第5話 執事長会議

 未熟な組織ほど、意味のない会議をよくしたがる。会議をするために通常業務をする時間が減らされる、結論が出ないのに永遠に無駄話をたれ流す上司、会議を減らすための会議、悪いイメージがどんどん連想される。

 そもそも、なんで異世界転生先でも会議が開かれなければならないのか。異世界くらい剣でドーン、魔法でバーンでチート無双!させてくれよ。だが、現実は、面白くない仕事(銅像磨きや庭手入れ)、上司(セレーネお嬢様)からのパワハラ、同僚との衝突(木剣での殴り合い)、無駄な会議等々甘くない。あ、これもしかして、転生前にサラリーマンしてるほうがましでした!?

 

 溜息をつきながら、ヘルディアン城内「第5会議室」に入室する。ここは、そこまで広い部屋ではなく、中央に円卓がありそれを囲んで話合いができる場となっている。

 まあ、特にエンゲルがでかい鎧を2体そばに控えさせているのでこの部屋は、さらに狭く感じさせた。

「どうした『貧民』。早く座ったらどうだ」

「オソイ、ゾ!!」

 先客のエンゲルとガウス(が操るインコ)から、洗礼の言葉を受ける。

「まだ、定刻より早いですよ。執事長も来てないですし」

 やれやれといった感じで、反論する。

「『アル中』に期待するだけ無駄だぞ」

 エンゲルは、なんの躊躇もなく悪口を言う。

「上司には、もっと敬意を払ったほうがいいですよ」

 私は、ヘルディアン王国の紋章が装飾された木製の椅子に座りながら、それとなく注意する。

「『貧民』の王女様は業務中酒を飲んでいても許してくれるのか?アトリアお嬢様なら、殴られた後に、湖に沈められて、もう一度引き上げられた後に、また殴られて魔物がたくさんいる森に放置されるレベルだがな」

 アトリア・ハースブルク第一王女は、恐ろしいことで有名なハースブルク三姉妹の長女で、この王国で最強と呼ばれる者の一人だ。どのくらい最強かという、領域侵犯をしてきた北方民族との戦争に自ら参戦するほどだ。

 というか、アトリア様もそんなに暴力的なのか。エンゲルの、自分がエリートだと言わんばかりの言いぐさはむかつくが、こいつはこいつで王女様からの圧政を受けているかと思うと目頭が熱くなる。

「おい、何を同情するみたいな顔をしている。お前のお嬢様も大概だろ」

 とエンゲルは突っ込みを入れてくれる。

「ベルナルディーナサマ、ボウリョク、ハンタイ」

「嘘をつけ。第三近衛隊長が中庭の真ん中で首を絞められただろ」

 エンゲルは続けて突っ込みを入れる。


―――ガラ


「ヒック!盛り上がってるなあ。会議もその調子で頼むぞ、ヒック」

 最初に言ったことを訂正しよう。やはり転生前のほうがましだった。なぜなら、上司が酔って会議に参加することはなかったからだ。




「今日の議題wa☆ヒック、ヒック」

 この酔っている男は、ケアン・オール。無精ひげをはやした、髪もぼさぼさで、アル中という仕事ができない男のハッピーセットの見た目だが、かつては王国軍最強の男と呼ばれていた。今の、アトリアお嬢様に闘いの稽古をつけたのも、ケアンであると言われている。

「北方民族撃退を祝してのセレモニーが、ヒック、3日後行われるわけだが、その打ち合わせだ。民衆の整理や、ステージの警備等は軍が行うので必要ない。お前らは、登壇予定の王女たちの側で緊急対応要員として控えててくれ。詳しい配席図と動線だが……」

 呂律の回っていない説明だが、要約すると私たち副執事はアトリアお嬢様の戦勝セレモニーで、お嬢様たちと一緒に登壇しなければならないのだろう。ああ、めんどくさい。一つでも王族の儀式マナーをミスれば確実にお仕置き部屋行きじゃないか……

「なんだ緊急に呼び出されたと思ったら、そんな要件か。私は、そこの二人の平民出身者と違ってセレモニーの段取りも、聴かなくても完璧だ。アトリアお嬢様が3日前こちらに戻られてから忙しいんだ、失礼する」

 エンゲルは席を立とうとする。

 いやいや、良くないぞ。エンゲル。セレモニーなんて事前準備9割、本番1割なんだから、以前やったことがあるからって慢心は禁物だ。ちなみに、サラリーマン時代その言葉を言われて、何度も怒られながら事前準備めっちゃしたのに、本番はゲストが勝手な動きして、準備通りなんて何一つうまくいかなかったゾ☆

 しかし、おかしいな。エンゲルは前から、ケアン執事長に歯向かうことはあったが、こう表立って反発するのは初めてだ。

「まあまあ、エンゲル座れよ。ヒック。細かなところはセレモニーによって違いだろ。お前の……ヒック……行動一つで、アトリアお嬢様の顔に泥を塗ることになりかねない」

「煩わしい。酔っ払いのお前にそんなこと言われたくない。いつまでも退役軍人が偉そうに執事長をやってないで次の世代に席を譲ったらどうだ」

 あ!なるほど。エンゲルさんは自分の主人のご功績による、北方民族の撃退で気を大きくしているのだろう。この戦いで、アトリア王女が女王の座に大きく一歩近づいたとさえ思っているのかもしれない。だからこそ、それに合わせて次期執事長も自分と信じて止まないのだろう。おめでたいやつだ。

 

―――ヒュン


 小型ナイフが、エンゲルの控えている騎士の鎧の胸に突き刺さり、一体の鎧が倒れた。

 ケアンが投げたのだ。

 エンゲルは急いで、もう一体の鎧を動かそうとする。


【傀儡(くぐつ)】…傀儡人形(木偶や鎧飾り等)を、手の動きによって操ることが            

          できる能力。


 だが、鎧の持っている剣がケアンに振られる前に、ケアンが抜いた、右手のロングソードがエンゲルの首筋に当たっていた。

 私とガウスは、ケアンを止めに入ろうとしたが、ケアンの左手に2本のナイフが構えられていて、それが牽制となり動くことができなかった。

「エンゲル、上官に向かってなんだその口の利き方は……俺はなあ、酔っぱらいのろくでなしで、貴族の生まれじゃなくても、お前よりは強いぞ。傀儡は、手で操作しなきゃいけない分予備動作がいるよなあ。能力を使わずに、直接俺に殴りにかかってきたほうが賢明だったな。その程度の判断ができないようじゃ、お前は、ヘルディアン王国の執事長なんて死んでもなれない。で、どうする、ここで死ぬか?」

 エンゲルは顔を震わせている。プライドの高いエンゲルには、相当こたえているようだった。

「ひ、非礼をわびます、ケアン執事長……どうかお許しください」

 エンゲルの首元からロングソードが取り下げられた。

「じゃあ、打ち合わせの続きだ―――」

 ケアンは何事もなかったかのように協議を再開した。




 あの後、1時間ほどセレモニーの打ち合わせをし、解散になった。最終打ち合わせは、当日の前日にあるそうだ。

 それにしても、ケアンは強かった。執事長になるにはあれを超えないといけないのか……先の長さに絶望する。

 まあ、いい。執事長会議の日はその後の用務が免除されている。というか、今回、むさい男連中で会議しただけだな。サービスシーンのために、シッフルにいたずらでもしてくるか……


「ジングウさん!」

「はい!?」


 副執事長のオリビアに、後ろから声を掛けられる。まさか、心の声を読まれた!?

 もちろん、そんなことはないようで、

「セレーネお嬢様から、セレモニーに向けてお使いを頼まれました。どうせ執事長会議の後は暇だから、ジングウさんを連れていけと仰せつかってます」

 と淡々と絶望的な事実を述べる。

「それ、副執事長と副メイド長が揃ってやるような仕事ですか?もっと、他の使用人に投げてもいいんじゃないでしょうか」

 私は、仕事の丸投げを提案する。

「分かりました。ジングウさんの言葉そのまま、セレーネお嬢様に伝えておきますね」

 満面の笑みで恐ろしいことを言った後、背中を向けてお嬢様の執務室の方向へ向かおうとする。

 私は全力で、オリビアの肩をつかんだ。

「三度の飯より、私お使いが好きなんですよ」

「初めから、無駄な抵抗をしないでそういってください。さっさと行きますよ」

 はぁ―――

 私がこの国のトップに立ったら、有給制度を創ろうと心の中で誓った。

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