第16話 一将功なりて万骨枯る

 人間というものは、そもそもの初め、精虫としてこの世に存在し始めた、その濫觴らんしょうというか最初の時点から、もう厳しい生存競争の真っただ中にいることを余儀なくされる。それが人間の、生き物の運命である。

 そのころの記憶などはあるわけもないが、何億という同胞?、ライバルを蹴落として、見事たったひとりの「お姫様」と受精できた。

 人間はみな、最初はそういう輝かしいエリートとして、神の試練をかいくぐった選ばれしものだという「認証」を受けるわけである。


 そのはずなのに、なぜにおれは、おれの人生はこうさえないんだろうか…

 落ち込んだ時とかには誰しも同じことを考えるだろう。


 おれもそうである。顔も悪い。成績も悪い。モテない。キモいキモいと四六時中言われて、女子と目が合って顔をしかめられないことはまずない。


 スポーツも不得意だ。跳び箱も、鉄棒も、バスケットのゴールも、見るだけで怖気を振るうほど嫌だ。「スラムダンク」とかいう漫画が流行ったことがあったが、ああいう漫画を面白がる体育会系の奴らは自分にとってはタコの姿をしたエイリアンより異質に思える。

 

 が、こういうおれでも別に孤独なわけではない。この間、受験英語の定番のことわざらしい英文を暗記したが、まさにそれだ。

 Same feathers flock together . …同じ羽根の鳥は一緒についばむ。「類は友を呼ぶ」。


 やはり、「自分」という厄介なもの、それ自体がコンプレックスの源で、「生まれいずる悩み」、「青春の蹉跌」…どっちもそういうタイトルの有名な小説があるが、そういう人生との葛藤や齟齬、軋轢…そうした難解で、できたら関わり合いになりたくないような字面の熟語が、リアルに自分の悩ましさをピッタリと表現してしまっている。そういうはぐれ者の、似た者同士の友人はやっぱりいて、そういうやつ同士でおれもつるんでいる。そういうクライ、モテナイ類の奴は、休み時間になって、クラスメートがワイワイてんでに騒ぎ出すような時間と空間がどうも居心地が悪くて、図書館に逃げ出す、というパターンが多い。だいたいに読書くらいしか得意なことがない、というような帰宅部のオタク部、ひきこもり予備軍、自宅警備員見習い、口が悪くなったがそういうタイプがまあ多いといえば多い。

 

 が、おれは心中深くでは、「こいつらと一緒にされてたまるものか?」みたいな変なプライドもある。プライドが高い。

 ずっといじめられっ子で、ちょっと根性悪とか乱暴な奴とかがいると、だいたい不倶戴天の”天敵”になるのが目に見えているので、決して近寄らないように、目を合わせないように無視するふりをするのが常で、そうして怯えたり逃げたりへつらったりして、何とかして避けよう、関わり合いにならないようにしようと全身全霊で気を使って、懸命に保護色や擬態や食べるとまずいとか大勢で群れるとか様々な弱小動物ゆえのストラテジー、防衛機制とかヨガのテクニックとかを駆使して、目立たないように秘術を尽くしているつもりなのに、豈はからんや「おい、お前!」とやっぱり見つけられて因縁をつけられてカモにされて散々嫌な目にあわされる…そんなことばかりの繰り返しだった。

 根っからの犠牲者タイプ、とでもいうのだろうか?


 が、「読書」という別のアイテムがあって、これは魔法の秘伝書のごとくにその中が一種の別世界になっていて、まあ「ドラえもんのポケット」みたいに無限の、夢幻の空間が広がっている。


 幸か不幸か読書が得意だったので、おれは一種独特な、不思議なプライドを形成したのである…


<続く>

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