「少しお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

 話を聞き終わって、鬼一郎が問いかける。名前とはうらはらに、やさしげな顔つきの男である。

「なんなりと」

 たえがうなずく。説明するうちに、国元の側室への感情が高ぶったのか、ほほに赤みがさしている。


 鬼一郎は続けた。

「あやかしがどうのこうのと言う前に、まず毒を疑わなかったのですか? 毎日食しているものに毒が入れられているのではないか? あるいは、医師が処方している薬に、毒が混じっているのではないか?」


「日々、竹丸たけまるぎみが食するものには、毒見役がついております。医師の宣宅は、父親の代から草壁家で召し抱えております。まず間違いのない人柄かと」

「失礼ながら申せば、どれほど忠義の者でも、大金を積まれたり、家族を人質にとって脅されれば、若君に毒をもることもありうるのではないでしょうか」


「これっ。口が過ぎるわ」

 横あいから、𠮟責の声を飛ばしたのは、用人の倉田くらた善右衛門ぜんえもんである。

「よい、倉田どの、疑いはもっともです。宣宅どのの処方する薬については、実は別の医者を頼み、検分させました。まったく問題はないとのことです」


「さようですか。失礼いたしました」

 たえに頭を下げた鬼一郎が、ときのほうをふりむく。

「――ということらしいが、どうだ、とき、屋敷内にあやかしの気配などするか?」

「はい、向こうのほうから漂ってきております」

 ときが片手でその方向を示すと、屋敷の者たちが、「ほお」と声をもらした。やはりそうか、という顔である。つまり、竹丸がその方向にいるのだろう。


 ときは続けた。

「わたくしのほうからも、ひとつお尋ねしたいことがございます」

「なんでしょう?」

「あやかしがいた、となったら、わたくしどもはどのようにいたしましょう?」

「どのように、と申されても……それはもちろん、退治してもらえるのでしょう? そのように、和尚おしょうから聞いております」


「父もわたくしも、腰のものを取り上げられております。あやかしを退治するには、太刀たちを返してもらわねばなりません」

 鬼一郎もときも、ふだんから脇差わきざしは持たず、太刀の一本差しである。その太刀を、屋敷に上がるときに取り上げられている。保安上の理由である。


「刀については……」

 言葉につまったたえが目を向けて促すと、用人の倉田が答えた。

「まずは、あやかしを見つける。次に、人を遠ざけ、おぬしたちに太刀を返す。最後に、あやかしを退治してもらう。どうじゃ、それでよいのであろう?」


「そのように悠長なことを申していては、不測の事態に間に合わぬかもしれません」

「うぬっ」

 生意気な小娘、とばかりに、倉田がねめつけてくる。


「あいや、お待ちください」

 鬼一郎が両手をあげ、倉田をなだめにかかる。鬼一郎は、昔、手習い(寺子屋)の師匠をしていた。そこでつちかわれた柔らかさが、こんなときに役に立つ。

「これから、若君のご様子も見せていただかなければなりません。となれば、どこの馬の骨ともわからぬ者に刀を渡しては、用人どのも不安でしょう。拙者せっしゃにひとつ考えがあります。このようにしてはいかがでしょう?」


 そう言って、鬼一郎が代替案を出した。

 もちろん、ときが家人をたきつけ、鬼一郎がなだめて代替案を出すというこれらのやりとりは、こうした屋敷で仕事をするときに自然に身につけた、鬼一郎とときの交渉術なのである。


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