第5話

「楽しかったね〜。ゲームも面白かったし、おやつも美味しかったし」

 帰り道、並んで歩くネイレの腕をとり、百合が甘えたような声で話しかけてきた。

 だがネイレは答えなかった。

 不審に思ったのか、百合が覗き込んで聞いてきた。

「どうしたの?」

「アライグマに感謝してるの?」

「……何が? 何の話?」

「そもそも本当にアライグマはいたのかも疑問だけど」

「どういうこと?」

「あの美術館の写真撮ったの、百合、あなたでしょ?」

 百合が足を止め、顔をサッと青ざめさせたのを見て、ネイレは自分の推理が正しいことを確信した。

「写真で美咲の目がウサギみたいに赤くなっていたでしょう? あれは赤目と言ってね、フラッシュの光が被写体の目の毛細血管に反射して、赤く映ってしまっているの。カメラの角度やフラッシュの焚き方、相手の目線に注意すれば防げる現象なのよ。少なくとも、プロのカメラマンなら絶対にしないわ」

「……」

「おそらく美咲はたまたま、あの美術館の壁に空いた穴を見つけたんでしょうね。そしてあの穴を通り抜けられるような、小柄で運動神経のいい子に中の写真を撮ってきてくれるようにお願いした。美咲の映っている写真が、美術館の外側のものしかないのがその証拠だわ」

 ネイレは身体ごと百合の方を向き直った。

「この町で、美咲がそんなことを頼めるような子は、あなたしかいない」

 百合はしばらくの間黙っていたが、やがて口を開いた。

「ごめん……でも、美咲さん、すっごい困ってて、本当に叔父さんに頼んで中に入れてもらったのに、証拠の写真を撮るの忘れてしまったからって……」

「馬鹿ね!そんなの嘘に決まってるでしょ!?いい加減、目を覚ましなさい」

「そんな……友達の言う事よ。信じたっていいじゃない!?」

「私だって友達よ!」

 いつの間にか、二人とも肩で息をしていた。

「もういい。先生や親に言いたければ、言えばいいわ。侵入したのは事実なんだし。でもそうやって人のあら捜しや名探偵ごっこばかりして、楽しいの?」

 百合はそう言い捨てると、去っていった。

 いつの間にか降り出した小雨がネイレの肩を濡らしていたが、気にならないほど顔は火照っていた。なのになぜか、身体の底はひんやり冷たかった。もう何時間も雨にうたれつづけていたみたいに。

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