第3話 のど飴

 授業には間に合ったが、肝心の授業には全く集中できなかった。ただただ黒板を書き写すのみで、頭の中は先ほどの宇宙人のことでいっぱいだった。宇宙人がいたことも俺が超能力者であることがばれていることも驚いたが、やはり一番驚いたのは結婚を申し込まれたことだ。結婚どころ色恋など全く縁が無いと思っていたので訳がわからない。なにを考えればいいのかもわからない、という混乱具合だ。



 そんな頭の働いていない状態でもというか、だからこそなのか、いつもと同じように昼食を買い、いつも座るベンチで食事を終えた。直後、聞こえるはずのない声が聞こえてきた。



「喉の調子はどうですか? こちら喉によく効く飴です。どうぞ」



 右を向くと今朝のロボ子が飴をさし出していた。といっても飴は空中に浮いてるだけなのだが。念力とか使えるんだ。考えてみれば手足のないデザインだから念力とか使えないと不便か。


 そんなことよりなんで大学にいるんだよ。目立って……ないな。隣のベンチにいる人間も、通りすがりの人間もロボ子に注目していない。ありえない。だが、今朝聞いたロボ子の能力である催眠があればべつだ。確かめるべくロボ子に話しかけようとし、思い直す。


 このままロボ子に話しかけてしまえば、周囲のロボ子が見えていない人間から奇異の目で見られてしまう。変な人に見られるだけならいいがクスリやってると思われたら面倒だ。カモフラージュのため携帯を取り出し通話しているふりをする。



「気持ちはありがたいんだが、会って間もないヤツから貰った食い物食べたくないんだけど。ところで、なんで皆こっちを気にしないの? もしかして俺、いつの間にかマジックミラーにでも囲まれてる?」


「違いますよ。催眠で範囲内のことが気にならなくしています。勿論貴方も効果範囲内で気にされないので、電話しているふりしなくて大丈夫ですよ。友人がいない人の電話しているふりは心にきます。独りさみしく揺れる木を見つめながらの無言の食事は本当にいたたまれませんでした」


「いたたまれないと言うが、そうしなきゃ独りのヤツが虚空に向かって話しかける絵面になるんだぞ?」


「ごめんなさい。配慮が足りませんでしたね。どちらにしろいたたまれない気分になるしかなかったのですね」



 勝手にいたたまれない気分になるなよ。こっちはこれが普通なんだ。



「待て。いたたまれないというが、そんなお前はストーキングした相手の食事風景を黙って近くで見つめていたってことだよな? お前の方がヤバくない?」


「なんでそんな捉え方をするんですか!? 貴方の方が余程配慮が足らないんですけど!?」


「そうだけど。飾らない素の自分で対応した結果こうなった」


「なぜそんなことを? 普通あったばかりの人間に素で対応しませんよね? 貴方のようなボッチの人だと特に」



 こいつボッチのなにを知ってるんだよ。まあ、言ってることは当たっているが。


 俺なりにちゃんと考えがあるんだ。



「素が嫌われるなら独りになれて元通り。素で嫌われないなら楽に過ごせる。これが理由だ」


「う~ん。合理的だけど釈然としませんね。まあ、私を受け入れそうとした結果だと思えば、うん、大丈夫ですね。なんとか」



 なにやら葛藤していたが飲み込んだみたいだ。あと、嫌われたときには原因を教えてもらおうと思っている。でないと次に活かせないからな。


 まあ、せっかくの話し相手だ。できる限り話そう。



「あとこの飴なに?見たことないんだけど。宇宙製じゃないよな?」


「やっと飴にふれてくれましたか。自家製です」


「ある意味宇宙製より不安なんだけど」



 自家製とか恐怖しか感じない。俺は他人の手作りとか受け入れられない人間だ。



「大丈夫ですよ。変な成分は入ってませんよ。安全!」


「不安がかきたてられるよ。猛然」


「では安全確認のために通行人に食べさせてみますか?」


「そんな通り魔みたいな安全確認聞いたことないわ」



 第一ソイツが仕込みの可能性もあるので意味はない。通りすがりの人間を信用などしない。



「なにか今とても悲しい独り言が聞こえた気がします」


「なんも言ってないだろ。心読めるの?」


「感情ならおおざっぱには」


「それは怖いな」


「嘘ですね」


「本当に読めるのか? 正解だ。じゃあ次はどうだ?」



 ちょうど今目の前を派手な美人系の娘と地味目なかわいい系の娘が歩いている。二人は話しているので知り合いであろう。しかし、派手子はあくびをして少し眠そうである。派手子は俺でも知っている有名高級ブランドのバッグを持っている。




 欠片はすべて揃った。さあ我が妄想の翼よ!はためけ!



 派手子は援助交際をしている!それで稼いだ金でバッグを買ったのだろう。だが他にも欲しいものがあり更に援助交際は加速する!『ねえ、おじさん買わない?ホ別で』『ぐへへへ、派手子ちゃん、君は最高だ』『ちょっと。ねえ、まだするの?アタシ今日二限からなんだけど』『よいではないか。よいではないか』『あ~れ~』




「……」


「エロいこと考えてますね。というよりこの状況で?」


「ああ。前に、歩いてた女子がいたのでな」


「それ大体エロいこと考えられるってことですよね!?」



 本当に分かってるっぽいな。いや、まだだ。



「まあ、俺は大体エロいこと考えてるからね。お前俺の通学時間を知ってて、狙ってぶつかってきたぐらいだから事前調査してるだろ? 詐欺師のテクニックにあるやつだ。確かHリーディングだっけ?」


「そんなホットリーディングの破廉恥な略し方初めてですよ」


「じゃあ次当てられたら信じるわ」




 では我が妄想の翼よ!はためけ!



『派手子ちゃん、ここで本当にお金が稼げるの?』『ホントホント』『ぐへへへ、君が地味子ちゃん?聞いていた通り可愛いねえ』『え?何?派手子ちゃんどういうことなの?』『そんなこと言って、もう分かってるでしょ?大丈夫。このおじさん上手だから』『嘘。待って。嫌』『よいではないか。よいではないか』『あ~れ~』



「……」


「嘘でしょ。エロいこと考えてます」



 どうやら本当のようだ。まさか当てられるとは。



「どうやら本当みたいだな。認めよう。ムラムラはすごい」


「貴方はムラムラ#が__・__#すごいみたですけどね。三回感情を呼んで二回エロだったことに引いているんですが。こんなときどうすれば良いのか分かりません」


「笑えばいいと思うよ」


「笑えませんよ。妻になったときにダイレクトで被害受けるじゃないですか」


「そういやプロポーズされてたんだった。だったらむしろエロはいいんでは?」


「いやいやいや! 自分以外の女性に発情してるんですからダメですよ! あと夫婦でもセクハラは成立しますからね? まあこれで感情が読めるのは分かりましたね? いい加減飴食べて下さいよ」



 そうなのか。これが複雑な女心というやつか。……いやこれはべつに複雑ではないか。



「いや感情が読めるのはわかったが飴の話とは関係ないだろ?」


「じゃあどうしたら食べてくれるんですか!?」



 どうやっても食べさせたいようだ。仕方ないので折れるか。



「……じゃあこれから納豆巻き買ってくるから、俺に納豆が好きになる催眠をかけてくれ」


「どういうことです?」


「俺が嫌いなものを催眠で食べさせることができるなら、俺に催眠が効くってことだ。それなら、飴を食べさせたいのなら最初からそうして飴を食わせればいいだけだからな。催眠ができるなら、純粋に俺の喉のことを気遣ってくれたと思って食べるよ」


「成程。ならわざわざ納豆巻き買わなくても、今飲んでるコーヒーを嫌いにして飲めないように催眠すれば良くないですか?」


「それだと嫌いになる催眠が効くことが分かるだけで好きになる催眠が効くかはわかんないだろ。それに催眠が解けなくなったとき俺が言った場合ならいいが、お前の場合なら俺の日常的な好物が失われて大ダメージ受けるからな。リスクが高すぎる」


「分かりました。ならば私が買ってきましょう。待っててください」


「え、ちょっと」


 止める間もなく行ってしまった。なんか滑ってるみたいに移動していったが。念力で移動しているだろうから、あんな感じになるのかな。


 そんな風に戸惑っているとロボ子が戻ってきた。


「ごっめ~ん。待った~?」


「最初から待ってるわ。その台詞言いたくて買いにいったの?」


「そうです! 憧れのデートの待ち合わせシチュ! 『待ってないよ、今来たとこ』って言ってほしかったですが、しょうがないですね。どうでした? かわいく出来てましたか?」


「納豆巻き持ってきといて、かわいいは無理あるぞ」



 たとえ俺の理想の美少女の姿であってもかわいいという感想はでない気がする。



「くっ、やはりそうですか。次回こそはかわいいと言わせてみせます。では、はい、納豆巻きです」


「おう。ありがとう。じゃあ催眠かけてくれ」


「ナットータベレールナットータベレール」


「催眠てきとう過ぎない?」


「まあ、本来なにも言わなくていいので。雰囲気作りで言いましたので」


「そういや周りの人間に気づかれない催眠のときも声だしてなかったか。で、もういいの?」


「いいですよ。おあがりよ!」


「なんだそのかけ声。これ食べたら全裸になる催眠とかかけてないだろうな?」


「大丈夫ですよ。なんなら安全確認のために通行人に食べさせてみますか?」


「やり取りがループしてるじゃないか。通り魔の発想はもういいよ。……もう大人しく食べるわ。自分から言いだしたことだしな。いくぞ! ワイルドな食いっぷりを見せてやる!」



 意を決して食べてみるといつもの吐き気を催す不快感がない。臭い、味、食感、すべて平気だ。



「しゅ、しゅごい。全然不快じゃない。食べれる!」


「しゅ、しゅごい。全然ワイルドじゃない。ハムスターみたいに食べてる!」


「いや納豆に豪快に食いつくとか無理だから。食べたんだからいいだろう? さて、じゃあ約束通り飴もらうな」



 そう言ってから、貰った飴を食べる。舐めてみると今まで食べたことのない甘酸っぱい味が口の中に広がる。感じとしてはパイナップルが近いかな。


 しかしこれ尋常じゃない勢いで溶けるな。もうほぼ全部溶けてるぞ。



「なあこれ美味いけどなに味なんだ?」


「それは良かったです。宇宙で人気の、蟻みたいな生物のフレーバーにしてみました」


「くぁwせdrftgyふじこlp」



 馬鹿な! 虫だと!? 信じられない! クソが! あまりにのことに体が拒否反応起こして震えてくるぞ! 吐こうにももう完全に溶けてるんだけど!



「どうしました!?」


「なんてもんを食わしてくれてんだ!?」


「もしや蟻が苦手ですか?」


「蟻どころか虫系統全部苦手だわ! イチゴ牛乳も飲めないほどだだわ」


「それはすみません。ですが蟻みたいな生物を使ったわけではありませんからね? 味をそれに近づけただけです。ほら、果汁0%のオレンジジュースみたいなものです。しかしそれだけ大声だせるとは、飴はしっかり効いたようですね。よかったです」


「え? そうなの? ごめん勘違いしてたわ。というか本当だ。喉痛くない。すごいな」



 虫を実際使ってないなら大丈夫だ。ついつい過剰に反応してしまった。安心したので、酒のきれたアル中のごとく震えていた体も元に戻ったみたいだ。



「どうです? これがムラムラの技術力です。しかも疲労回復効果もある優れものですよ? しかし虫が苦手だったんですね。他にも食べ物で苦手なものとかあります?」


「まず虫を食べ物にカテゴライズしないで欲しいんだが。内臓系、貝類、珍味とかかな」



 一部食べられるものはあるが、そんな細かいこというのは面倒くさいので省略だ。貝は出汁ならむしろ大好きなんだが。



「成程、成程。ではソーセージはどうです?」


「いや好きだけど? なんでソーセージ?」


「ほえ? 腸詰ですよね?」


「あ、そういう意味か。いやソーセージは大丈夫だ」



 そもそも日本のソーセージに腸を使ってるってイメージがあんまないんだよな。



「ふむふむ。では逆に好きな食べ物は?」


「手で食べれる軽食系か、麺類かな。食いやすいから」


「了解です!」


「待て。何を了解した?」


「お弁当作るときの参考として。苦手なもの入ってるのは嫌でしょう?」


「なんで俺が弁当食うこと決定してんだよ?」


「それはもちろん、私の魅力をお伝えするためです。私と一緒になればこんなに美味しいものが毎日食べられますよ、というアピールです。男子の胃袋掴めばこっちのものと書いてありました」



 確かに掴めばそっちのものかもしれないけど。言うのはどうなんだ? いやプロポーズされてるんだから今更か。



「まずさっきも言ったが、会って間もないヤツから貰った食い物食べたくないんだが」


「でも飴は食べてくれましたよね? ならいいじゃないですか」


「いや、飴と手作り弁当とは一緒くたに扱えないわ。そもそも宇宙人なのに料理上手なの?」


「え?……ああ、分かりました。勘違いしてますよ。料理はそれ用の機械で作ります。プロの味から家庭の味までデータを入れれば完全再現出来る優れものです。さっきの飴もそうですよ」


「あ、そうなの?」



 ムラムラの技術力本当にすごいな。生活超便利そう。



「はい。というわけで食べてくれますね?」


「ああ。そういうことなら貰うわ。飴も味は良かったし。そういや飴、ありがとうな」



 お礼は言っておかないとな。実際助かったし。



「いえいえ、そんな、気にしないでください。プロポーズを受け入れてくれればそれで」


「飴に対して結婚って、話の大きさのバランスとれてなさすぎだろう」



 鶴の恩返しだってもう少しバランスとれているぞ。



「むう。やはり駄目ですか。ではもう少しお話したいので、授業終わりに一緒に帰りましょう」


「悪いが無理だ。ずっと前から決めていた外せない用事がある」



 せっかく飴をくれたのに申し訳ないが絶対に外せない用事だ。



「そうですか……。なら仕方ないですね。バイトかなにかですか?」


「いやエロ本買いにいく」

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