第25話 救出
夜。進化したサルを焼き殺さんと火炎放射を繰り出す太陽も地に落ちた。明けない夜はないが、暮れない日もないのだ。
太陽が沈んだことで俺のテンションも秋の空の様に高い。いやむしろ月のように高い。紙なら四二回折れてるレベル。
今は恵空とコミナミで目的の東京エクストラバガンザタワーが見えるビルの屋上にいる。目的のビルを見上げる。あそこに金持ちどもが集っているのか。これから侵入して無関係の人達に迷惑をかけてしまうわけだが、その人物が金持ちだと思うと申し訳ない気分が一気にしぼんでいく。不思議だ。
まあ、でも俺達が侵入したのが公にならなきゃいいんだよな。ターゲットの親父さん次第ではありえる。
「じゃあ、そろそろ行きますか?」
「そうだね」
「ええ」
二人が返事をするが、出発前にコミナミに聞きたいことがある。
「あの、なんでハーネス着けてるんですか?」
「え? だって僕をあの屋上まで連れていってくれるんだよね? 命綱とか必要だろう?」
しまった。ボッチのせいで人に事前に説明するのを失念していた。これでは恵空にあんま煩く言えないな。いや、あいつはわざと言ってないんだから一緒にはできないか。
「いえ。こちらで準備しているのでハーネスとか要らなかったんですが」
「そうなのかい? どこにあるんだい?」
「これです」
そう言って、取り出すのはおなじみタコ足鉤縄だ。そいつをうねうねと動かす。うん、今日も艶めかしく動いている。
「こいつを体に巻き付けて上ります」
「え゛? 本気なのかい?」
なんか腰が引けてますけど?
「そうですけど? なにか問題が?」
コミナミに確認すると、恵空が答えてくれる。
「シンプルにタコ足の部分に嫌悪感を覚えているだけだと思いますけど?」
「嘘でしょう? あ、吸盤のあととか残らないですよ?」
しまった。コミナミはお肌に敏感な女子だったか。非モテなので気づかなかった。
「いや、吸盤とかでなくてなんだか気持ち悪いだけなんだけどね?」
「そうなんですか? 触手っぽいのに」
変わってらっしゃる。いや、服装からして変わってるか。……待て、その理論でいくと俺が超がつく変わり者になってしまう。やっぱ服は関係ないな。
「触手が嫌いな人もいるんですよ?」
恵空が信じられないことを言う。いや、だけどよく考えたらそうか。
「そう……だよな。万人に受けるものなんてないんだ。嫌いな人もいるよな。コミナミさん、すみませんね。配慮が足りませんでした」
自分の非は素直に認める。
「いや、うん。触手が苦手な人は結構いると思うがね? 基本的に誰でも好きな感じで言ってないかい?」
「……そうなんですか?」
「まあ、ポピュラーではないですよね」
「なん…だと…」
馬鹿な。じゃあ、ポピュラーなのはなんなんだ? 本気で見当もつかない。てか俺の性癖はポピュラー系のではないのか?
「恵空、俺の性癖でポピュラーなのは?」
「大丈夫です。問題なのは現実に害を及ぼすか及ぼさないかです」
なんか恵空が優しい声で言ってくる。で、肝心なことに答えてくれてないけど?
「うん、そうだね。それで、ポピュラーなのは?」
「人間誰しも欲望を抱え、生きていくんです。『思う』と『する』、この二つには圧倒的な隔たりがあるのです」
「そうだな。カンニングして合格とカンニングせずに不合格では天と地ほどの差があるな。それで、ポピュラーなのは?」
「えー。そこでその例え出ます? 普通カンニングして合格とカンニングせずに合格を例に挙げるでしょう?」
「え? するかしないかの例だろう? なんかダメだった?」
「いえ、あなたの例だとカンニングしちゃうじゃないですか」
「いやいや、そこで、するかしないかの葛藤するから例としてふさわしいだろう? 恵空のだと普段の努力が大切の例じゃないか」
「いえいえ、私のだと一見同じに見えて実は大違いですからね。そう言う意味で例としてふさわしいです。あなたのでは結果の差が生じているではありませんか」
「「……審判、判決は?」」
二人では決まりそうにないのでここはコミナミに意見を聞こう。
「ええ……。僕が決めるのかい? う~ん……。そもそもこの例は『天麩羅くんの性癖のどれがポピュラーか』について聞かれて、恵空くんが言った『思うとするには隔たりがある』ということの例だったよね? そして二人の意見を聞くに、天麩羅くんは『主観的にみての違い』、恵空くんは『客観的にみての違い』にそれぞれ焦点を当てている。ここではそもそもポピュラーについての話題だったのだから、客観性を重視した恵空くんの方が適切かな」
「……くっ、ノリで聞いたらがっつり適切な答えがきた」
探偵ヤバいな。
「素晴らしいですね。今度誰かの心情が知りたいときは連絡ください。教えてさしあげますよ」
「ありがとう。この前送った件の犯人のことについて忘れないでくれたらいいよ。というよりそろそろ時間だから行かないかい?」
おっと本当だ。では出発。
「じゃ、タコ足絡めますね」
そう言って二人をタコ足鉤縄で絡めとる。そして能力を発動して軽くする。
「うわっ。葛飾北斎の絵の海女になった気分だよ」
「私は見た目的にタコ壷とかですかね?」
「いや、そんなエロいことしてないでしょう?」
酷い誤解を招くようなことを言わないでほしい。ちゃんと腰とかに巻き付けている。本家の様にはしていない。
「じゃあ、上りますよ。これからドデカい鉄の棒をぬらぬらとのぼります」
「やっぱり意識してるよね?」
ジャンプして、残りのタコ足で前の建物をつかみ、引き寄せ移動することを繰り返しながら目的の東京エクストラバガンザタワーの横に張り付く。そこからも吸盤の吸着力を用いてすみやかに上っていく。
誰にも気づかれずに静かに、そして素早く目的の建物に侵入する。まさに忍者にふさわしい所業では?
いやー恵空に頼んでVR訓練できるようにしてもらってよかったわ。
「う~ん。本来、静かに侵入する今の場面は格好いいところのはずなんですよね。闇夜を切り裂く主人公。その歩みを止められるものは誰もいない! 的な。でもこれ、傍から見て完璧にモンスターの襲来ですよね」
せっかく人がいい感じに盛り上がってるのに恵空が水を差してくる。黙っててくれないかな。
「むしろ誘拐犯の変態とさらわれた美少女じゃないかい?」
コミナミもあとで
「どう見てもスタイリッシュな忍者の潜入でしょう?」
「タコ足でぬらぬらしてるのにスタイリッシュは無理ありますよ」
「新ジャンル、スタイリッシュぬらぬらいけないかな?」
「マッチョの男の娘が受け入れられるレベルならいけるのでは?」
レベル高過ぎじゃない?
「無念」
無駄話をしていると屋上に到達した。
ビル内に侵入する。あとは人間を避けながら行けばいい。……コミナミが人間がどの方向にいるかはわかるらしいので、不必要な接触は避けられる。というより屋上からの侵入を想定していないからなのか警備らしき人はいない。人がいても他の住人らしき人物だ。
ようやく目的の部屋の前にきた。ここからは素早く行動しなければ。コミナミによれば部屋の中に三人。一人は部屋の出口の前、二人は部屋にいるだろうとのこと。まず間違いなく部屋の出口前にいるのは見張りだろう。……考えてみれば情報が正しければ、ここは目的の彼女の自宅なんだよな。自宅に閉じ込められるのはなかなかに可哀想だ。まあ、普通の監禁軟禁よりは待遇がいいかもしれないが。それで逃亡阻止用の見張りのためか一人しかいない。コミナミによると部屋の中に二人いるので、部屋の中にもう一人静かにさせないといけない人間がいる。
恵空に合図をだし、鍵を開けてもらう。
騒がれる前に鎮圧しないといけないので、全速力で部屋に押し入る。足音がしてはダメなのでタコ足で移動している。ドアを開けると厳つい男がこちらを振り向くところだった。タコ足で絡めとりコミナミにもらった催眠スプレーを噴射する。驚くほど静かにできた。
よし! 訓練の成果がでている。やっぱ事前にシミュレーションできるのは強いわ。
『あざやかなお手並みですね。押し入り強盗の才能があるのでは?』
『違うよ。訓練の成果だ。ってかそんな才能うれしくないな』
おそらく中の二人にまだ気づかれていないだろう。同じように残りの二人を奇襲して眠らせる。具体的にはぬらぬらとタコ足移動で忍び寄り、体中にタコ足を巻き付けて捕獲。すぐさま催眠スプレーで眠らせる。
任務、完了!
「ぶえっ」
任務完了したと思って油断していたらいきなり衝撃を受けた。自分を軽くしていた俺は壁まで飛ばされた。なんだと思って見ると犯人はコミナミだった。どうやらコミナミが俺にビンタをかましたらしい。年末の風物詩になれそうないいビンタだった。
「なんで?」
「なんで? それはこっちの台詞だよ!? なんで、目的の彼女まで眠らせてるんだい!?」
あ、それで怒ったの?
「とっさだったから、どっちかよくわからなくて。それにほら、騒がれると面倒じゃん?」
でも眠らせたの怒ってるの? 危害加えてないのに? 無傷だよ?
「いやいやいや! わからないって、写真見せたよね?」
「見たね」
悲しそうな顔してたのは覚えてる。
「じゃあなんでわからないんだい!?」
「人間の顔覚えるの苦手で。同級生とかの顔も覚えてないくらいだぞ? 一度見ただけの人間の顔覚えるなんて無理だ。それにほら、見てくれ。彼女写真と髪型も服も違うぞ?」
「だから!?」
さっきからコミナミのテンション凄いな。コミナミも夜に上がるタイプ? 仲間!
「いや、髪型とか服とか変えられたらわからないよ」
「嘘だろう!? そんなことありえる?」
ありえるに決まってる。たぶんコミナミは顔が覚えられるタイプなんだろう。だからといって自分を基準に考えるのは感心しませんな。
「まあまあ。無事にばれずにできたのでいいではないですか。しかし、あなた、顔で人間を顔で判断できないんですね」
恵空から呆れの声をかけられる。恵空、お前もか。
「まあな。ボッチには不要なスキルだ。それに人を顔で判断するなって教わったんでな」
「言葉の真意が全く通じてませんね!! あとボッチこじらせすぎです」
やっぱそうかな? いや、このままだとまずいかな? とは思っていたんだが。でも髪型や服装が同じならいけると思うんだよな。
そう考えると名札って偉大な発明品だな。最近じゃ個人情報がどうとか言って子どもにはつけさせないって聞いたが。もう大人は皆見えやすいところに名札とかつけてほしい。顔面辺りにつけてほしい。マスクみたいな感じでつけてほしい。
取りあえず、眠らてしまった彼女を起こすか。
「まあ、じゃあ彼女を起こそう。……こっちでいいんだよな?」
当たれ! 二者択一!
「うん。なんでそんな自信なさげなんだい? え? 本気でわからないのかい? 全然似てないよ?」
よし! 当たった。いや、こっちだろうとは思ったんだよ? 五割は自信あったからね。四捨五入で十割!
「いや、わかるよ? ただちょっと自信なかっただけで。髪の長さで判定可能だし」
「髪の長さって……確認だけど君は宇宙人ではないんだよね? 恵空くんが宇宙人なんだよね?」
「純日本人ですね。見てくれよ、この忍者ルック。めっちゃ日本だろう?」
なんで俺今日本人かどうか疑われたの?
「寿司を頼んでカルフォルニアロールだされたかんじだけどね」
「失礼な。もっと馴染んでるだろう? サラダ巻きくらいにしてくれ」
やっぱこの色がいけないのか? 忍者っぽくないもんな。……いやでも天麩羅の巻物とかあるよな?
「どうでもいいこと話してないで早く起こしましょうよ」
おっと恵空からもっともな指摘を受けた。でも人ってどうやって起こすの? 迷ったときには漫画などから知識を呼び覚ませばいい。
「じゃあ、バケツ探してくる」
「待ちたまえ! まさか水をかけて起こすきかい?」
「ビンタは可哀想だろう?」
初対面の女子に気を遣う俺。いやー、優しさが溢れてしまったね。
「もういい。君は大人しくしといてくれ」
どうやら方法が気にくわなかったらしい。
コミナミはなにやら容器を取り出し、それを開けて眠っている彼女の鼻先へ運ぶ。
「う゛」
そうすると眠っていた彼女がしかめっ面で起きる。……あれクサいので起こしてないか? クサいのを嗅がせるなんてなかなか高度なプレイをなさる。
しかし、水浴びせやビンタはダメでクサいのはいいとはどういうことだ? 俺それが一番嫌なんだけど? ……もしかして俺の起こし方が、なまぬるいから怒ってた?
「大丈夫かい? 僕達は君の恋人の松井くんから依頼を受けた者だ」
「え? ゆうくんから?」
松井と聞いて眠そうな様子から一気に目が覚めたようだ。
「そうだよ。確認なんだが、君は望んでここにいるの?」
「いいえ、パパにゆうくんと付き合うのを反対されて、それで家出しようと思ったら、ここに閉じ込められたの」
『本当ですね』
『わかった』
コミナミに松井の彼女が本当のことを言ってる合図をだす。
しかしパパとな? 本当にパパっていうやついるんだ。だがやはり閉じ込められていたのか。
「そうか。どうする? このまま君を連れて松井くんのところに行こうか?」
「お願いします」
この娘大丈夫か? 俺たちが松井から頼まれた証拠とかないぞ? こんなんじゃ簡単に騙されるぞ? ……いや、騙されて連れていかれたらそれが新たにコミナミに依頼がくるか。それにここから連れ出したとしても父親との問題はなにも解決していない。なのでまた似たような状況になる可能性は高い。そうすればまた依頼がきて儲かるか。……コミナミのやつなかなかに考えてるな。
今気づいたがクサいのが一番外見に影響を及ぼさないな。成程。
『あなた、たぶん的外れなこと考えてますよ』
恵空がテレパシーで話しかけてきた。屋上に行く間、恵空と会話を楽しむ。
『そうなの?』
『ええ。コミナミにそのような邪心はありません』
『邪心って。問題をあえて指摘せずに、次の自分の仕事につながるようにするとは感心なことだなって思ってただけだよ?』
『あなた心汚れ過ぎでは?』
なに言ってるの? 俺みたいなピュアな心の持ち主そうはいないよ? 人と関わってこなかったから超きれいだよ?
『そんなことないだろう? 川の水の様にきれいで澄んでいるよ』
『それザリガニ住んでませんか?』
『俺の心は恵空でいっぱいさ』
『なかなかに痛烈なカウンターを打ってきますね』
言われて馬鹿りではないぞ。『宇宙にいるみたいだ』で羞恥心はかなり鍛えられたからな。……あれ? 羞恥心って鍛えるであってるのか?
恵空と話しているうちに屋上に到着した。
「いやあああ――」
だがここで問題が起こった。松井の彼女が俺のタコ足を見て騒ぎだしたのだ。うっとうしいので催眠スプレーで眠らせる。全く、手間のかかる。
「えー」
なんかコミナミが不満そうだ。
「なんだ?」
「やはりいきなり催眠スプレーがいけなかったのでは?」
恵空が教えてくれる。
「そうなのか? だがこれが一番早くて確実だろう?」
松井の彼女は起きていても邪魔なだけで、眠っていてくれた方がいい。
「まあ、そうなんだが、話してなだめる間もなくやるもんかね?」
「あなた誘拐犯の才能もあるのでは?」
「そんな違法にしか使えなさそうな才能はいらないな。まあ、移動は俺の担当なんだ。俺のやり方でいいいだろう?」
「そう、だね。文句を言ってすまなかった」
「いいよいいよ」
和解したところであとは松井のところまで運ぶだけだ。今まで見つかっていないので、ここから見つかるわけもなく、なんの問題も起きずに松井のもとへ運ぶことができた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。