第34話 一日目
『時間です。これより地上に出現します。あなたの嫌いな太陽が見えるので注意してください』
恵空の声でアナウンスが流れる。恵空はもう羽化を開始しているので、俺に聞かせるために事前に吹き込んでおいたのだろう。あとどんだけ俺が太陽嫌いだと思ってるんだ? ありがとう。
建物全体が揺れている。
恵空はこんな巨大な建物まで用意して備えていたが、実は俺はまだ本当に襲撃があるのか、と半分くらい思っている。もちろん、襲撃者が現れたら全力で迎え撃つつもりだ。しかし今回することはただの羽化。恵空の種族であるムラムラと敵対している種族が攻撃してくるなら、少しは理解できる。しかし恵空が確実に攻めてくると言った妖怪都市伝説連合や地球宇宙平和同盟は、そんなにこちらに恨みがないだろうに攻めてくるというのが信じられない。妖怪都市伝説連合の方はぬらりひょんを殺してしまっているが、あちらには確証がないだろう。他の勢力のやつらに殺されたりしている可能性もあるのに、大挙して押し寄せてくるかな?
そんな風に意味のないことをつらつらと考えていると、モニターに映る景色が暗闇から山になっていることに気づく。どうやら地上に出てきたらしい。
『これより妨害を開始します。以後、テレパシーやビームなどが使用できなくなるので注意してください。まあ、あなたに私以外にテレパシーする人がいるとは思いませんが』
またもやアナウンスが流れる。どうして注意事項をもう一度説明してくれる優しさがあるのに、俺のボッチを小馬鹿にしてくるのだろうか。
「うおっ!」
アナウンスの終了後、基地からなにかが放射された。目には見えないが確かに感じる。テレパシーの感覚が妨害されている。妨害は無事に成功だな。
さて、あとは待つ馬鹿りだ。
…………。
静かだ。精神を落ち着ける。そう言えば本当に独りになるのは久しぶりだ。恵空とは『繋がり』があるので話しかけようと思えばどれだけ離れていてもできるので、独りといった感じがしなくなっていた。だが今は独りだ。懐かしい。
……懐かしいが、おかしい。こんなものだったか? 独りで静かなところにいるのは俺にとって最高に心地良いものだったはずだ。だが今はあまり心地良いといった感じじゃない。むしろ知らないところに取り残されてしまったかのような不安を覚える。
なぜだ?
恵空とずっと一緒にいたので独りが寂しく感じるようになった?
落ち着け。こういうときは冷静に分けて考えるのだ。独りが心地良く感じなくなった理由のパターンは四つ。独りの良さが減った、悪さが増えた、独りじゃない良さが増えた、悪さが減った。
ここで注目するべきは独りじゃない場合だ。なぜなら今まで独りの感じがしなかったのだから。
良さが増えるのはわかる。恵空といて楽しかったので、これはわかる。
では悪さはどうか。前は人と関わるのが面倒だった。いや今でも面倒なんだけど、リーゼンやシェル先生など、気に入る人間に会って人と関わるのに少し前向きになったのかな?
成程。要するに独りじゃないのもそこまで悪くないと感じるようになったのか。いや、たんに慣れて嫌だと感じにくくなったかもしんないのか。
そんな風に自分の変化に驚いていると遠くからなにやらぞろぞろやって来るのが見える。どうやら本当に恵空が言ったとおりになったかな?
●
「あーあー、本日は晴天なり。聞こえてますか? こちら善良なる一般市民。なんだかものものしいですね。皆さん、こんななにもない辺鄙な場所に一体なんの御用で? もしや野外でAVの撮影ですか?」
モニター越しに見ると、宙に浮かぶ巨大船、円盤型の飛行物体、ヘリコプター、垂直離着陸機、戦車などものものしいものが大地を埋め尽くさん馬鹿りにあふれている。平和を愛する俺はとりあえず友好的に話しかけてみた。こういうときは『いい天気ですね』とか言うのかも知れないが天気なんて見てわかるもの言われてもな、と思ったので皆が興味あるエロ系の話題をチョイスしてみた。ふっ、俺のコミュ力も上がったもんだぜ。
「■■■■■■■■■■」
「ワターシ、ウチュウゴ、ワッカリマッセーン」
マジかよ。向こうから単機でこちらに出てきた空飛ぶ円盤から応答があったが、なに言ってるかわかんない。これでは鍛えられたコミュ力を披露できない。
「巨大ロボに乗ってる一般市民なんておらんわ! あとさっきのは宇宙語じゃない。英語だ!」
今度は日本語できた。どうやら問答無用で攻撃してくるわけではないらしい。てかなんで宇宙語じゃないんだよ。あと英語なんてわかんないよ。
「今までいなかったからと言って存在を否定するのはいけませんね。AVを撮るより固定概念を取った方がいいのでは? あと日本なんだから日本語で話してください」
「お前らが翻訳機を使えなくしたからだろうが! あとAVを撮りに来たんじゃない!」
「じゃあ、場所間違えてますよ。ここには善良な一般市民とエイリアンしかいませんから、エイリアンビデオ以外撮れませんよ?」
新しいAVの可能性。エイリアンビデオ。ポポピケとかでたらその手の性癖の人々にクリティカルヒットしそう。
「撮影じゃない! 我々が用があるのはその中にいるエイリアンだ。そのエイリアンは地球に非常に甚大な被害を与えるおそれがあるので、残念だが駆除対象になっている。素直に引き渡せば君を悪いようにはしないと約束しよう」
めっちゃ好戦的だ。てかこれは誰が言った台詞なんだ? 検索っと。恵空が事前に用意してくれたデータから調べてみる。とりあえず時間稼ぎに質問する。
「あの、そっちは一体なにものなんですか? いきなり引き渡せなんてどういうことです?」
「我々は地球宇宙平和同盟の者だ。要求はエイリアンの引き渡し。要求が拒否されたら実力行使にでる。君が乗っているロボットは凄まじい性能だろうが、多勢に無勢だ。諦めて素直に引き渡しなさい」
素直に名乗ってくれた。しかも聞いてた組織だった。データでも出てきた組織名と一致する。そして今は話していると思われる人物の情報もでてきた。ほうほう。地球人か。恵空がこの組織の名前挙げていたのがよくわかるな。あと、こんな情報あるなら事前に教えておいてほしかったな。結果は変わらないだろうけど。
「拒否します。第一被害をだすおそれがあるから引き渡せって言われて聞く人いないと思いますよ? まあ、下っ端と話してもしょうがないのでトップの人だしてください」
「誰が下っ端だ! 私がこの場の代表だ!」
「え? そうなんですか? さっきから居丈高に要求する馬鹿りでとても代表にふさわしいとは思えない所業ですが……ああ、はいはい成程。まさに平和同盟だからって感じですか」
「なにを言っている?」
そのまんまの意味だけど?
「お前、お偉いさんのボンボンだろう? それで本来は仕事がない非友好的な宇宙人に対する交渉人の立場にいると。でもそんな暇を持て余したボンボンに俺達の件を聞いて出しゃばってきたってわけだな」
データに書いてあった。基本的に非友好的な宇宙人は宇宙人を間に挟んで交渉をするので、こいつみたいな役職は必要ないらしい。なのでこいつは、本来なら仕事はないけど自由なそこそこのお偉いさんみたいな地位にいる。しかし、今回の俺達の件はこいつの仕事の範疇に入ってしまっているらしい。確かに恵空は『非友好的な宇宙人』だな。俺には友好的だが、他の人間にはあまり感情を抱いていない。
「ふざけるな! 私は自分の力でここまできたんだ!」
ずいぶん怒りやすいな? 煽り耐性低すぎじゃない?
「ほら、そうやって本来交渉するべきことをほっぽりだして自分のこと話す。ママが泣いてるぞ」
「うるさい! お前が言い始めたんだろうが! もういい! 攻撃だ! 撃て! 撃て!」
「おいおい、煽り耐性低すぎだろう? 宙を舞うほこりだってもうちょい耐えるよ? おぼっちゃんのお家にはほこりなんてなくてわかんないかな?」
しかも撃て撃て言ってるのに誰も反応しないな。もしかして無視されてる? どうなってんの? 人望なさ過ぎじゃない?
「おいおい無視されてんじゃん。それとも聞こえなかったのかな? 口の中の銀のスプーン取ってからもう一回言ってみろよ。ぼくちんの言うこと聞かないとママにいいつけるぞってさあ!」
とりあえず煽っておくか。
「――っ!! おい! 聞こえないのか! 撃て! 撃てって言ってるだ――」
急に台詞が途切れる。
後ろに控えていた巨大な宇宙船から砲撃されたからだ。弾は俺にいくつも当たり大爆発を起こした。そしてぼんぼんが乗っていた空飛ぶ円盤は爆発に巻き込まれて落ちていった。……これどういうこと? ぼんぼんに従ったにしては砲撃の数が少なすぎる。よく見てみるとよく似た宇宙船が一塊になっているところがあり、そこからしか砲撃はきていない。とりあえずあそこのやつらは始末しなければならないが、他をどうするか迷う。さっきの威力ぐらいの攻撃なら怖くないので相手任せにしよう。
「これより三分後、まだここにいるものは敵と見なす。こちらと敵対しないものは三分後までに全力で撤退するように。巻き込まれても知らないから」
そう言って三分相手からの砲撃に耐える。ロケットパンチなども駆使して耐えていると、戦車やヘリコプターなどは撤退するのものいるのが見える。しかし空飛ぶ円盤や宇宙船などはどこも撤退しない。……ラッキーだな。空飛ぶ円盤や宇宙船は俺にとってカモなので助かる。
三分たった。撤退したやつらがどこまで逃げているが知らんが、気にしない。こちらが積極的に害を及ぼそうとしないことを示せればいい。
これから反撃を開始する。
精神を集中する。これからすることは訓練していたから大丈夫だと思うが、強い思いが超能力を成長させるらしいから、今一度確かめた方がいいだろう。
今もこちらに攻撃してくる敵を見る。こいつらは俺や恵空を殺そうとしているやつだ。だが不思議と倉橋病院の院長のように強い殺意は抱けない。それはこいつらにある意味共感しているからだろう。
『危険を及ぼすかもしれないから排除する』。これがこいつらのやっていることだ。これについては俺は責めることはできない。なぜなら俺は普段からもっと酷いことをしているのだから。
虫だ。最近では恵空のおかげで部屋の中で見ることはないが、それまではよく見かけていた。では見つけたときどうするか? 俺は必ず殺していた。害はないかもしれない虫まで殺していた。外に出してやればよく、殺す必要などないのかもしれない。だが殺していた。俺の部屋という絶対不可侵のテリトリーに侵入したんだ。許せるわけがなかった。
目の前のこいつらも似たようなものかもしれない。地球は自分たちのテリトリーでその侵入者は許さないと思っているだけ。今回の場合は危険性が確認されているのでなおさらかもしれない。
だから責めることは俺にはできない。
では、こいつらにどう対応するのか? 簡単な話だ。虫と同じで殺す。
俺は恵空と一緒に過ごしていただけ。しかしこいつらは人のテリトリーにずかずか入り込んできてこちらを殺そうとする。害虫だ。
俺の、俺達のテリトリーに侵入するものは許さない! ぬらりひょんだろうが、地球宇宙平和同盟だろうがなんだろうが、等しく害虫だ!
絶対に許さない!
ロケットパンチを発動して、腕を宇宙船の近くまで伸ばす。そこを起点に能力を発動する。対象は空に浮かんでいる空飛ぶ円盤や宇宙船どもだ。今回は強く発動するのではなく、非常に弱く発動する。ここで注意することが俺の思念以外存在するのは許さないと思いながら発動すること。
天高く飛んでいる宇宙船どもがぴたりと停止する。停止したのは一瞬だけで、あとは下にぐんぐん落ちていく。空飛ぶ円盤や宇宙船全てだ。例外はない。低めに飛んでいた宇宙船が斜めに地面に突っ込む。船体は真っ二つになっていて、とても中のやつが無事とは思えない。そんな感想を抱いているうちに次々に宇宙船が降ってくる。まさに虫と殺虫剤だ。しかし恵空に言われたとおりになったな。恵空との会話を思いだす。
●
俺が一回目の訓練を終えたときのこと。俺は宇宙船との戦いがうまくできていなかった。
『なあ、これやっぱ遠距離攻撃ないとしんどいんだけど。ロケットパンチで掴んで下にぶん投げるのは効率悪すぎだと思う』
『確かにそうですね。ですが大丈夫です。掴んで投げる必要はありません。あなたの物を軽くする能力を少しだけ発動してください。そしてそのときにあなたの思念以外存在することを許さないと思いながら発動してください。そうすれば殺虫剤をかけられた羽虫のごとく落とせますよ』
『え? なんで? 軽くするのに落ちるってどういうこと?』
『説明しましょう。まず、宇宙船が宙に浮くのは超能力で浮いているからです。詳しい原理は省きますが、これはいいですね?』
『そりゃまあ、翼のない巨大な船が宙に浮かんでると科学って言われるより超能力と言われた方が納得するな』
『なんかその言い方だと、科学だけでもいけそうと言いたそうですね』
『いや? ただ科学だけでも浮かせられると言われても反論できるだけの知識がないんで。小さい頃からそういうものとしてあるから受け入れられるけど、冷静に考えてみて飛行機の時点で信じられない気持ちは若干ある。詳しい理論説明されてもわかんないし』
『あなたなんだか生きづらそうですね。……まあ、超能力で浮いてると納得してもらえればいいです。それで、どうして宇宙船が落ちるかというと、あなたの思念波により宇宙船を浮かせている超能力を発動させている思念波をかき消せるからです』
『……俺の能力って物を軽くするものじゃなかったの? まさか、これが俺の秘められし力?』
『違います。重要なのは超能力の種類でなく思念波です。要するに能力の発動の仕方が肝心なんです』
『ごめんちょっとよくわかんない』
『いいですか? 超能力者にはテレキネシスタイプとサイコキネシスタイプがいます。物を上げようとするとき、テレキネシスタイプはもの自体に思念波を送り、上向きの力が発生するようになります。一方、サイコキネシスタイプは見えない手で持ち上げるように動かします。あなたはテレキネシスタイプですね。いいですか?』
『ふむふむ。つまり、スカートめくりをする際に、下から風を送ったみたいに全体的にふわっとあげられるのがテレキネシスタイプ。手でスカートをめくったみたいにバサッとなるのがサイコキネシスタイプという理解でよろしいか?』
『理解はよろしいですけど、例えはよろしくないです。それで問題は、テレキネシスタイプが二人同時に一つの物に干渉しようとするときです。このとき思念波が強い方が優先されて、弱い方は影響を与えられなくなります。原因は発動方法ですね。一旦対象を思念波で満たさなくてはならないので、弱い方は思念波が追い出されてしまうからです。これがあなたが軽くしているのに宇宙船が落ちるわけです』
『へー。でも相手が俺より強かったらそうならないんだろう? 大丈夫?』
『はんっ! ありませんよ。絶対にありません。なにせ宇宙最強と言われるムラムラの、その中でも特に優秀な私を圧倒するのですから』
『え? なんのこと?』
『出会い頭ですよ。あそこで本当はぶつかって怪我をさせたお詫びに、あなたの家にお世話をしにいく予定だったんです。それが一瞬で軽くされて普通に受け止められるとは。あのときは焦りました。保険として隣の部屋を抑えておいてよかったです』
『なに俺に怪我をさせる計画を実行してんだよ!?』
『まあまあ、羽化したらスカートめくらせてあげますから』
『心清らかな俺は恵空を許そう』
『ザリガニ天国がよく言いますね』
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