第3話 形勢逆転

「全員、動くな」


 玉座の上で、男が声を張り上げた。

 勇者の仲間の暗殺者は、ステンドグラスの外から玉座の広間へ飛び込み、即座に侍女を転倒させ無力化させた後、すばやく魔王を正面から組み伏せ、耳打ちをする。


「悪いようにはしない。すこしだけ大人しくしてくれればいい。勇者はあなたが思っているようなことはしない。ここから立ち去るだけだ。約束する」


 身体を拘束され、首にはナイフが当たっている状態にもかかわらず、魔王は男の言うことを信じて、静かに頷いた。頷いたときには、男はナイフをわずかに下げてくれた。

 魔王が襲われたのを見て、側近たちが顔色を青くする。


「えっ?」


 狼の少女も、起こっていることに動きが止まった。


「悪いな。隙やりっ」


 剣は使わず、利き脚の蹴りを叩きこむ。狼の少女はうめき声をあげ、地面に倒れる。


「おっと、動くなよ。お前たちはそこを動くな」


 勇者は炎の剣を壁際にいるふたり、エルフと紫の髪の少女に向けて、じりじりと後退する。


「お前も立つな、座っていろ」


 一番危険視している狼の女に向かって、勇者は言った。

 こくんと頷くと、狼の瞳は玉座を見ている。この状況で、なぜか尻尾を左右に揺らしている。

 敵の陣営に混乱が走るなか、勇者は急ぎ足で玉座に向かった。


「わっり、しくじった。相手が悪すぎる」


 玉座では、勇者の仲間である暗殺者が魔王を拘束していた。

 勇者はまじまじと魔王を見る。くせのある赤いロングヘアをきれいに整えた女だった。ドレスも、身に着けているものもすべてが美しく、見るだけで高貴な生まれが見てとれた。

 覗き込む赤い瞳は、思慮深さを感じ取れる。まだ目が死んでいない。見ているだけで、見惚れそうになる美しい御仁だった。


「助かったぜ、相棒。ふう、死ぬかと思った」


 勇者は相棒の肩を叩く。

 無表情な男は頷き、静かに言った。


「ケガは無いな。いいから逃げるぞ」


「脱出できるのか?」


「退路は確保した」


 勇者の仲間は、魔王を拘束するときに倒した侍女を気にかけていた。その様子を見た勇者が、倒れている侍女に膝をつき、介抱する。


「だいじょうぶか? 悪いが、立ち上がって向こうの壁際まで歩いてほし……ッ」


「どうした?」


「すげえ美人」


「……さっさと起こせ」


 勇者に引っ張りあげられたメイド服の少女は、金髪を揺らしながら立ち上がる。端正な顔立ちは、横顔からも見てとれた。勇者と暗殺者の間を目で追い、じっと暗殺者を見つめると、静かに下がっていく。


「……殺さないの?」


 感情を秘めた声が、魔王から発せられる。

 魔王が、侵入してきた勇者とその仲間に捕らえられた。その後に起こることは、予想に容易い。勇者が魔王の首を落として終わり。ふつうはそうなるはずだった。


「殺さない。あんたら、オレがひとりだと知って、手加減してくれたろう。しかも、正々堂々の一対一の勝負にオレが水を差した。なにからなにまで魔王と勇者の戦いは、オレの負けだ。こんなので魔王の首をとってかえったら、笑い物だぜ。尻尾を巻いて逃げてやろうじゃねえの」


 勇者がひと好きのする笑みを浮かべながら言うと暗殺者が口を開く。


「だとよ。腕の中で窮屈な思いをさせて申し訳ないが、なにもせずに立ち去る。ムシのいい話だが、それで許してくれ」


「……いいわよ」


「すまないが、少しだけ同行願おう」


 静かに着々と交渉が行われる。

 天秤にのっているのは互いの命。

 すこしでも間違えると、誰かが死ぬやりとりで、全員が生きる道を選択できたのは幸運だった。


「先に行くぞ」


 暗殺者は勇者に声をかけ、魔王を立ちあがらせる。大人しい魔王は、人間の貴族の女性にも見えた。


「おう。後から……って、おい!? ハイドッ」


「っく」


 何者かが来る気配と名前を呼ばれたことで、暗殺者は構えた。


「ねー、ねー。おにいさーん」


 急接近してきた狼の少女が無邪気に暗殺者へ話しかける。

 驚いて反射的にナイフを向ける一瞬だけ、魔王から手が離れた。

 その一瞬を見逃さず、動いた魔法使いがひとり。


座標軸・反転シフトチェンジ


 魔王が先ほどまで居た位置に現れたのは、魔王に付き従っていた金髪のメイド。メイドと魔王の位置を入れ替え、魔王を遠く離れた位置に逃がしていた。

 突然のことに泡を食うのは男ふたり。

 取り返しのつかない一瞬の油断。


多重詠唱デュアル・スペル 天使の拘束具エンゼル・ヘイロー


 男たちは即座に臨戦態勢に入るも、すでに詠唱を終えたメイドは両手を勇者と暗殺者に向ける。


「……チェックメイト」


 生まれた隙を無慈悲に刈り取ったメイドは、静かな声で詰みを告げる。

 勇者と暗殺者のふたりに、円形の光がまとわりつく。腕を胴体にガッチリと締め付けられ、拘束されていた。


「うそ……だろ」


 あまりの一瞬の出来事に、勇者の口からは生気の抜けた言葉だけが漏れた。

 暗殺者はロープで縛られたときに使う、縄抜け術を試すが実体のない光を相手には抜け出せなかった。腕を犠牲に抜け出せなくはない。しかし、ちかくにいる狼の少女は簡単に自分を無力化できる力があることを知り、諦める。


「交渉の余地はあるか?」


 残された道を探そうと、暗殺者は魔王に語りかける。

 ゆっくりと歩いてくる魔王とその一行。魔王は目を丸くしながら、項垂れており、エルフともう一人の少女は「かわいそうに」と同情を寄せる。

 狼とメイドに、魔王は聞いた。


「捕まえちゃったの?」


「んーん。ルイはね、おにーさんと話したかっただけだよ」


「……いっしょ」


 狼が暗殺者を指さすと、メイドも頷いた。


「しょうがない。とりあえず、尋問からさせてもらおうかな」


 魔王が不敵にほほ笑んだ。


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