第24話 依頼

 シェル先生の新しい住処はあまり前と変わらない。いや、前のところより新しくてきれいな感じはする。そんな場所で大きく変わったのは一つ。


「久しぶりだな。紫パンツ」


「久しぶりね。会いたくなかったわ、変態忍者。少し見ない間に抱き枕を持参するようになったのね」


 紫パンツことゾンビナースがいることだった。そういえば、紫パンツに恵空を見せるのは初めてだった。


「よく来てくれたね天麩羅君。しかし流石にもう彼女を紫パンツって呼ぶのはやめてあげたらどうだい? 紫パンツ馬鹿り履いてるわけでもないだろうし」


「どうもシェル先生。しかし、紫パンツ以外どう呼べば? 毎回パンツの色を聞いて呼び方を変えるのは面倒ですし、わかりづらいですよ?」


「なんで私がパンツの色を教えなくちゃいけないのよ!? まず、パンツの色で呼ぶっていう発想をなんとかしなさいよ!」


 シェル先生に話しかけたら、紫パンツが割り込んできた。しかもパンツの色で呼ぶなと?


「え? じゃあブラジャー?」


「違うわよ! もう名前で呼んで」


「えー。名前? よっぽど覚えやすくないとすぐ忘れるぞ? 花子か?」


 紫パンツが苦虫を噛み潰したような表情をしている。当たりなのか?


「それむしろ覚えやすいでしょう。安心しなさいたぶんすごく覚えやすいから……紫と書いてゆかりよ」


 マジかよ! それ字面は紫パンツからパンツ取っただけじゃん。


「覚えやすいな!! ぶほっ」


『ぶっはっ! 偶然にしてもナイスな名前してますね』


『本当にな』


 ノーパンになっただけじゃん。ノーパンの紫パンツ……哲学かな?


「だが名前呼びは無理だな」


「なんでよ?」


「なんていうか、特別な関係にない人間を名前で呼ぶのはものすごい抵抗感がある。てことで名字教えてくれ」


 また紫パンツが苦虫を噛み潰した顔をする。


「なら最初から言いなさいよ。……はあ。村崎むらさきよ」


「成程。名字じゃなくて名前教えた意味がわか――ぶほっ」


 今度は音変わんないじゃん。


『いい名字してますねー』


「次笑ったらビンタするから」


 ムラサキが不機嫌だ。しょうがないね。名前笑われたらそりゃそうなるよ。でも我慢できんわ。


「じゃ、じゃあ整理を始めようか。リーゼン君と天麩羅君は重いものとか中心に頼む」


「ええ」


「おうよ」


 整理をしているとさっきの会話中ずっとシェル先生を見ていたリーゼンが小声で話しかけてくる。


「なあ。恵空ちゃんのこと先生にだけでも知らせておいた方がいいんじゃねえか? なんか怪我とかしたときのことを考えっとよ?」


 そういえばリーゼンは恵空の防御力のこととか知らないんだよな。だとすると心配して言ってくれたのか。


「ちょっと相談してみる」


『どうする? 必要ないと言えばなさそうだが』


『そうですね。話しましょうか。もう隠す意味はないですし』


『あん? ああ、そうか。妖怪とかの存在はもう知ってるんだから、ばらしてもなんの問題もないのか』


『それはそうですけど、私が言った意味とは違いますね。私にとって重要だったのは抱き枕に扮していると、あなたに女がよってこないことでしたので』


『なんて?』


 ボッチの俺に女がよってくる云々言いました?


『あなたに惚れられた今となっては抱き枕に扮するのも意味なしです』


『えー。抱き枕してなくても俺に女よってこないと思うけど?』


 むしろ女に限らずよってこないと思うけど?


『私の美的感覚をお忘れですか?』


『ああ、そうか。恵空みたのなのがいるかもしれなかったのか』


 信じられないことだが、恵空は普通のはずの俺の外見が結構気に入ってたんだった。いや、最初から俺のこと気に入ってたみたいだから、あばたもえくぼってやつか?


『じゃあもう会うヤツには隠さない方針でいいのか?』


『それでいきましょう』


『わかった』


 話し合いの結果をリーゼンに伝える。


「これからは隠さないでいくことにした」


「そうか。じゃあ、先生に紹介しにいこうぜ」


 リーゼンに促されシェル先生達のもとへ向かう。








「改めまして。宇宙人の恵空です。好きな人はこの天麩羅忍者です。よろしくお願いします」


 シェル先生とムラサキの前に抱き枕の扮装をパージした恵空がいる。自己紹介の内容おかしくない? もっと自分のこと言おうぜ?


「よろしく。まさか宇宙人が本当にいるとは。いや、ゾンビというか幽霊とかいるんだからそういう超常的な存在が他にいてもおかしないか」


「ええ。よろしく。あの、大丈夫? 変態忍者に弱み握られて脅されたりされてない?」


 くされナースのムラサキの反応が気になる。俺を好きなやつがいることがそんなに不可解か? 同感だよ。俺も未だに不思議だよ。


「されてませんよ。第一、私を脅せたら大したもんですよ」


「そうなの?」


 ムラサキが信じていないようだ。まあ、恵空はパッと見なにができるかわからんからな。


「ああ、逆らわない方がいいぞ」


 一応忠告しておいてやろう。


「できることはテレパシーとサイコキネシスにハッキングですね」


「色々できるのね」


「ええ。ですので整理の手伝いとかできますよ? サイコキネシスと天麩羅忍者の物を軽くする能力のコンボであっという間です」


「便利ね。そういえば変態忍者の能力ってなんていうの?」


 それ気になる? てか名前なんている? いや複雑な能力ならわかるけど、物を軽くする能力なんてこれより少ない文字で的確に表せないだろう。


「そういえば知りませんね」


 恵空まで食いついてきたぞ。


「名前なんてないけど?」


「なんで?」


「ボッチだったから名前なくても困らなかったからかな」


 俺の能力はなになにだぜ! なんて言う機会なかった。


「納得だわ」


「はい」


 そこからは恵空が手伝ってくれたので早く終わった。







 コミナミから連絡があった。俺に事情を話す許可をもらったとのことだ。


 さっそく話を聞きに探偵事務所に行く。


「やあ、いらっしゃい。座って座って。もうブルーマウンテンは用意しているよ」


 二度目ですでに対応に慣れを感じる。まあ気楽にいけるからいいか。言われたとおりに座る。


「さて、さっそくだけど説明させてもらうよ? 今回の僕への依頼は人探しで、ある男性に突如連絡がつかなくなった恋人の女性を探してほしいと頼まれたんだ。そしてその女性を僕の能力で探してみると、東京エクストラバガンザタワーにいることがわかったんだ。本来なら居場所がわかればそれで終わりなんだが、今回はそうはいかなかった。彼が彼女に会いに行っても門前払いでね。なので、彼女に会って真相を確かめてほしいと言われたのさ」


 それで高層ビルである東京エクストラバガンザタワーに忍び込むことになったと。


「いくつか聞きたいことがあります。まず、依頼者と彼女は本当に恋人同士なんですか?」


 ストーカーの手伝いになったら目も当てられない。流石に良心が痛むぞ。


「当然確認したよ。SNSも調べてみて恋人関係にあることはまず間違いない。そして、彼女は最近ぷっつりとSNS上からも消えている」


 下調べはしていると。凄いな。俺はネット方面には疎いので全然わからん。


「では彼女から真相を確かめるのにどうするつもりですか? 質問だけで決めるとか?」


「まあ、彼女に話してもらうしかないよね」


 彼女が嘘を言う可能性もあるけど大丈夫なのか?


「そもそもこれは誘拐ではないんですか?」


「それがね。おそらく誘拐なんだが、誘拐してるのが彼女の父親っぽいんだよね。調べてみたら彼女がいるところは彼女の父親名義で購入されたものだから」


 なんだか父親に閉じ込められた令嬢とかあれだね、俺がお世話になってる系の映像に出てきそうな設定だな。


『ちょっと! なんで今エロいこと考えているんですか? 真面目な話なんですから』


『すまん。つい』


 恵空に怒られた。これは確かに俺が悪いな。


「ちょっとよくわかりませんね。それだと彼氏の話があやしく聞こえます」


「だろう? でも彼女が望んでそこにいるわけじゃないことは確かだね。四六時中悲しそうな顔してるから」


「なんでそんなことがわかるんですか?」


「そういえば僕の能力を見せてはいなかったね。ちょうどいい。ここで見せよう」


 そう言ってコミナミは一枚の写真をだす。女性が写っているので、おそらくその女性が探している彼女だろう。その写真をポラロイドカメラで撮る。しかしできた写真はもとの写真とは変わっていた。そこには高そうな部屋で悲しそうな顔で座っている彼女がいた。


 なんかさっきお世話になってる系の映像みたいとか言ってごめんって言いたくなるほど悲しそうな顔をしている。


「ふう。僕の探知の能力は道具なしだと探しているものの方向がわかる程度なんだけど、こんなふうにカメラとかを使うと念写みたいなことができるんだ。そこに写っているのが現在の彼女さ」


 すごいな。盗撮したい放題じゃん。


『またですか!』


『ごめんごめん』


「成程。確かに、これを見て彼女が望んでここにいるとは思えませんね」


「だろう? 幾度か撮ったが全て悲しそうな顔だったからね」


 これなら協力してもいいかな。だがそれなら恵空の教えておいた方がいいな。


『恵空。存在ばらしてもいいよな?』


『ええ。いいですよ。そもそも、もう隠さずにいくって話でしたよね?』


『そうだけど、一応確認としてな』


「事情はわかりました。これなら協力します。そして真相を確かめるのに都合のいい人物がいるので紹介します」


 恵空が抱き枕の扮装をパージして話しだす。


「どうも。宇宙人の恵空です。特技はサイコキネシスにハッキング、それにテレパシーです。テレパシーで人の感情などが読めるので真相を確かめるのに役立ちますよ?」


 突然のことに混乱するコミナミ。普通そうだよな。


「……え? 宇宙人? 待って。その、抱き枕じゃなくて生物なのかい? ロボットでなく?」


 ロボかどうかを疑うのはよくわかる。見た目は完全にロボだから。


「ええ。ですが、今、大事なのは私が感情などを読めるかどうかではありませんか? 実際にやってみましょうか?」


「そう、だね。では僕の今はどうかな?」


 コミナミ、切り替え早いな。


 恵空が感情を読み始める。俺も試しに読もうとするがさっぱりわからない。なにも感じない。


「……ん? お腹冷えてきたな?」


 恵空の解答。


「正解。でももっとわかりにくいのは、できないかな? 正直見た目から判断できるしさ」


 そういやコミナミはへそ出しルックだった。見たら予想できるわ。


「いいでしょう。むむ……お腹空いてます?」


「うん。まあ、そうだね。少し空いてるけど。あの、もっと喜怒哀楽というか心読んでるって感じのを頼めないかい?」


「いいでしょう。今回は正解と言わせてみせましょう。むむ……私の能力が本物か疑っていますね?」


「そりゃそれを確かめるための問答だからね!?」


 すごいな。これが普通のやりとりか。俺のときは確かエロいことを二回連続で考えたんだよな。……改めて考えると酷いな。しかし恵空が遊んでるみたいだからコミナミを助けてやるか。


「もうコミナミがなんか言ってそれを恵空に嘘かどうか判定させたら? それができれば問題なしだろう?」


「それでいいですよ」


「まあそうだね。では、僕には女の恋人がいる」


 初手でだいぶ意外性のあるのかましてきたな。


「本当です」


 本当なんかい。こんなこと聞いたら見桜堂の店員を思い浮かべるな。俺が入店したときに『キイイイイエエエエエ! TS百合は百合じゃないだよおおおお!』って叫んでたからな。俺にはわからん世界だ。


「今朝飲んだコーヒーは美味しかった」


「嘘ですね」


 なんで? 朝っぱら冒険した種類の豆いったの? それとも失敗でもしたの?


「僕は冷えるからへそを出すのやめようかな、と思っている」


「……うん? 本当のような、嘘のような……冷えるからやめたいとは思うことがあるものの実際にやめようとはしてないってところですかね?」


「すごいね。よく読めてる」


 マジでよく読めるな。全然わからなかったぞ。あとそんなにへそ出しにこだわりあるの?


「じゃあ、恵空も一緒に行くってことでいいですか?」


 ダメなら依頼は断ることになるが、まず問題ないよな。


「ああ。いいとも。こちらからお願いしたいね」


「では当日はよろしくお願いしますね」

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