第11話 先生

 リーゼンドリルが去っていく。距離が離れたり時間がたったりしたらどうなる確かめるらしい。夕方ごろにまた連絡してくると言っていた。もちろん連絡先は交換した。



「そんなに携帯見つめてどうしたんですか? まだかかってくるには早すぎると思いますよ」


「いや、携帯の連絡先の登録が増えたな、と」


「いやそんな増えてないですよね?」


「倍増は増えたって言えるんじゃないか?」


「元の登録件数が悲惨なことに!! てか今でも片手で足りるじゃないですか!?」


「それがなにか?」


「もっと増やしましょう?」



 なんて面倒なこと言うんだ。結構真剣に嫌なんだが。ここは恋人らしいやりとりで誤魔化そう。



「面倒だ。恵空がいればそれでいい。そんなことよりさっさと帰るぞ」


「惜しい! 最初に本音がでちゃってます。せっかく出てきたんですからどこか寄りません?」


「今一般人に認識できないから店は入れないだろ?」


「バッジをとれば良いのでは?」


「知ってる? 抱き枕抱えた忍者は不審者っていうんだぜ?」


「おっとそうでした。あまりにも似合っていたので違和感を覚えませんでした。失礼」


「……帰るか」



 この格好が似合ってるってうれしくないな。



「そうですね。今度成体になったときでまたいつか来ましょうね」


「ああ」



 ……ん? 外に出るのが面倒な俺が素直に受け入れた? 不思議だ。








 忍者ムーブの練習にと屋根から屋根へ飛び移るような移動をしていると、あるものが目に入った。



「待て。暇つぶしを見つけた」


「なんです?」


「あのチンピラを見てみろ。路上喫煙者だ」



 柄の悪いチンピラが路上で煙草を吸っていた。もちろん禁煙の場所だ。



「あれがどうしたんです?」


「いやムカつくからなんか痛い目に合わせようかな、と」


「あなたの方が余程チンピラっぽいんですけど!?」


「くっ、公共の場所であんな迷惑行為を行うとは! 許せん!」


「さっき暇つぶしって言ってましたよね?」


「まあまあ、いいじゃないか。一緒にどうやったらアイツが路上喫煙しなくなるか考えようぜ?」


「じゃあ殺せばいいのでは? 死体のことなら心配無用ですよ?」


「前から思ってたけど発想が物騒じゃない!?」



 路上喫煙は悪いことだが、殺そうとは思わない。たとえ、ばれずに殺すことができようとも。


 そういえば、一般人に気づかれないなら悪いこと簡単にできるな。安易に悪いことしないようにしよう。過去を見れる超能力者とかいそうだし。



「そんなことありませんよ? あなたには優しいでしょう? ただ、どうでもいい存在にかける情けが素粒子ほども存在しないだけです」


「辛辣だな。まあ殺すのはなしで」


「ではボコボコにするのはどうです?」


「う~ん。それだと怪我治ったらまた吸うよな?」


「確かに。では煙草が吸えなくなる怪我を負わせる必要がある、と」


「そうだな。でも煙草が吸えなくなるくらいの怪我って殺しちゃわないか?」


「確かに。呼吸器官ですからね。……意外と難しいですね」


「そうだ。べつに喫煙を止めようとしてるんじゃなくて路上喫煙をできなくすればいいんだよな? だったら外に出てこれなくすればいいのか? 足をへし折るとか?」


「成程。そうすれば移動するときに両手を使う必要があるので路上喫煙しにくくなりますね。しかもそれも治ればそれまでですし。それに、できるんですか?」


「そうだな。確かに俺の能力だと足だけをへし折るのは無理そうだ。改めて考えてみると止めるのは難しいな」


「そうですね。諭して止めさせるのは無理でしょうし」


「いや、それ使えるな」


「え? いや無理でしょう? 特にボッチのあなたの話術では火を見るよりも明らかです」



 今さらっと俺の話術を貶されたが、否定できる材料がないのが辛い。



「そうじゃなくて、アイツに煙草は吸いたくないと思わせるんだ。トラウマをうえつければいい」


「成程。具体的には?」


「煙草を吸ってたせいで危ない目にあってもらう」



 そう言って懐から天ぷら粉の入ったスーパボールくらいの包みを出す。恵空から天麩羅に関係あるものをモチーフにした道具を貰ったのだが、これはその一つだ。めんつゆや塩も持ってる。これいらないと思うんだけど、せっかく用意してくれたので一応持っている。



「ところで、これどのくらい燃えるものなの?」


「大丈夫です。せいぜい火傷くらいでしょう」


「じゃあいくぞ。火遁・禁煙推焼きんえんすいしょう!」


「とってつけたような忍者要素ですね」



 俺の手から放たれた天ぷら粉の包みは見事チンピラの顔面にあたり燃え上がった。なんか思ったより燃えないな。チンピラは熱くて悶えている。これで煙草がトラウマになっただろう。


 あ、今のも含めて、忍者道具は恵空が作った道具であり、食べ物をモチーフにしているだけで食べられないので食べ物を粗末にしているわけではない。


 リーゼンドリルから連絡がきた。能力は問題なく発動しているらしい。また一緒に仕事をすることになった。今度は一緒に行動するらしい。



「よかったですね」


「ああ。でも今日みたいな感じだと超能力は鍛えられんな」


「これからですよ。これから。超能力者とのバトルとかエイリアンとのバトルとか色々ありますよ」


「そうだな。って待って。エイリアンとのバトルってなに?」


「なにって私以外にもエイリアンはいますからね。敵対するのもいるでしょう」


「ええ……。どんなのがいるの?」


「多分悪魔とか妖怪みたいのはいると思いますよ? あれらの正体はおそらくエイリアンでしょうからね」


「聞きたくなかった」



 知りたくなかった。ホラー系統のものは出てきてほしくないな。グロいのが多そうだし。あまりお目にかかりたくない。



「でも触手っぽいのもいると思いますが」


「ほほう! そうか。いいエイリアンもいるよな!」



 触手エイリアンは是非とも出てきてほしいな!



「触手がいいエイリアンかどうかはわかりませんがね」


「……触手なら敵でも味方でもどっちでもありだな」


「あなた本当に触手大好きですね」






 リーゼンドリルとの待ち合わせの場所。今日は俺の方が来るのが早かったようだ。バイクの音が聞こえてくる。あのカブトムシみたいなヘルメットはリーゼンドリルだろう。



「よう。待たせたな。今日は俺と一緒に医者に会ってもらう。これからはなにかと関わるだろうからな。早いとこ会っといた方がいいだろ」


「精神科医ですか?」


「なんでだよ!? 怪我とかしたときに診てもらうって意味だよ。真っ先にでる選択肢が精神科医って狂気を感じんな。会わすの不安になってきた。いいか? 一応言っとくけど先生になんかしたら、マジでぶっ殺すかんな?」


『本気で言ってますね。殺意の波動を感じます』


「はあ。なにもする気がないんで大丈夫ですけど、やけに真剣ですね。恩人かなにかですか?」


「……惚れてんだ」


「成程。惚れてる相手だから他の男を近づけたくないと? リーゼンドリルさん俺の背中にあるもの見えてます?」



 信じられるか? オリキャラの自作抱き枕だぜ? まあ、正しくは宇宙人の恋人なんだが。



「……そうだよな。お前さんは大丈夫か」


「ええ。安心してください」


『まあ、だからってなにもしないことにはならないよな? 俺が本当に抱き枕の恵空をいつか本物になるって思ってたら、『美人なら恵空の体を作る材料にしてやるぜ!』って言って、その医者を解体しにいくって可能性も考えられるし。リーゼンドリルが将来騙されないか心配になるな』


『その発想は常人にはないですからね? 狂気の発想ですからね?』



 リーゼンドリルのバイクに乗せてもらい、病院に行く。病院に入りずんずんと奥へ入っていく。途中、電子ロックされた扉を通過した。その先には長めの通路があった。人の気配が感じられないので、この場所は部外者が入っていい場所か不安になる。



「ここって一般人が入っていいところですか?」


「ダメに決まってんだろ? だが安心しろ。許可はあるからな」


「そうなんですか」



 廊下を歩いているとリーゼンドリルが足を止める。その左側に扉があり、その脇のインターホンを鳴らす。



「おう。来たぜい。今日は言ってたとおり新人連れてきたぞ」


『やあ来たね。待ってたよ』



 そう受け答えがあった後、扉が開く。



「やあ、初めまして。私はドクターシェル。好きに呼んでくれていい」



 扉が開くと、そこには露出の激しい怪しい女がいた。足にはスニーカーをはき、胴体には貝殻ビキニを身に着け、白衣を羽織り、ガスマスクをつけた女性だ。


 非常に目の保養になる。確かにリーゼンが惚れるのもわかる。



「初めまして。恥を忍んで衣を纏う、天麩羅忍者です! そしてこの背中の抱き枕が」


「初めまして。恵空です」


「ほう。聞いていた通りぶっ飛んでるね?」


「そうですか? 普通の範囲内だと思いますが。ところで、なんでそんな格好してるんです?」



 べつにこの周辺が海なわけじゃないし。水着を着る理由が全くわからない。



「ふふ。よく聞いてくれた。これは私の考えたアルティメットモテファッションさ!! ガスマスクで顔を隠すことでミステリアスさを、ビキニでセクシーさを、白衣で知的さを、スニーカーで活発さを、それぞれアピールしているのさ!」


「どうよ天麩羅! 最高にマブいだろ!?」



 今に鼻血をたらしそうな程に興奮したリーゼンが話しかけてくる。なんかリーゼントが上に反り上がってる。やっぱそれ気分で動くの?


 まあ、聞かれたので答えるか。



「非常にエロいことには賛同しますが、惜しいですね、改善点が見受けられます」


『この状況で変態性を指摘せず、あまつさえエロさを加えようとするとは』


「なに!? これ以上があるというのかい? ぜひ教えてくれたまえ!」


「おいおい天麩羅!! 本当だろうな?」



 当たり前だ。ふとももが活かしきれていない。錬金術師を見習ってほしい。



「ええ。答えは、レッグホルスターです」


「ふむ。それをするとどう変わるんだい?」


「すげえ。すげえぜ。天麩羅。レッグホルスターをすることに先生の生美脚が少し締め付けられ、ふともものむっちり感がアップする! それだけじゃねえ。ホルスターの無骨さが、より先生の肢体のエロさを引き立たせてくれる!! ……まさかこれほどとはな」



 ドクターシェルはわからなかったようだが、リーゼンドリルはわかったらしい。大興奮している。



「なにこれから脳を撃たれそうなこと言ってるんですか? リーゼンドリルさん」


『脳はもう手遅れだと思います』


「へへっ。リーゼンドリルさんなんて、他人行儀な呼び方よせやい。リーゼンって呼んでくれ。言葉ももっと砕けようぜ?」


「そうか。よろしくなリーゼン」


「ああ。よろしくな天麩羅」



 そういって固い握手を交わす。シェル先生へのアドバイスのおかげかリーゼンから尊敬の眼差しを向けられる。



『これが人徳があるってやつか』


『言葉の使い方はあってますが、捉え方が決定的に間違ってます!』




「ふむ。では私はとにかくレッグホルスターをつければ良いのだね? ああ、私にもかしこまらなくていいよ」


「じゃあよろしく、シェル先生」


「先生! 今度ホルスター買いにいこうぜ!」


「そうだね。頼むよ。じゃあ、顔合わせも済んだことだし、仕事の話をしようか。今日も医療品だったね? 用意してるよ。確認してくれたまえ」


「おうよ。天麩羅、手伝ってくれ」


「それはいいが医療品ってなに?」


「先生は副業で廃棄される医療品の横流しをしてくれてんだ。それを俺は安く仕入れて、必要とする人たちに届けて儲けるって寸法よ」


「成程」



 そうして荷物を確認し、軽くしてリーゼンに渡していく。というかこれ俺いるのか?



「なあ、これ俺必要か? 全部軽くないか?」


「なに言ってんだ? 軽い方が疲れねえに決まってんだろ? 一つ一つは大差ねえが、大量に運ぶとかなり差がでんぞ?」


「そういやそうか」



 そういや超能力って使うと疲れるんだった。すっかり忘れていた。


 後日、リーゼンとシェル先生と一緒にレッグホルスターを買いに行くことになった。言いだしたのが俺ということで俺も連れてこられた。リーゼンとしては二人が良かっただろうに。


 俺は断ろうとしたが、恵空が『仲良くなれるように、いきましょうよ』と言われたので来てしまった。来たところで、べつになにができるわけでもないが。


 なので、せめて邪魔をしないように気を遣って影に徹することにした。



「シェル先生、やっぱレッグホルスターを付けるんだから、それに入れるものを確認した方がいいと思うんだ」


「ふむ。確かにそうだね。なんにしようか」


「せっかく荷物をいっぱい持ってるリーゼンがいるんだから、リーゼンにいって色々試したらいいんじゃないか?」


「ふむ! もっともだね! ということでリーゼン君、悪いが協力してくれないかい?」


「も、もちろんだぜ先生!」



 役に立てたわ。てかこれ誘導簡単すぎない? これ先生もリーゼンのこと好きなんじゃないか?


 そうして二人でいい感じになっているのを放っておいて恵空と遊ぶことにした。



『暇だな』


『暇ですね。あ、じゃあ私に将来着てほしい服とか選んでくれません?』


『いいけど選んだものに対してセンス無いとかいうなよ?』



 傷ついて立ち直れなくなるかもしれない。



『もちろんです。そんな酷いこと言うわけないじゃないですか』



 そう言われたので、真剣に選ぼうとしたのだが、つい誘惑にかられギャグに走ってしまう。



『おい見てくれよ。競泳水着があるぞ!』


『センス以前に常識!!』


『知ってるか? 常識は英語でコモンセンスっていうらしいぞ?』


『だからなんです!? センスが入ってるから常識について文句言うなと!?』


『やっぱもうちょい布面積多めの方が良い感じ?』


『そうですよ!』



 恵空がのってきてくれた。なんだかこういうおふざけに付き合ってもらえるとうれしいもんだな。



『おい見てくれよ。レオタードがあるぞ!』


『進歩が亀の歩み!! もっとふわっとした部分を増やして!』


『おい見てくれよ。姫騎士の衣装あるぞ!』


『言葉には忠実に応えてますけど、意図は全く汲み取れてませんね!? というよりさっきからなんでそんなものあるんですか!?』


『やはりか。薄々そうなんじゃないかと思った。やっぱコスプレ屋だからじゃないか?』


『ここコスプレ屋なんですか?』


『ああ。レッグホルスター売ってる一番近い店がここだったみたいだ』


『ここで服を選んでと言った私が間違っていたかもしれません』



 そんな風に遊んでいる間に向こうは選び終わったみたいだ。



「おーい。こっちは終わったよ。天麩羅君はまだ見るのかい?」


「いや、俺はもういいですよ」


「そうかい? じゃあ帰ろうか」


「ええ。いいのはありましたか?」


「うむ。君とリーゼン君のおかげだ」


「俺はほとんどなにもしてないけど、それはよかった」


「ああ。おかげでいい買い物ができた……ん゛ん」



 シェル先生が咳払いをする。リーゼンが心配そうに尋ねる。



「どうした先生?」


「いやちょっと喉の調子がね」


『これはリーゼン経由で飴あげたらどうです?』


『そうだな。いい案だ。俺のキューピットムーブを見るがいい』


『確かにエロスの矢とかもってそうですよね、あなた』



 こっそりリーゼンの背後に回り込み恵空から携帯用に持たせてもらっていた飴をごっそりつかみ、リーゼンのポケットにつっこみつつ小声で教える。



「喉に効くぞ」



 その言葉で伝わったのだろう。リーゼンがシェル先生に飴玉を差し出している。



『どんな味を渡したんです? エクトプラズマ・ギャラクティカ?』


『流石に関係ある人を実験台にする気はないぞ?』



 俺をなんだと思ってるんだよ。










 その後、医療品を運んで家に帰ると、シェル先生からメールがきていた。



『今日はありがとう。初対面の君にこんなことを言うのもなんだが、聞いてほしいことがあるんだ』


『なんです?』


『実は私はリーゼン君ともっと親密になりたいのだ』



 やったなリーゼン、両思いだ。おめでとうリーゼン。



『成程。それで俺にどうして欲しいんです? 俺が見た感じリーゼンに脈ありな感じですが』


『そ、そうかい!? やはりそう見えるか? いや、私もそうじゃないかと思っていたんだ。うん、それで、その、こう、リーゼン君に告白させる方法はないものかな?』



 物凄い勢いで送られてくる。興奮しているのが伝わってくる。



『すみません。色仕掛けなら思いつきますが、告白させる方法となるとちょっと……』


『ふむ。そうか。いや有効な色仕掛けの方法を教えてもらえるだけでもありがたいよ。ぜひ教えてくれたまえ』


『いいでしょう。リーゼンとシェル先生の今後に関わることです。我が家に代々伝わる秘伝忍法お色気絵巻・虎の巻の封印を解きましょう』


『そういえば、君に会ってから忍者らしい単語聞いたのはじめてな気がする』



 忍者要素少なくてすまんな。偽物なもので。しかもテキトーいってるだけなんだよね。まあ、両想いなんだから心配ないだろう。






後日、シェル先生のところで医療品を詰め込む。



「んじゃあ、行くか。目的地はチョークさんのとこだ」


「チョークさんて誰?」


「誰って天麩羅はチョークさんからの紹介だろ?」


「じゃあ喫茶店の店主ってチョークさんって言うの?」


「知んなかったのかよ? チョークリーパーはこの業界じゃ有名だぞ?」


「知らなかったわ」


「ふむ。では伝説のタッグマッチデスバトル『ニョタイモ・リー&チョークリーパーVSカプサイ神&キャロライン・ザ・リーパー』も知らないのかい?」


「知らないな。ただ興味はものすごくひかれる」


『なにがどうなって、そう争うことになったのか皆目見当もつきませんね』


『まったくだな。特にチョークリーパーが異質だ』


「今度聞いてみろよ? 直接教えてもらえるかも知んねえぞ?」


「そうだな。今度聞いてみる」



 チョークリーパーというらしい喫茶店の店主のもとに向かう。

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