第12話 縦ロール
「おーっほっほっほっほっほ! お久しぶりですわね! 待っていましてよ! リーゼン様!」
喫茶店に向かう途中、縦ロールのお嬢様が現れた。しかもテニスウェアで。
この場所は人通りのない一本道で、縦ロールの後ろには黒のリムジンが止まっていて、道を塞いでいる。
おそらくリーゼンがこの道を通るのがわかっていて、待ち伏せしていたのだろう。……なんだかリーゼンに親近感を覚える。
「リーゼン、お呼びだぞ」
「わかってんよ。んで、なんの用だ、美咲?」
「そんなこと決まっていますわ。私の夫になってもうために迎えにきましたの」
『おい、リーゼンのやつ待ち伏せされた挙句プロポーズされてるぞ? 親近感が溢れてやまない。寝不足の時、キリマンジャロの五万年前の雪解け水を飲んで流す涙みたいに溢れてやまない』
『それ目玉しぼんでませんか? しかし格好を活かしきれていませんね。やはりもっとテニス感を出すためにネットをはさんで行わなければ』
『なんでプロポーズにテニス要素足そうとしてるの?』
『甘いですね。せっかくテニスウェアを着ているのだから活かさないと。その油断が破滅への序奏曲です』
『なんか技名混じってない?』
そんな風に恵空とふざけあってる間もリーゼンたちの会話は進んでいく。
「その話は断ったろ? 俺には惚れてる女がいるんだ。お前の気持ちには応えらんねえ」
「私もお伝えいたしましたわよね? 諦めませんと」
話は膠着状態に陥る。どちらとも真剣で譲る気がないのだから仕方がないだろう。
ここで第三者として俺がするべきことは一つ!
「なあ、これからリーゼンと仕事があるから、話ならそれが終わった後にしてくんない?」
正直に優先事項を伝えること!
『自分の都合が最優先ですね』
『当たり前だろう? なんでぽっとでの縦ロールに自分に関係ないことで時間をとられなきゃなんないんだよ?』
それに仕事中に、迅速に終えようとする姿勢は正しいしな。
「なんです? その不審者は?」
「俺はリーゼンの仕事仲間。恥を忍んで衣を纏う、天麩羅忍者だ。そしてこの背負ってるのが」
「恵空です。よろしく」
「なんです? この頭のおかしい変態は?」
『おい、頭のおかしい変態扱いされたぞ』
『ひどいですね。ところでなんで変態扱いされて怒らないです? 私のときは結構こだわっているような反応していましたが』
『縦ロールにどう思われようが、興味ないからな』
『そ、そうですか。うぇへへへ』
なんだかうれしそうに恵空が笑う。しかし、笑い方が残念なやつだな。
「おい、天麩羅のヤツはスゲーんだぜ? 初対面の女にレッグホルスターを勧めてエロさを引き出しやがった」
リーゼンのやつ、俺は気にしないというのにフォローしてくれている。優しいやつじゃないか。
「……それはやはり頭のおかしい変態ということでは?」
「くっ。おい天麩羅! なんかねえのか?」
言い負けてるじゃないか!
「もう俺のことは頭のおかしい変態でいいから早く行こうぜ?」
「天麩羅、お前……」
『リーゼンには頭のおかしい変態と思われない方が良いのでは? これからも一緒に仕事するでしょうし』
『確かにそうだな』
「おい、やっぱ今のはなしだ。恵空と話し合った結果、頭のおかしい変態と思われるのは都合が悪いと気づいたんでな」
「「…………」」
『やっぱ頭のおかしい変態じゃないかと思われてますね。まあ、抱き枕といつの間にか会話してたって言うんですから仕方ないかと』
……やっちまったぜ! 痛恨のミス!
「ちょっとそこの頭のおかしい変態、リーゼン様に近づかないで頂けます? リーゼン様まで変態になったら大変ですわ」
「はいわかりましたって言うこと聞くと思ってんのか? 縦ロールに頭の栄養吸われてんのか? 頭から出てるクルクルは頭用のサナダムシか?」
『あなた挑発スキルは高いですね』
「なんてこと言うんですの! 断るのであれば力ずくで排除いたしますわよ?」
「ほう。言葉が通じなければ力ずくか? いいだろう。こいよ縦ロール。銃なんか捨ててかかってこい!」
「このラケットのどこが銃に見えるんですの!」
「お前に言葉の大切さを教えてやる!」
「待て待て待て! なんでお前らが争うんだよ!?」
ここでなぜかリーゼンが止めに入ってきた。もしかして縦ロールを自らの手で屠りたいということかな? ならば譲らないわけにはいかないな。
「ん? リーゼンが縦ロール排除したい? 全然譲るよ?」
「そういうことじゃねえよ。第一、女は殴りたくねえ」
「おいおい、この男女平等の時代になに言ってんの?」
そんなんじゃ幻想とか殺せないよ?
「いや、別に女性蔑視してるわけじゃねえぜ? ただよ、可愛いと殴りにくいだろ? チワワと土佐犬なら、チワワの方が殴りにくいだろ?」
「いやそんなことないだろう。いいか、土佐犬だと怪我しそうじゃん? だけど可愛いってことは弱く見えるってことだろ? そのぶん殴りやすい。これでプラスマイナスゼロだな!!」
『狂気の計算ですね』
「そんなイカレた計算聞いたことねえよ!?」
「なんですの、その頭のおかしい変態は!?」
「クソ! フォローのしようがねえ」
「で? どっちが縦ロールと戦う?」
「頭のおかしい変態!! 貴方が戦いなさいな! 貴方だけはリーゼン様の周りから排除いたしますわ!」
「そういうことだ。リーゼンは黙って見てな」
「気をつけろよ? 分かってると思うが能力者だぞ?」
そんなの言われなくてもわかってる。じゃなきゃ街中でテニスウェアなんて格好しないだろう。ん? テニス!? まさか。
「おいリーゼン!! あいつの能力は五感の消失か!?」
「そんな物騒な能力聞いたことねえよ!!」
「ならばよし」
縦ロールとにらみ合う。くっくっくっ。ようやく練習していた忍具が役立つときがきたぜ。
「いきますわよ!」
縦ロールのサーブ! それと同時に俺は能力を発動させる。対象はボールとスカート。ボールは勿論当たってしまった時のため。そしてスカートに能力を発動させることによりサーブの瞬間にスカートがめくれ上がる! めくれ上がったスカートから見えるのはパンツ、ではない! あれはアンダースコート。本来ならパンツかと期待したところにアンダースコートはがっかりする。だがそれが逆に俺の命を救った!
本来ならパンツに釘付けであったであろう視線はボールに向かう。その速さはすさまじかったが、俺の能力のせいか、ただ単に縦ロールがミスったのか、俺の右足元に着弾する。いや違う! これはミスではない! 狙いすまされたツイストサーブ!
跳ねたボールが一直線に俺の顔面に向かってくる! だがなんとか擦れ擦れでよける!
「まだまだだね」
「それ本来私の台詞! というよりなんで避けられますの?」
「危なかった。パンチラしてたらやられていたね!」
アンスコに助けられたぜ。まさに人生万事塞翁が馬。
『相変わらずエロには興味あるんですね』
『すまんな。俺の青春の柱が』
「くっ。戯けたことを。でも打ち続けていればいずれ避けきれなくなるでしょう? まだまだいきますわよ」
「待て。アンスコだから避けられたとは言ったが、別にアンスコを馬鹿にしているわけじゃない! 俺はそんな安易に人の性癖を否定したりしない!」
「べつにアンスコを馬鹿にされたことに対して『戯けたことを』っていったわけではありませんわ。あとアンダースコートを性癖で着ているように捉えないでくださる!?」
ちなみに、性癖に性的趣向の意味などはないらしい。でも漢字の感じがぴったりだよな。言いやすいし。
「人の心は自由だ!! 他者を害しない限り!! なにを思おうといいんだ!!」
『良いこと言ってるんですが、これ、性癖の話なんですよね』
「もう黙らっしゃい!」
そう言ってもう一度先ほどと同じように、俺の右足元にボールを打ってくる。なめられたもんだ。
俺は懐から武器を取り出す。恵空が用意してくれた天麩羅をモチーフとした忍具だ。そして、今取り出すのは苦無!
「なめんな! ジャッ苦無フ!」
ボールを右に避けつつバックハンドで縦ロールの方に全力で打つ!
そして縦ロールは真正面に来たボールを避けることが出来ずにラケットで受け止めてしまう。だがそれだけでは終わらない。受け止めたボールから透明のズルズルの液体が飛び散り縦ロールに思いっきりかかる。縦ロールはベトベトだ!!
「きゃあああっ!! なんですのこれは!?」
「ぐうふふふ。その原因はこのオクラ苦無だ。この苦無で打ち返した時にオクラのズルズルがボールに付着したのさ」
そう、この苦無はオクラをモチーフとしている忍具だ。当然?オクラの特徴であるズルズルは出せる。
「この! なんということを!」
「いいことを教えてやろう。そのズルズルはムチンという成分でできている。そして……ムチンは鼻水と同じ成分だ!」
「いいやああああ!!」
そうして縦ロールは悲鳴をあげて錯乱した。すると、縦ロールの後ろに止めてあった黒のリムジンからグラサン禿マッチョが出てきて縦ロールを運び込む。あ、去り際グラサン禿マッチョが頭を下げていった。ズルズルの女子に触れたことへの礼だろうか。律儀な奴だ。
縦ロールが去ったあとでリーゼンが話しかけてくる。
「おう。勝ったな。勝ち方酷かったが」
「ふっ。言葉の大切さを教えてやるって言ったろう?」
「確かに最後は言葉で倒したがよ」
『ドン引かれてますね』
こんなので引くなんて、リーゼンのやつ、意外と繊細なんだな。
「そういやあ、やっぱ宝具もってたんだな。その格好からもしやと思ったが」
「宝具ってなに?」
「お前さんのオクラみたいに特別な効果のある道具のことだよ。てか、知らずに使ってたのかよ?」
「知らないけど。てか、ズルズルが出てくるだけでも宝具なんて名前なのか? 無駄に格好よくない?」
「まあ、そんな高級じゃねえだろうがな。一応だが、そのバッジとかも宝具の分類だかんな?」
「へえ、そうなんだ。高級ってどういうこと?」
「特級、一級、二級、三級、級外とあってな? バッジみてえに作り方が簡単で誰でも作れるのは級外、作り方が今ではわかんなくなっちまってる強力なのが特級らしいぜ?」
「へえ、特級ってどんなのがあるか知ってる?」
「なんか原爆落とされても守れる結界を張れるみたいなのがあるって噂だぜ?」
「へ、へえ。そんなのあるんだ」
「ま、噂だがな」
『恵空さん、恵空さん。もしかして特級宝具作れるの?』
『その分類なら作れちゃうことになりますね。旦那さん』
知っておいて良かった情報なのは間違いないんだが、知りたくなかったな。
喫茶店についた。
店主が出てきて、リーゼンから荷物を受け取っている。こいつ、リーゼン曰くチョークリーパーっていうんだよな。
『この人がチョークリーパーですか。チョークで戦うんですかね?』
『見た目はチョーク感ないからそうだろうな。でもチョークって当たってもそんな痛くなさそうだけどな』
『なに言ってるんですか? 超能力なんですから、使い手次第では弾丸よりも恐ろしいものになりますよ?』
『そうなの?』
『ええ。あなたももっとズルズルを出したいって思うと、もっとズルズル出せますよ』
『いやそんなズルズルは求めないかな』
『え? でもあなたの悟りのDVDには』
『それ参考にしたならリュウゼツランが欲しかったかな。色的に』
『今度作っときますね』
『エロに寛容なのか厳しいのかわからんな』
『ものすごく寛容です。テレビに入れるならオカン級と評されるほどです。ただ、あなたのエロさが寛容さを超えてくるだけです』
そんな風に関係ないところまで話が飛んでいるとチョークリーパーに話しかけられる。
「やあ、いらっしゃい。天麩羅君、上手くやっているようだね」
「ええ。おかげさまで」
「しかし、なんというか、変わったね?」
「そうですか? 前からこんな感じだったと思いますけど?」
「いや、それもあるけど、後ろの」
『私はこの人に会うの初めてですから戸惑っているのでは?』
『そういや、そうだったな』
最近自然に背負ってるので忘れていた。
「ああ、後ろに背負ってるのは」
「恵空です。よろしく」
「う、うん。よろしく?」
『恐怖を感じていますね』
『まあ、特段特徴がないと思ってたヤツが、天麩羅色の忍者服着て抱き枕背負ってきたらビビるわな』
「ところで、君たちに配達の依頼がきてるよ」
「俺たちにですか? リーゼンではなく?」
おかしい。俺はリーゼンの手伝いとして仕事はしているが依頼者にはあったことはない。いや、シェル先生にはあったが、シェル先生からなら直にリーゼンに依頼がくるはずだ。なので俺たちに依頼がくるのは考えにくい。
「そう。内容は倉橋病院研究所に貴重品を運んでほしいってこと。報酬はかなりいいよ」
シェル先生のいたところだ。どうなってるんだ?
「なんで俺たちに依頼したかわかりますか?」
「依頼人はドクターシェルからの紹介だね。だから君たちに依頼をしたんだと思うけど」
「そういうことですか」
そういえば当然ながらあの先生以外にもいるよな。人との繋がりというのを完璧に頭からおいやっていた。
リーゼンにシェル先生に確認をいれてもらい、確かに紹介をしたそうなので依頼を受けることにした。
そうして、喫茶店を後にした。
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