第20話 勘違い

 そういえばあんだけ叫んだのに喉痛くないな。


「なあ、もしかしてさ、肉体強化で喉も強くなってる感じ?」

「ええ、そうですね」

「すごいな。全然痛くならないわ」

「むふん。のど飴があるからすぐ治りますが、痛くならないに越したことはことはありませんからね」

「そうだな。のど飴と言えばエクトプラズマ・ギャラクティカはすごい味だったな」

「気に入ってましたね」

「ああ」


 エクトプラズマ・ギャラクティカの名に恥じない宇宙的な味だった。……しかし俺もよく食う気になったな。

 味的にはピーチが好きだったんだが。ん?

 ピーチ……ピンク……ゾンビ……先生。嫌な想像が襲い掛かってくる。


「どうしたんです?」

「ちょっと待って。考えたいことがある」


 色々と言動を思い返してみるが、さっき気づいた考えを否定できる要素がない。そして証拠集めも無理だ。これは本人に直接確かめるしかない。そして、これは想像が当たっていたら、聞かないといけないことだ。


 下手の考え休むに似たりと言うが、考えなければ下手のままだ。そして似ているだけで違うのだ。その違いは誤差だろう。だが時間は誤差を格差にする。先祖が少しばかり活躍したからといってその子孫が絶大な財産を持つように。なのでここで考えて誤差をなくさないといけない。それが決定的な差になってしまう前に。


 嘘がつけないようにテレパシーで恵空に話しかける。


『間違ってたら申し訳ないんだけどさ』

『なんです?』

『病院のゾンビのこととかさ、あらかじめ知ってた?』


 そう聞いて恵空から伝わってきたのは怒りでもなく、焦りでもなく、歓喜だった。


『正解です! よくわかりましたね! なんでそう思ったんです?』


 嫌な想像が当たりやがった。いやむしろ今気づけてよかったのか?


『きっかけは飴だな。それで違和感が解けた』

『違和感ってなんです?』

『シェル先生が無事だった理由だ。あれが御神籤のおかげだと色々おかしなところがあるんだ。俺は御神籤を貸してもらってゾンビをシバいてみたんだが、あまり効かなかった。むしろ塩の方がよく効いた。そんな御神籤が集まっただけでゾンビどもが近づけなくなるようになるのか疑問だった。だが実際シェル先生は部屋にいるときゾンビが近づけずに無事だった。あのときは御神籤が集まると相乗効果がすごいんだなとしか思ってなかった』

『それが違和感ですか?』

『いや、違和感はそのあとだ。ゾンビで一人だけ無事だった紫パンツは、帰り際、普通に俺達と一緒にいたんだ。御神籤はシェル先生が全部回収したのに、だ。もし御神籤のせいでゾンビが近づけなかったのなら、俺たちがシェル先生のところへ行く前と比べて明らかに御神籤の効果が落ちてる』

『成程。あなたは先生が無事な理由が御神籤というところに違和感を覚えたんですね?』

『ああ。そしてさっきの飴だ。確か恵空はエクトプラズマ・ギャラクティカを初めて出したとき言ってたんだ。ってな。驚いたからよく覚えてる』

『成程。御神籤より強力な効果をもつ塩を作れる私の作った飴なら先生が無事の理由になりますね。でもあなた、先生に飴渡したんですか?』

 先ほどから答え合わせをするように恵空が確認してくる。相変わらずなぜか喜んでいる。

『いいや。だけどリーゼンには渡した。レッグホルスターを買いに行ったとき、いくつもな。そこからシェル先生に渡ったんだろう。あの効き目だ。先生が予備を欲して当然だ。でさ、問題なのが、思い返してみればレッグホルスター買いに行くのに付き合うことも、俺が飴を持っていくのも、その飴を渡したのも、全部恵空に誘導されたからだ』

『よく覚えてますね』

『ああ。わざわざ買うものもないのに行きたがり、やけにシェル先生に優しいなと思ったからな。よく覚えてるよ』

『ふむふむ。確かに、あとから見れば先生に飴を渡したいともとれますね』

『まあ、これがシェル先生が無事だった理由かな』

『でも、それで私がさきに知ってたって思います?』

『いや、それだけじゃ思わない。恵空があらかじめ知っていたって思った理由は、これともう一つの違和感からだ』

『なんです?』

『山奥の研究所での襲撃のあと、俺達を二人で病院に向かわせたことだ』

『私は後始末しなければならなかったので仕方ないのでは?』

『そうだな。でも俺にどんな危険があるかわからないからと言って俺についてきてた恵空が、俺と別れて残ったのに違和感がある。あそこで俺達が急いだ理由はシェル先生の安否がわからなかったからだ。これは恵空が一人残って俺を危険にさらす理由にならない』


 一緒に行動しているからわかる。恵空は俺以外にはかなり興味が薄い。少なくとも俺と比べて圧倒的に薄い。


『そのとおりですね。確かに言われてみればおかしいです』

『ああ。だから行かせてくれたのはと思ったんだ。相手がゾンビなら特効アイテムの塩があるしな』


 どんな危険があるのかを知っていたら、俺と離れていても安心できるはずだから別れたことも納得できる。


『それとターボ婆さんと児啼爺ですね。あの二人ならあなたが怪我を負うことはありません』

『それもあったな。ところでいつから知ってたんだ?』

『あなたがシェル先生にあった次の日には知ってました』


 そんな前からなのかよ。


『どうして?』

『あなたに関わりのある場所は調べるに決まってますよ?』

『じゃあ、それを俺に教えてくれなかった理由は?』


 そこがわからない。これが聞くしかないことだ。


『あなたが超能力を鍛えると言ったときに言いましたよ?、と』


 俺を鍛えるために黙っていたってことか?


『それ理由になってなくないか?』

『知らない方が対応力も着きますし、なにより真剣になりますからね。実際ゾンビを一網打尽にしたズルズル攻めには確かな進歩を感じました』

『ただズルズル出しただけだぞ?』

『なに言ってるんです? 出す早さが尋常じゃありませんよ? 病院の研究所をたった数時間で水没させたんですから』

『……確かに冷静に考えたら阿保みたいな量と早さだな』

『そうでしょう? あとついでに言うならチワワに襲われるのも知ってました』


 おっと流せないような衝撃の事実の告白!


『なんだと!? それはいかんだろ!? 本気で怖かったぞ!』

『まあ、たしゅけてって言ってましたからね。ぷーっくすくす』

『思い出し笑いしてんじゃないよ! これはちょっとごめんじゃすまんぞ!』

『でもちゃんといつでもチワワ始末できるように超高高度から狙撃準備してましたよ?』

『そうなの?』

『当たり前じゃないですか。危険にさらしはしますが、本当に怪我はしないように最大限気をつかってますよ』


 そうか。危険は教えないが保険はしっかりかけていると。


『そうかそれはありがとう。だがそれはそれとして許せないものがある』


 だが許せん。あれは本当に怖かったので、いくらフォローする準備が万端でも許容範囲外だ。


『むー。本当にお怒りのようですね。わかりました。今度から危険なことは言いますし、なにかお詫びをしましょう。なにがいいです?』

『触――』

『触手つけてほしいとかエロ系はダメですからね?』


 先手を打たれた。これは、どうすればいいんだ?


『……なあ、エロ系以外思い浮かばないんだけど』

『なんでですか? 色々あるでしょう?』

『だってさ、恵空のおかげで衣食住に不満はないし、娯楽はまだまだあるし、あとはなにが足りないんだ?』

『意外と欲がないですね。でもなにかあるはずです。さあ、頑張って考えてください』


 不満か、今まで不便を感じたこと……そうだ。


『んー、じゃあバイクとかどうかな? 足あったら便利だし』

『確かにリーゼンと一緒に行動するなら持っていた方がいいですね』

『それに二人でデートに行くときに使えるだろう?』

『ほほう! 確かに。しかしお詫びの品で私に利益を提供してくるとは! これはポイント高いですよ!』

『なんのポイントだよ?』

『好感度ですよ。好感度』

『今どのくらい?』


 なんとなく高いとは思う。テレパシー使えるようになってから好意とかわかるし。


『貴方の好感度は五十三万です!』

『宇宙の帝王の戦闘力みたいだな! 他のやつらの好感度は?』

『んー。難しいですが、五に届かないくらいでは?』

『好感度がゴミ以下! テレパシーで真剣に言ってるから冗談じゃないとわかるけど、わかるぶん怖いな』

『さて、私の重いが伝わったところでバイクどうします?』

『なんか誤字があったような、意図したとおりのものだったような、そんな判定に困るものがあったな』

『二人乗りできるのが良いですよね』


 聞いちゃいない。だがどうしよう。俺は車の免許はもっているが、二人乗りできるようなバイクの免許はもってないぞ。……そうだ。


『じゃあトライクはどうだ?』


 これなら条件に合っているはずだ。


『なんですそれ? ちょっと調べてみますね……ふむ……ふむ! いいでしょう。最高にイカレた性能のトライクもどきを提供してあげましょう』

『空とか飛べるようにするとか?』

『基本ですね。任せてください』

『冗談で言ったら基本だと返されたんだが。どんなものが出てくるのか不安なんだけど。盗難対策は万全にしてくれよ?』

『ご安心を。家と同じクラスの防犯性能を保証します』

『お前家になにやった!?』

『防犯装置つけてるだけですよ? ゴリゴリに』

『そんなの見えないけど?』

『ちゃんと透明にしてありますよ』

『そんなことできるんだ。あの、本当事前連絡とか本当に忘れないでね?』

『わかりました! 宇宙戦艦に乗った気分で任せてください』


 しかし鍛えるためとはいえ危険を知ってて放置されるのは困るな。結果的に確かに無事だったので、改善されるかあやしいものだ。


 それに気づいたのは大学へ行くためにマスクを探していたときだった。


「恵空。俺のマスク知らない?」

「え? まだつけるんですか? もうテレパシー使えるんですからつける意味ないですよね?」

「そういえばそうか」


 もうテレパシー使えるからマスクは必要ないか。なにしろ恵空とのテレパシーは妨害されることがないらしいから……ん?


「なあ。おかしくないか?」

「なにがですか?」

「マスクだよ」

「どこがですか?」


 これはとぼけてるのか。それとも本当にうっかりしているのか。いや、うっかりはないな。ここは嘘がつけないようにテレパシーだな。


『……忍者のマスクがさ、性能というか説明がおかしいんだ。なんで霊障で通信が妨害されたんだ?』

『……おかしなことを言いますね? 霊障とは通信が妨害されるものなんですからなにもおかしくないですよね?』

『じゃあ、使? あれは元々他の忍具と同じで思念波で使うものなんじゃないか?』

『それは普段から思念波を使うのは負担になるので、思念波を使わない通信の方が疲れないでしょう?』

『そうだな。でも思念波による使い方を説明していなかったのはなんでだ? はっきりと聞くぞ? #俺にテレパシーを使いたいと思わせるためなんじゃないか__・__#?』


 あのゾンビのところでマスクが問題なしに使えていたら、チワワの件でテレパシーの重要性に気がついてもマスクを持っていればいいと思ったかもしれない。

 しかし、病院の研究所でマスクの通信は妨害されることがあると強く記憶に残った。だがこれはおかしい。いくら恵空が病院の研究所の状況があらかじめわかっていたとしても、通信が使えないのは危険だ。そんなことをしても俺を危険にさらすだけで、鍛えることにはならない。実際、すぐに通信できるようにしていたし。


『……ばれてしまいましたか? そうです。あなたにはテレパシーを習得してほしかったんです』


 やはりそうか。だがなんでだ?


『そんなの言えばいいじゃないか? そっちの方が便利なのはわかってるんだし』

『そうですけど、最初の頃は飴玉一つで警戒していたんですよ? 宇宙青汁飲んでくれると思えなくて……』

『成程。確かに。……そもそもなんでそんなに俺にテレパシーを覚えさせたかったんだ?』


 なにか意味があるのか? テレパシーができることになんの意味が?


『日本で結婚指輪というものがあるそうですね』


 話が飛んだ。だが嫌な予感はする。


『確かにあるけど、それがどうしたんだ?』

『ムラムラにはそのような風習はありませんが、別の風習があるんです』

『……話の流れでいくと、テレパシーが関係あるのか?』

『そうです。まあ、結婚というより家族になるという意味合いが強いのですが』

『どういうことだ? テレパシーは指輪みたいにものじゃないし』

『「繋がり」です。テレパシーを妨害されないように「繋がり」を作りましたよね? 私達ムラムラにとって、「繋がり」があるのは家族の証になるんです』

『お前本当に大事なこと言わないな!?』

『ごめんなさい』


 素直に謝ってきた。めずらしいな。……だが、ムラムラにとってそういう意味があろうと『繋がり』を作ることを了承したのは俺だし、不利益になるわけでもないから、いいか。


『まあいいが、なんでそんなに「繋がり」を求めるんだ? 家族の証になるといっても、それがあることによって今までとなにか大きく変わるか?』


 変わらないと思うんだよな。


『……確かめたかったんです。あなたにどう思われているのかを』

『ん? 感情は読めるんだよな? じゃあ、わかってるんじゃないのか?』

『おおざっぱにはわかります。でも細かくはわからないんです。ですが「繋がり」があれば細かくわかります。なので、あなたに怖がられていないか不安で、少しでも早く確かめるために「繋がり」を作りたかったんです』


 なんでそこまで怖がられてないかを気にするんだ? ってそういえば苦手なことが怖がられることだったな。

 言っていることが本当なのは伝わってくる。それにしても気にし過ぎだと思うが。


『成程な。……しかしそんなに怖がられるのが苦手だったんだな。ボッチにはよくわからん感覚だな』

『……そういえば詳しく話していませんでしたね。今あなたは、ボッチにはわかんないと言いましたが、ボッチでもこの感覚はわかりますよ』

『え? そう?』

『ええ。私がボッチでしたからね。というよりムラムラは大抵が幼少期はボッチなんですが』

『あ、そういえば怖がられている種族なんだっけ?』

『ええ。ムラムラの生態により大半のムラムラは幼少期に同胞がいません』

『旅に出て伴侶を探すんだからそうなるか』

『はい。そして私の場合は周りに怖がられていました。当然話しかけられる人もいなくてボッチです。まあ正確には遠くのムラムラの同胞とは連絡をとっていましたから友人がいないのとは少し違いましたが』

『地球で言うと学校のクラスに友人はいないが、ネットの友人はいるみたいな感じか?』

『ええ。それが近いです。でも、だからこそ、余計に憧れたんです。友人とリアルで遊びたいと』


 成程。恵空はボッチだったのが嫌だったのか。だが俺に恐がられていないか気にしていたと言ったときほどの感情は感じられない。


『そういえば今思い返してみると、恵空は「なにかをして仲を深めよう」的なことは言っても具体的な提案はゲームとかだったな? てっきり俺に合わせてくれているんだと思っていたが、それ以外知らなかったってオチか?』

『実はそうなんです』

『親近感がわいたぞ』

『ありがとうございます。うれしいけど悲しい複雑な気分です』

『ん? でもそれは怖がられてボッチになったから、怖がられるのが苦手になったってことだよな?』

『そうです』


 だがそれでは違和感がある。恵空からの感情の大きさだ。


『いくら怖がられるのが苦手といっても恵空の感情を読むと不安が大きすぎる。実際ボッチだったときの話をしているときと俺に怖がられていないか不安だって話してるときだと、感情にかなり違いがあったぞ? なんでだ?』


 他になにか理由があるはずだ。


『それはそうななりますよ。あなたは初めてできた、好きな人ですからね。不安に思うのも仕方ないでしょう?』

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