三
「少しお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
話を聞き終わって、鬼一郎が問いかける。名前とはうらはらに、やさしげな顔つきの男である。
「なんなりと」
たえがうなずく。説明するうちに、国元の側室への感情が高ぶったのか、ほほに赤みがさしている。
鬼一郎は続けた。
「あやかしがどうのこうのと言う前に、まず毒を疑わなかったのですか? 毎日食しているものに毒が入れられているのではないか? あるいは、医師が処方している薬に、毒が混じっているのではないか?」
「日々、
「失礼ながら申せば、どれほど忠義の者でも、大金を積まれたり、家族を人質にとって脅されれば、若君に毒をもることもありうるのではないでしょうか」
「これっ。口が過ぎるわ」
横あいから、𠮟責の声を飛ばしたのは、用人の
「よい、倉田どの、疑いはもっともです。宣宅どのの処方する薬については、実は別の医者を頼み、検分させました。まったく問題はないとのことです」
「さようですか。失礼いたしました」
たえに頭を下げた鬼一郎が、ときのほうをふりむく。
「――ということらしいが、どうだ、とき、屋敷内にあやかしの気配などするか?」
「はい、向こうのほうから漂ってきております」
ときが片手でその方向を示すと、屋敷の者たちが、「ほお」と声をもらした。やはりそうか、という顔である。つまり、竹丸がその方向にいるのだろう。
ときは続けた。
「わたくしのほうからも、ひとつお尋ねしたいことがございます」
「なんでしょう?」
「あやかしがいた、となったら、わたくしどもはどのようにいたしましょう?」
「どのように、と申されても……それはもちろん、退治してもらえるのでしょう? そのように、
「父もわたくしも、腰のものを取り上げられております。あやかしを退治するには、
鬼一郎もときも、ふだんから
「刀については……」
言葉につまったたえが目を向けて促すと、用人の倉田が答えた。
「まずは、あやかしを見つける。次に、人を遠ざけ、おぬしたちに太刀を返す。最後に、あやかしを退治してもらう。どうじゃ、それでよいのであろう?」
「そのように悠長なことを申していては、不測の事態に間に合わぬかもしれません」
「うぬっ」
生意気な小娘、とばかりに、倉田がねめつけてくる。
「あいや、お待ちください」
鬼一郎が両手をあげ、倉田をなだめにかかる。鬼一郎は、昔、手習い(寺子屋)の師匠をしていた。そこでつちかわれた柔らかさが、こんなときに役に立つ。
「これから、若君のご様子も見せていただかなければなりません。となれば、どこの馬の骨ともわからぬ者に刀を渡しては、用人どのも不安でしょう。
そう言って、鬼一郎が代替案を出した。
もちろん、ときが家人をたきつけ、鬼一郎がなだめて代替案を出すというこれらのやりとりは、こうした屋敷で仕事をするときに自然に身につけた、鬼一郎とときの交渉術なのである。
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