第38話 勇者という光

「ハイド様より、暴食の魔王城への作戦を賜りました。お伝えします」


 ライアをはじめ、有名冒険者パーティーのリーダーと、ギルドの関係者、教会の関係者が集う〝猛獣の闘争〟のホームで、剣の勇者パーティーの仲間であるキキョウが到着し話しはじめる。となりには、ローエンが立ちキキョウを支持していた。


「剣の勇者の活躍により、暴食の魔王城の防衛設備の破壊に成功。城門の破壊に成功。敵戦力を半分以下に減らした。炎の勇者は冒険者を連れて、すぐさま魔王の首を取りにいかれたし。以上。魔王の居場所は、すでに教えていただいています。行き方もわかります。一番槍を務めますので、どうかご加勢を。お嬢様とハイド様は、すでに現地で戦っておられます。どうか、お力を貸してください」


 キキョウは、ハイドに言われた通りに説明する。真実でない情報も紛れているが、この場ではこの言い方のほうが士気をあげることだけは、たしかだった。キキョウの言葉で、多くの冒険者が剣の勇者を称え、高揚していた。


「アニキーーーーーッ」


「仕事がはやすぎんだよ、あの野郎ッ」


 ライアは泣いて叫び、ローエンは怒りとも喜びともとれる奇声をあげた。


「やっば。おにい、ひとりで破壊しちゃうじゃん。ねっ、ウチらもいこーよっ」


 ローエンとライアは同時に頷く。ライアは机のうえに飛びのり、大声で叫んだ。


「突入しよう。広場へ向かえーーーッ」


「まってたぜ、ボス」


「魔王を倒して、俺が勇者だッ」


「ぎゃははは、ローエンさんに聞こえるぞ」


 血の気の多い冒険者たちは、魔王を恐れてはいない。傾いた情勢に勝ちを確信し、ダンジョンへ突入するぐらいの気軽さで魔王城の広場へと集まろうとしていた。


「さて、ここまでローエンさんの予想通りっと。キキョウさん、アニキは魔王についてなにか言ってなかったっすか?」


「魔王を倒すには手順が必要だそうです。ハイド様が、なんとかするとのことでした。ただ、それまでは……足止めに徹しろと」


「オレが魔王の相手をする。ライア、ミーナ、キキョウ。オレを運んでくれ。魔王は、オレが止め続ける。チャンスが来たら、だれでもいい。倒してくれ。魔王を倒すのは、勇者じゃなくていいんだ」


「ダンナ、任せてください。自分らは、炎の勇者の仲間っす。自分とミーナは、ダンナを信じます」


「ヤー! まっかせて。いざとなったら、バビューンってやってやろーじゃん」


 ライアは拳を突き出し、ミーナは目の横で指を二本立てる。


「行こうぜ。ハイドを助けに行かねえと」


「いまも、無茶してそうっすよね」


「もう魔王と戦ってたりしてーっ」


 炎の勇者パーティーは、魔王城に突入するために笑いながら広場へ向かっていた。

 広場の中心では、冒険者たちが立ち止まっている。驚きの感情が伝播していた。


「なんすかね」


 ライアが冒険者たちに声をかけると、人垣が割れていった。勇者を待っていたかのように、ひとりの女性が広場の中心に立ち尽くす。だれも、少女に近寄れなかった。


「ウソだろッ」


 叫んだのはローエンだった。

 どうして、ここにいるのか。

 なぜ、ここで待っているのか。

 ひとりで出歩いてはいけない女性だった。


「聖女ちゃん!」


 ローエンは、裸足で立つ華奢な女性の側にいくと、名前を呼んだ。肘を持ち、自分の居場所を教えた。目の弱い聖女は、人混みのなかで動くことを恐れているように見えた。


「ああ、よかった……炎の勇者さま。間に合って、よかった。申し訳ございません。どうしても、非力な身と知っていながら、みなさまのためになにかしたくて飛び出して参りました。教会の判断ではありません。この身の独断です。どうやら、多くの冒険者さまを驚かせてしまったように思います。ちがいますか?」


「そんなことはない。みんな、聖女ちゃんに見とれてただけだ。応援、ありがとよ。オレの仲間が、もう魔王城に行っちまってよ。あとはもう、魔王を倒すだけなんだ。待っててくれ。必ず魔王を倒してくる。そしたら、聖女ちゃんは、笑ってくれよな。平和とか、正義とか、神様とか。見えないものはオレにはわからねえ。でも、聖女ちゃんが笑ってくれるなら、オレは戦えるぜ」


「……はい。お待ちしております。どうか、必ずお帰りください」


「任せろ。勇者は死なねえ。アマネと一緒に帰って来るぜ」


 ローエンは教会の聖女に寄りそう。共に支えていく覚悟だった。


「ローエンさま、冒険者さまがたを、できるだけ近くに集めてくださいませんか?」


「全員あつまれえええええええ。突撃前に聖女さまからのお言葉だッ。息をするな、物音をたてるな。となりのやつにぶつかる金属音がうるせえええええええ」


「ダンナが一番うるさいっすよ!?」


 熱狂するローエンに、唯一ツッコミを入れられるのはライアだった。ライアは冒険者に手を振り、身を寄せた後で屈ませる。

 この場に集まる戦力は千人ほどだった。集団のなかに教会の騎士や国の騎士はいなかった。彼らが動くには、準備を行う時間が足りなかった。それを憂うのは、ただひとり。年端も行かない少女のみ。


――神よ


 聖女が歌う。神様を賛美する言葉を旋律にのせて紡ぐ。

 少女の願いは祈りになり、やがて光を集めて実在する奇跡となる。


「神よ。どうかあなたの子供たちを守ってください。どうか彼らに勇気を与えください。どうか彼らの行く先が光のあふれるものでありますように。〝神の御加護〟ホーリー・クロス」


 闇を討ち払う光の十字架が空に掲げられる。奇跡は光となり、冒険者たちに降りそそぐ。光を浴びた冒険者たちは目を輝かせ、満ち溢れる活力と力を実感し、子供の頃の全能感を思い出していた。


「ローエンさま、どうかご無事で。だれもが争わなくてよい世界を、夢に見ております。この美しい世界を、だれもが享受できますように」


「聖女ちゃん、ありがとな。同じ世界を夢見てる。だから、戦ってくるぜ」


 涙を流すだれよりも美しい少女に誓う。ローエンは聖女の手をひいて、教会の関係者に預けた。

 ローエンは、だれよりも声を張った。強い響きは、広場に響き渡る。


「炎の勇者、ローエン・マグナス。暴食の魔王ネブリオを討つ男の名だ。今日という日は、勇者が、教会が、人類が待ち焦がれた決戦の日だ。ここに集った仲間たちを、オレはひとりも忘れない」


 低い声は、包み込むような響きを持って冒険者たちに伝わる。


「グランガルドの盟友たちに、言わせてくれ。ここが人類の最前線だ! オレたちの戦いは、人類の行く先を決める戦いだ。この戦いが、大きな流れを生むことは間違いない。ぜったいに、勝たなければならない。魔王を倒さなければならない。長きに渡る闘争を、終わらせるために。オレは戦う! しかし、オレひとりでは、魔王に勝てない。ここに集う戦士たちよ。ともに剣を握ってくれ。ともに戦ってくれ! ともに、魔王を倒してくれ! ともに行こう。オレたちの明日のために。ともに倒すぞ、魔王を!」


 地響きのような歓声がグランガルドを揺らした。

 ローエンは聖剣を突き上げ、天をさす。

 聖剣が、男たちの力強い雄たけびの指揮棒となる。なんども振り上げ、最後に剣をひときわ高く掲げて叫んだ。


「いくぞッ。倒すは暴食の魔王。挑むは魔王城。戦士たちよ、オレについて来いッ」


 ローエンが真っ先に魔王所へのポータルに飛び込む。

 ライアとミーナが「よっしゃ」「おっさきー」と飛び込むと、冒険者たちは意思を持つひとつの塊となって魔王に挑む。

 勇者と魔王の戦いがはじまる。


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