第6話 土曜日「チーター」

とある大手SNSを運営していた会社がメタバース(巨大仮想空間)事業を前面に推し進めたおかげで世界中にメタバースが乱立した。

中には1ヶ月もたたずにサービスが終了する物や、いつまで経ってもβバージョンのサービス、街がロックダウンしているんじゃないか?と思うほど人がほとんどいなサービス。

数年たって人気のないメタバースは淘汰され、買収によってサービスが合併され、現在は4つのメタバースが主流になっている。


もちろん複数のメタバースを使っている人間も沢山いるが、僕は1つのサービスを愛用していた。


『RPG』


大手ゲーム会社が始めたメタバースだ。

このメタバースの特徴はもちろんゲーム。

さまざまなゲームがメタバース上のゲームエリアで遊べる。

そのゲームを買うと、ゲーム内のキャラやアイテムを自分のアバターに使うことができる。

もちろん武器などアイテムは生活エリアでは所持できなくなっているが。

ゲーム会社の多くが参加し、多くの新作ゲームが『RPG』上で発表されることになった。

沢山ゲームを購入しているユーザー、プロゲーマーなどは、テストプレイエリアに招待される。インヴィテーションカードはゲーマーたちの憧れだった。


ゲームがメインなので年齢層は他のメタバースより若かった。

大学の友達もほとんど『RPG』をやっている。

他のメタバース同様レアなアバター、レアなアイテムを持っていると注目を浴びる。

中には数十万する洋服アイテムを着ているプレイヤーもいる。

メタバースではメタバース内の通貨=現実のお金だ。

もちろんメタバース内で商売もできるし、ゲーム大会で賞金を稼ぐこともできる。

ちなみに先日行われた『RPG』内最大のゲーム大会の優勝賞金は20億円だった。

現実世界で叶えられない事をメタバースで叶えるプレイヤーもいた。


メタバースは一人ワンアカウントしか作れない仕様になっている、登録の際に運転免許書や健康保険証のデータを登録しなくてはいけないので不正はできなかった。

メタバース内で金を商売をすることが許されているので、もちろん税金も取られる。

重要な個人情報を取り扱うため各メタバースはセキュリティには万全の体制を整えていた。


整えてはいたが・・・やはり不正アクセスなどの犯罪は起きていた。

いろんな犯罪はあった。

有名な事件をいくつかあげると


「ちくわ無限増殖事件」

メタバース内で売却できるアイテム「ちくわ」をあるツールを使って無限に増やし売りまくったという犯罪。

「ちくわ」は価格は安価で、さらに大量に作ってしまったため、どこのショップでも「ちくわ」の値段は暴落、売れ残ってしまった、犯人はほとんどといって儲けがなかったと言われている。

しかし、この事件で『アイテムを不正に増やすことできる』という事実を運営に知らしめることになった。犯人は後に逮捕されるが、ハッカーたちの間では『ちくわ大明神』という呼び名で今も崇められている。



「独裁者ニュースキャスター」

メタバース内一番人気のニュースキャスターの顔が3分間某国の独裁者の顔に入れ替わるという事件が起こった。

技術的にも規模的にみてもセンセーショナルな事件ではなかったが、その3分間がちょうど某国のニュースを読み上げていた時間だったので、そのシニカル性で話題になった事件だ。



「ポルノアート事件」

ある日の24:00、世界4大企業と呼ばれている会社のメタバース内の広告が全てポルノ映像に入れ替わった。

その映像はさまざまな映像で、和物、洋物、アニメ、CG、ホモ、レズ、SM、あと・・ちょっと口に出すのも憚るハードな物・・・・

運営は慌てて対応したが、復旧の目処が全くつかずなんと16時間の間サービスを停止する事態になった。

運営からの発表によるとその日の24:00におよそ20万人からの同時にシステムにアタックが行われたという事だった。

犯人はウイルスの中に、細かく分散、暗号化したプログラムを忍ばせていた。プログラムの発動条件や犯人はまだ解明されていない。とされている。

4大企業の株価は一時大暴落した。

この事件はメタバース内で最大の事件となり世界中で話題になった。

システムダウン前、広告がポルノに差し替わった画面のスクリーンショットがメタバース内オークションで売買され高値をつけた。

ポルノの種類、綺麗なアングル、シーンよって値段は違ったようだったが、一番高値で売れたのは有名女優の流出動画だった。本人はディープフェイクだと訴えているが、真贋はこちらもいまだに解明されていない。

この事件を機に各メタバースのセキュリティは一層強固な物になっていった。


この事件のある噂がハッカーたちの中で広まっていた。

犯人はすでに特定されているが、大手メタバースが信じられないくらいの大金で技術者として雇ったという噂だった。


かくいう僕も実はハッカーだ。

上記に書いたような大規模な事件を起こせるような優秀なハッカーではないが、独自のツールを作り小さな犯罪を繰り返している。

簡単にいうとチートアプリを作っている。

『RPG』の中でゲームエリアのチートに関しては、生活エリアで行われる不正より罪が少し軽い。とくに大会ではない通常モードでのチート行為は見つかれば、1ヶ月ゲームエリア入場禁止。悪質なもので6ヶ月+罰金。

大会になると賞金がかかってくるので罪が重くなってくる。


初めて作ったツールは、ゲーム内の自分だけ攻撃力、守備力を3%上げるツールだった。

詳しく検証すればすぐにバレるが、ゲームプレー中には気づかれなかった。

今までギリギリ負けていた相手にギリギリ勝てるようになるくらいの効果だった。

派手なチートはすぐにバレるのでバレないようにギリギリのラインでチートするのが僕の楽しみだった。


一応チートがバレた時の対応策も取っていた。

アカウントは一人一つしか作れないと言ったが、僕は2つアカウントを持っている。

おじいちゃんのパーソナルデータを使ってもう一つのアカウントを作った。

おじいちゃんは老人ホームで暮らしていて、ネットや携帯端末をほとんど使わずに生活をしている。

まず、老人ホームに行った時におじいちゃんと一緒にアカウントを作った。


ログインはID、PW、生体認証が必要だった。

問題は生体認証だった。

ここでポイントなのが「おじいちゃん」のアカウントということだった。

僕はおじいちゃんと僕のDNA解析をした。

DNA情報を解析してコード化した。

親族であったので、DNAコードの差分はそんなに大きくなく、僕は自分の生体認証をおじいちゃんに誤認識させるプログラム開発した。

僕はこのプログラムを『オレオレプログラム』と名付けた笑


チートアプリの実験はおじいちゃんのアカウント使って行っていた。

もし、運営に見つかってもおじいちゃんのアカウントに制限がかかるだけなので、僕の本アカウントには影響がない。

とはいえ、派手にやってしまうと流石にバレてしまうので相変わらずバレないようにギリギリのチートアプリを開発していた。



今日は新作ゲームの発売日だ。

大人気格闘ゲームの続編。発売を待っていたユーザーは沢山いた。

僕もその一人だ。

もちろんゲーム自体が面白いし、いちプレイヤーとしての楽しみだったが、新作ゲームはチートツールが作りやすいのだ。

ゲームはバランス調整などを含め何度もバージョンアップするのが当たり前がだ、発売当初ゲームはセキュリティの部分でも未完成な部分が多い。

発売3日くらい経つとさまざまなチートツールが現れはじめる。

すぐに対応するアップデートで更新される。そしてまたチートツールが現れる。

またアップデート。

イタチごっこだ。

このイタチごっこがまた楽しかった。

とくにバージョンアップしてもチートツールが使えた時には『運営に勝った』というなんとも言えない優越感に浸れた。


僕は早速おじいちゃんのアカウントでゲームに参加した。

おじいちゃんのアカウントには解析ツールを仕込ませてある。

まずは、ゲームをプレイしてゲームの解析をすることにした。

解析ツールも一応規約違反だが、あまりにも使っている人間が多く捕まることはほとんどなかった。そしてゲームメーカーも解析ツールを使われる事を見越して、解析ツールではみつけれない『裏コード』を仕込ませることも当たり前になっていた。


ゲームは面白かった。

前作からキャラも大幅に増えたが、ゲームバランスも良く、メタスコアも高かった。

「これは大ヒットするな」

僕を含めた、多くのプレイヤーは発売日当日に思っただろう。

予想どおり初日から噂が広がり、ここ何年かでは久々の大ヒット作品になった。


僕はゲームを楽しみながらも、チートツールの開発を始めた。

コードを見てみたが・・・・・

前作のコードの流用が多く感じた「これなら簡単に作れそうな・・・」

いやいや、裏コードも分析しなくてはまだわからない。

とりあえず僕はキャラの当たり判定を99%にするツール作って試してみた。

・・・問題なく起動したが・・・・・

設定が微妙すぎて反映されているかイマイチ実感できなかった。

まあでも、起動できたってことは、この程度のチートツールは使えそうな気がする。

僕はバレない程度のギリギリのチートツールの開発に勤しんだ。


ゲームが発売されて3日。

1回目のバージョンアップが行われた。

僕が作ったチートツールは・・・・

起動した。

まだ見つかってないようだ。

もう少し踏み込んだツールを作ってみよう。


1度目のバージョンアップが終わってから、変な噂が広まった。

このゲームのキャラ『阿修羅侍』がゲームエリアではなく、生活エリアにも出現するという噂だった。

『阿修羅侍』は4本腕に日本刀を持っているの侍キャラだ。

前作では最強ランクの強さで、何もしていない素の状態ですらチート扱いされていたキャラだ。

チート、バランスブレイカーと呼ばれていたキャラだが、新作ではバランス調整によって弱体化され、前作よりは強くはない。

『阿修羅侍』の衣装はショップで購入できる。

ただ、生活エリアでの武器の所持はできないので、アバターに『阿修羅侍』の衣装を装備させても、4本の腕には日本刀ではなく、長ネギが持たされていた。


しかし噂の『阿修羅侍』はネギでもなく、日本刀でもなく、前作でトルフィーを100%にしなくては手に入らない「ビームサーベル」を4本もっているという噂だ。

超レアアイテムなのかもしれないが・・・・・


そしてもう一つ信じられない噂が流れていた。

その『阿修羅侍』は自分の周りを生活エリアからゲームエリアに変換させて、攻撃してくるというのだ。

もちろんこっちも攻撃はできるのだが、勝負に負けるとアカウントが破損してしまうというのだ。

まだ数人の目撃例しか出てないのでガセの可能性も高いが・・・・・



ゲームは発売されて1週間。

2回目のアップデートが更新された。

この時、ゲームは世界的に大流行していた。

沢山のプロゲーマーも参戦して、すぐに世界大会が開催されることになった。


そして・・・・

『阿修羅侍』の噂もどんどん広がっていた。

目撃情報は数十件になり、はっきり映ってはいないが確かにビームサーベルをもった『阿修羅侍』のスクリーンショットも出回った。

破損したアカウントはなかなか復旧しないとの事だった。

そして・・・・襲われたアカウントは・・・・チートツールを使っているチーターばかりが狙われているという事だった・・・


「メーカーのAIだって噂が流れてるよ」


「運営はなにやってんだろう・・・アカウント破壊は流石にやりすぎだろ・・・」


「『阿修羅侍』の弱体化された恨みだったりして笑」


「話題にしてチーター抑制じゃない?」


再びバージョンアップを経ても僕のツールは問題なく起動した・・・・

僕はさらに「攻撃力、守備力3%アップ」の改良版ツールを試してみることにした。

問題なく起動した。

が、僕の腕ではこのツールを使っても、もうなかなか勝てないくらいこのゲームは盛り上がっていた。

『もう少しだけ踏み込んでみるか・・・』

僕は3%から5%にツールの設定を変更した。

劇的に強くはなれなかったが、少し勝率が上がった。

しばらくゲームを楽しんだが特に問題はなかった。


次の日、新しいツールをを試してみようと、おじいちゃんのアカウントでゲームエリアに向かうことにした。


・・・・・・・・・・・・・・


僕の目の前にビームサーベルを持った『阿修羅侍』が立っていた。

空の色がかわりBGMも変わった・・・・

『阿修羅侍』が襲いかかってきた。

やばい・・つよい・・・・

ゲームの中で何人かの『阿修羅侍』とは対戦したが、桁違いに上手い、プロゲーマー並だ。

僕はツールの設定を10%アップにして戦いを挑んだ。

それでも劣勢だ・・・

このままだとアカウントが破壊されてしまう・・・・


僕は奥の手を使うことにした。

前作で強キャラ『阿修羅侍』にどうしても勝てなくて、他のキャラと対戦する時にはものすごく弱体化するかわりに『阿修羅侍』と対戦するときだけ、パラメーターを大幅にアップするツールを作ってみた。

さすがに使えばバレそうだったので、使うことがなかったけど・・・

試すなら今しかない・・・・・


ツールを起動した。

よしっ!!!効いてる!!!

ツールのおかげで一気に戦いは優勢になった。


「・・・もう少し・・・・・・」


前半の劣勢が影響してる、挽回しているがかなり厳しい・・・・

お互い後1発攻撃を食うとKOだろう・・・・・


今までにない緊張感だ・・・・


こっちの攻撃力はだいぶ上がっている・・・

小攻撃でもいい・・・とにかく1発・・・・


相手が隙の多い大攻撃を出してきた・・・・

「今だ!!!」


僕の小攻撃がヒット!『阿修羅侍』は倒れた。

急いで自分の部屋に戻ってログアウトした。


アカウントの破壊は回避できたが、おそらく何かしらのペナルティはあるだろう・・・

しばらくの間のアカウント停止か、しばらくの間ゲームエリアへのアクセス禁止か・・・・

最悪罰金?罰金はまずいなぁ・・・・

しかし、おじいちゃんのアカウントを使っていたので、僕の本アカウントは問題ないだろう。


ふう・・・

手汗がいっぱいだ、喉も渇いたので冷蔵庫に飲み物を取りに向かった。


ガチャガチャ・・・・


ん?誰かが玄関のドアを開けようとしてる。

また隣の親父か?前に酔っ払って間違って開けようとことがあったな・・・

ドアの覗き穴を覗こうとした瞬間。


ガチャ・・・

鍵があけられドアが開いた・・・・・


僕の目の前に、4本のビームサーベルを持った『阿修羅侍』が立っていた。

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