第19話 変身願望

 後日。


「で? 結局あのチワワはなにが目的だったの?」

「どうやらあなたたちが襲われた研究所と取引をしていたことを隠したかったようです」

「あー。データよこせってそういう意味か。それで俺襲ったのかよ。相手間違えてるじゃん」


 研究所のデータは恵空が持っているので俺を襲っても無意味だ。


「まあ、私の存在は知らないでしょうからね。あなたが持っていると思っても仕方ないのでは?」

「まあそうかな? それで、もうチワワ以外から襲われる心配はないのか?」


 あの研究所と取引していたやつが、どのくらいいるかわからないので見当がつかない。


「さあ、どうでしょう? 低いとは思いますが、ないとは言い切れませんね。私達にとって重要そうでないものでも他人にとっては違うでしょうし」

「ま、そうか」

「ええ、なのでパワーアップしませんか?」


 まさかの提案。色々と疑問が出てくる。


「パワーアップとは?」

「病院の研究所といい、今回といいテレパシーなど使えてたらもっと便利だったと思うんですよ。なのでテレパシー覚えましょうってことです」

「確かにそうだけどさ。まず俺にテレパシーって覚えられるの?」

「できますよ」

「ならもっと前から言ってほしかったな。あれば便利なのわかってるんだし」

「でも実験せずにおこなって不具合がでても困りますよね?」

「不具合ってなに?」


 不穏な単語が出てきた。


「発狂したり、わけわかんないことを言いだしたりします。俗に言う電波受信しているような感じですね」

「成程。それは困るな。絶対に困るな。……安全なの?」

「安全を確立するための実験ですよ」

「さっきから気になってたけど、その実験どうやったの?」

「もちろん人間に試してテレパシーができるようになって副作用がないか確かめましたけど?」

「その材料はどこから調達してきたの!?」


 罪のない人間さらうのはいかんぞ。


「山奥の研究所で黒服さん達が大量に手に入りましたよね?」

「あー。ならいいや。それで大丈夫だったんだよな?」


 あいつらならこちらを殺そうとしたのでなにしてもいい。


「当たり前です。でなければあなたに勧めてませんよ!」

「わかった。じゃあテレパシー使えるようにしてくれ」

「はーい。じゃあこれ飲んでください」


 発光する液体を渡された。なんか思ってたのと違う。もっとこう、漫画でにでてくる気の習得みたいに恵空にテレパシーの方法を教えてもらえるのかと思ってた。てか色が不気味だ。


「なんか青く輝いてるんだけど。ブルーハワイじゃないよな?」

「大丈夫です。味もブルーハワイではありませんが、調整してあります。しかも肉体とかも強化される優れものです。名付けて宇宙青汁です」

「効果は凄そうだけど、青が本当の青なんだよな。あと美味しくなさそうだな」


 ここでぐだぐだ言ってもしょうがないので一気に飲み込む。考えてみれば飴玉も正体不明なまま食べたので、今更って感じだ。


「おー。意外と一気に飲みましたね」

「んー。美味くはないが不味くもない。……で、これでテレパシー使えるの?」

「いいえ。それだけでは使えるようになりません。VRマシンを使います。さ、行きますよ」

「わかった」


 成程。VRマシンで教えてもらえるのか。VRマシンへ移動して座る。このマシンはよく使っているので慣れたもんだ。


「じゃあ、いきますよ?」

「おう……え!?」


 てっきりVRで練習してテレパシーを習得するのかと思ったら違った。

 返事をするといきなり手足を拘束され、ヘッドギアから強い光が照射される。次の瞬間

「ぎいいやああああ!!」

 頭が割れそうに痛む。頭の中で爆発が起こっているみたいだ。いや、工事現場みたいに掘削されてる方が似ているかもしれない。


「恵空! これ副作用でてない!? めっちゃ痛いぞ!!」


 痛みの中なんとか恵空に助けを求める。これ絶対大丈夫じゃない痛みだよ?


「大丈夫です。痛いのは想定内です」

「聞いてないぞ、おい!」


 どういうことだ、と続けようとしたが痛みで言うことができなくなる。そして痛みに耐えるために食いしばろうとして気づく。

 頭だけでなく顎も痛い。というより体全部に激痛が走っている。霊気を極限まで凝縮したエネルギーの玉を心臓にくらったみたいだ。俺は一体なんの波動拳の継承者にされるんだ?


「もう少し我慢してください。ひっひっふーの呼吸です」


 我慢してくださいというが、こちらは動けないので我慢するしかない。あとなんでラマーズ法を言うんだよ? ……くそっ、痛みでツッコミのキレがない。

 時間がどのくらい経ったかわからないがようやく痛みが引いてきた。


「はい。もういいですよ。お疲れ様です。無事終了です」


 そう恵空が言うと同時に拘束が外れ自由に動けるようになる。

 体が自由になるとふつふつと怒りが込み上げてくる。よくもやってくれたな。痛いなんて聞いてなかったぞ。

 急いで出ようとすると、入り口に肩をぶつけてしまう。怒っているせいかあまり痛くない。VRマシンから出て、恵空に声をかけようとして気づく。


「なんか縮んでない? ダイエットした?」


 明らかに恵空が小さくなっている。


「逆ですよ。あなたが大きくなったんです。あとダイエットで縦は縮みませんよ」

「は?」


 言っている意味を受け止めきれずに洗濯機兼箪笥に備えつけられている鏡を見る。そこには筋骨隆々の巨漢が立っていた。これが俺か? 顔も俺に似ているが違う。こんなにいかつい顔はしていないはずだ。人を食い殺しそうな凶悪な顔をしている。だるんだるんだった部屋着もぱっつぱつになっている。

 俺、べつに蟻を殺すためにどうなってもかまわないとか思ってないんだけど。ハンターじゃないんだけど。


「なんじゃこりゃあああああ!!」

「お腹撃たれました?」

「腹撃たれたのより衝撃だわ!! なんなのこれ!?」

『テレパシー使えるようにするついでに強化しておきました』

『こいつ、脳内に直接!?』


 恵空がテレパシーで語りかけてくる。なんだか奇妙な感じだが自然とテレパシーが使えるようになっている。


『使いこなせているようでなによりです』

『ああ。それで色々聞きたいことがあるんだが?』

『でしょうね』

『まず、なんで痛いの黙ってたんだ?』

『黙っていても痛みは変わりませんからね。不安な思いをしない方がいいかな、と』


 テレパシーのおかげで嘘を言ってないことがわかってしまう。これでは責めづらい。


『次からは痛いとわかってるときは言ってくれ』

『はーい』


 返事はいいんだよなー。


『で、この姿はなんだ?』

『身体能力など肉体を強化した結果の姿です。あと超能力で更に強化もできますよ? ナイスバルク!』

『なんてことしてくれたんだ!? 大学とかどうすんだよ!? いきなり背が伸びてマッチョになってたら怪しまれるなんてレベルじゃないぞ? しかも顔変わってるし!』

『安心してください。元に戻ろうと思えば戻れますよ?』


 嘘でしょう? とりあえず試してみる。……本当に縮んだ。鏡で見てみると、たしかに元に戻っていた。


『……本当だ。これどうなってるの?』

『流石にいきなり姿が変わってはおかしいのはわかってますからね。仮の姿と真の姿。二つの姿をとれるようにしたわけです。一つの人格で、娘を殺そうとするマフィアのボスみたいなことができるようになったと思ってもらえればいいです』

『事前に言えや!』

『姿をコントロールできるのでなんら不都合はないのでいいかな、と』

『不都合なくても事前に言えや。ボスだって変わる前に電話かけるだろう?』

『確かに。次からそうします。……ちょっと怒っているようですが、これを聞いたら怒りが吹き飛ぶと思いますよ?』

『なんだよ? テレパシーと肉体強化以外もなんかあるの?』

『ええ。喜んでくれると確信しています』

『なんだよ? マジで楽しみだな!』

『パンツの中、大丈夫ですか?』


 なに!? 急いでパンツの中に住まう我が相棒を確認する。


『は? はああああああ!?』


 馬鹿な。我が相棒が#大丈夫__ますらお__#と化している。俺の相棒はもっとつつましやかな草食系男子だったのに。


『大丈夫でしたか?』

『ああ! なんてことしてくれたんだ!? 全く!』

『喜んでますね』


 テレパシーは不便だ。怒りが霧散したことが伝わってしまう。


「さて、これでテレパシーが使えるようになったので『繋がり』を作りましょう」


 あ、テレパシーから普通の会話に戻った。


「繋がりってなに?」

「繋がりを作っておくと、テレパシーを妨害する方法があるのですが、それをされてもテレパシーが使えるようになります」

「成程。確かにそれは作っておいた方がいいな。だが痛くないだろうな?」


 さっき不意打ちをくらったので警戒してしまう。


「大丈夫です。痛くないですよ。では、始めますね」

「いいけど、俺はなにすればいいんだ?」

『テレパシーを発するのではなく、触手をのばす要領で私に使ってください』


 言われたとおりにやってみる。すると、確かに恵空へとなにかがのびているような感覚がある。同じ様に恵空からもなにかがこちらにのびて、二つがつながる。


『こうか?』

『そうです。あとは、あなたはこのままで大丈夫です。ここからは私に任せてください』

『けっこうやることないいだな。わかった』


 言われたように恵空に任せる。ふわふわとした繋がりがだんだんとしっかりしたものに変わっていく。やがて歯車がかみあったようにガッチリとした繋がりが感じられるようになった。『繋がり』と言われる意味がわかるな。


『むっはー! 終わりましたよ。できました』

『なんか大喜びしてない?』

『まあまあいいじゃないですか。これでテレパシーが妨害されることはありません。いつチワワに襲われても大丈夫ですよ!』


 もうチワワに襲われたくないんだけど。

 まあ、喜んでるならいいか。

 しかし、肉体をこんなに簡単に変化させられるんだな。驚きだ。……あ!


「な、なあ!」


 いいことを思いついたので恵空にお願いしてみる。


「どうしました?」

「肉体改造できるんだよな?」

「まあ、できますけど。なにかご希望が?」

「触手って生やせるかな?」

「はあ?」


 おっと、変質者を見るような目で見られた。だがそれは誤解と言わざるをえない。


「いや違うんだ。そんな大量じゃなくていいんだ。なにも触手クリーチャーにしてくれとは言ってない。一、二本生やせないかなって聞いてるんだ」

「どんだけ触手好きなんですか!?」

「違うよ? 決してエロ目的じゃないよ? ただ、ほら第三の手とかあると便利そうじゃん?」

「私が感情読めるって忘れてませんか?」


 テレパシー本当不便だわ。いや、感情は元から読まれてたわ。


「くっ! 無念!」

「えー。結構本気で言ってますね」

「それで、できるの? できないの?」

「できませんよ。大きく体の構造を変えることはできません。できたらムラムラの生態いらないでしょう?」


 そうか。そういえば恵空の種族は多様な姿になるため一旦蛹形態になるんだから、俺が簡単に姿大きく変更できたら蛹形態の意味がないのか。


「成程。じゃあ、触手っぽい尻尾生やせないかな? 人間に尻尾の名残あるからさ、それなら可能性ない?」

「えー。触手生やした過ぎでしょう。なにが貴方をそこまで駆り立てるんです?」

「恥ずかしい話、性欲……かな」

「本当に恥ずかしい話! そうでしたね。エロ目的ですもんね。というよりエロ目的の時点で私が協力するってありえませんよね? 逆写像さんが金色の魔王の力を借りずに赤眼の魔王を倒せるレベルの話ですよ?」

「まかり間違って自殺するレベルなの? そんな酷くないだろう? 一本だよ?」

「一本でも嫌ですよ。第一エロ目的以外なにかあるんですか? あるなら一考しますが」

「純度百パーセントのエロ目的だな」

「じゃあダメです」

「……分かった。諦めるよ」


 こうして俺の野望は潰えた。

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