第21話 大城優と最上雅

私、大城優にとって自分を演じるという行為は苦痛を伴わなかった。寧ろ、私にとっては呼吸をするのと変わらないのだ。いや、それどころか私は私なのだと安心する事が出来た。


大城『優』…──誰にとっても優しい子に育ってほしいという両親の願いは、私が私である為の道標であった。私は物心付いた頃から皆んなが望む自分を演じていた。


『あのさ、大城さんってだよね!皆んなに好かれたい、優しいって思われたいって…そうやって、自分を頑張って維持してるだよね?』


小学生の頃にそう言われた事がある。私はそれに「どういう意味なの?」と聞き返さずにはいられなかった。『偽物みたいな本物』…未だに意味は分からないけど、それはある意味的を得ていたのかも知れない。


「優ちゃん、おつかれー!…ってどうしたの!?元気なんかなくなくない?」


「山奈ちゃんおつかれ、そんな事ないから大丈夫だよ」


体調が悪い訳でも疲れてる訳でも無い、ただ頭から宇佐美くんに言われたあの言葉が離れないのだ。自分が絶対に言われる筈の無いあの言葉が…


『お前、最低だよ……』


そんな事、私は産まれて初めて言われたし、言われるなんて夢にも思っていなかった。その言葉が時々頭を過ぎってくるんだ。


「そういや優ちゃん、最近はあのヘッドホンの子と仲良いよね!」


「最上さん、うんうん、とっても面白い子なんだ。普段は笑わないし、素っ気ないけどゲームの話とかになると、沢山話しを聞かせてくれるんだ」


「これは私がカフェでバイトしてる内に優ちゃんの隣取られちゃうかもな〜」


「山奈ちゃんの今のバイトってコンカフェだっけ?」


「そうそう執事喫茶なんだけど、私は厨房に立って料理を作ってまぁーす!」


「山奈ちゃんって料理上手だもんね、今度は私も行って良い?」


「良いよ〜!良い執事が沢山揃っておりますゾ」


良し、私はちゃん演じられている、明るくて誰に対しても優しい大城優を…今日も自分で在り続けられている。


結局、友人が多いというのは優しい人の特徴だと思う。私は大学中の人間から話しかけられる。勿論、中には利益を得る為に下心で近付いて来る人間もいるけど、彼等を拒んではいけない、皆んなの求める私は誰にでも優しいからだ。


「あら優ちゃん、おかえりなさい。今日は早かったはね、今日はサークルの活動は無かったの?」


「うん、今日は特になかったよ。それより、部屋に戻って勉強してくるから」


家に帰って来てからは部屋で勉強をして、母に呼ばれてからは家事を手伝って明るく笑顔で大学の話をして、その後は部屋で機械的に自主的に学びを探して勉学に励む。これがお母さんが望む優秀で周りの皆んなに自慢できる娘だ。


私は周りが望む人間であれば良い、それが一番楽なんだ。私は周りの人間が望む人間である必要があるんだ。


「おねぇーちゃんおねぇーちゃんっ!遊んで、遊んで!」


「ひ、ひな…姉さん勉強してるでしょ…後にしようよ」


もえ、雛、2人とも遠慮しなくて良いんだよ?良しっ!お姉ちゃん息抜きに遊んじゃおっかなぁ?」


いきなり部屋に入って来た双子の妹達が望むのは、いつでも遊んでくれる優しい私…私は二人の優しいお姉ちゃんじゃないといけない。多分それが姉というものだから……


「ただいま〜、今日のご飯はなんだーい?」


「おかえりなさい。あなた、今日は優ちゃん特製の親子丼なのよ。待ってて、すぐに温め直すわ」


「優は何でも作れて偉いな、流石はお前の娘だな!将来は良いお嫁さんになるぞ〜!まぁ絶対に娘は渡さんがな!」


「あなた、優ちゃんが優しいからって早く娘離れしないとダメよ〜」


あの人が望むのは元気で自分にとっての素直な私、自分を拒まない私を望んでいるんだ。私は皆んなの向ける期待に応えないといけない。


今日もいつもの様に私を演じ終えて、眠りに就く。また明日には、明日の自分を皆んなから大城優と思われる自分を演じていく。


…でも最近は分からない事がある。勿論、宇佐美くんの件もだけど、今一番に分からないのは最上雅ちゃんの事だ。


「大城先輩、どうしたんですか?私の顔ばかり見て」


「嘘!?私そんなに見てた?…ごめん、そんなつもりは無かったんだけど…」


分からない、この子はいったい私に何を望んでいるんだろう?分からない、この子が望んでいるのはどんな『大城優』なんだろう?


「…大城先輩って恋愛経験豊富ですよね?」


「雅ちゃん、いきなりどうしたの?…私は別に豊富ではないよ?」


「いえ、江夏先輩と付き合っていたと風の噂で耳にしたので…」


「去年の話だよ、すぐに別れちゃったんだけど…」


「まぁ江夏先輩ってつまんなそうですもんね」


「雅ちゃん、江夏くんに当たり強いね…それより、誰から聞いたの?」


「朝田先輩?…って人からです」


「山奈ちゃん相変わらず口軽いなぁ…」


しかも、名前も覚えてなくて認識の後輩に話しちゃうとか…でもそうか、雅ちゃんが望むのは頼れる先輩なのか…なら私がする事は一つなんだ。彼女の求める大城先輩である事だ。


「あっ…分かったよ!恋愛相談でしょ?このお姉さんが相談にのってあげる。まさか雅ちゃんに好きな人がね…私、こう見えても友達から良く相談されて…」


「いえ、あっそういうの良いんで。相談とか求めてないんで」


「えっと、ん?…恋愛相談、求めてないの?好きな人がいるんじゃ、ないの?」


「好きな人はいますが……はい、単刀直入に言ってしまうと純兄が好きです」


「えっと純兄って…えっ!?もしかして純恭くんの事だったりする!?てか、言っちゃうんだ!?」


「はい、隠す必要ってありますか?」


いや、態々言う必要も無かった気がするけど…でも全然知らなかったな、確かに偶に一緒に帰ってるなぁ…とは思ってたけど、雅ちゃんが純恭くんの事を好きだなんて…表情も変えずに想い人を恥ずかしげもなく「好き」と言う彼女はまるで機械みたいだった。そもそも機械なら恋はしないのだろうけど…


…だからこそ驚いた。普段はゲームにしか興味を示さない雅ちゃんが純恭くんの事が好きだなんて、そもそも恋なんてするんだ…


「えっと純恭くんとは、どういう関係なの?」


「純兄は親戚の子で、小さい頃から良く面倒を見てもらっていました」


純恭くんと雅ちゃんが親戚?つまり幼馴染み!?全く知らなかった…というか雅ちゃんは自分の事は全く話さないから、ゲームの話に火が点いて一方的に話してくるだけだし…


「えっと、雅ちゃんはその想いを純恭には告白しないの?」


「しないですよ、私の完全な片思いですから。純兄は私の事は妹くらいにしか思ってないです」


また表情一つ変えずに言っていた…『自分の一方的な片思い』だと悲しそうな顔もせず、いつもの調子で淡々と言う雅ちゃんは全く何を考えているのか掴めない。


「雅ちゃん辛くないの?片思いって…」


雅ちゃんは失礼な子だけど、この発言は私もデリカシーが無かったと思う。でも私は聞かずにはいられなかった。


勿論、私は恋すらした事が無いから片思いが辛いってのは他人からの知識でしかないのだけど…


「辛くないですよ、別に特に悩んだ事も無いんで」


また、そう彼女は平然と淡々と答えた。何で雅ちゃんはこんなにも普通でいられるのだろう?…この子は何を求めてるんだろうか?


「それより、朝田先輩とはどうやって知り合ったんですか?」


「えっ、何で急に山奈ちゃんの話なの?」


「だって大城先輩って朝田先輩のこと嫌いそうでしたから、何で友達してるのかなって思いまして」


「わ、私が山奈ちゃんを嫌い!?…そんな訳ないよ、私と山奈ちゃんは親友だからね」


何故かドキリとはした…別に山奈ちゃん事は嫌いじゃない。さっき言った事は本当だ、そもそも好きとか嫌いとか私には良く分からない。


「…えっと、というか何でそんな風に思ったの?」


「何となくです、大城先輩って嘘吐きな気がしますから」


嘘吐き?…私は自分を演じているだけ、嘘なんかじゃない。私にとっては演じた『大城優』こそが本物の私なんだから…


『大城さんってだよね!』


小学生の頃に言われた言葉が頭を過ぎった。あの時、仲良くなったばかりの彼女に言われたあの言葉の意味を、私はようやく理解した。


「…私と山奈ちゃんが出会ったのは小学校の頃だよ。面白い子でね、私の友達になってくれたの」


あの時、私は学校で仲良くなった子の一人の朝田山奈ちゃんと公園で遊んでいた。

夕暮れの公園の中で彼女は私にあの言葉をいきなり言ってきたんだ。いつもの様に大城優を演じてた私に……


「あのさ、大城さんってだよね!皆んなに好かれたい、優しいって思われたいって…そうやって、自分を頑張って維持してるだよね?」


彼女は悪びれもせずに、無邪気にそうやって笑っていたんだ。今思えば夕暮れに照らされた彼女は、不気味でいて綺麗だった。


あの時は分からなかったが、今ならその言葉の意味が良く分かる。私は『私』が無いのだ…でも『大城優』という偽物の皮を被った私が自分を本物と至らしめている。そもそも『自分』なんてないから嘘か本当かなんて無くて、皆んなの望む『大城優』を演じる事が『大城優わたし』を本物にしている。


「──えへへ…だからね、山奈はそんな大城さんとずっと友達でいるって決めてるんだよ!」


あの日、私達はになった…彼女が『大城優』にそれを求めてたから、『私』にそれを望んだから…


「──…『《私》』と初めて友達になってくれたのは山奈ちゃん、だから嫌いだなんて有り得ないよ」


「…大城先輩って面白いですよね」


「面白い?…雅ちゃん、私って面白いの?」


「良く分かんないですけど、面白いですね」


彼女は確かに笑っていて…いや、笑顔というほど分かりやすいものでは無く、微笑みではあったけど…確かにそれだった。良く考えたら雅ちゃんの笑ってる顔なんて初めて見た気がする。


…というか面白いってなんだろう?それも初めて言われたよ。とは言え、雅ちゃんってやっぱり面白いな…


「私、こっちなんで行きます」


「うん、またね雅ちゃん」


その後、帰り道が違うから直ぐに別れたけど…そっか、雅ちゃんも恋をするのか。恋、そんな感情は良く分からない、だって私は誰かを愛した事なんて無いから…人を愛する意味なんて分からないんだ。


「お姉ちゃんおかえり!遊んで遊んで!」


「ちょっと雛、姉さんは忙しいんだよ!…あっ、姉さんおかえりなさい…」


「気にしないで良いんだよ、今日は何して遊ぼうかなぁ?雛と萌は何して遊びたい?」


この子達の事も妹達だから母の事も母だから…あの人の事も父親だから……愛するってなんだろう?は誰かを愛せるのかな。


『あべこべな自分、本物の私』

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バッドエンドを愛して。 藤倉(NORA介) @norasuke0302

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