第40話 激突 勇者VS魔王

暴食の魔王城に挑む、炎の勇者パーティー。最前線では、青い雷が光っていた。


「おらおらおらッ、勇者のお通りっすよ」


 目の前の敵をすべてひとりで蹴散らす〝雷帝〟の後ろに、キキョウとローエンが続き、ミーナが後ろを警戒しながら空を飛ぶ。後続の冒険者たちとは、距離が開いてしまっていた。魔物のほとんどが、ローエンを狙うために集まってくる。それらに次々と紫電を浴びせ、撃退していく。ライアは単身で、ローエンを魔王のもとまで連れていくつもりでいた。

 ライアが扇状に雷を放ち、リザードマンとミノタウロスとオークの動きを止めた。ライアはすぐに肉薄し、リザードマンには蹴りを、ミノタウロスには肘を、オークには膝をたたき込んだ。雷にも迫る速度での肉弾戦は、ライアが最も得意としている戦法。止められるものなど、魔王城の一兵卒には存在しなかった。


「正面を突き抜けると階段があります。四階まであがれば、魔王のいる広間です!」


 キキョウが先頭を走るライアに言う。


「了解っす!」


 ライアは、目の前の敵を次々と屠る。しかし、溢れ出てくる魔物の壁に、足を止められた。ライアは大技で突破しようと、全身から雷がほとばしらせる。

 ミーナは道中、なんども口を開きかけていた。ついに、周りに向かって口にする。


「キキョウさん、ごめんなんだけどね。いちど結界張ってほしいんだ。止まってもいい?」


「はい。もちろんです。集まってください〝護封結界〟」


 キキョウが胸の前で指を立てると、結界が完成する。桜色の薄い障壁が、四人を覆った。円形の結界のなかで、ローエンは問いかける。


「どうしたんだ、ミーナ」


「ローちゃん、キキョウさんごめん。ねえ、ライア……笑って?」


「はあ? いったい、なにを言い出すんだ。まさか、それで足を止めたんすか?」


「ヤー」


 ミーナは曖昧に笑って頷く。


「……さきに、進むっす。いまは、急がなきゃいけないんす」


「ライア、ストップだ。ミーナ、こうか?」


 ローエンは、自分の顔に指をあて、笑ってみせた。


「イエイッ。あのね、ライアが走りすぎてる。たぶん、そうじゃないよ。もっと、いい方法があるじゃん。ねっ、ライア。笑って!」


「ミーナ、いまはそれどころじゃ!」


「それどころなのッ! だって、ぜんぜん周り見えてないじゃんッ。息もあがってる。魔力も半分ぐらいでしょ? みなくても、わかっちゃうじゃん。ライアがウチらを魔王に連れていこうとしてるって。でも、ウチはそれが面白くない」


「……どうしろって、いうんすか」


「前に進むときも、笑いながらいけるぐらいが、ちょうどいいんだよ。だから、ストップ。笑っていこ?」


 ミーナは、だれよりも周りを見ていた。ライアの足を止め、後続との距離を調整し、魔族が一階に集まるのを待っていた。

 いま、一階には魔王城にいるほぼすべての魔物が集まっていた。ローエンを倒すために、群がっている。

 キキョウの結界の外で、ミノタウロスが斧を振り回し、オークがこん棒を叩きつける。キキョウは静かに耐えているが、結界は長くもちそうにない。

 ライアは「負けた」とミーナに少年の笑みを浮かべる。


「あー、もうっ。わかった、わかった。すみません、ローエンさん。後続ぶっちぎって、自分がひとりで進みました」


「いいぜ。オレは、いつもハイドに怒られた。魔王城だからって、気を張る必要はねーんだ。ダンジョン攻略みたいに、楽しんでいこうじゃん?」


「ローちゃん、いいこというじゃんーッ」


 ローエンはキキョウの表情が柔らかくなるのを見て、頬をさわり、口元をあげた。


「ふぁい。なにをするのでふか」


「キキョウ、アマネは絶対に大丈夫だ。最高の男が助けだす。ぜったいに助けて、オレたちに合流する。だから、オレたちはオレたちで魔王のもとへ向かおう。じゃねーと、オレらハイドとアマネにパーティ解約されちまうぞ」


「ふふっ。それは、困ってしまいますね。ハイド様にも同じことをされました。やはり、おふたりは最高のパーティーです」


 ミーナは目を閉じ、風を感じる。いまなら、今までにないほどの風を起こせそうだった。


「ウチがやる。ライア、合図だして。ウチが、四階まで連れてってあげるよ。最速で、バビューンって飛んでっちゃうかんねっ」


「ああ、任せた。キキョウさん、自分の合図で結界を解除お願いっす。ローエンのダンナも、ミーナの背後に。マジで飛んでいくんで」


「ヤー! 準備はいい? いっくよーッ」


「よし、ミーナ。やれッ」


 ライアがキキョウに向かって手をさげた。

 ミーナは胸の前で組んでいた腕を、左右に開くと同時に、だれよりも楽しそうに飛んだ。


春の嵐メイルストーム


 ミーナの両腕から吹き荒れる暴風が、城内へと解放された。魔王城の一階すべてを通り抜ける嵐は、魔物を巻き込み、吹き飛ばし、壁にぶつけながらも壁際へと押し出した。通路の最奥部では壁に叩きつけられ絶命した死体の山と、吹き戻しで飛んでいく死体が、生きている魔物を巻き込みながら、被害を拡大させていった。

 集まりすぎた魔物は、嵐に巻き込まれて塵芥のごとき扱いを受ける。

 嵐が通り過ぎた一瞬の静寂。

 見通しのよくなった魔王城の一階で、ミーナが頬に指を二本立てながら言う。


「ヤー! ブイッ!」


 ミーナはふわりと舞う。続いて、ローエンとライアとキキョウを浮かせた。


「うおっ、浮いてる」


「ダンナ、キキョウさん。酔わないように気をつけるっす」


「なんだか、へんな感じです」


「バビューンッ」


 ミーナは腕をぶらんとさげて、空中を舞う。引きずられるように三人を連れて、飛び始めた。風の通り道を感じたミーナは、一階から中庭に飛び出し、天高く舞いあがる。空中で一度静止し、自由落下に任せて体を反転させると、三階へと入れる窓を見つけた。三階の一室にある広いプールを飛び越し、廊下へと飛びぬけ、階段を目指す。道中の魔物は、ミノタウロスだろうと、オークだろうとミーナが体当たりで吹き飛ばした。勢いにのったミーナは、まさに嵐。自由奔放に飛び回り、周囲に被害を与えながらも、涼しい顔で通りすぎる。


「ヤー! みーっけ!」


 階段を固める強力な魔物たちを強引に突破すると、四階へとたどり着く。魔王の間へと続く扉の前で、ミーナは反転した。


「ここはウチが守る。だから、行って。ライア、ローちゃんとキキョウさんをよろしくね。ウチ、おにい以外はここを通す気ないじゃんね」


 階段を昇りきった踊り場で、ミーナが構える。侵入を許したことを知った魔物が、あわてて登ってくる。鎧を着たリザードマンは、無数の風の矢を上から撃ちおろされ、形が変わるまで暴風を受け続けた。


「かかってこいーッ。魔力尽きるまで、撃ち尽くしちゃうじゃん」


 ミーナは、だれよりも自由に踊る。その姿はローエンの目にも、キキョウの目にもまぶしく見えた。


「ミーナ、頼んだぜ!」


「ヤー!」


 暴風が吹き荒れる音を聞きながら、ローエンは扉に手をかける。

 後ろを向き、ライアとキキョウに頷くと、大扉をあけ放ち、魔王のもとへ突入する。

 ガラスで外からの光を取り入れる広間は明るく、入り口から伸びるように絨毯が敷かれていた。絨毯の奥は一段高くなっており、豪勢な椅子がひとつ置いてある。


「よく来た。炎の勇者」


 魔王の声がする。

 ローエンは、まだ剣を抜かなかった。絨毯を踏みしめながら、魔王の顔をよく見える位置に移動する。


「オレがローエンだ。炎の勇者ローエン・マグナス。よばれて来たぜ。あんたは、暴食の魔王か?」


「歓迎しよう。俺が暴食の魔王ネブリオだ。配下が世話になったようだな」


 全身鎧に兜をつけないスタイルの魔王が、たしかな威厳をもった声でローエンと話す。


「強かった。リザードマンのリーバル、グリムリーパーのサイス、そしてレンジャーだったムスタ。オレは三人を倒して、ここにいる。みんな、強かった」


 ネブリオは少し悩んでから、返事をした。大胆に座っていた様子から、背筋を伸ばして一言だけ漏らした。


「……そうであろうな。ああ、そうだった」


「決着、つけにきたぜ」


「実に話がはやくて助かるよ。炎の勇者」


 ネブリオは頷くと、ローエンのほかのふたりに目を向けた。たまらずキキョウが叫んだ。


「お嬢さまはどこにいるッ!?」


「見たことのある肉だ。剣の勇者ならば、監獄へとぶちこんだ。いまごろは、オークに犯されているころだろうよ」


 歪な笑みでネブリオはキキョウに言うと、激昂したキキョウが手を出しかける。ライアが急いで止めていた。「落ち着くっす。アニキを信じて。な?」声をかけながら、自信満々に言うネブリオの姿に、ライアの胸中にも冷たいものが感じられた。


「わりい、暴食の魔王。〝地の勇者〟は、声をかけても来なかった。相手になるのは、オレだけでいいか?」


「よかろう。客人を招いておいて、ひとりだからと咎める狭量の狭さは見せないさ。本来ならばディナーでも共にするが、俺と勇者ではそういうわけにもいくまい」


「だな。相手になってもらおうじゃねえの、魔王さまよ。オレは平和とか、あんたに対する復讐心とか、そんなものは知らねえ。ただ、倒す理由はある。グランガルドを守らなきゃいけない。相棒を取り戻さなきゃいけない。だから、オレと戦ってくれ。勝ったら、アマネを連れ戻す。負けたら、オレを含めて好きにしたらいい。戦うってさ、そういうことだろ?」


「勝者が食らい、負ければ食われる。ただ、それだけだ」


「だよな」


 ローエンと魔王は、互いにわかりあえないことをわかっていた。互いに目的があり、立場があることを認識し、戦いがさけられないことも知っていた。

 ふたりが剣を抜くのは同時だった。

 ローエンは聖剣を抜き、ネブリオは魔剣を抜く。

 炎のように輝く剣と、不気味な光を放つ剣が対峙する。


「……ローエン・マグナス。その在り方に、フェアさを求める。俺の剣は魔剣。魔法を食らう剣だ。魔法は通じないと思え」


「いいのか? そんなサービス。コロッケのおまけとか遠慮なく受け取って目の前で食うぞ」


「勝敗はそれで変わることはない。ただ、戦いの質が変わるのみ」


「じゃあ、正面きっていくぞ。小細工は苦手なんだ」


「小細工も使わねばいかんのだ。目的のための手段は、多く持つがいい。教訓とせよ」


「ありがとよッ」


 ローエンは爆発を起こし、ネブリオに突進する。意表を突かれたネブリオは、その場で足を一歩下げ迎撃の体制をとった。

 互いの剣は上段。間合いの差など関係なく、力と力の真っ向勝負。


「うおおおおおおおおおおッ」


「はああああああああああッ」


――ガキンッ


 気迫は拮抗するも、剣は拮抗しなかった。

 魔王は一歩も動かず、ローエンを弾き飛ばした。

 押し返されて吹き飛ばされたローエンは、足裏で地面をこすりながら減速して膝をつき着地した。


「ウソだろ。あいつ、とんでもねえ力だ」


 ローエンが正面から力負けするのは、ひさしぶりのことだった。


「大事なことを教えてやろう。ぜひとも、人間の世界に広めるがいい。食べることは力だ。俺は誰よりも食べてきた。暴食の名を欲しいままにな。その集大成は食らった命の輝き。小食民に負けるわけにはいかないのだ」


「今日のご飯はなんでしたか!?」


「っく、喉を通らなかった」


「すみませんでしたッ」


 ローエンは再び魔王に剣を振りかぶり挑むも、悲しみを背負った魔王の一撃にあっさりと弾かれる。


「ダンナ、すこし下がって。走れ雷ッ」


 疑り深いライアは、ネブリオに向けてふたつ雷を走らせた。二本の閃光は魔王を貫こうと走る。


――ブンッ、ビリビリッ


 魔王が横なぎに剣を振るうと雷が剣に吸い込まれて、放電する。


「マジかよ。やりにくッ」


「小さい男は、肝計を知るか。小男にありがちな戦法だな」


 ライアは雷を纏うと、軽いフットワークで足を動かす。体を前傾させ、リズムをつけながらネブリオに対し、拳を向けた。


――ブンッ


 目では捉えられない速度でライアが動く。魔王の前で一歩止まり、腕をふりかぶるフェイントの後で、すぐに回り込み、魔王の背中に拳を振り下ろす。右腕のオーバーブローが魔王に襲いかかった。


――ガンッ


 ライアは魔剣を殴りつける。剣の腹で、拳が受けとめられていた。


「魔法を食らうと言ったろう。剣が魔法の気配を辿る。属性魔法の身体能力強化は、俺とは食い合わせが悪いぞ」


「なっ。強化が!?」


 ライアの纏う雷すら、魔王に食われてしまった。


「俺に挑むのは、まだはやかったな。未だ熟さぬ、お前が悪い」


 剣の腹でライアの拳を押し切ると、ネブリオは力任せにフルスイングし、ライアを壁に叩きつけた。バウンドしたライアが地面を転がる。キキョウがライアを抱き起こし、すぐさまポーションを飲ませた。


「マジ情けねえ」


 倒れたライアと手当するキキョウを守るように、ローエンは暴食の魔王へと立ちはだかる。


「聞いてたとおりだな。身体能力が高すぎる。アマネが手こずるわけだ」


「来るがいい。炎の勇者よ。叩き潰してやろう」


「燃えるじゃねえの、暴食の魔王。オレの熱を教えてやるよ」


「食らわせろ、お前のすべてを」


「ハデ好きなもんでなあ。盛大に振舞ってやるぜ。吐き出すんじゃねえぞ!」


 勇者と魔王は互いを好敵手と認め、激しくぶつかり合った。

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