第14話 異変

 全力で高速道路をかっ飛ばしている。

 リーゼンがバイクを運転しているので、俺が念のためシェル先生と連絡をとろうとするが、つながらない。


「なあ、このあとのことなんだけどよ」


 話していないと落ち着かないのだろう。リーゼンが話しかけてくる。


「なんだ?」

「俺は病院に着いた後は先生を真っ先に探す。手伝ってくれ」

「そのつもりだけど?」


 流石にここで先生を探さないほど薄情じゃないぞ?


「わかってんだろ? 先生が俺たちを罠にハメようとした可能性は消えてねえ」


 そういえば、リーゼンには恵空は嘘がわかるとか、感情が読めるからシェル先生がリーゼンに好意を持ってると知ってるとかは言ってないな。そうなると現在まで音信不通の先生は敵側にいないという客観的証拠はない状態だ。


 それでもリーゼンはシェル先生が味方だと思えるが、俺がどう思っているのか不安なんだろう。ここでシェル先生のことを信じるというのは簡単だが、それだとその言葉をリーゼンは信じきれないだろう。


 恵空の能力を教えれば簡単だが、教える気はない。なんとかフォローしないと。


「そうだな、それでリーゼンはどう思ってるんだ?」

「先生がそんなことするわけねえ!!」

「まあ、シェル先生に惚れてるリーゼンからしたらそうだわな」

「ああ、でもよ……」

「リーゼン、ならお前はシェル先生を信じていろ。俺は疑う。せっかく二人いるんだ。役割分担といこう。そして、先生が裏切ってない前提で動けばいいだろう?」

「……すまねえ。恩に着るぜ。今度酒おごってやんよ」

「悪いが俺は未成年だ」

「嘘だろ!?」

「本当だ。見ろこのピッチピチのお肌」

「忍者服しか見えねえけど?」

「おっとそうだった。てかそんな驚くことじゃないだろ?」

「いや、銃に撃たれるのに慣れてたんでな。てっきり長いことやってんのかと思ってたわ」

 いや初めてだったけど? めっちゃ驚いたけど?

「そうか、ではもっと驚くことを教えてやろう。俺、モテないんだぜ?」

「それは予想通りだわ」

「なん…だと…?」


 そうして話していると、声が聞こえる。


「ひょ~ひょっひょっひょっひょ。待ちな、若造ども」


 ババアだ。まごうことなきババアだ。しかもこちらをいきなり若造呼ばわりする失礼なババアだ。それがバイクについて走ってくる。まさか、これは、ターボ婆さんか? しかもリアカーのようなものを引いていて、そこには仙人みたいな爺さんが乗っている。人力車みたいだ。


 本当なら今は急いでいるので相手をしたくないが、どこぞの頭痛薬よりも優しさで構成されている俺は和やかに話しかけてやる。


「おい、婆さん。ここは車道だ。徘徊なら一つ隣の道路でやりな」

「せめて散歩って言いな、シャバ造! あと隣は逆車線だろうが!」


 ちゃんとツッコミを入れてくる。どうやらボケてはないらしい。

 運転しているせいでよく見えていないだろうリーゼンが聞いてくる。


「こいつらは一体なんなんだ?」

「たぶん婆さんの方はターボ婆さんじゃないか?」

「あの都市伝説のか?」

「ひぇっひぇっひぇ。正解だよ」

「じゃあ爺さんの方はなんだってんだよ?」

「いや爺さんの方は見当がつかない」


 そうして爺さんの方を見るが目が合っただけでなかなかしゃべらない。眉間には哲学者のように深いしわが刻まれている。深い知性を感じさせる瞳は子供の様に澄んでおり、静かにこちらを見つめている。その落ち着いた態度からは、年を重ねたものの貫禄が漂っていた。


 そして今固く結ばれた口を開き、言葉を発する。その言葉はさぞ含蓄あるものであろう。


「……おぎゃあ」

「児啼爺じゃねえか!!!」


 含蓄なんぞなかった。


 冷静に考えればターボ婆さんに引かれている爺になにを期待していたんだ、俺は。


「あんたら、あの研究所から運んでるものを渡しな」

「いや、荷物の受け渡しを拒否されたからなにも持ってないぞ?」

「嘘を言うんじゃないよ! そんなことあるわけないだろう!」

「実際、なにも持ってないじゃないか」

「能力で隠し持ってるんじゃないかい?」


 しつこいな。俺の言葉を信じずに勝手に質問してくるババアに相手をする気が失せる。


「持ってないって言ってるよな? 補聴器をつけ忘れてんのかババア?」


 言い終わるとすぐに恵空に通信をつなぐ。


『恵空、そっちにターボ婆さんと児啼爺が行っても大丈夫か?』

「耳は閻魔様より聞こえてるよ! 失礼なやつだね」


 ちっ。ババアが話しかけてくる。恵空と話す時間を稼ごう。


「あん? なんだって?」

『大丈夫ですが、どうしたんです? もしや襲撃ですか?』

「あんたの方が聞こえてないじゃないのさ若造!!」


 よし。これでもうババアの相手をしなくて済む。


『ああ、もし行ったらよろしく』

『分かりました。安心して任せて下さい』


 時間稼ぎはもう必要ないな。この対応でどうするか決めよう。


「それで、俺たちは荷物を持ってないがどうするんだババア?」

「ちっ!邪魔したね」


 どうやら素直に帰るみたいだ。なら教えてやるか。


「俺たちが出てきた研究所は今俺たちの仲間が占拠している。荷物が欲しいなら連絡しといてやるから行ってみるといい」

「……わかったよ。邪魔して悪かったね」

「……今度、座敷童が膝枕してくれる店を紹介してやろう」


 颯爽と婆さんが立ち去ろうとすると爺が余計な事を言いやがった。


「早くその危ない爺さんを連れてどっか行ってくんない?」

「悪かったね。爺さん! 馬鹿なこと言いなさんな!」

「……お前たちは未だ本当のバブみを知らない」

「もう黙んな!!」


 そう喧嘩しながら妖怪どもが去っていった。


「おい、恵空ちゃんに任せてよかったのか?」

「大丈夫だ」


 恵空は俺より強いからな。VR訓練ではよくボロクソにされた。





 病院に着いた。扉は閉まっていたので、クラゲ機械にハッキングして開けてもらった。

 廊下を歩いていくと前から人が歩いてくる。だが、明らかに様子がおかしい。


「ヴぁあああああ」


 おそらくゾンビだ。サーモグラフィーで見ても体温が異常に低い。残念ながらミニスカナースではない。おっさんだ。そして不自然なほどこちらに近づいてこない。


「おい。なんだよ、こりゃ? 先生は無事なのか?」

「落ち着け。さっきクラゲ機械にハッキングしてもらったときの入退室のデータによれば、先生はいつもの部屋にいるはずだ。しかも今日……じゃなくて、昨日の昼三時から誰も訪れていない。無事の可能性はある」

「そうか!じゃあ急ぐぜ。つってもゾンビとかどうすりゃいいんだ?」

「ちょっと待て。恵空に聞いてみる」

『恵空、ゾンビってどうやって倒すの? てか倒してもいいの?』


 あれがエイリアンの一種かもしれないと思うとむやみやたらと攻撃できない。


『……で……………え………』

『おい! どうした!』


 え? 嘘だろ? 通信通じないんだけど。恵空に限ってなんかあったとは思えないが、不安になる。


『聞こえますか? 聞こえたら宝具を使う感覚で通信してみて下さい』


 よかった。無事みたいだ。言われた通りにマスクに力を流し込む感じで使ってみる。


『聞こえるか?』

『はい。ばっちり聞こえますよ! どうやら霊障が発生しているようですね』

『霊障ってなに?』

『思念波などで電子機器がおかしくなることです。近くに幽霊とかいません?』

『いないと思うが。てか幽霊見たことないんだけど』

『でしょうね。一応そのゴーグルで見えますからね?』

『とんでもないもの着けさせてるな! それよりゾンビだよ。これどうすればいいの?』

『……そのゾンビってもしかしてあなたから逃げてませんか?』

『いや、こっちにこないだけで逃げてはないな』

『今どんな状況です? ゾンビの視界に入ったり、音をだしたりしてます?』

『今は話してないが、さっきまでゾンビの視界に入ってリーゼンと話してたぞ』

『じゃあ確定ですね。そのゾンビは死体に幽霊が入ってるタイプです。殺していいですよ。というより元から死んでます』

『いやその殺し方は人と同じでいいのか? 頭つぶさないと死なないなんてことない?』

『え? まあ頭をつぶせば幽霊はその体から出ていくと思いますが、そんなこと必要ないですよね? あなた、瞬殺できる道具持ってますよね?』

『……記憶にございません』

『もう! ソルトミルですよ! あれ使えば一発昇天です』

『そういやもってたな。てかあれにそんな効果あったの?』

『塩は幽霊に効きますよ。盛り塩とかあるでしょ?』

『本当に効くんだ』


 いらないと思って忘れてた。というより幽霊見たことないから迷信だと思ってた。懐からソルトミルを取り出す。


「待たせたなリーゼン。これで解決だ」

「なんだそれは?」

「塩」

「なめてんのか!?」

「舐めてみるか?」

「そうじゃねえよ! 今ふざけてる余裕ないんだよ!」

「ふざけてない。まあ見ていろ。どすこい!」

 ゾンビに駆け寄り力士の様に豪快に塩を振りかける。するとゾンビがすぐに倒れて動かなくなる。

「まじかよ」

「どうだ? 本当だっただろう? じゃ、行くか」

「おう。疑って悪かったな」

「なに、気にするな。今度酒を奢ってくれればいい。ソルティードッグがいいな」

「いつになるかわかんねえが絶対奢ってやる」


 そうしてずんずん奥に進んで行く。

 ゾンビはいくらか出てきたが皆瞬殺だった。やはり体温が異常に低い。

 道すがら見てみると、各部屋の扉は開け放たれており、中は荒らされている。この惨状を先ほどの唸っているだけのゾンビがやるのは違和感がある。どうなっているのか疑問に思いながら進んで行く。

 しかしシェル先生の部屋の近辺だけは別だ。全て扉が閉まっている。サーモグラフィーで確認してみるとシェル先生の部屋以外は空だった。シェル先生は反応的にゾンビにはなってないみたいだ。


「どうやらシェル先生はゾンビになってないみたいだぞ」

「マジでか!? よかった! 早く開けてくれ」

「じゃあ開けるぞ?」

「ああ!」

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