第23話 探偵
リーゼンから連絡があった。
俺が力を蓄え心に傷を負っているうちに、シェル先生の新しい勤め先が決まったらしい。チョークさんのコネで。前回の倉橋病院からの依頼、あれはチョークさんがまずい取引先を斡旋してしまったことになるらしく、その補填としてリーゼンに病院と強いコネのある人物を紹介した。そして、リーゼンがその人物とシェル先生の橋渡しをしたらしい。もちろん、俺にも補填の話はきていたが特にほしいものはないので保留にしている。ちなみに、シェル先生はチョークさんに問題のある人物(倉橋病院の院長)を紹介したことになるので、チョークさんへの斡旋の依頼ができなくなったらしい。
リーゼンからの連絡は現状報告だけではない。病院とコネのある人物に会ってくれというものだった。俺にぴったりの依頼らしい。
ということで、指定された場所に出発だ。
抱き枕に扮する恵空を背負って、忍者の衣装を着てトライクもどきにまたがる。……あれ?
「なあ、チョークさんから貰ったバッジってさ、トライクもどきには効果あるかな?」
「さあ? でもどちらでも困りますよね? あったら一般人が走ってるのを認識しづらくなり事故につながる。なければトライクだけ走っている様に見えて通報です」
「それもそうだな。しょうがない、空を行くか」
「先導しますか?」
「いや、しなくていい。低めに飛べば大丈夫だろう」
そう言ってトライクを発進させる。スピードは遅めにしておく。初めて行く場所だし、空は少し怖いから。
「楽しみですね。どんな風変りな人なんでしょうかね?」
「依頼人だから普通なんじゃないのか?」
「ほほう。リーゼンに会ってシェル先生を紹介されて、病院にコネをつける人物が普通だとお思いですか? それは甘いと言わざるを得ませんね」
「そう言われてみれば、普通なわけないと思えるな」
「でしょう? でもご安心を。抱き枕背負った忍者よりヤバいのはそうそう出てきませんから」
「抱き枕は恵空のせいだけどな」
なんで俺のことけなすの? 好きなんじゃないの?
そうこうしているうちに目的地に着いた。といっても見た目は普通のビルだ。ビルの入り口にあるインターホンをならす。
『やあやあ、待っていたよ。天麩羅忍者くん。ささ、入って入って』
機嫌のいい、若い女の声が聞こえてきた。リーゼンから聞いていた依頼者は探偵という情報から勝手に男と思っていたので意表をつかれた。探偵と聞くと大体おじさんかメガネの少年を思い浮かべてしまう。
ビルに入り、三階まで行く。見えたドアには小南探偵事務所の文字が書かれている。ここだな。コミナミだよな? メガネかけた小学生じゃないよな? 俺は麻酔針で刺されたくない。
ドアをノックしたら返事があったので開ける。
「初めまして、天麩羅忍者くん。僕は名探偵コミナミ。最近の日課はいい感じの決め台詞を模索することさ」
そこにはへそ出しルックの僕っ娘がいた。マリンキャップをかぶり、髪はツインテールにしている。上半身は丈の短いポンチョを羽織っているため詳しく見えない。だがへそがでているので、腹に衣服はない。そしてキュロットスカートにニーソ、ブーツを履いている。
『恵空。お前が正しかったようだ』
『そうでしょう。そうでしょう。ところで、自己紹介忘れてますよ』
『そうだった。向こうが知っているみたいだから忘れてた』
「初めまして、名探偵コミナミ。恥を忍んで衣を纏う、天麩羅忍者です。それでこっちが――」
「恵空です。初めまして」
「うんうん。聞いていたとおりの人物だね。さ、入って」
そうコミナミに促されて部屋に入る。しかしさっきからテンション高いな。案内された、応接用なのだろうソファーに座る。……かなり座り心地がいい。これに授業中座ってたら間違いなく寝るな。
「飲み物はなにがいい? コーヒー、紅茶、お茶、その他いろいろあるよ?」
「あ、ではコーヒーをお願いします」
「わかった。昨日いいコピ・ルアクが手に入ったんだ。待っていてくれ」
「待ってください! 別の豆でお願いします」
なんで猫の糞からとれた豆を選ぶんだよ。
「おや? お気に召さなかったかい? 仕方ない。ここはこちらが頼む立場なので奮発しようじゃないか。ブラック・アイボリーを出そう」
「糞から離れて! ブルーマウンテンとかがあればお願いします!」
なんで猫がダメで、象がいいと思ってるんだ?
「そうかい? 格好のわりに普通のものを好むんだね?」
「格好のこと言ったら忍者にコーヒーは合わんでしょう」
さらには天麩羅だぞ? かけらもコーヒーに合わない。
「そう言われればそうだね。じゃあ、待っていてくれ」
言われたのでおとなしく待つ。そういえばリーゼンはどこだ? てっきりこの探偵事務所にいると思ったんだが、見当たらない。部屋を見てまわるわけにもいかないので聞くことにする。
「すみません。リーゼンドリルっていう髪型が特徴的な男はここに来ていませんか?」
わかりやすいように額の上に手で丸を作り前にだしてリーゼントを表現する。
「うん? そういえば来ていないね。そもそも君と一緒に来るって聞いていたけど?」
「え? そうなんですか?」
そんな話は聞いてない。……聞いたけど忘れてるわけじゃないよな?
『恵空、俺リーゼンと一緒にここに来る約束なんてしてないよな?』
『う~ん。しているとも、していないとも言えます』
『なに? どういうこと?』
『ごめんなさい。あなたのボッチの拗らせ具合がここまでとは』
恵空から申し訳ないような、憐みのような感情が伝わってくる。……なんで?
『どういうことだ? 説明してくれ』
『そうですね。説明してもいいんですけど、ここはあなたの将来のために、こういうときどうすればいいかを教えてあげましょう。スマホを確認するんです』
『盲点』
まさかスマホを確認するとは。普段全然使わないので存在が頭から消えていた。
確認してみると、リーゼンからメッセージが届いていた。内容は『まだ着かないか? 迷ったのか?』というものだった。……なに言ってるんだ?
リーゼンに『もう着いている』とメッセージを送る。今度は『今どこにいる? 見つからない』だと? さっきからマジでなに言ってんの? 『探偵事務所に決まっているだろう』と送る。
すると、すぐに探偵事務所のインターホンが鳴る。リーゼンだろう。コミナミに許可をとり、開けてやる。一分もたたないうちにドアがノックされる。開けるとそこにはリーゼンがいた。
「どうした? 遅いぞ?」
「……なんで先に事務所に行ってんだよ?」
「は? ここに来てくれって言ったのはリーゼンだろう?」
「いや普通は事務所の前で合流してから行くだろう? なんでお前さんだけ先に行ってんだよ?」
「……そうなの?」
「そうだよ。しかも俺の繋がりでお前さんを紹介すんだから、俺が一緒に行くに決まってんだろう」
衝撃の真実。恵空が言っていた意味がわかった。おそらく『初見の施設に集合』と言うと『その施設の前にいったん集合してから、施設に入る』という意味なんだろう。要するに俺が慣習的な言い回しを理解できていなかったのだ。ボッチ過ぎるせいで。
「あー。勘違いしてたわ。探偵事務所に直だと思ってた」
「なんで直に行くんだよ。まあいい。それでコミナミは?」
「コーヒー淹れてくれてる」
「ちょっと挨拶してくるわ」
「わかった」
リーゼンが、おそらく台所があるのであろうコミナミが行った方へ向かって行く。
『ボッチのせいでとんだ失敗をしてしまった』
『可哀想に』
『てか恵空も止めてくれよ』
『ごめんなさい。あなたがあまりにも自然に、よどみなく、リーゼンを探さずにインターホンを鳴らしたので、止める間がありませんでした』
言い訳を聞いてるとこちらの心が痛くなってきた。
『まあいい。これで同じ失敗は二度繰り返さないだろうからな。俺は学んだ』
『本当ですか? あなたのボッチ気質はそう簡単にどうこうできるものではないと思いますが』
甘いな。ボッチは学習能力は高いのだ。誰も助けてくれないので基本的に真剣に話を聞くからな。
『大丈夫だ。あれだろう? 連れションみたいな感覚だろう?』
『……大丈夫です。ゆっくり治していきましょうね』
……どうやら違うようだ。あとボッチを病の様に言うのはやめてほしい。ボッチは病じゃない。もっとこう……カルマ的な?
目の前にコーヒーが運ばれてくる。頼んでいたブルーマウンテンだろう。ブルーマウンテンだよな?
『恵空、これブルーマウンテンだよな? 糞じゃないよな?』
『大丈夫ですよ』
安全確認よし。
「待たせてしまって、悪かったね」
「いえ、いただきます」
コーヒーを飲むと普通に美味かった。あ、ちなみに俺の忍者服面はとらずに飲み物を飲める。ろ過みたいな感じで飲めるらしい。
「おいしいです」
「えー。それで飲めるのかい?」
コミナミが不満そうだ。もしかして俺が忍者の覆面取ること期待してたのか?
「はい。忍者ですから」
原理とか知らないので忍者で強引に誤魔化す。ニッポンのジュツ!
「そ、そうかい。じゃ、依頼の話にはいらせてもらってもいいかい?」
「はい。どうぞ」
「では聞いてくれ。まず僕が求めることは僕を連れての高層ビルへの侵入と、カードキーの解除と監視カメラの対処だ。とある依頼により、そうする必要がでてきたんだ。リーゼンドリルくんに君ならできそうだと言われたんだ。できるかい?」
『恵空、いけるよな?』
『もちろんですね』
「ええ。できると思いますよ」
屋上から侵入すればいい。入り口正面とは警備が比べものにならないくらいザルだろうからな。
「どうやってだい?」
「俺の能力で物を軽くできるので、屋上から侵入すればいけると思います」
「そんなことができるのかい? 成程。それなら確かにいけそうだね。あ、そうだ。君に馬鹿り情報を言わせるのはフェアではないね。僕の能力も言おう。僕の能力は探知だ。写真一枚あれば現在の居場所を特定するのはわけない程のものだよ」
結構えぐい能力してるな。しかし滅茶苦茶便利だな。あれどこいったっけ? とかは無縁ってことだよな。
「それは便利ですね。ところで、ビルに侵入できるとは思うんですが、そのあとどうするんです? 俺は隠密行動はできませんよ?」
「その見た目で!?」
確かに忍者なのに隠密行動無理って悲しいな。
「忍びではなくNINJA系統の存在だと思ってください」
「確かに。忍びらしくしようと思ったら色とか抱き枕とか色々不自然だよね。けど安心してしてくれ。まずミスにより人に見つかることはない。僕の探知でどこに人がいるかはわかるからね」
「そうですか」
……ん? どこに人がいるかわかる? これはまずいか?
『恵空。これお前が抱き枕じゃないってばれてるかな?』
『どうでしょう? たぶん、ばれてないと思いますよ。私に感情を向けてきませんし』
「それで、手伝ってもらえるかな? 詳しい話はまだだが、ここまでの内容を聞いてみてどうかな?」
「ちょっと考えさせてください」
『なあ、その感情が恵空以外わかんないんだけど? テレパシーを覚えたらわかるようになるんじゃないの? 聞いてた話と違うんだけど?』
『違いますよ。テレパシーの応用でわかるようになるんです。まあ、怒りとか簡単なものならわかるかもしれませんが。素人のあなたではまだ無理です。もしかしたらずっと無理かもしれません』
『なんでだよ?』
『あなた、感受性が死んでるんです。初心者でも普通は気づく感情に全く反応できていません。現にこの探偵あなたにばれたくないことがあるようですよ?』
『マジか』
『ええ。たぶんビルについてですね』
『ちょっと聞いてみる』
「その侵入するビルというのは?」
「東京エクストラバガンザタワーというタワーマンションだよ」
「聞いたことないですね。というより侵入するのマンションなんですか?」
「あー。やはり気になるよね?」
「もちろんです」
報復のためなら建物を水没させることぐらいはするが、積極的にそうしたいわけではない。タワーマンションなんて金持ちが住んでるところに侵入は多大な恨みをかいそうで遠慮したい。
「……ここからは依頼に直接関係する内容なので話せないな。依頼者に確認をとって後日また改めて話をさせてもらってもいいかな?」
「……ええ。構いませんよ」
最初から話す許可をとっとけよ。
『あなた勘違いしてませんか? これはおそらくわざとですよ?』
恵空からテレパシーがきた。どういうことだ? よくわからないがとりあえず時間稼ぎをしつつ聞こう。
「いや、しかしこうして飲むコーヒーは格別ですね。普段は自分で淹れることなどありませんから」
『おそらくあなたとこうして話すのが目的です。感情を読んでいるのでそう外れていないはずです』
『そのあとの目的は?』
『そこまではわかりませんね』
「そうかい? よろこんでもらえてよかったよ。でもせっかく来てもらったのに話が進まなくて申し訳ないね。そうだ。お詫びと言ってはなんだが、僕に依頼してみないかい? 探してほしい人とか物はない?」
『申し訳なさは感じません』
『わかった』
この探偵の目的はなんだ?
「うーん。まずそれってどんな条件で探せるんです?」
「そうだね……まず、探してほしい対象の写真などがあれば探せるね。無くても現実にちかい絵などがあれば探せる」
「じゃあ姿が変わってしまうような大昔の写真があっても人探しは無理ってことですか?」
逆に言うと今の姿がわかれば探せるってことか?
『恵空。一応催眠の準備しといて』
『はーい』
「そうだね。だから行方不明になった人だと時間がたちすぎると無理だね」
「じゃあ、今後いつでも俺を探そうと思えば探せます?」
これが気になる。俺の居場所を把握されるのもまずいし、トライクもどきによる超高速移動が可能なのも知り合った馬鹿りのヤツに知られたくはない。
「……あー。確かにそうなるね。だけど君の居場所を特定しようとか全然思ってないよ!」
『本当みたいです』
『ならとりあえず催眠はなしかな』
『わかりました』
「ならなんで俺に会いたがったんです? 依頼者に俺に話す許可を得ていないのはわざとですよね?」
恵空に言われないとわからなかったが、自信満々に言う。……彼女にこっそり答え教えてもらっておいて、ドヤ顔で回答するみたいで嫌だな。そのとおりだが。
「……わかるかい?」
「ええ。なにが目的だったんです?」
ここでなんでわかったかは言わない。ボロがでちゃうからな。
「……君の経歴や外見が不明なのが興味があったんだ。僕は人を探しているんだが、そいつも外見が不明でね。それに超能力者だし、なにか知らないかと思ってね」
「最初から聞いてくれればいいのに。とりあえず、俺はボッチなので知り合いなんていませんよ?」
「いや、そいつは秘密主義だから知り合いがポンと話すわけないと思っていろいろ聞こうと思ったんだ。まあ、知らないならいいんだ。あとでそいつの情報を送るからもしなにかわかったら連絡がほしいんだ。お礼はいくらでもだすから」
『かなり真剣に言ってますね。今までの話に嘘はありませんでした』
「わかりました。だけど姿がわかれば絵だろうと探せるんですよね? ってことは姿とかはわかってないんですよね?」
「うん。君も一般人が認識できなくなるバッジをもっているよね? あれの強力な亜種みたいなものがあって、そいつに会ったはずの人物も姿を覚えていないんだ。だからやつの姿を覚えられる可能性のある超能力者の知り合いがほしかったんだ」
「成程。そいつの件は覚えておきます。では今日はこれで失礼しますね」
「うん。よろしくね。では、また後日連絡するよ」
こうして探偵事務所をあとにした。
リーゼンに連絡する。このあと一緒にシェル先生のところにいく約束なのだ。前の病院のところから、かっぱらってきた医療品の整理など引っ越しの手伝いだ。
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