第26話 セクハラ

 松井とその彼女が感動の再会をしている。なんだか抱き合っていい雰囲気だ。というより二人の世界に入っている感じだ。


「恵空。恵空。問題を発見した」


 一応空気を読んで小声で恵空に話しかける。


「どうしました?」


「この服だと鼻がほじれない」


「なんで今気づくんです?」


「いや、暇だから鼻ほじろうとしたら気づいた」


 穿孔を極めし我が小指だがマスクと手袋していたら無理だ。


「なんで感動の場面で鼻ほじるんですか?」


「だって俺関係ないし」


「えー。少しは感情移入しないんですか?」


「この場合はできないな。まだ問題とか実際には解決したって言えないだろう?」


 むしろ一回逃げだしてしまったから悪化するおそれが大きい。


「まあ、また閉じ込められればそれまでですし。それにこれから二人はどうするんでしょうかね?」


「まあ、俺達には関係ないだろう。報酬はコミナミからもらうから、これからどうなろうが興味がわかないな」


 悲劇的なものになろうが幸せなものになろうがどうでもいい。というよりどちらでも最終的には不幸になると思ってる。幸せそうなやつを見ると、あれが人生の絶頂期でこれからどんどん不幸になってあのときはよかったなんて思って生きていくんだろうな、と思う。


「あなたはもう少し同胞の扱いに興味もった方がいいと思いますよ? いえ私としましては興味もたなくてもいいんですが」


「なんでだ?」


「言いましたよね? 私にとっての地球人の扱いはあなたに準拠します。あなたが同胞に興味ないなら実験が捗るので。いやー、最近実験材料に困ってるんですよね」


「いやいやいや! 流石に普通の人を実験材料はダメだよ」


「えー。じゃあどんな人間ならいいです? 殺人犯?」


「復讐とかでも殺人犯になるからダメだ。法律がどうあれ、復讐の殺人なら俺に害がこないと予測できる。だからソイツが実験材料は可哀想だ」


「復讐の殺人でないならいいですか?」


「……まあ、そうだな」


 そんなヤツはいない方が安心できる。……あ!


「待て。殺されそうになって防衛のために殺したけど、過剰防衛で殺人犯扱いの人間はダメだぞ! あとどうせ実験材料に使うなら警察に捕まってないないやつから使ってくれ」


 俺にとっての危険度では捕まってないやつの方が高いからな。


「ふむふむ。では刑期を終えた殺人犯は? もちろんさっき言われた理由以外で罪のない人間を殺した人間です」


「積極的に実験材料で」


 そんなの危険だろうが。俺の近くいたら嫌だわ。


「じゃあ詐欺師や泥棒はどうですか?」


「……どこまでを詐欺師や泥棒とするかだな。とりあえず振り込め詐欺とか空き巣、スリ、ひったくりは実験材料にしてもよし」


 俺からしたら詐欺師にしか見えない輩でもありがたがる人間はいるからな。そいつが誰をどう騙そうと俺には害はないので一概に判断できない。


「ふむふむ。他にはありませんか?」


 他に? 俺に害があるもの……あ!


「転売ヤーは最優先で始末してくれ」


「ん? どこまでを転売ヤーとみなしますか? 商品を安く仕入れて高く売るのは商売の基本ですよね?」


 え? そう言われれば……。


「俺がほしい家庭用ゲーム機を複数個標準価格をこえて売ろうとする輩は転売ヤーとみなす」


 しょうがないのでピンポイントで指定させてもらおう。


「えー。それだけですか?」


「あとは……ちょっとあとでパソコン見ながら言うわ。無垢で純粋な俺にエロ同人誌を三千円ださせた輩の名前調べるから」


「色々ひどいですね。無垢と純粋という概念に謝罪してほしいです。ですが、これで当分、人材に困りませんね」


「この流れで人材って聞くと怖い言葉に聞こえるな」


 人の材料で人材かと思ってしまう。


「基本的にあなたに害がおよぶかもしれないなら実験材料にしていい感じですか?」


「そうだな」


「あれ? そう言えば路上喫煙の人いましたよね? あなたが天ぷら粉を投げた」


「……いたっけ?」


 全然思いだせない。いつの話だ?


「嘘でしょう? 忘れているんですか? ほら、リーゼンと会って、能力確認のため待機しているときに、暇つぶしとしてあなたが見つけたではないですか」


「あー。いたいた。それが?」


「あれはどうですか? あのときは殺すはダメだって言ってましたけど、あれはあなたに害をおよぼすかもしれませんよね? なんでです?」


「なに言ってるんだ? ただ殺すのは意味ないけど、恵空の実験材料になるなら俺の役に立つだろう? その違いだ。それにわざわざ殺す必要があるとは思わないだけで死んでもなにも思わないぞ?」


 むしろ若干スカッとする。


「じゃあ、あなたに害をおよぼす可能性のあるものは殺すか実験材料にしてよかったんです?」


「まあ、そうだな」


「くーっ。失敗しました」


 恵空が悔しそうに言う。なんでそんな悔しそうなの?


「でもあのときに実験材料とか言われたら、とめてたかもな」


「なんでです?」


「そこはほら信頼度とかあるじゃん?」


「成程。あのときはまだ宇宙にいなかったのですね」


「そのネタでいじるのはやめてくれない?」


「いや~。あつあつの恋人達を見たものですから、あてられましてね。それに思い出の場面ですし、つい、思いついちゃうんです。むっふ」


 これもしかしてずっと言われるネタなのかな?


 そうこうしていると松井達との話が一段落したのかコミナミが話しかけてくる。


「やあ。これで依頼は完了だね。ありがとう」


「あ、そう? じゃあ今日はこれで」


 やっと終わった。








 リーゼンと運び屋をしながら日々を過ごしているとコミナミから連絡が入った。俺にまた依頼があるらしい。


 コミナミの探偵事務所に来た。事務所のドアを開けるとコミナミと女性が二人いた。


「やあ、いらっしゃい」


 コミナミに促され、コミナミの隣に座る。今日はコミナミのテンションが低い。向かいには客の女性二人がいる。


「こちら天麩羅忍者くん。へんてこな格好してるけど話は通じるから安心して」


 このクソ寒い中、へそ出しルックのコミナミに格好のことを言われるのは納得いかない。


「コミナミにへんてこな格好と言われたのが腑に落ちないんだが。どうも初めまして、恥を忍んで衣を纏う、天麩羅忍者です。そしてこっちが」


「どうも、恵空です。こんな格好ですが宇宙人です」


「ど、どうも、鈴原です」


「……宮下です」


 二人が自己紹介する。……いかん。もうわかんなくなった。正確には情報のインプットに失敗した。最初から入ってこない。


 こういう場合のこと考えると、つい思ってしまうことがある。もしかして俺が嫌っていたとある種類の人間は非常に親切なのではないかと。


 べつにこちらがなにか害を被ったわけではないのだが虫唾が走るほどに嫌いな人間はいるものだ。少なくとも俺はいる。


 具体的に言うと自分のことを名前で呼ぶ女だ。いや男でも虫唾が走ると思うが幸か不幸かまだ見たことないので正確にはわからない。しかし今は自分名前呼び女のことだ。そいつを見ると吐き気がするほど嫌な気分になる。理屈はわからない。ただただ口に爆弾をねじ込みたくなる。


 しかし今考えるともしかして彼女の行動は非常に合理的なのかも知れないと思う。まず自分のことを言うことで名前間違いを防ぐ。これは俺のような顔と名前が覚えられない人間からすると非常にありがたいのでは? もちろん彼女に話しかける必要性がある場合だが。そしてさらなるポイントは名字でなく名前で呼ぶことだ。名字より名前の方がバリエーションがあるのでかぶりにくい。佐藤や鈴木なんていっぱいいるらしいからな。


 こう考えると彼女は非常にありがたい存在だ。もう皆が自分のこと名前で呼ぶようになればいいのに。


 ……ダメだわ。やっぱイラッとくる。考えればこちらの方が合理的だと思うんだが、イメージしたらイラッとくる。たとえ恵空でもイラッとくると思う。


「さて、自己紹介が終わったところで依頼の話をしよう」


 おっと今は依頼の話だった。思考が脱線してしまった。


 依頼の内容を聞くとこうだ。二人の内、宮下の方が依頼人で鈴原はその付き添いで来たらしい。二人の関係は友人で、同じ大学に通っているらしい。てか俺と同じ大学だった。さて、大学生がなにを探偵に依頼するのかというとハッキングだ。実は宮下がゼミの教授にセクハラを受けているらしい。どのレベルか聞くと、とてもセクハラで済ませられるレベルでない。卒論を盾に裸の写真を送らせたりしているらしい。俺達への依頼はハッキングしてその写真などを消してほしいとのことだ。


 成程。コミナミのテンションが低いわけだ。この話を聞いてテンションを維持できたらむしろ怖い。他人に興味の薄い俺でも可哀想と思う。


「まず言っておくと、ハッキングをして写真を消すことは可能です。そして、ハッキングはこちらの恵空がやりますので、私が写真を見ることはないので安心してください。ですが、セクハラには今後どのように対処されるんですか?」


 また宮下が教授に従ってしまっては意味がない。訴えるなら写真は証拠になるので消さない方がいい。そう思っての質問だ。


「安心してくれ、天麩羅くん。。僕は探偵をやっているがもう一つの顔も持っているんだ。復讐屋というね。今回はハッキングと教授の拉致を頼むよ」


 そんなのやってたのかよ。なかなかにアウトローなことで。


「わかりました」


「任せてください! 許せません! 徹底的にやってあげましょう! ところで質問なんですが、どういった経緯で依頼をしようと思ったんですか?」


 恵空がやる気だ。なにか思うところがあったのか、かなり積極的だ。


「だから、セクハラされたからだろう?」


「いえいえ、普通はまず訴えようと思いますし、訴えて自分が被害にあったのがばれたくなくとも、探偵にハッキングとか依頼しませんよね?」


「……確かに」


 よくよく考えれば不自然だ。不思議に思っているとコミナミの方が答えてくれる。


「まず、訴える云々は教授のセクハラを学生相談室に行って相談したら、次のゼミのときに教授に『大学は自分の味方だから無駄だ』的なことを言われて断念したらしい。そしてどうやら鈴原くんの方が松井くんの彼女と友人らしくてね。彼女の親がお偉いさんだから弁護士を紹介してもらおうと話したら、ここをおすすめされたらしいよ。それで話を聞いていくうちに君に頼んだようにしようってなったわけさ」


「成程。納得しました」


 恵空は納得しているが、俺は友人がここまで役立つことあるのに驚きだよ。


 こうして俺達は依頼を引き受けることにした。







 帰り道。


「しかしあの二人も可哀想ですね。男難?の相でもあるんですかね?」


 男難って……女難の男版?


「二人? 被害者は片方だけだろう?」


「……もしかしてお気づきでない?」


「なにが?」


「えー。いえ、そう言えばあなたは顔を覚えるのが致命的に苦手でしたね」


「ん? どういうこと?」


「私と初めて会った日、私が感情を読めることを証明するためにあなたの感情を読みましたね? そしてそのときに、あなたがエロいことを考えるのに使った通りすがりの女性二名が彼女たちです」


 ……ああ! いたな、そう言えば。


「地味子と派手子か!」


「心の中でそんな呼び方してたんですか? まあそうです」


 なんか本当申し訳ない。


「だがなんでそんなこと覚えてるんだ?」


 普通は通りすがりなんて覚えられないだろう。


「え? あなたが妄想したので好みなのかと思って調べたので覚えてただけですよ?」


「そう言えばあのときは俺の好きな外見とか知らなかったんだよな」


「ええ、結果としてはサンプルに不適でしたが。まあ、そういったわけで彼女達は周囲の男の運ないですね」


「でもほら、思うとするは大きな隔たりがあるから」


「まあ、そうですけど。依頼頑張りましょうね?」


「はい」

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