勇者と笑う暗殺者、世界の裏で魔王と踊る

扇 多門丸

第1話 突入、魔王城

「頼もう、頼もう。勇者がきたぞーっ」


 魔王城の城門で、青年は吼えた。


「俺と遊んでくれよ、魔王ーッ!」


 赤髪の勇者の口元には、心の底からの笑み。目を輝かせ「まだか、まだか」と魔王を待ち構える。

 背に担いだ剣を抜く。両刃の刀身は赤く輝き、装飾の美しい鍔が光る。抜き下ろす際には、熱せられた赤い灰が散っていった。


「ちえっ。お出迎えはなしか」


 まぶしい太陽の日差しがさし、緑豊かな中庭を持つ城を見た勇者は一層に気を引き締めた。丁寧に手入れされた庭にも、左右対称の建築様式を誇る城にも、上流階級の人間が持つ優雅さと余裕が見られた。

 高い城壁と堅牢な城門は形こそ備え付けられていたが、肝心な城門が開けっ放しという緩さをついて正面から侵入してきたものの、それは慢心か怠慢かを判断しかねる。

 勇者が城内の様子をうかがっていたところだった。暗くて見通しの悪い城の内部と外観から、敵のいそうな広間や居住スペースにあたりをつけていると、風切り音が聞こえる。


 ――シュッ


 目線だけを空に向ける。そこには飛来する点が見えた。勇者の目はそれを羽のついた矢が正確に自分を狙うものだと見極める。


「歓迎が遅いんじゃねーの。って、おいおい。多すぎるぞっ」


 悪態をつきながらも走り出した。

 矢の数は一本ではない。

 空を黒く染める雨雲のような数が飛来してきていた。


 ――ヒュン、ヒュンヒュン


 放たれた矢が風を切り、近くを通過する音が聞こえ続ける。

 重い鎧の金属音を立てながら、鉄のグリーヴで地面を蹴り続けた。

 城門側から城内の入り口へと偏差される弓矢の雨。城内へ駈け込めとの逃げ道を示されているよう。おもしろくはなかったが、足を止めるわけにいかない勇者は城内へと駆け込む。

 意図的に開け放たれている城の扉を超えて、場内へと駆け込んだ途端、空気が冷たくなる。


「……マジかよ」


 なんども経験したことのある感覚だった。空気が変わり、音が消え、静寂が支配した空間。感じ取れるのは敵意のみ。

 魔王城のなかは、ダンジョンのなかと同じ空気をしていた。


「とんでもねえな、こりゃ。……そっちもうまくやれよ、相棒」


 抜き身の剣で鎧の右肩を二度叩くと、勇者は剣先を床に擦るほど下げて歩き出した。勇者の剣は魔王城内を輝かせるマーブル模様の大理石に焦げた一筋の線をつくりながら、歩みを辿っている。

 途中、金色に輝く蝋燭の燭台があった。まだ、魔物や敵を見つけられない城内ではあったが、きょろきょろと用心深く周囲を見ましてから、勇者は剣を蝋燭の燭台にあてる。


「おほっ。本物の金じゃねえか」


 勇者の剣が持つ熱で溶け始めた金色の液体。ベルトからポーションの空き瓶を取り出すと、燭台にあてて勇者は言う。


「入れ、入れ。よしよーしよし、いいぞ」


 魔王城で金を窃盗している勇者の背中を、だれかが二度叩いた。


「あん? なんだよ、いま忙しいんだよ。こっちは生活がかかってんだ」


 右手に剣を、左手に瓶を持ちながら背中を丸めてこそこそと燭台を溶かし続ける男。作業に集中するあまり、周囲を気にかけてすらいない。

 瓶の半分に金色の液体を詰め込み、よだれが出そうな顔で青年はふと思い出した。


「あれ、ここ魔王城でしたっけ……?」


 金目のものを目の前に、ついつい集中しすぎたらしい。

 そそくさと瓶をベルトに差し込み、くるりと体を回転して言う。


「いやあ、すまんすまん。で、用件は。……ああ、お取込みのやつですかね。じゃあ、俺はこれで失礼するんで」


 ――ジャキッ


 おかしい。人型の魔物に囲まれていた。なにも悪いことはしていないのに。

 勇者は「俺がいつ、あなたたちに危害を加えましたか」と反論しようとして、あまりの魔物の数に口を閉じた。

 鎧を着た骸骨の兵士たちの槍先が十本を超えて勇者に伸ばされる。

 動くたびに骨と骨とをカチャカチャ言わせている骸骨の兵士たち。なぜ囲まれるまで気づかなかったのかと自分を責めることは一切なく、ただ自分はいまを必死に生きているんだとメンタルから立て直した。


「俺のファンがいたら、見逃してくんないかな。ダメ?」


 近づけられる槍の壁を前に、降参するように右手を左手を大きく上げた。瞬間だった。


「炎舞・蛇廻し」


 勇者の剣が真っ赤に燃える。炎を吐き出しながら、空中に円を描く。二度、三度、円を連ねながら、最後に大きく横に振り払った。その軌跡は、空に大きな炎の蛇が出現したようだった。

 力任せで強引に、勇者は囲みを突破する。


「こんなことで捕まるわけにはいかないんだよっ。マヌケすぎんだろ!」


 実際マヌケになりかけた男は必死の形相で走り出した。

 背後を振り返ると、スケルトンの兵士たちが追いかけてくる。片手が無くなっていても、片足がなくとも走って追いかけてくる姿は異様だった。


「やめて、来ないでーっ。生きてる人間にはムリなぐらい頑張るのやめようぜ。手足ちぎれたら大人しく病院でくっつけてもらえよ、なあ!? 自分の手足さがして、持っていけって。じゃないと他のひとの手足くっついて、ちょっとバランス悪くなるだろ。はやく戻れよ」


 勇者が必死に走るも、後ろのスケルトンたちは上位の個体らしく、なかなか距離を離せない。

 鎧も防具もつけない裸のスケルトンが、全力で勇者に追いつこうとしていた。


「いつ脱いだんだよ、立派な鎧!? いや、クソ速いじゃねえか!? ん? バカめ。武器を置いてきたな」


 後ろの骸骨に対して、悪態をついた。

 勇者の悪口を聞いた骸骨が反応をする。

 走りながら、片手で自分の肋骨を折った。鋭い骨となった自分の肋骨を、勇者に投げつける。


「うわあああ。そんなんアリかよーーー!?!?」


 叫びながら避けるも、勇者は恐れていた。

 不死の魔物を相手にするキリのなさ。それと、魔王城の構造。城内は美しい廊下が永遠に続く構造であり、どこまで進めばいいのか、いま自分がどこにいるのか、わからなくなる。

 吊り下げられた大きなシャンデリアを見て、勇者は閃いた。


「とうっ」


 壁を蹴り、三角飛びでシャンデリアに飛び乗った。


「やい、骨共め。ここには来れまい」


 ぶらぶらと揺れる豪華絢爛なシャンデリアの真下に骸骨兵士が集まってくる。剣や槍を持つ個体が多く、弓を持っていないのが幸いだった。


「……まずいな。単純な消耗戦と、このダンジョン構造。シンプルだが体力が足りねえ」


 続々と湧いてくるように集まる骸骨兵士と果ての無い長い廊下を見つめる。

 ため息をひとつ落とすと、勇者はシャンデリアの上で叫んだ。


「……やるしかねえか。おい、骸骨ども。俺は、あきらめが悪いぞ。死んでも、骨だけになってもくらいついてやる。俺は勇者のなかでも一番あきらめが悪くて、泥仕合が得意なんだよ。農村出身だからな、泥だらけになることには慣れてるぜ。遊び疲れて寝るんじゃねえぞッ!?」


 担架を切ると、右手の剣でシャンデリアを支える支柱を切り落とした。

 豪華なシャンデリアが地に落ち、骸骨兵士を巻き込みながらも粉々になる。


「アげて行こうぜッ。爆炎刃・地ならし。爆ぜろ、シャンデリア・ボンバーッ!!」


 シャンデリアの残骸と、潰れた骸骨の兵士たちに向けて炎の刃を振り落とす。

 刃を地面に叩きつけると、轟音と爆発が起こった。大理石が飛び散り、砕けたシャンデリアの破片と骸骨の鎧までもが爆風に吹き飛ばされる。無数の金属片と鋭い石の破片が周囲に飛散した。

 一撃で魔王城内の美しい内装を凄惨な姿に変えた男は、即座に前進する。

 背後では骸骨兵士たちが立ち上がる気配がしていた。


「ひゅーっ。まだやんのかよ。いまのうちに進ませてもらうぜ。待ち合わせに遅れるといけねえからな」


 勇者は振り返らずに、魔王に向かって駆け出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る