「そりゃ、お前が惑わしたせいでアイツ受験失敗したんだから」
「でも、別にわたしがいなかったとしても、彼がちゃんと受かったとは限らないですよね? 実際、彼と付き合ってたわたしは受かってる訳ですし。そこまで頻繁にデートとかしてた訳じゃないですし?」
「違うんだよ。そんなことは分かってんだよ。でも、やっぱりお前のせいだと思う」
「何でですか」
不満そうにむくれる千花。
ダメだ。分かってない。全然分かってない。こいつは純情男子中高生という生き物を分かってない。
俺には分かる。当時の田中の気持ちがありありと想像できる。
そりゃ、(見た目だけは)こんなに可愛い彼女が出来てしまったら、いくら受験前の大切な時期とは言え、平静じゃいられなかっただろう。
しかも田中だ。あの、田中だ。
この小悪魔少女の本性にも気づかないまま惑わされ続け、弄びに弄ばれ、全自動洗濯機にぶち込まれた靴下の如く振り回されっぱなしだったに違いない。
想像するだけで泣ける。
田中元気かな。今度会ったら飯奢ってやろう。
「だいいち、そんなに受験が大事ならわたしの告白断ればよかった訳ですし、全部終わった後でそんなこと言われても困るんですよね。普通に考えて、真面目に勉強しなかった彼が悪いんですよ」
「……別れたあとの田中のご様子は?」
「そういえば、別れてから連絡しても返信がありませんね」
何てこともないように言う千花。こいつのメンタルどうなってんだよ。鋼鉄か?
「それよりわたしの話なんですけど、手伝ってくれますよね?」
メンタルオリハルコンの千花がそう言った。
「お前みたいな奴に、光希をやれるかぁッ!」
俺は吠えた。
〇
男の俺がこんなことを言うのも何だか気持ち悪い話だが、それでも言わせてもらう。
光希は滅茶苦茶良い奴だ。滅茶苦茶良い奴の上、とんでもないスペックを有する完璧を越えた異次元人間だ。そして何より、俺の親友である。
純情な男の子を振り回しに振り回した挙句夕焼けの彼方へ投げ飛ばすような尻軽悪女の毒牙の前に、この俺が、みすみす大切な親友を晒す訳がないだろう。
俺をあまり舐めないでもらいたい。
「なんでダメなんですかぁ!」
上目遣いでぷっくりと頬を膨らませ、可愛く俺をにらむ千花@可愛くない。
ほほう、何故ダメかって? いいだろう。教えてやる。
彼女と知り合ってもう十年近くになるのだろうか。
今まではいつも優しく頼りになるお兄さん的先輩を演じてきた俺だが、今までは彼女のそういう周囲の男を惑わし弄ぶ悪女的な一面もある意味チャームポイントの一つだと思って見逃してきた俺だが、今日という今日は教えてやろうではないか。
何よりこのままでは田中があまりにも浮かばれない。可愛そうな田中。草葉の陰から見守っていてくれ田中。
俺は今からこの男タラシに童貞の鉄槌をくだぁすっ!
〇
号泣された。
「そ、そ、そこまで言わなくても! い、いいじゃないですがぁ……っ!」
ボロボロと涙をこぼし、赤くなった目をこすりながら、嗚咽をもらし、しゃくりあげるようにしている千花。
「あ、いや、うん、ごめん、俺が悪かった。うん、マジで俺が悪かった、言い過ぎた」
熱が入りすぎるあまり自分でも何を言ったのかよく覚えてないけど、言い過ぎた。何やってんの俺?
いくらなんでも歳下の女の子泣かせるのは違うでしょ、ねぇ?
これじゃあ男の風上にも置けない。あくまで軽く注意するだけで良かったはずだ。
だって彼女はまだ俺より歳下だぜ?
落ち着けよ俺。クールに行こう。そう、俺はクールな男であるはずだ。
「せ、せんぱいの、ばかぁ……っ」
「いや、うん、馬鹿な俺が悪かったよ。だから泣くな」
「ほ、ほんとうに……悪かったと思ってます?」
声をつまらせるようにしながら、肩を震わせ、涙のあふれる瞳で千花は俺を見る。
「思ってる。俺が悪かった」
「あ、謝って、くださいよ……ッ、ちゃんとっ」
「ごめん」
「……」
「すみませんでした」
「…………じゃ、じゃあ……っ、わたしの言うこと聞いてくれますよね……?」
「それで千花が泣き止んでくれるなら」
「わたしの恋、手伝ってくれますか?」
「任せとけ」
「それじゃあそういうことで明日からお願いしますね」
ニパッと満面の笑みを咲かせる千花。
涙は一瞬にして止まっていた。その時俺は、車は急に止まれなくても、女の涙は急に止まり得るということを知った。
「うん?」
「じゃ、そういうことで」
ポケットから取り出したハンカチで涙を拭ってから千花が浮かべた笑顔は、それはそれは綺麗だった。まるで雨後の空に架かる虹のよう。まぁ素敵。
袖を軽く握り込んだ手をふりふりと愛らしく振り、俺に背を向け、たったかと軽快な足取りで千花は屋上から消えた。
……あれ?
…………なんか、おかしくね?
〇
回想終了。酷い回想だった。あまりにも酷い。
俺が言い知れない頭痛に襲われ、頭を抱え悶え苦しんでいると、隣の光希が言う。
「急にどうしたの王子!? 大丈夫?」
良い奴だ。こんな良い奴があの恐ろしい後輩に惑わされやしないかと心配になるが、よくよく考えてみれば、こいつはアホほどモテているくせに未だに特定の相手を作っていないような鉄壁のイケメンなので、あとバカみたいに鈍感なので、そこまで憂うことでもない。
そうだよ、うん。
何を隠そうこのイケメンも童貞だったりする。
それでこそ俺の親友だ。光希もまた俺と同じく、運命の相手のみを追い求め、不要な色恋には現を抜かさない紳士なのだ。
そのはずだ。俺には分かる。
「あ、せんぱーいっ」
明るく甘く、澄んだ声音が響く。声がした方を見やると、たったかと軽快な足取りでこちらに近付く人影があった。
千花である。とても良い笑顔だ。
千花は、ベンチに座っている俺たちの前に立つと、愛嬌のある笑みを浮かべて光希を見た。そして小さくお辞儀する。
「はじめまして、三枝千花って言います。こっちの王子先輩とは昔から仲良くさせてもらっていて、今日わたし、一緒にお昼する人が居なくて寂しかったので、ご一緒させていただいてもいいですか?」
「あぁ、うん、さっき王子から話は聞いたよ。王子がいいなら、ボクは気にしないよ」
「わぁっ、ありがとうございます!」
小さな手をぴとっと合わせて軽く跳ねる千花。
「あ、ボクは一条院光希って言うんだけど、知ってるかな?」
「もちろん知ってます! この学校の女子で一条院先輩のこと知らない子はいませんよ。わたし、一条院先輩とずっとお話してみたいと思ってたんです」
「そう? 面と向かってそう言われるとなんか照れるな」
そう言うも、あまり照れた様子はなくさわやかに微笑む光希。
イケメンだ。遠くでこっちを見てる女子たちがきゃぁきゃぁ言ってるのが分かる。あと千花お前めっちゃにらまれてるけどいいの?
「ここ、失礼しますね」
俺と光希の間に空いていた僅かなスペースに強引に割り込んでくる千花。押しのけられる俺。マジでコイツどんなメンタルしてんだ。
そんな千花の大胆な行動には、流石の光希も少し戸惑ったようだが、千花は「えへへっ」と軽く舌を出しながら笑って誤魔化した。張り倒してやろうか?
「えっと、三枝さんでいいのかな?」と、光希が言う。
「すみません、わたし、ちょっと苗字で呼ばれるのが苦手で、みんな千花って呼んでくれるのでそう呼んでもらえると嬉しいです。ちーちゃんって呼んでくれてもいいですよっ」
名字で呼ばれるのが苦手なんて初めて聞いたが。
「そう? じゃあ千花ちゃんで」
特に疑問に思った様子もなく、あっさり下の名前を呼称する光希。
「わたしも先輩のこと、光希先輩って呼んでもいいですか?」
「あぁうん、いいよ」
なんだこいつらコミュケーション能力高すぎだろ。
その後もとんとん拍子で会話を進めていく二人。
千花は膝の上にお弁当箱を乗せ、光希の趣味だとか、好みの料理だとか、休日の過ごし方だとかを、談笑しながら自然に聞き出していく。
……ねえ、これ、俺、いる?
千花の恋を俺が手伝うとは何だったのか。
不意に千花が俺をチラリと見て、光希に言った。
「そういえばわたしがここに来る前、王子先輩はわたしのことなんて言ってました?」
「え? うーん、そうだな。王子の妹の友達ってことくらいしか聞かなかったかな」
すると、千花にこっそりにらまれ、ふとももの辺りをつねられた。
その目が、「わたしのこと、もっと良い感じに説明しといてくれても良かったんじゃないですか?」と言っている。
なるほど、そういう感じでサポートしろ、と。オーライ任せとけ。
「そう言えば千花って、最近カレシと別れ――痛い痛い痛いッ!」
「何か言いましたか先輩」
全力でふとももをつねられた。何だよ、今お前がフリーなことをそれとなくアピールしてやろうと思ったのに……。
どうやら千花は元カレ田中の話はして欲しくないらしい。そうか、田中はダメか。
不思議そうに俺と千花を見る光希。その視線に気付いた千花が取り繕うように言う。
「あの、光希先輩って彼女さんとか、いたりしますか? えへへ、すみません、周りの友達が光希先輩のことよく噂してるので気になっちゃって」
すると光希は微苦笑を浮かべ、
「あー、そういう子は、いないかな」
「えっ、いないんですか? 意外です」
嬉しそうだなおい。
「あはは、よく言われるよ。というか、今までにそういう女の子がいたことないかな」
「えぇっ、そうなんですかっ!? びっくりです。あ、でも、それならわたしとおんなじですねっ、わたしも今まで、その、恋人……みたいな人が、いたことないので」
純情乙女のように頬を染め、はにかみ笑いをする千花。
たった今、田中は存在を消された。
その後も千花のそれとないアピールは続いたが、ハーレムもののテンプレラノベ主人公ばりに鈍感を極めたような男である光希は、彼女の特別な感情に気付く様子もなく、昼休みは終わりを告げた。
光希は、自分が類い稀なるイケメンであることは理解しているようなのに、女の子から向けられる特別な好意にはまるで気付かない。
女子から人気があることも自覚しているようだが、どうもそういった人気と、自分に向けられる恋愛的感情を別に考えているようで、直接告白されるまで気付かなかったということがほとんどだ。
バカなのかもしれない。
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