第39話 暗殺者は魔王城に潜む
ハイドは、暴食の魔王の足元にまで迫っていた。
魔王城内を我が物顔で歩き、堂々と城門付近から城壁の内側に入り、中庭を通って城内へと移動する。逃げ惑う魔物を追う、魔法で動かすゴーレム騎士の姿をなんども目にしていた。フルプレートのメイルに、バイザー、グリーブまで装着した二メートルほどの騎士は、幅広の剣を背中に担ぎ、魔物の姿を追っている。城を守るための防衛設備であるゴーレムは暴走し、魔族を討伐していた。ハイドの姿は目に入っていないようで、ハイドが足を向ける先を掃除してくれている。透明な姿のハイドは、気ままに魔王城を散歩する。
目の前で起こるあまりにできすぎた偶然を、ハイドは信じていなかった。きっと、どこかの天使が笑っているのだろう。
ハイドが歩く先々で、魔導砲が爆発し、トラップが誤作動し、監視装置である目玉の魔物――ソーサラーはゴーレムに狩られていなくなる。
最高の傭兵部隊と共に歩いている気分だった。
ハイドの目的が、魔王を倒すことならば、階段を昇り四階にある広間へと向かっただろう。しかし、ハイドは階段を降りようとしていた。昇り階段を無視して、メインタワーの奥まった場所にある扉をピッキングし、下り階段を見つける。ハイドが入室しただけで、まわりのランタンが輝き足元を照らす。
『正面、敵いないよ』
「了解」
指にはめたゴーストリングを撫でながら、ハイドは階段を下る。足音も立てず、形跡も残さず、だれにも気づかれずに歩くハイド。ゴーストが散歩しているようだと、シルフィアは見つめていた。
ハイドは考えていた。違和感を感じた正体を、探ろうとしていた。
向かうさきには、城の宝物庫。そして、奥にはダンジョンのコアがある。
静けさが不気味だった。
魔物の配置もされておらず、行こうと思えば、だれでもここまで来ることができる。
暴食の魔王は用意周到な性格をしていると考えていたハイドには、違和感が残った。暴食の魔王が、長期にわたり勇者パーティーに仲間を潜入させ情報を集めた手腕を評価していた。スタンピードのときも、戦鬼や強欲の魔王に習い、準備を怠った様子はなかった。
そんな魔王が、自身の力の源であるダンジョンコアの付近に、防衛手段を配置していないとは考えられなかった。
地下にある隠し宝物庫を見つけたハイドは、扉の前で立ち止まる。
『プロテクション、破るね。……完了』
手筈どおりに天使が魔法を破る。これで、目の前の分厚い扉は、魔法のかかった強固な扉から、ただの分厚い扉になった。鍵穴にロックピックを差し込むと、ハイドは十秒もかからずに開錠した。
音をたてずに、内開きの扉をそっと開けると、すぐさま閉める。
暴食の魔王の蓄えた財宝が、目の前にある。一番に目を引くのは、山に積まれた金貨。ハイドの目線の高さを超える金貨の山と、足元に散らばる金貨が宝物庫の大多数を占めていた。金貨のなかに、武具や調度品が埋まっている。フラッシュライトの光で照らし、このなかから、たったひとつの品を探す。
探しているのは聖剣だった。アマネの剣が、ここに持ち込まれていた。
持ち込まれたばかりの品は、乱雑に置かれている棚の一番うえに置き去りにされているのを見つける。漆黒の漆の鞘に、かざりのひとつもつけない無骨な聖剣は、まちがいなくアマネのものだった。刀に求めるのは切れ味のみ。そう言いきるアマネの精神が、現れている。刀身に浮かぶ波紋だけが、唯一の遊び心だった。
ライトを口に咥えながら聖剣をたしかめていたハイドは、刀を腰に差すとライトを左手に戻した。
三秒だけ立ち止まり、ハイドは頭脳を巡らせた。アマネを助けるかダンジョンコアを壊しにいくか。どちらを優先するか考えていた。
「アマネがさきだ」
答えを出したハイドは、一生遊んで暮らせる財宝には目もくれず宝物庫を去った。
ひりつくような視線を感じたハイドは、振り向いた。階段のはるか下から、触れれば斬れるようなプレッシャーが沸きあがった。
天使が反応できていない、なにかがいる。
その事実がハイドにとってはなによりも不気味だった。ダンジョンコアを奪いにくるときには死闘になることを覚悟していた。
ハイドは振り返らず、なるべく足をはやめて階段を昇りきる。足音ひとつ反響しない薄暗い階段を抜けて扉を開けると、魔王城のメインタワーだった。
『後ろ方向に三十メートルほど進むと、監獄塔への螺旋階段だよ。塔の上で、アマネがオークに襲われてる』
ハイドはゴーストリングを痛いほどに指に押し付けながら、すぐさま走った。足音も気にせず、太腿にあたる刀の鞘に気を取られることなく、往来する魔物の間を縫うように抜ける。魔物に気づかれるデメリットよりも、アマネの無事を優先した。
夢中に走りながらも、ハイドのスキルは発揮されていた。リザードマンが一体、突然となりに吹いてきた風に首をかしげ舌を出していた。それ以上の詮索は、だれにもされなかった。
監獄塔へとたどり着いたハイドが頭上を見上げれば、螺旋階段が塔の最上部まで続いていた。長い螺旋階段を駆けあがるわけにはいかず、足音を殺しながら、できるだけはやく階段を昇る。石造りの階段を昇りながらも、対岸部に敵がいないか、後ろを追跡されていないかとすばやく何度も確認しながら、前へと進む。
『ストップ。罠とソーサラーを無力化する。……いいよ』
上空を漂っていたソーサラーは、目玉を真下に向けつづけていた。空中で自由を奪われた目玉の魔物は、真下を見ることしか許されていなかった。
階段に目を凝らすと、一段だけ沈みこむ仕掛けがされていた。
『踏んだら、風の魔法で押し出されて吹き抜けに落ちる。……ぺちゃん』
ハイドは自分で気づけた自信はなかった。敵の近くで天使に礼を言うこともできず、あとでたくさん抱きしめることを決めた。
ハイドは、より一層足音を潜める。魔物の姿を、ついに目視した。
ミノタウロスが二頭。
こちらに気づいた様子はなく、武器も地面に置いていた。立ちふるまいから、見張りには慣れていないことを知り、ハイドは静かに接近する。階段を昇りきる直前に、二頭を相手に射線が通った。
ミノタウロスは小声で談笑している。警戒のレベルは、二頭の間で差があった。
こん棒を持っているほうは、話ながらも周囲に目だけは配っていた。もう一頭の斧を持ったミノタウロスは、武器を持つこともなく暇そうにしている。
ハイドは腰のホルスターから、サプレッサー付きの拳銃を取り出した。銃口を向けたさきは、こん棒を持ったミノタウロスだった。一秒以下の時間でどこを狙うか決め、照準を定めた。大型の魔物を銃で相手するのは、はじめてだった。固い頭を狙うか迷ったが、胸と頭を狙うことにした。
――プシュ、プシュ。プシュ、プシュ
同じリズムで繰り返される四発の銃撃。精密さと正確さを合わせた銃弾は、ミノタウロスの頭と胸に四つの穴を開けた。
二十メートル以下の距離で、ハイドが外すことはありえなかった。
こん棒を持ったミノタウロスが、唐突に膝から崩れ落ちる。談笑していた、もうひとりのミノタウロスは目を限界まで見開き、ゆっくりと顎が落ち口が開いた。息を吸い込み、叫び声をあげる瞬間だった。
――口の中に銃弾が飛び込んでくる
ミノタウロスの喉奥を貫通し、頭の深い部分でホローポイント弾がさく裂した。運動神経を麻痺させられたミノタウロスはガクガクと体を震わせながら床に倒れる。
――プシュ、プシュ
二頭の倒れたミノタウロスに対して、ハイドは死亡確認動作を入れる。
ミノタウロスたちは、しぶとく息をしていたために心臓を撃ちぬかれた。心臓に穴を開けられ、噴水のように黒い血を吹き出しながらミノタウロスは絶命した。完全に絶命したことを確認して、ようやくハイドは扉に近づいた。
なかから、女の声が聞こえてくる。
アマネが生きていることを知ったハイドは、すぐさま扉を蹴り開けた。銃を構えたままオークの姿を視界に入れた途端に発砲する。オークの背部に二発の銃弾を撃ち込んだ。
「こっちを見ろ!」
ハイドは指輪を外すことを忘れ、透明な状態でオークに呼び掛けてしまっていた。オークは周りを見回すも、銃創を気にすることなく、アマネにのしかかる。
「だからッ、キサマのイチモツを受け入れられるわけなかろうが!?」
ハイドはオークがアマネに気を取られているうちに指輪を外すと、再度発砲した。オークは振り向きもしなかった。ハイドは手に持っている九ミリの銃弾を放つ拳銃を、頼りなく感じていた。
「ええいっ。処女だと言っておるだろう! 処女だ、処女!! わかるか!?」
「ショジョ? ワカル。オイシイ」
「わかっとらんではないかーーーッ。だあーーッ、気持ちわるいから、押し付けるなッ。ひいっ。やめろ、顔に向かってくるなーーーーッ」
「ウルサイクチ、フサグ」
「きゃああああーーーーーーーっ」
ハイドはオークの生命力、あるいは子孫を残そうとする本能の強さに驚愕していた。女を目の前にすると、死ぬまで抱こうとするのか。
――プシュ、プシュ、プシュ
ハイドは執拗に右膝を狙った。オークが重心をかけている脚であり、アマネに近づくのを止めたかった。
――目の前でアマネの獣姦ショーを見るのだけは、なんとしてでも防ぎたかった。
人間でいう内側の半月板を破壊し、膝を支える靭帯を二本は破壊した。
膝をついたオークはやっと振り返りハイドの姿を見つけた。ハイドを見つけると目を血走らせ「ブオオオオ」と叫び声をあげた。
残りの銃弾の数が頼りなくも、ハイドはすべて撃ちきった。
オークの胸を狙った。いくつもの穴を開けることはでき、オークは血をダラダラと垂らしている。
スライドの後退した銃から、片手の操作でマガジンを排出したところだった。
オークが力任せに突進してくる。接近されながらもマガジンを差し込もうとしたハイドだったが、オークがぶつかった机のうえにあった刃物や金属がハイドに飛んできた。ハンマーに手を当てられたハイドは、衝撃で拳銃を落とし、マガジンも差し込めていない銃が地面を転がっていった。オークは右足をもたつかせ、転倒していた。
ハイドは床に散らばっていた道具からハンマーを選び、地面から拾うと勢いのままオークの顔面を叩く。二度ハンマーで殴りつけるも、オークは顔を震わせながら叫んだ。
「キモチイイイイイ」
とんでもないオークの個体だった。こんな生命力にあふれた個体は、お目にかかったことがない。
オークが腕を伸ばし、ハイドを掴もうとする。ハイドは一歩下がると、伸びてくるオークの腕を蹴りつけた。地面をバウンドした腕を踵で踏みつけ、親指をあらぬ方向に曲げる。オークの手を踏みつけた途端に、オークはハイドが重心をのせた足を持ち上げた。オークの手にのってしまったハイドは、跳ねあげられ、地面を転がる。その間にオークは立ち上がり、片足を引きずってハイドに接近した。両腕を大きくふりあげると、片足でジャンプしハイドに飛びかかる。
「ブオオオオオ」
「うおおおおッ」
四百キロの巨体がハイドを押しつぶそうとしてくる。ハイドは悲鳴をあげながら、脱兎のごとく逃げていた。悲鳴をあげた理由は、オークの気迫以外にもうひとつある。オークの足が三本あった。よく見れば脚の付け根ではなく股間から生えた足が、堂々と存在していた。あまりのスケールに、ハイドは思わず逃げていた。
銃を向けられても平気なハイドだが、オークのバズーカを向けられると動揺してしまう。そんな訓練は受けていないと、自分を罵った。
武器を落としたハイドは、持っていたもうひとつの武器を取り出した。
取り返したアマネの聖剣を、一時だけ借り受ける。鞘を抜くと、ちかくに鞘を置こうとした。すぐにアマネの怒りが届けられた。無言のプレッシャーを背中に感じるハイドは、そそくさと鞘を腰に戻した。
両手で反りのついた刀を構える。
武器をもった人間に、オークは両手を広げていた。片足をかばうようにしながら、体を支えていた。
「反りが合うとは、このことか」
ハイドは刀越しにオークを見つめると、反りと一致する部分があり感心していた。バズーカのようにも、突き出された剣のようにも見える。慣れない獲物と敵の武器に、なかなか距離感が合わずに苦心していた。
「オオオオッ。オレノ、オレノ。ニク」
長引かせるわけにもいかない。ハイドは、オークの右手側を狙って距離を詰めた。オークは左手で地面を叩くと、近くにあった武器を掴むとすぐに振りあげる。ハイドは細い刀で、分厚い肉斬り包丁を受けられるとは思えず、ムリに回避しようとした。
「受けろッ!」
アマネの声が、ハイドに届く。急いで刀を引き戻し、力任せの肉斬り包丁を、剣で受けた。衝撃で、ハイドの身体が吹き飛んだ。
「ぐあっ」
「っく……大丈夫か?」
アマネのうえに飛ばされ、やわらかいクッションに受けとめられたハイド。
「すまない」
「よせ。そんなことは言うな」
アマネはハイドの背中に額をつけた。ハイドは温かさを受け、刀を手にし目の前の脅威に立ち向かう。
オークは包丁をハイドとアマネに向け、荒い息をしながら血みどろの体をどうにか動かしている。ハイドは刀を手に、オークへと立ち向かった。
ハイドはオークへと挑む。
刀を下段に構え、地面すれすれまで体を落としこみながら走る姿は、アマネのものだった。軽い動きで近づき、スピードにのせた刃をオークに向ける。
オークは力任せに包丁を振り落とした。ハイドは振り下ろされる前に、足をクロスさせて急な方向転換をしていた。がら空きになったオークの右半身を、左腕に精いっぱいの力を込めて無理やり切りあげた。
――ザシュッ
股間から侵入した刃は、恥骨を切り裂き、腸骨を抜ける。オークの右下半身が切断された。三本の脚のうち、二本が地面に落ちた。
動けなくなったオークは、まだ息をする。
「……オレノ、オンナ」
最後までアマネに執着を見せるオークに、ハイドは情けをかけた。
「次は、優しくするんだな」
ハイドはオークの心臓を突き刺した。オークはビクンと体を跳ねあげ、血だまりのなかで二度と動かなくなった。
オークとまともにぶつかり合ったハイドは、体を痛めていた。それを情けないと感じるも、スキルと魔力をもたない体でオークに勝利できたことに安堵した。
「つまらぬものを斬った」
「わざとだろ!? わざと斬ったろーーーーっ。私の斬鉄剣ーーーッ」
アマネはベッドに固定されたまま、顔だけをこちらに向けて叫んでいた。
「すごい格好だな。オークが、ああなるのもうなずける」
「……見るな。ばかっ」
スカートはめくり上げられ、胸ははだけて露わになりかけている。形のいい腹筋や縦に割れたへそが見え、恥ずかしそうに腰をくねらせていた。見ると、ところどころ舐められた後か、愛された後かわからない水たまりが出来ていた。アマネの目には涙の後があり、口元もよだれがついている。
ハイドはアマネの右手首のベルトを斬ると、アマネに刀を握らせた。アマネは一太刀で拘束されていた三か所のベルトを斬る。ようやく体の自由を得ていた。
ハイドはアマネの目元と口元をぬぐってやる。
「アマネ、がんばったな」
ハイドがそういうと、アマネは目を丸くした。
「……あっ」
気づいたように声が漏れると、アマネは口元に両手を持っていった。唇を一文字に結んだ気丈な表情は、崩そうとしなかった。
見かねたハイドは、机のうえに飛びのり、アマネの背後に回った。後ろで腰を降ろし、両肩を掴む。
「よく頑張った。安心しろ」
「うっ……ああっ」
ようやく言葉にならない嗚咽を漏らし、肩を震わせる少女。
気丈に振舞う姿は立派だった。しかし、アマネの中身は年頃の少女であることを、ハイドは知っているつもりでいた。ハイドは、震えるアマネの体を支える。アマネは背中をハイドに預けたがっていたので、ハイドはアマネを後ろから抱きしめた。「ぐすん」と漏れる泣き声も、ハイドはアマネの頭に顔を寄せて、だまって受けとめていた。
「ハイド、強く抱きしめてくれ。……もっと。……もっと、痛くしていいから」
「こうか?」
「んっ。……うん」
ハイドは右腕でアマネの右肩を、左手は胸のしたに回し、細い腰をキツく抱きしめた。
「……ふう、ふう。んっ。ありがと」
アマネは恥ずかしそうに、ハイドに礼を言う。
「……でも、もうちょっと……このまま」
ハイドの腕が逃げないように指先で掴みながら、アマネは目だけをハイドに向けた。紅潮した頬は、ハイドの腕で隠れていた。
「なんなりと」
アマネは腰を動かし、ハイドとぴったりくっついた。
「……ハイドが生きてて、よかった。ハイドッ、ハイドォ」
アマネはローエンと対峙し、魔剣を刺されたハイドの治療方法で争った。それ以来、ハイドの足取りがつかめずにいたため、万が一を考え不安と戦っていた。もしもあのとき、ローエンを斬っていればハイドを救えたならと自分を責めていた。
アマネの心中で、自分の安全を得られた次に出てくるのは、ハイドのことだった。
「生きている。おかげでな。仲間たちが、必死で助けてくれた。アマネにも感謝している」
「……仲間というのは、黒い翼の天使か?」
「ああ。天使と、狼とエルフとヴァンパイア、それにサキュバス。命を懸けてくれたのは、狼だった」
「……すまない。天使を、斬った」
アマネは表情を暗くした。
『気にしてないよ。手もあるよ』
シルフィアは、ハイドに向かってそう言った。声音は朗らかで優しいものだった。
「天使は気にしてないし、手も戻ったから大丈夫だと」
「……機会があれば謝罪させてくれ」
「伝えておこう。いまは、アマネも無事でよかった」
「私は幸せものだ。なんどもハイドに助けられている」
アマネはハイドの腕を抱きしめた。胸の間に挟み込み、体全体で抱きしめる。
「隔離トラップ事件のときか?」
「やめてくれ。私の国にはダンジョンなんてなかったんだ。ほんとうに絶望したんだぞ」
「あの頃に比べれば、丸くなったものだ。女性らしくもなった」
「……痴れもの」
アマネがもじもじと体を動かすせいで、ハイドの腕は胸にうずもれていた。
「オークや魔王に乱暴はされなかったか?」
「……された」
ハイドはアマネの返事に、体に力が入った。アマネは、怒りを秘めていた。
「舐められた。ああ、思い出しただけでも、気色が悪いッ。あげく、私のことを肉だと言うのだ! 食うな! 私は食い物ではないーっ。オークにさえ、のしかかられかけたのだ。正直、死ぬかと……圧死するのではないかとな」
叫ぶアマネに、ハイドはいい意味で安心した。アマネは手で太腿をこすり、見えない汚れを落とそうとしていた。
「むっ。そうだ」
ハイドの右手を、アマネは自分の太ももに置いた。
「乱暴につかまれて、うまそうだと言われたんだ! うまいってなんだ!?」
「筋肉質なのにやわらかい。か?」
「それなら、そう言えーーーーッ」
アマネの怒りが収まるまで、ハイドは黙って聞いていた。しばらくすると、アマネはさっぱりと切り替える。ふだんと同じ、強気な目でハイドに笑いかけた。
「もう、大丈夫だ。戦える」
「行こう。今頃、ローエンたちが突入している。俺にはひとつだけ、やらなければいけないことがあるんだ。アマネ、付き合ってくれ。場合によっては、過酷な役目を任せる」
アマネは立ち上がると、腰に刀を差しながらハイドにふり返った。ハイドは拳銃を拾い、マガジンを替えると給弾動作をおこなった後、腰に戻した。
「もちろんだ。激しいのを所望しよう」
「アマネ、薄々感じていたことがある。もしや、嗜虐体質か?」
「キサマでも斬るぞーーーッ」
刀の柄に手をかけ、歯をむきだして顔を赤くするアマネに、ハイドは笑った。
「まず、これを飲んで欲しい」
ハイドは紫色の丸薬を取り出すと一錠だけアマネに渡した。
「うん。いいだろう」
なんの疑いもためらいもなく、アマネは口に含むと飲み込んだ。
――ボンッ
「な、なんだこれはーーーーッ」
ワーコボルトになったアマネが低い声で叫んでいた。
丸薬は、ハイドが以前に飲んだことのある薬だった。コルトがつくった、魔物に姿を変える薬をアマネに飲ませた。
近くに落ちていたベルトを拾い、アマネの首に首輪をつけると、ハイドはロープで引っ張った。
「犬の散歩か!? どういう趣味だ!?」
ハイドがゴーストリングをつけると、姿が見えなくなる。首輪につけられたロープを短く持つと、アマネをリードしはじめた。
「いくぞ」
「待て待て!? ハイド!? ハイドーーーッ」
アマネは引っ張られて、なれない体にもたつきながらハイドについていく。しかし、納得はできずに叫んだ。
「痴れものーーーッ」
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