第3話 第二王女ベルナルディーナ・ハースブルクという女
―――ガン
世界が揺れたような気がした。だがきっとそれは気のせいだろう。
プラウドが、私の頭に振り下ろそうとした剣がピタリと止まる。自らの意思で止めたというよりはなにか見えない力で止めさせられたというのが正しいのかもしれない。先ほどまでの好戦的な様子とは打って変わって何かおびえるように肩を震わせている。
まるで自分の後ろでなにが起こったのかを知りたくないかのように。
私のほうからはそれがはっきりと見えていた。第二王女ベルナルディーナ・ハースブルクがレンガの壁の一部分を拳で砕いたのだ。
「プラウド君こんなところで訓練もせずになにしてるの?ベル、びっくりしてレンガくだいちゃった。」
ゆっくりとベルナルディーナ様はこちらに向かってくる。すると、プラウドはすぐに土下座をしながら、謝り倒し始める。
「あ、あ……誠に申し訳ございません!すぐに訓練に戻ります。」
その様子を見ながら、なんとか間に合ったようだと心の中で安堵する。
―――――――――
いいところに、メイドのシッフルがいてくれた。
【神伝】――目の見える範囲かつ認識できる相手に対し、頭の中に直接語りかけるこ
とのできる能力。
(シッフル、ジングウ副執事長とプラウド隊長が喧嘩していると、第二王女に伝えてきてくれ。今の時間帯なら執務室で事務作業をしているはずだ)
【神伝】は伝えるだけで、相手からの言葉をキャッチできるわけではないので、シッフルがどう思ったかはわからないが、首を何度縦に大きく振ってくれるジェスチャーをしているので、おそらく伝わっただろう。
願望に過ぎないが、時間稼ぎをして、第二王女が来てくれることに期待しよう。
―――――――――
「申し訳ございません!申し訳ございません!どうかお許しください!」
必死に許しを請うプラウド。ベルナルディーナはゆっくりと近づいていくのをやめない。顔はとてもニコニコしている。つまり怒っているのだ。
すぐに感情的になる、じゃなかった、感情豊かなセレーネお嬢様と違って、ベルナルディーナ様は激昂することはない。ただ、気に入らないことがあると、張り付いたような笑顔でその相手を、丁寧に、冷たく、ゆっくり詰めていく。第二王女はそういう女であった。だから、彼女が笑えば、周囲からは笑顔が消え、恐怖で支配される。
ベルナルディーナは土下座しているプラウドの前に立つと、右手で、彼の首根っこを掴み片手で空中に挙げた。あの細い腕のどこにそんな力があるのだろうか。
【怪力】――怪物じみた腕力をふるうことができる能力。
「ベルは謝罪の言葉を聴きたいわけじゃないの。なにしてるのって聞いてるの」
ベルはベルナルディーナの一人称だ。
「がは、……いえ…それは、、、そn」
首を絞められて苦しいのか途切れ途切れで言葉を言う。しかし、女王様相手に腕を攻撃する等の抵抗は許されない。なんて言い訳をするか、いつの間にか私は楽しみになっていた。
「それはその?」
ベルナルディーナ王女様は微笑みながら問いかける。
「そこの…品性を欠いた、、卑しい身分の執事を、きょきょきょう育するためです」
終わった。それを第二王女の言うなんて、こいつは、執事というヘルディアン王国に仕える同僚付き合いが下手なだけではなく、上司の持ち上げ方も下手くそなのか。私は溜息をつく。第二王女がもっとも嫌がることを言ってのけたのだ。
「そう。それは、身分による差別やいじめをなくすということにご尽力された前王ローウ・ハースブルクおよびその意思を受け継ぐ現王つまりパパへの侮辱とみなしていいのかしら?」
―――ギギギ
首が閉まる音が強まるのを感じた。
「申し訳、、、もうしわけ、もうしわけ、もうし……あ、あ……あ、、助け....」
プラウドが涙を流しながら、許しを請う。
「正直いうと、あなたの貴族を鼻にかけた態度、少し直属の部下として気になっていたのよね。でも、実力があるし、いつか分かってくれると信じてた。昔は貴族偏重の政治で失敗し、今は商人が実権を握ってしまい、肩身の狭い思いを経験したことのあるあなたならね」
なるほど。プラウドは、没落貴族に近かったのか。確かに、第二王女が好みそうな経歴だ。
「あなたには、少し教育が必要だということが分かりました。明日から、一週間調教特別室で私と過ごしなさい♡」
セレーネお嬢様の拷問地下室とどっちが恐ろしいだろうか。考えただけで身震いする。
「それだ、それだけは、それだけは、ゆるしてくださああああああああああああああああああああああああああああああい。あ……………」
プラウドは、首が締まって限界だったのか、それとも調教特別室行きが嫌だったのか、もしくはどちらもなのかは分からないが泡を吹いて気絶してしまった。
ベルナルディーナ様は雑な手つきで、気絶したプラウドを地面に放り投げた。
「助けていただいて、ありがとうございます。」
私は、片膝をつき、顔を下げ、握り拳を地面に付けるポーズを行った。
「全然いいっていいって!気にしないで。訓練さぼってたプラウド君が悪いわけだし。それよりシッフルちゃんが教えてくれて良かったよ。」
「誠に幸運でございました。偶々私どものいざこざを目撃してくれていたものですから。」
私は、もちろん能力を使ってシッフルを使わせたことは黙っておく。
「ほんとに~?【神伝】を使ってわざと差し向けたんじゃないの~?」
な……くそが。カイリキーナ様じゃなかったベルナルディーナ様は本当に聡い。初めから全部読めていたのだろう。
この女は本当に賢くて、貴族の中でも最上級の身分でありながら法律、多様性、弱者救済を尊重し、学識者・人権団体・平民・奴隷等からの支持が3人の王女の中で最も厚い。特に、エリート主義の第一王女とは真反対の思想だ。しかし、第一王女と違う思想を打ち出すことで、いずれは真の女王として君臨するための下地を整えているのではないかと私は睨んでいる。
「まさか、そんな頭は回りません。ベルナルディーナ様が駆けつけてくれなければ、私は怪我で明日公務ができないところでした」
「ふ~ん、まあいいや。ところで、君ってほんとに優秀だよね。あんな粗暴な妹の副執事長なんかやめてベルの直属の配下になったら?私の副執事長ガウス君の一役職下の副執事長補佐くらいの地位ならあげるよ」
そりゃ、平民・奴隷の支持がある第二王女様なら、貧民街出身の私を側近にしておくほうがいろいろ便利ですよね。実際、この打診を受けるのは今日が3回目だ。セレーネお嬢様には死んでも言えないが。
「もったいないお言葉ですが、私はセレーネお嬢様の下で生涯務めたいと思っておりますので」
「へぇ~やっぱりそうなんだ。君って実はドMなんでしょ?」
とてもとても心外なことを言われる。ベルナルディーナ様も返事は特に求めてないようで、気絶したプラウドを担いで、移動しようとしていた。
「医務室なら、私が運び……」
「いいって、いいって」
ベルナルディーナ様はこちらを振り返らず、私の言葉を遮るように右手を横に振りながら、庭からお城の中へ入っていった。
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