第6話 空白の思い出

「じゃあ、今日は給仕班で頼むな」とヴァンが言った。


久しぶりの給仕だ、ほとんどは寮内で働くことになる。

今日はいい天気だから外でみんなと稽古がしたかった。特にフリートさんと。


「よっ、セイ、久しぶりじゃあないか。なんだい、花嫁修行でもしに来たのかい?」


「そんなんじゃないです」


「アッハッハ、今日は人手が足りないからね、セイが来てくれて大助かりだよ。頼んだよ」

こう言う彼女はミーナさん。フリートさんと同じ時期にこのモリ屋パトリアに来たらしい。面倒みがよく、姉御肌であったかい笑顔のミーナさん。

この人の近くは居心地がいい。



今日はずっとに中にいる予定だ。今のうちに外の空気を吸おう。

屋上で洗濯を干しながら思う。

欄干にもたれかかり、空を眺め、目を下ろす。

稽古場が見える。みんなの姿が見える。

顔はわからなくても、人影の動きで誰だかわかった。

あれ、1人だけ知らない人が混じってる、その隣にいるのはフリートさんだ。

お客さんかなぁ。モリテを探しているんだろうか。

もう少しだけ近くに行こうかな。



「♪〜」


何か聞こえる、歌?


風に乗って聞こえて来る。入り口の門の方からだ。

屋上をつたって門が見えるところまで移動する。


「♪〜」

透き通った綺麗な歌声、心奥まで突き抜ける。

歌の中に悲しさと懐かしさを感じる。


ふわっと幼い頃の記憶が蘇る。

──母さん──?


笑っている母の姿だ。私を褒めてわしゃわしゃと頭を撫でる、母。

「こんな記憶が……

うっ……熱い……苦しい」


胸が息が締め上げられるようだ。

目頭が熱い。温かい懐かしい嬉しい思い出のはずなのに。

胸の苦しさに思わずしゃがみ込んだ。


洗濯の干し竿にぶつかった。倒れて音が鳴る。


歌声が止まり、歌っていた人がこっちを振り向いた。遠く離れているのに目があった……ような気がした。


なぜか私は走って逃げ出した。恥ずかしさか、苦しさからか。

とにかくこの場を早く離れたかった。


走りながら胸の奥で鈍い痛みを感じる。


頭が痛い。こんな記憶忘れていたんだろうか。



母さん……



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る