第18話 危険

 帰り道。俺は一人で帰っていた。恵空が『おかえりなさい。お風呂にします? ご飯にします? それともわ・た・し?』の定番やりとりをしたいというので、さきに帰ってもらった。

 帰っているうちに、薄暗くなってきた。

 ふと前を見ると異様な光景が目に入った。明らかに堅気でないヤクザみたいな男が道の真ん中で仁王立ちしている。格好は半ズボンにタンクトップという組み合わせにサンダルといった、この季節に似つかわしくないものだった。


「やっと見つけたぞ。お前だな? 運び屋は」


 なんで見たことない男が俺のことを知ってるんだ? とりあえず誤魔化すか。


「あの、人違いです。僕に心当たりはありません。貴方に渡す服なんて持ってません」

「服が届くの待ってんじゃねえよ! 馬鹿が。俺を普通に認識できてる時点で一般人でないことは確定だ。そんで――」


 そう言いながら男がどんどん毛深くなっていく。


「匂いからお前が目的のヤツだってことはわかってんだ。早いとこデータを渡した方が身のためだぜ? 人狼である俺様の戦闘力はわかるだろう?」


 爪は鋭くなり、姿勢は前傾気味。口は大きく裂け、ノズルが長くなり、間から牙が見える。目はギョロリと大きくなりどこを見てるのか分かりずらい。それが自分とは違う生き物なのだと訴えてきて気持ち悪い。

 その異様な光景に俺は、声が

「人狼てか人チワワじゃねえか!!」

 普通にでた。チワワなので全く怖くない。いやギョロっとした目は気持ち悪いが。


「てめえチワワ馬鹿にすんじゃねえぞ!!」


 そう言って猛スピードで近づいてくる。まずいな。今攻撃手段が投げしかない。しかし至近距離だと爪や牙が怖いので近づきたくない。しかも俺より力が強そうなので掴まれてもまずい。俺の能力はダメージを受ける前に吹っ飛べるので、殴られるのは平気だ。しかし掴まれたら力はそのままなので、普通に痛い。

 とりあえず俺とチワワに能力を発動。俺にはいつでも能力の発動が出来るが、チワワに対しては離れられると発動できないからな。近くにいるときに発動しておくことにする。解除のタイミングは考えてしないといけない。


「ちっ、なんだこりゃ。体が軽い?」

「頭の中みたいにか?」

「ああん!?」


 チワワが殴りかかってくる。やっぱコイツ俺の能力は知らないな。殴られ吹っ飛んでいく俺に向かってチワワが跳躍する。


「なんだこりゃ」


 さっき殴られたときにチワワに全力で能力を発動しておいた。一旦跳んだチワワはふわふわと浮いて、なかなか降りてこれなくなる。

 この隙に逃げよう。今の手ぶら状態で勝てるとは思えない。

 くそっ、なんで恵空はここにいないんだ。せっかく手ぶらという単語が出てきて笑いを挟めるタイミングだというのに。


「このまま逃げられると思ってんのか? 甘いぜ! ウォォォォン!!」


 チワワが上を向き、遠吠えをする。……なにしたいの?


「いい声だな。負け犬の遠吠えって言うんだっけ?」

「くそが! じゃあこれならどうだ!? ウォォォォン!!」


 嘘でしょ? チワワがタンクトップを脱いで前で広げる。そこにチワワが遠吠えを発するとチワワが物凄いスピードで下に降りてくる。たぶん遠吠えのときに出す息を推進力にしたのかな? くそっ、どうすればいい。


「お前歯磨きしてないだろ? 息超臭いぞ」

「ぶっ殺してやらあ!」


 とりあえず煽ることしか思いつかない。

 さきほどと同じように俺が跳び、チワワも後に続いて追ってくる。

 俺はスピードが落ちてきたところで、チワワの方に向きポケットから小銭を取り出す。前に出し、小銭にかかっている能力を解除して蹴る。すると小銭はチワワの方向に、俺は逆方向に飛ぶ。これで距離が少しでも稼げる。

 チワワはまぬけにも小銭を手で払いのけようとして後ろに飛んでいきやがった。今の自分の重さを忘れてたみたいだ。アイツやっぱ馬鹿だわ。

 でも残念ながら俺も馬鹿なんだよな。逃げるのにいっぱいいっぱいで大学の方に向かってしまっている。

 アイツの遠吠え移動がないなら大学に行くのは良い手だと思うんだが。

 てかチワワのくせにあんな勢いの風の息出せるとか予想外だわ。いや確かに最初に人狼とか言ってたから狼っぽいっちゃぽいんだけど。

 ん? 大学に行くのはいいかもしれんな。運によるけど、うまくいけば逃げ切れるかな?

 よし、このまま大学に向かおう。

 チワワのことを確認しつつ大学に向かっていると、チワワが仕掛けてくる。



「これで捕まえてやるぜ! ウォォォン!」


 なにをするのかと思えば遠吠えをし、こちらに向けて突っ込んでくる。当然タンクトップを前に構えているので俺をまともに見ることはできない。俺がチワワに有効打を与えられないと思ったのか、かなり大胆な移動法だ。正解。だがそれは悪手だ。


「下手の考え休むに似たりって知ってるか?」


 俺はチワワの前にいるので遠吠えをうけてチワワから見て前に吹き飛ぶ。結果的にさらに距離が稼げた。


「チクショオオオ!」


 チワワがどこぞの太夫の真似をしている内に、さっきからひらひらしてうっとうしい上着を脱いで脇に挟んでおく。後ろから掴まれてもまずいしな。





 大学で向かうのは最も高い建物の屋上。チワワが遠吠えできなくても来ていたかもしれない場所だ。屋上に上がって飛び降りることを繰り返せば時間稼ぎになるだろうからな。

 この建物は四角ではなく出っ張っている部分があるので、壁蹴りを繰り返せば簡単に外から屋上に向かえる。

 そして屋上に着いたと思った瞬間、足が引っ張られた。


「な!?」

「ヒャーッハー! ようやく捕まえたぞ!」


 下を見ると俺のズボンの裾にチワワの爪が刺さっていた。しまった。上るのに必死で後ろの確認がおろそかになっていた。

 だが、あと少しなんだ。ズボンが引き千切れても構わない。そう思いながら全力で足を踏み出す。


「『ブッ!』 あっ!」

「くぁwせdrftgyふじこlp」


 しまった。食後に運動して、さらに腹に力を入れたから屁が出てしまった。屁を喰らったチワワはもがきながら落ちていく。

 うーむ。それにしてもなかなかにスパイシーなものをかましてしまった。昼に食べたキーマカレーのせいかな? いや、昨日のガーリックステーキのせいかもしれん。

 よし。この技は風遁・万堕夢マンダムと名付けよう。

 そういえば呑気に技名なんぞ考えている場合じゃない。早くやらなければならないことがある。目的の一辺に走りこむ。そこから下を見下ろす。望んでた通りになっている。ついてるぞ。


「死んだぞテメエエエ!! ぶっ殺してやる!」


 ブチ切れチワワに追いつかれた。これがキレる若者ってやつか。


「おいおいぶっ殺してやるとは品が無いな」

「人に屁をかますやつに品がどうこう言われたくねえわ!」

「おいおい、ここの高さわかってるか? この高さから落ちたら流石に無事じゃ済まないだろう? お前が追いかけてくれば能力解除して大怪我だ。まあ、俺は屁の河童だがな!」


 そう言って自分の能力を解除して建物から飛び降りる。さあ、どうするチワワ? 追ってこれないならそれでよし。ただ、俺は追ってきて欲しいな。


「馬鹿が! 俺様はこんぐらいの高さなら耐えられるんだよおおお!」


 そう言って遠吠え移動でこちらに向かってくる。移動距離を調整するために能力を少しずつ弱める。

 狙いどおり俺の前で遠吠え移動が終わり、チワワがこちらの目の前にくる。このままなにもなければ捕まってしまうだろう距離だ。


 


 


「うぶううううう」


 風を感じると同時に上着をチワワに投げつける。先ほどまで自分のタンクトップで前が見えていなかったチワワは反応が遅れる。俺の上着がチワワの顔に張り付く。これで遠吠えしにくくなるだろう。そしてチワワに能力を全力で発動する。羽のように軽くなったチワワは風にさらわれ吹き飛んでいく。


「今日はパンツよりいいものが見れた。負け犬の顔がな」


 これでチワワはどうにかなったが次は俺のことだ。ここで自分を軽くし過ぎてしまえばチワワと同じようになってしまう。なので風に吹き飛ばされないだけの重さが必要なのだ。しかし能力を発動しないと着地のとき、怪我をしてしまう。なので能力の調整が必要だ。

 だが多少重くてもたぶん大丈夫だ。

 漫画みたいにいけばいいな。そう思いながら木々に突っ込んだ。


 結果は無事だった。今は全速力で家に向かっている。能力を使い一直線に向かっている。チワワを吹き飛ばせたとはいえ、いつ戻って来るかわからないので一刻も早く家に着く必要がある。

 そうして無事に家に着くことができた。やったぞ。家に着いたらこっちのもんだ。

 俺は素早く鍵を開け、家に入る。

 今の俺の姿はさぞ格好いいだろう。不意の襲撃者に毅然と立ち向かい、罠にハメ、見事だし抜いてきたのだから。さあ、これが勝者の凱旋だ!!

 玄関には恵空が待ち構えていた。


「おかえりなさい」

「たしゅけて!!」

「どうしました? 虫にたかられましたか?」

「チワワに襲われたんだ!」

「えー。いくら動物苦手とはいえチワワまでダメなんですか?」


 そこにはチワワに襲われたから助けてくれと恵空に泣きつく俺の姿があった。勝者の凱旋とは?


「違うよ。人狼だったんだけど、犬種がチワワだったんだ」

「なんとなく理解しました。よく無事でしたね」


 ああ。恵空と話していたらだんだん落ち着いてきた。そうすると今度はチワワに襲われたことに対する怒りが込み上げてくる。


「まあな。だが倒せてないから忍者服くれ。今度はぶっ殺してくる」

「殺さないようにしてください。なぜ襲ったのか尋問したいことがあるので」

「わかった」


 忍者服に着替えると今度はこちらから打って出る。


「チワワ狩りじゃあああああ!」

「さっきまで、たしゅけてって言ってた人とは思えませんね」

「さっきと違いフル装備だし、万が一のために恵空もいるからな」


 正直負ける気がしないどころか、苦戦する気もしない。

 クラゲ機械の力を借りてチワワを探してもらう。

 案の定すぐに見つかった。というよりこっちに向かってきてるみたいだ。

 しかし一回逃げられてるのに、一人でまだ向かってくるんだ。アイツも友人いないのかな。


「今ちょっとだけチワワに親近感がわいた」

「なんでです?」

「いや一人みたいだから頼れるヤツいないのかな、と思って」

「まあ、でしょうね。普通襲撃を一人でやりませんからね。でもあなたには私という頼りになる存在がいますよ!」

「わかってるよ。頼りにしてる。だからちょっとって言っただろう?」

「まあ、頼りにしてない人に『たしゅけて』って言いませんよね」

「そのとおりだ。だが『たしゅけて』のことは忘れてくれ」

「あなたとの大切な思い出なので無理です」

「断り方が巧妙だな、おい」


 待ち構えているとチワワが現れる。


「さっきはよくもやってくれたな! てかその格好なんだよ!? ふざけてんのか!?」


 チワワが出会ってそうそう人の服にいちゃもんつけてくる。


「人間には着衣という素晴らしい文化があってな」

「知ってるわ! 俺も服着てんだろ! なんで忍者服なんだよ」

「これは特殊効果があってな。悪臭を防いでくれるんだ。チワワ、お前の悪臭をな」

「悪臭はテメエがさっき屁をかましたからだろうが! 俺様は本気で頭キてんだ。お前の股間を噛み殺してやんよ」

「悪いが勝海舟には憧れてなくてな」

「犬じゃねえって言ってんだろう!」

『世の中に無神経ほど強いものはないとはよく言ったものです』


 チワワがワンパターンに突っ込んでくる。

 なので俺は能力を発動し、空高く跳ぶ。

 学習したのかチワワが一旦俺の後ろに回り込みこちらに向かって飛ぶ。まあ、多少は効果があるかもしれんが無駄だ。

 俺は懐から忍具を取り出す。一つはオクラ苦無。もう一つはタコ足鉤縄だ。オクラ苦無を上に向けズルズルを発射。反動で下に高速移動した。タコ鉤縄は縄の部分を持って鉤になっているタコ足をその場に残すようにする。

 するとチワワが自分からタコ足に突っ込んでくれる。タコ足に絡めとられたチワワに逃れるすべはない。

 そのままチワワを振り回し地面にたたきつける。

 チワワが戸惑っている隙にズルズルを発射。これで万が一にもチワワがタコ足をつかんでこちらにくることもできなくなる。詰みだ。あとはいたぶるのみ。


「ようチワワ。お前そういや挨拶しなかったな」

「あ? なに言ってんだよ?」

「最初にあったときの話だよ。いきなり襲ってきただろう? やっぱ挨拶って大事だと思うんだよね」

「マジでなに言ってんだ?」


 チワワが不気味なものを見るような目で見つめてくる。俺の意図がわからないのだろう。


「だからさ、挨拶だよ。こんにちはの挨拶。言ってみ?」

「っざけんな」

「違うな~」

「んがっ」


 そう言ってチワワを一本背負いのような感じで反対側にたたきつける。それを幾度か繰り返すと素直に言うことを聞くようになる。体を軽くしてるからダメージは少ないだろうが、目は回るからな。


「こ、こんにちは」


 やっと素直に言うことを聞いてくれた。だがそうじゃないんだ。


「ん~チワワっぽくないな。もっとチワワらしさをだせよ」

「んなもんどうやんだよ」

「やっぱチワワだから、ここはひとつスペイン語で挨拶してみようじゃないか」

「知らねえよ……うぉえ」


 目が回ってしんどいのかチワワが吐きそうになっている。


「そうか。なら教えてやろう。スペイン語でこう言うんだ、オラー!」


 そう叫びながらチワワを地面にたたきつける。


「ぐえっ」

「さあ、言ってみろよ。オラ!」


 そう叫びながらチワワを地面にたたきつける。チワワが言う暇もなく連続で。


「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」


 乗ってきたところで恵空から声がかかる。


「ストップです。もう気絶してますよ」

「もうかよ。やっぱ忍具あるとあっけなく終わるな。じゃあ後はよろしく」

「はーい。任せて下さい。ぐふふ」


 尋問は恵空に任せる。聴き終わった後は、なにやら実験するらしい。

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