第2話 魔王の御前にて
「せいやっ!」
同じ敵ばかりでは、飽きもくる。
そう感じながらも、勇者は何度目かわからない骸骨兵士との戦闘を終えた。倒すだけでは立ち上がってくるので、粉々に砕くまでが戦闘だった。
魔王城に突入してから、長い廊下を超え、広間を抜け、大階段を上り、さらに大広間と廊下を超える。長い、長い道のりだった。壊したシャンデリアの数も忘れるぐらいに。
骸骨の騎士が守っていた扉の前で、呼吸を整えた。ほかよりも装飾が多く「いかにも」といったふんいきのある扉だった。
魔王城にくるまでの進軍と、魔王城内の強行とで疲労は溜まっている。しかし、そんなことはいつものこと。問題にはならなかった。
重い扉を両手で押し開ける。
「つッ!?」
急に鳥肌が襲ってきた。
魔王城に入ってから、はじめて重いプレッシャーが現れる。自分の命を脅かす殺気に、危険信号がアラートを鳴らす。
それでも勇者は歩みを進める。
扉をくぐり抜けた。
ひときわ広い広間の右から左に目を走らせ、敵の数を確認する。
「いち、に……五人か」
配置はバラバラだった。
一番奥の高い玉座に座っている人型と、付き従う従者。背中にステンドグラスの窓を背負っているせいで、シルエットがぼんやり浮かんでいるが、両方女性に見える。
敵意をむき出しているのは、ひとり。広間の真ん中で自然体に立ちすくみ、赤い目を光らせる獣人族の女。狼の尻尾が垂れさがっている。
左の壁際には、戦闘に興味なさそうなふたり。
緑色の服を着たエルフと紫色の髪をした全身黒ずくめの少女。
「ここまで、たどりつくとはなあ。単身でよくやる」
「あんたの配下が手を抜いたんじゃないの」
壁際のふたりが言うと、エルフの女が奥へ手をさしむけた。
「行きなさい。手出ししないから。今日の防衛、当番じゃないの。……ご愁傷さま」
勇者は壁際のふたりに背をむけ、奥へと進んだ。
「いったい、俺の相手はだれがしてくれるんだ?」
魔王城の玉座まで素通りかと、甘い考えも吹き飛んだ。
「……通さないよ」
発された言葉は、獣人族の少女のもの。背は高く、すらりとした獣人。頭のうえにふたつ犬の耳が並んでおり、尻からは尻尾がたれる。肩口やヘソ、太ももを大きく露出させている動きやすそうな軽装備。透明なロングヘアを腰まで垂らした頭を二度振る。前髪に走る青色のメッシュが揺れた。
形のいい腹筋の浮き上がった腹には、青い模様が入れられていた。魔術的な効果は感じられなかった。
少女は二度鼻を鳴らして聞いてくる。
「ひとり?」
「俺だけじゃ不満かい?」
「ううん。だれでもいい」
「ああ、そうかい」
勇者は剣を中段に構えた。
獣人の少女を倒せばいいわけじゃない。
奥には魔王と、もうひとり。後ろには、ふたりが待機している。
正面から放たれるプレッシャーは相当なもの。侵入者を単騎に任せているという点で、魔王から信頼されているほどの手練れ。
戦う前から勇者は内心、舌打ちが止まらなかった。
――しくじったな。魔王城に来るのがはやすぎた
目の前の獣人族のプレッシャーが、あまりに強すぎた。
天と地がひっくり返るようなラッキーが起こらないと、目の前の相手には勝てない。
魔王を倒すのが目的であって、魔王の前哨戦で命を懸ける戦いをしなければいけないのは、ただの実力不足だった。
順当に戦えば負ける戦いに、勇者は挑む。
勇者には、この場すべての勝敗をひっくり返す手がひとつだけ残されていた。
だから、戦うのは怖くなかった。
「はああーーーッ」
決死の覚悟を纏い、目の前の相手のみを見つめ、撃ち勝とうとする。
「おいで。遊んであげる」
お手を求めるようなしぐさで、狼の少女は誘う。おいで、おいでと手をこまねいて。
「遊んでもらおうじゃねえの。炎舞・双龍ッ!」
爆発する感情を熱に変えて、勇者は襲い掛かる。
空にふたつの大炎が走る。熱風が周囲を焦がし、風を起こしながらも連撃の手を緩めない。炎の揺らめきで、相手がどこに逃げたかは追えていた。
「追えッ、炎舞・火鳥」
姿を目視せず、方向だけを頼りに下段からの切り上げを二度放つ。
火の塊が、飛ぶ鳥の姿になって敵を追う。煙を切り裂いて飛び、地面を二度爆発させた。
勇者はいきなり伏せた。背筋に冷たいものが走った感覚を頼りに、緊急回避行動をとった。
――ゴウッ
正確に頭の位置を狙って、蹴り足が延ばされていた。
狼の少女は、追撃してきた火の鳥を素手で地面に叩きつけると、地面すれすれまで身を低くした直線的な動きで肉薄し、右脚で回し蹴りを放っていた。
勇者の生んだ熱から起こった風ではない、人為的に起こされた暴風が周囲の煙を吹き飛ばし、壁に埋め込まれているステンドグラスが音を立てて揺れていた。
振り抜いた脚を伸ばした少女と勇者は目を合わせる。
「くそっ」
鋭い眼光が交差したとき、勇者は避け、少女は攻める。優勢は少女にあった。
振り抜いた脚を振り上げて、その場に落とす。裸足の踵が勇者を狙う。
勇者はその場で背後に飛び、両手を地面についた。逆立ちの姿勢を取ったとき、握りしめた剣の切っ先で地面を叩き、爆風を起こして宙を翻り距離をとる。曲芸じみた動きだった。
勇者が安全だと思える距離まで離れたつもりだった。気が付くと、壁を背にしていた。
きらびやかな玉座の広間が、ひどく狭く感じられた。
「はあっ、はあーーっ。冗談だろ、あいつ」
敵に向けるゾッとするぐらい冷たい目と、淡々と繰り出される隙の少ない技に精神がガリガリと削られる。
「気張れ。でないと、一瞬で死ぬぞ」
紫の髪をした少女が、古臭い口調で言う。金の瞳は楽しむように細められていた。
「おう、さんきゅ。あんた、美人だな。ところで、助けてくれないか?」
「さて? あいにくと生きている人間は性に合わなくて……。死んだら愛してあげようかの」
そう言うと紫色の少女は、大事そうに小脇から頭蓋骨を取り出して、やさしい手つきで撫でた。
勇者が驚きのあまり二の足を踏むと、となりのエルフの少女がしびれを切らす。
「いつまでそうしてんのよっ。集え十六の風の精霊よ。敵を貫く魔法の矢となれ――“ウィンド・アロー”」
詠唱中、小さなつむじ風が矢の形をして待機する。エルフの号令で十六の矢が放たれた。勇者に向かって誘導される矢は、すんでのところで切り落とされ、回避される。
「うおおおおお!? 魔王城こわいーーっ。二度と来るかよーーーッ」
「ふん。二度と来るなっ」
エルフは勇者に向かって歯を見せた。
後から飛んでくる矢から逃げつつも剣を構え、勇者は狼の少女へと挑む。
やりとりを興味なさげに見つめ、棒立ちする狼の少女に問いかけた。
「一矢報いるって、知ってるか」
「なに?」
「こういうことだよ」
腰のベルトの後ろから、細身のナイフを取り出し、大きく振りかぶった。
投げたナイフを、狼の少女はさっと避け、首をかしげた。
「……?」
力任せにスローイングしたナイフは、明後日の方向へ飛び、魔王の玉座ちかくのステンドグラスを割り、音を立てた。
――ドンッ、ズズン
一度、地面がバウンドしたように揺れ、軋むように左右に揺られた。
「うおっ」
急な地面の揺れに、勇者はその場で足を止める。
「……あ。うん。終わろっか」
狼の少女は、静かに告げる。
「勝手に終わらせんなよ。まだ本気を出してねえんだよッ。いくぜ! 燃えよ、刃〝聖剣解放・グラム〟」
勇者が叫ぶと、火の渦が舞い上がる。
大上段に構えられた剣から炎が沸き上がり、大渦をつくり収束する。
光を放つ聖剣は、刀身を熱の塊と化し、太陽のような輝きを見せていた。
「当たると痛いじゃ済まされねえぞ」
「当たらなければ一緒でしょ」
「試してみろよッ」
勇者が決死を振り絞り、命が交わるその瞬間だった。
「全員、動くな」
玉座の上で、新たな侵入者が声を張り上げた。
魔王の側にいた従者は床に横たわり、魔王の首元には鋭い刃が構えられている。
彼の出現と同時に、決着はついた。
背中を預けた勇者の仲間にして、全幅の信頼を置く一撃必殺の切り札。
それが〝暗殺者〟であった。
「さすがだぜ、相棒」
勇者は不敵にほほ笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます