第11話 宇佐美薫と江夏学

10月、夏の残暑もマシなり、朝と夜もかなり涼しくなってきた。


大城と別れてから2週間が経っている。あれ以来、大城とは口を聞いていない。


流石にあれだけ泣きじゃくったので、次の日から宇佐美とも顔をも合わせずらかったのだが……


今では夏休み前の様な関係に戻っている。でも、友情は前より強まったのかも知れないと思う。


「江夏、大丈夫?凄く酷い顔だけど?」


「元かからだよ……──って何言わせんとんねん!」


「僕、何も言ってないけどぉ!?」


「いやぁ、昨日ソシャゲのイベントでなぁ……」


「ああね!イベ限のアキナちゃんのSRね!僕はもうゲットしたよ?」


「早くね!?お前、暇なのかよ!」


「いや、昨日も江夏と遊んでたでしょ?暇ならお互い様でしょ」


ちなみにアキナちゃんとは、俺が昔からやってるバイオガールズというスマホゲームの山染明菜やまぞめ あきなというキャラクターだ。


ちなみにそのアキナちゃんは俺の推しで、イベント限定の月見衣装の好きなスタイルをイベクエ全てをクリアすると貰える。


だから俺は必死に回収しようとしているのだ。それにガチャ限のアキナちゃんは全回収している。


しかし、今回の配布は3種の内のどれが一体か手に入らないという鬼畜仕様だ。


「いや、やっぱ早すぎん?回収早いって、俺限凸行きたいから焦ってんのに……」


「僕、SSRだけの周回最強編成使ってるから!」


宇佐美がドヤ顔で俺を見てくる。

この重課金勢プレイヤーがぁ!くそぉ…バイトしようかな?


「そういや宇佐美、今日どうする?家来るか?」


「あっ、焼肉食べたーい!Ze……」


「宇佐美?人の話聞いてたぁ?」


あぁ、今は宇佐美とこうやって馬鹿をやってる時間が楽しい。


実際、大城の事を引きずって無いかと言えば絶賛未練という名の艝を引いてる最中だ。


まぁ、いつも宇佐美には世話になってるし焼肉くらい構わないんだが……


あの時、俺が大城に振られて落ち込んでいた時も、コイツはずっと俺の傍にいてくれた。


俺の泣き言も大城への思いも一晩中泊まりで聞いてくれたし、次の日も俺が辛くない様に一人で騒いで俺を部屋から連れ出したり、一緒にゲームをして遊んでくれた。


だから少しくらいはお礼に贅沢をさせてあげようと決意して、俺は宇佐美と一緒に並んで講義を受け、帰りに焼肉屋に──


「お前さ、食い過ぎじゃない!?」


「えっ?そうかなぁ?やっぱ江夏の金で食う肉は美味いからかな!へへっ」


コイツ、ちょっと優しくしたら調子に乗りやがる…大丈夫だよな?俺の財布……


「あっ、ホルモン追加で!後カルビも!」


「宇佐美様、勘弁してください!」


宇佐美の余りの食欲に俺は平伏し、財布は悲鳴を上げた。


後コイツ、最後のサービスのアイスと別にパフェ食ってやがったからな……


その後は、アイスを食べて「冷たくて美味しいぃ!」とかほざき終わった宇佐美ととも帰路に入った。


その時だった──


一台の車が停り、知らない男が降りてきた。髭を生やした背の高い男性が俺達の前に歩いて来た。


「薫、やはりお前か……」


最初は宇佐美の名を呼んだ男が誰なのか宇佐美に尋ねようと思っていたが、その必要は無くなった。


「お父さん……」


…お父さん!?俺はそれが直ぐに宇佐美の父親なんだと理解した。


「で、君は誰かね?」


そう言って宇佐美の父親であろう男は、俺に嫌悪に似た視線を向けて来る。


「俺は、宇佐美の友人の江夏学ですが…どうかされたんですか?」


この男が俺に対して良く思ってないだろう事は何となく分かる。


だが何故、初対面でそんな嫌悪に似た感情を向けられているのか分からない。


それに今は何か良くない状況なのだと分かる。


「君は友人であるのに、薫のこの気持ちの悪い格好については注意をしなかったのかい?」


そうか、この男が言う薫という名は宇佐美の本当の名前なのだろうと理解した。


俺は別に宇佐美のこの格好に嫌悪した事は一度も無かった。だが、間違え無くこの父親はそれをしていた。


俺はその発言を聞き逃せなかった。フツフツと怒りが湧いた。


相手が宇佐美の父親であろうと関係ない!友人がバカにされていると思うと我慢がならなかったのだ。


「アンタ、それは流石に──」


「江夏っ…大丈夫だから……」


そんな俺の憤怒の声を遮る様に、宇佐美は俺を宥めた。


「でもっ…──」


「江夏くん、これは私と薫の、家族の話だ。部外者に介入の余地は無い、立ち去り給え」


何だコイツ、怒りが抑えられそうにない。しかし、直ぐにその気も無くなった。


「江夏、後は僕と父さんで話すから…江夏は帰ってて……」


そう言って宇佐美は父親の車に乗り込んで行った。


次の日、宇佐美は学校には来なかった。



俺は一人で席につき講義を受けていた。全く頭に話が入って来ない、俺の頭の中には宇佐美の事だけが浮かんでいた。


俺は講義が終わってから宇佐美の家の場所を聞く為に藤里の元に向かった。


もう一刻も早く宇佐美と話がしたかったのだ。


「宇佐美さんの家?分からない、ごめん……」


しかし藤里は知らなかった。俺も大学で宇佐美とは一番仲が良いつもりだったが、俺は宇佐美の家を知らなかった。


その瞬間、スマホから通知音鳴った。

相手は…まさかの大城だった。


そこには宇佐美の家までのマップのスクショが送られて来ていた。


正直、大城が何故俺に対してこんな事をしてくれたかは分からないが、有難い……


俺は大学が終わってから宇佐美の家を訪ねた。


しかし、家にはどうやら宇佐美は居ない様だった。また明日出直そうかと思った時、後ろから声が聞こえた。


「江夏?なんで……」


そこには何時もとは違うボーイッシュな格好で、ツインテールではなく髪を下ろした宇佐美の姿があった。


「宇佐美──」と名前を呼ぼうとした瞬間、隣にあの父親がいることに気付いた。


「また君かね」


また男は俺に向けて嫌悪の表情を向けていた。


「お父さん、少し聞いてい良いですか?お父さん、宇佐美をどうするつもりなんですか?」


「大学を辞めさせる。あの大学にどうやら息子の未来を腐らせる人間しかいない様だしな」


「腐らせる?というか、大学を辞めさせるのは流石にやり過ぎじゃ──」


「何も私も無理に辞めさせる程、鬼じゃない。宇佐美に辞める気はないしな……」


この父親はやはり俺の事を良く思ってないどころか大学に対しても同じ感情を抱いている様だ。


「だから明日一度、薫と一緒に実家に帰ってから、お互い話し合おうと思うんだ」


「もう一つ良いですか?」


「何だ、ここには荷物を取りに来ただけだ。手短に頼みたい」


「宇佐美の格好に付いて貴方は酷い言い様でしたが、貴方は何故そこまで宇佐美を否定するんですか?」


「私からしたら何故、肯定するのか理解に苦しむな」


男は俺に対して嫌悪では無く、哀れなものを見る様な視線を向けてくる。


「もし薫が社会に出た時、こんな格好していれば白い眼で見られるのは当然だろう?それに就職も難しくなるだろう…」


不覚にも俺はその言葉に納得してしまった。


「そうなれば薫は孤立する。それではうちの息子は幸せになれない、薫に普通の幸せを歩んで欲しいのだよ」


そうだ──最初の頃、宇佐美は皆んなから白い眼で見られていた。サークルに入ってからはメンバーと仲良くやれているが、サークル外の生徒から今でも白い眼で見られいないかと言うと嘘になる。


「それは父親として息子に願う普通の幸せだろう?君には息子の人生を狂わせる覚悟があるのかい?」


俺には無い──宇佐美には不幸になって欲しくない。俺には宇佐美を──そんな資格はない。


「薫、行くぞ」


「うん、またね江夏……」


宇佐美が小さく手を振る。

俺は宇佐美と真面に会話出来ず、二人が立ち去るのを見ている事しか出来なかった。


俺はどうすれば良いんだ?



『普通、葛藤、終わりを告げる』

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