第32話 準備

「あ、そろそろ変態の最終段階にはいります」


 恵空からの突然のカミングアウト。一体どうした?


「恵空。どんな性癖を拗らせてしまったんだ? 安心してくれ。体に害を及ぼす系以外なら大体いける自信がある」


「あなたと一緒にしないでください。その変態ではありません」


「俺を変態扱いしないでくれる? 普通だから」


「おそらく平行線なので一旦この話題は置いておきましょう。それよりも私のことです。いよいよ蛹から成体に時期がきたのです。人間ボディを手に入れるのです」


「マジか。とうとうか。おめでとう」


「どうもどうも。さてそこで問題があります」


「なに?」


「私が蛹から羽化するとき無防備になってしまうんです。そのときに守ってもらいたいんです」


「そりゃ守るけど、なにから?」


 今べつに恵空と敵対している勢力はないはずだけど。


「まずちょっと説明させてほしいんですが、ムラムラはその力から危険視されています。怖れられるくらいに。なので私が無防備な状態にあるということが知れれば、必ずどこかしらの勢力が私を亡き者にしようと攻撃してくるはずです」


「そんなレベルで危険視されてるの?」


「はい。そして羽化ですが宇宙でする場合、とれる方法は二つ。今までどおりに隠れて行うか、隠れずに全力で防御しつつ行うかです」


「さっき守ってくださいって言ってたから全力で防御する方にするのか?」


「いいえ。全力で防御するのは一番まずいです。私のことを攻撃する勢力が多ければじり貧になりそのまま殺されてしまいます」


「でも隠れて羽化するわけでもないよな?」


 だったら俺に守ってくださいはおかしい。


「はい。見つからなければ問題ないですが、見つかったら全力で防御するより簡単に殺されてしまいます」


「じゃあどうするんだ? もしかして地球でするのか?」


 宇宙じゃないとすれば、地球だよな。


「正解です。私は宇宙ではなく地上で羽化をします。設備的に見れば宇宙の方が安全ですが、やはり万が一のことを考えると地球がいいかなと思いまして」


「ん? 地球ではどうするんだ? 隠れるのか? 全力で防御か?」


「全力で防御ですね。地球では隠れる意味がありません。それなら宇宙で隠れます」


「でもさ、宇宙じゃなくて地球でやる意味はなんだ? 宇宙でじり貧なら地球でも変わらないんじゃ?」


「いえいえ大違いですよ。まず宇宙における戦争は思念波の兵器による削り合いなんです。なので宇宙ではじり貧になってしまいます」


 成程。削り合いなら質より量だから確かにまずいな。


「そうなんだ。……でもさ、さっきから気になってたんだがムラムラは宇宙最強で星とか滅ぼせるんだよな? なんか話と違わないか?」


 聞いてた話より弱くないか?


「それは簡単です。思念波を用いた兵器はあなたが思っているのとは仕組みが違いますからね。思念波の兵器は生命体が用いないと真価が発揮できません。そして羽化している間、私は思念波が使えません」


「要するに恵空が羽化している間は宇宙船の機能が低下するのか?」


「はい。なので今まで見つかっていないくとも見つかってしまう可能性もありますし、本気で攻撃されると負けてしまうでしょう。しかし地球というか惑星内ではそうではありません。以前普通のテレパシーでは妨害されるかもしれないと言ったのを覚えてますか?」


「ん? ああ。なんか『繋がり』をつくる前にそんなこと聞いた気がする」


「その妨害する方法の応用で思念波兵器は役に立たなくなります。まあ全部ではないのですが、宇宙で使うようなのは全部だめになります。しかしこの方法だとこちらの宇宙船も使えなくなるので安心できません」


「だから宇宙でなく地球で使ってやろうってこと?」


「はい。地球ですれば宇宙のことは気にしなくてよくなります。宇宙から攻撃できるのは大体が無効化できる思念波兵器なので。そして惑星上での戦闘ですが、これはあまり地球と変わり映えませんね」


「そうなのか。……今までの話からすると、妨害している間は惑星での戦闘しか想定しなくていいってこと?」


「はい。まあ正確には注意すべきなのが惑星での戦闘です」


「その惑星での戦闘を俺に担当して守ってほしいと?」


「はい」


「そりゃ恵空を守るためなら全力で守るけどさ、俺だけでどうにかなる? てかどのくらいの期間?」


「なに言ってるんですか? 言っておきますが、今言った状況だとあなたは無双できますよ? あと期間は丸三日です」


「……へ? なんで? あと丸三日か。なんか目が覚める薬とかある? まともに起きてられる気がしない」


「ぐふふ。それはあなたにピッタリの装備を使ってもらうからです。そして目がギンギンにさえる薬をあげましょう。副作用も一日寝込むだけで済みますよ」


「副作用あるんかい。いやでも三日起きて一日寝るのだと割合的に副作用なんてないも同然か?」


「そうでしょう。そうでしょう」


「まあ、全力で守るけどさ。それにもしかして誰も攻めてこないかもしれないし」


 恵空は危険視されていると言っているが、いまいち実感がわかない。


「残念ながら、それはないですね」


「そうなの?」


「ええ。ほぼ間違いなく地球宇宙平和同盟、日本妖怪都市伝説連合は総攻撃を仕掛けてきます」


「待って待って待って! 地球宇宙平和同盟は字面からなんとなくわかるけど、妖怪都市伝説? なんか全く想定してないのがでてきたんだけど!? なにそれ? なんでそこが攻めてくるの?」


 てかそんなものが存在するの?


「日本妖怪都市伝説連合はあなたも話したことあるターボ婆さんや児啼爺が所属しているところですね。攻めてくる理由は簡単です。トップを殺されて黙っている組織なんてないってことです」


「……はああああああああああ!?」


 予想外のことを聞かされる。しかもかなり重大なことになってる。


「どうしました?」


「どうしました? じゃねえよ! お前なにやってんの!? てか殺っちゃったの?」


「殺っちゃいましたね。でも、あなたは私を怒らないと思いますよ?」


「なんで!? 怒るよ!?」


「え? だってこれはちゃんと確認してますよ?」


「え? いやいや聞いてないよ! 全然聞いてない! マジで。いつ言った?」


「ほえ? 家に防衛機能もたせたのは言いましたし、空き巣は殺していいんですよね?」


「え? うん」


 確かに言ったけどそれ今関係あるの?


「そこで問題です。日本妖怪都市伝説連合のトップは誰でしょう? 妖怪の総大将として聞いてなにをイメージしますか?」


 それは簡単だ。漫画で知ってる。……あ。


「ぬらり……ひょん」


 最悪だ。ぬらりひょんは家にいつの間にか入ってきて、お茶など飲んでいくと聞く。人として考えたら空き巣だ。おそらく俺の家に侵入しようとして防衛機能に殺されたのだろう。


「正解でーす」


 正解かよ。こんな嬉しくない正解なかなかないぞ。


「確認なんだけどぬらりひょんは俺の家に侵入しようとした?」


「はい。というより侵入しましたね。あとで確認しましたが、あんなにグニャグニャになって郵便受けから侵入するとは」


 そんな方法で侵入するんかい。もっとこうすうっと消えていつの間にか家に入ってる系のじゃないんだ? スライムみたいな侵入方法なんだ?


「それで防衛機能が作動したと?」


「はい。瞬殺でした」


「くそ。なんでよりによって俺の家に入ろうとするかな。……てか一瞬で死んだんなら、なんでばれてるの? 俺達が殺したことばれなくない?」


「それはもともとあなたの家に用事があって来たからですね」


 ぬらりひょんが? 


「どういうこと? さっぱりわかんない。俺にぬらりひょんの知り合いなんていないぞ」


「妖怪に限らず、あなたを訪ねてくる者がいないなど百も承知です」


 なんでちょいちょい俺を貶めるの? 俺にだって訪ねてくるのいるよ?


「おい、見くびるなよ? どこぞの運輸や急便、局員は腐るほど来るぞ?」


「それ密林で注文した物を届けに来る配達の人でしょう。それを訪ねてくる者にいれないでください」


 なんて厳しい制限をかけるんだ。


「……あ! 他にはなんか呪文唱えたら幸せになれるって人たちも来たことあるぞ?」


 一回来ただけであとは来ないけど。これはカウントしてもいいよな?


「それは金づるを探していたのであって、あなたに用があったとは違います。というより二個目にそれがでてくることに憐みを禁じえません」


「新聞! 新聞の勧誘は複数回来た」


「もういいですって。というよりその言い方だと、呪文を唱えたら幸せになれるって人たちは一回しか来なかったんですか?」


「ああ。まあ、嘘がばれたからな。来なくて当然だろう」


「でしょうね。でもよく嘘と認めさせましたね? そう言う連中はなかなか認めないと思うのですが」


「いや普通に本当かどうか確かめようとしたら逃げられたんだけど?」


「……なにしたんです?」


「いや普通に『成程。では私が幸せになれるか確かめさせてください。心身の自由が阻害されるのは幸せとは言いません。なのでこれからあなたたちを殺します。そのあと、私が警察に捕まればあなたたちは嘘をついていたことになります。そして捕まらなければ本当のことを言っていたことになります。あなたの死体に幸せを願って呪文でも唱えてあげましょう。では包丁をとってくるので待っていてください』って言って扉を閉めて、ガムテープを持って扉を開けたらもういなかった」


 勝手に訪ねて来て勝手に帰るとはなんたる無礼。


「でしょうね!! あとなんでガムテープもってるんですか!?」


「いやだってさ、つい包丁って言ったけど家に一つしかないんだよ? 汚れると困るじゃん? しかも刺して血がでたら証拠隠滅するの素人の俺には無理だし。だから縛ったり貼ったりできる便利なガムテープをもっていったんだけど、あれは今考えると失敗だったな」


 若気の至りってやつだ。


「そうですね!」


「ああ。ハサミを忘れていた。そもそもガムテープだと指紋検出できるって聞くし」


「今私の頭の中に、『真の犯罪者は罪を犯したことを後悔しない。捕まったことを後悔するのだ』って昔聞いた言葉が浮かんできました」


「なにそれ? 捕まったことを後悔するのは普通だろう?」


「いえ、まあ、ここでは罪の意識がないことが問題なのですが」


 それが問題? おかしくない?


「ん? じゃあ今の話だと周囲に誰もいないときに赤信号を平気で渡るやつは真の犯罪者ってこと?」


「ま、まあ、そうなりますね」


「じゃあ俺違うな。俺は誰がいなくても阿保みたいに突っ立って待ってるから」


「あれー? 確かにいつもそうしてますね」


「だろう? それに俺できる限り法律守ってるぞ? むしろ俺ほど守ってるやつはいないかもしれんってぐらい守ってる」


「いやそんなには守ってないでしょう?」


 では証拠を示してやろう。


「エロ本やエロ動画集めは高校卒業するまで我慢していたぞ?」


「嘘でしょう? あなたが? 嘘でしょう?」


「嘘じゃないよ。皆全年齢だとなめてかかってるが、そんなことはない。全年齢でも十分にエロい物はあるのだ」


 むしろものによってはエロ本を入れてもトップクラスに入るものもある。


「そ、そう言えば、普通に歩いてる女子二人で妄想できるんでした。そう考えると怖ろしいですね」


「だがそんな俺でも腐女子の妄想力には負けるぞ?」


「え? あなたよりヤバいんですか?」


「ああ。聞くところによると普通の少年漫画でハアハアできるらしいからな。俺は少女漫画でハアハアできないからこれはもう負けと言っていいだろう」


 マジ勝てないわ。完敗だわ。


「なにが勝ちでなにが負けなのかわかりませんが、思ったより法律守っていてびっくりです」


「普通は法律守るぞ?」


「いやでもさっきの話全然守ってる気配なかったですよ!?」


「そりゃさっきの話は相手が詐欺師だからな。俺を騙そうとしたんだから、こっちも騙そうかなと」


「あ、嘘だったんですね」


「当たり前だろう? 命の危険がなくて、ばれるかもしれないのに殺人なんてしないよ。割に合わないだろう。てかさっきから法律守ってる云々の話だけど、恵空は全然だよな?」


「そりゃ私はそもそも地球人じゃないので。さっきのはあなたが思っていたより法律守ってたんだなってことです」


「そうか。……あれ? そもそもなんの話だっけ?」


「どの勢力が私の命を狙いにくるかって話ですよ。日本妖怪都市伝説連合から逸れていきました」


「そうだったな。で、なんでぬらりひょんが俺の家に来たの?」


「山奥の研究所あったじゃないですか? あなたが初めて私を盾にしたところです」


「覚えてるぞ。恵空が俺の失敗を笑ったところだろう?」


「結構失敗を笑っているので自信はありませんが、たぶんそこです」


「おい! そんな笑ってたのか」


「私はそこの後始末を任されましたが、途中でターボ婆さんと児啼爺が訪ねてきました」


「ああ。俺が行けって言ったから流石に覚えてる」


「要件は研究所にあるものを寄こせという内容でした」


「そう言えば、俺に運んでるものを渡せとか言ってたな」


 興味ないのによく覚えてたな俺。


「なので、目的の物がもともとそちらのものだという証拠をだせと言ってやりました」


「今のところ変なことは全くしてないな」


「ちなみに証拠となるデータを求めて、チワワの人狼がボッチの大学生に襲い掛かる事件が発生しました」


「おおおおおい! なんか聞き捨てならないことが聞こえたぞ!? なに、チワワ悪くなかったの? 俺容赦なく倒しちゃったよ?」


「ちなみにそのデータの内容は、あのチワワが日本妖怪都市伝説連合の一員である仲間の人魚を殺して、その肉を売ったというものです」


 へー。そんなもことあったんだ。


「良かった。チワワ悪かった。……ん? でもそのデータって恵空が研究所から手に入れてたんだよね? なら最初からわかってたってこと?」


「はい。ですが私がわざわざ教えてあげる義理はないですし」


「まあ、そうだな。それで、ぬらりひょんはいつでてくるの?」


「いえ、でてきませんよ。証拠が見つかれば会いに行くから連絡先を教えてほしいと言われましたが、私の方に用はなかったので放ってきました」


「じゃあぬらりひょんはなんだよ?」


 さっきから全然でてこないじゃん。


「たぶん、チワワに家の近くまでつきとめられましたよね? その近くで怪しい家に手あたり次第入ったんだと思います。記録を確認したら家に入る前にうろちょろしてましたし」


「マジかよ。ん? でもそれだとやっぱぬらりひょんが死んだのわからないんじゃ?」


「いや私達を探していて突如消えたんですから、ほぼ確信しているはずです」


「それで攻めてくるの? 短絡的すぎない?」


「そこで、地球宇宙平和同盟の出番です。この同盟は地球では最大規模で、字面のとおりの組織ですので、ムラムラと共存できないでしょう」


「まあ、恵空は平和を愛するって感じじゃないからな」


「言っときますけどあなたが平和がいいなら平和的にいきますよ?」


「俺、それなりに恵空と一緒にいるからそのさき大体わかるわ。敵対者を皆殺しにすれば平和とか言うんだろう?」


「正解です。平和には恐怖が必要ですからね」


「それ地球だと平和的じゃないから」


「え? じゃあどういうのが平和的な感じなんですか?」


 そりゃお前、あれだよ。……平和とはなにかとか難しくない?


「……平和は感じるんじゃない、信じるんだ」


「ちょっとなに言ってるかわかんないです」


「ごめん実は俺もわかんないんだよね。でもたぶん平和は崩れてからわかるんだろうな。今みたいに。だから平和がなにかわかんない今は平和なんだよ、たぶん」


「いつの間にか重要人物を殺ってしまったと気づいた今みたいにですか?」


「そうだな。それで地球宇宙平和同盟と日本妖怪都市伝説連合とはどう関わってくるんだ?」


「私が宇宙人なのはすぐわかりますからね。妖都連は地宇同盟へと問い合わせするでしょう」


「いきなりよくわかんない組織のよくわかんない略称使うのやめてくれる? 混乱するから」


「略称と伝わっているので混乱していないのでは?」


「いきなりはやめてって言ったんだよ。で、地宇同盟が恵空のことを教えるってこと?」


「はい。もうポポピケから情報がいってるかもしれませんし、私が羽化を始めたら絶対にわかります」


「そうか。これから大変だな。しかしそんなに数が多いと俺一人で対応できるか?」


 とてもできるとは思えないんだけど。


「……むっふ」


「え? なにその反応?」


「いーえ、なんでもありませんよ? 確かに、その懸念はもっともです。あなたが負けなくとも対応できずに私が攻撃されるかもしれません。ですが安心してください。まず、実は強力な味方がいます。そして、あなたの協力があれば私の安全性は爆発的に上昇します」


「味方? もしかしてムラムラの仲間か?」


「いえ、ムラムラの友人は来るかもしれませんが、さっき言った味方ではないですね」


「えー。じゃあなにしに来るんだよ?」


「あなたを見に来るに決まってるでしょう? 新しい同胞という扱いですからね」


「そのために来るの? だとしても普通恵空が命狙われていたら助けない?」


 友人てそんな感じなの?


「そう言えば羽化について詳しく言っていませんでしたね。羽化というのはムラムラにとって非常に重要な儀式です。その儀式を手伝ってもらうというのは、その相手に一生頭が上がらなくなることを意味します。たぶんヤクザの親分と子分が近い感じです」


「え? じゃあ俺が恵空の親分ってこと?」


「違いますよ! ムラムラ同士限定の話です」


「そうなのか。もちろん、頼む気はないと?」


「当然です。頼む理由がありません」


「じゃあ、味方は誰なんだ?」


「簡単に言えば怨霊ですね。私の催眠で妖怪どもにぶつけてやります」


「催眠って、解けないのか? あと怨霊ってそんな役に立つか?」


「はい。 もし解けてもすぐに爆散させてしまえばいいので大丈夫です。あとで方法教えますね。普通だとあんまり役に立ちませんけど、すこぶる強力なのを用意しときましたんで。とりあえず相手の士気はだださがりだと思います」


「味方の件はわかった。それで、俺の協力で安全性が上がるってなに? どうやるの?」


「それはですね……」

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