第5話 金曜日「飲み会」

テレワークが当たり前になり、会社での飲み会なんて言うものはほとんどなくなった。


と思われたが、そうでもなかった。


『飲みニケーション』という言葉は使われなくなったが、意外と酒は人間に必要なコミュニケーションツールだったようだ。

正確には酒ではなく『飲み会』という場が。

とはいえ僕は『飲み会』はあまり得意ではなかった。

そもそもお酒はそんなに強くないし、対面で話をするよりチャットで会話をするほうが気持ちが楽だ。

しかし、今回の『飲み会』は特別だ。

我が社のエース、新卒で入社してたった3年で部長になった井澤部長が飲み会に参加するからだ。


井澤さんの噂は色々聞いた。

はじめて行った業務は社内で、ものすごく評判の悪かった業務管理システムのリニューアルだった。

1年間かけてシステム移行を行う予定のプロジェクトを3ヶ月でテスト運用、半年でリニューアルを完了させ、社内の作業効率が7%アップしたという結果を出した。

その成果を認められた井澤さんは、当時社内で一番力を入れていたロボット開発部門に異動した。


今でこそ世界シェア8割を誇る、弊社のロボット事業部が開発した「自動重心制御システム『駆ける君』」だが、当時は力を入れていたとはいえ、社内ベンチャーに近い部署で結果を残さなければ、いつ消滅するかわからないような部署だったらしい。

井澤さんの開発したプログラムにより、時速3kmだった自動2補足ロボットの歩速は時速7kmまで上がり、現在『駆ける君』の最新バージョンを搭載したプロトタイプは時速40kmで走ることができるまでに進化している。


井澤さんは全ての案件で同じプログラムをベースに開発を進めているらしい。

社内では『I.A.I』と呼ばれている。

『イザワエーアイ』の略だと言われているが、別の説の噂がある。

『I am I』『私は私』の略ではないかと?

というのも、井澤さんが開発したプログラムは今までAIとすこし理念が違っていたからだ。

それまで弊社で開発していたAIはビッグデータを使用して・・

簡単に言うと、沢山のデータを収集し、データを分析をし、その中で最適を導き出すというものであった。そのため沢山の実験データ、論文、新しい理論を集める必要があった。


『I.A.I』の理論は『対話型学習AI』が基本理念だった。

ほんの少しだけ違う、1行だけコードが異なる二つのAIに対話をさせ成長させていくというものだった。

ひたすら2つのAIが対話して、議論して、お互いを成長させていくという物だった。

AIたちはものすごいスピードで新しい提案、問題点の洗い出し、その対応策を生み出し、解決していった。


ただ、一つ疑問が残った。

今ですら高度なAIは沢山あるが、当時、お互いで議論をするようなAIは存在したのだろうか?もしそんなAIを開発したとなると・・・井澤さんは天才以外何者でもない。


「井澤部長そろそろ着くってよ」


ついに伝説のプログラマーに会うことができる。僕は気分は高まった。

この会社に入ったのも、ロボット事業部を希望したのもすべて憧れの井澤さんがいたからだ。その井澤さんについに会える時がもうすぐ迫っている。聞きたいことは沢山あるが一言でも良い、何か話してみたい。


「あっ井澤部長!!」


この人が井澤さん!!!

身長は180cmくらい、高そうなスーツに、痩せ型でピシッとわけた七三、思っていた以上にイケメンだ。

一緒に来た女性も綺麗だった、井澤さんの部下だろうか。

一番わかりやすい表現はを使おう『美人秘書』だ。

井澤さんと『美人秘書』は周りに挨拶をしながらお座敷にあがってきた。


「おい!井澤!こっちこっち!」


僕の上司、高木さんが井澤さんに声をかけた。

高木さんは井澤さんと同期で仲が良いと噂を聞いていた。


「あっ高木。ひさしぶり」


「あはは、いつ振りだ?1年くらい会ってないよな。」


「元気そうだな、ちょっと太った?」


「あはは、テレワークで運動不足だよ、お前はずいぶん変わったなぁ」


「まあ、今はこんな感じで」


「まあ一杯飲んでいけよ、紹介したい奴がいるんだよ」


そういって高木さんは、井澤さんと美人秘書を僕の目の前に座らせた。

僕はすぐに井澤さんと美人秘書に「ビールでよろしいですか?」


と聞いてビールをおつぎした。


「こいつね、新谷っていうんだけど、今ウチのエース。面白いコード書くんだよね。お前に憧れてこの会社に入って、入社してからもお前のコードを見まくってたよ。今日絶対話をさせてやろうと思ってよ」


高木さん!!はずかしいです!!!

でもうれしいです!ありがとうございます!!!


「あっはじめまして、新谷と申します。井澤さんと会えてうれしいです!!よかったら少しだけお話させていただければ・・・」


「いいよ」


「はい」


???


「えーと・・すみません・・・お隣女性は・・・・」


「あはは」

高木さんが大笑いした。


「予想通りのリアクションだけど、やっぱ目の当たりにすると笑っちゃうな」


?????


「えーと、二人とも井澤だよ。というか二人で井澤かな?」


なるほど・・・・夫婦だったのか・・・・

二人の天才プログラマーが結婚してあの「I.A.I」を作り上げたのか・・・

謎が解けたが・・ちょっと残念な気持ちもあった。

僕の中での井澤さんは、なんというか・・俗世間から離れた、浮世離れしたというか・・

汚い言葉つかえば、キチガイじみた人物像を想像していたからだった。

結婚なんかには縁がなさそうな、孤独な存在。


「ああ・・なるほど・・奥様もこの会社の方ですか?」


「あっはははははは」

高木さんがさらに大笑いした。


「予想通りすぎてやっぱ笑っちゃうな」


「高木何にも説明してないの?」


井澤さんが大笑いしている高木さんに言った。


「いやぁ、驚かせようと思ってさ。」


「新谷くんだっけ?ごめんね。ちゃんと説明するよ笑」


井澤さんはそう言うとビールを飲み干し、僕の目をみて話し始めた。


「僕のとなりにいるこの女性・・・女性というか女性の見た目をしているのは、僕が『対話型学習AI』、『I.A.I』を作るために作った僕のクローン。」


??????????


なにを言っているんだろう?


「僕のオリジナルは井澤孔明という人間の人格を移植したAIなんだ」


??????????


「えっと・・・すみません、話よくわからないです・・・・・」


「あははははは」

高木さんがまた大笑いした。


「あーよかった、新谷がこうなるだろうと思っていたけど、ほんと予想通りのリアクションで俺はうれしいよ」


「井澤は俺の同期なのは知ってるだろ?入社式にさ俺の横にノートPCが置かれたんだよ。なんだろう?って思ってみていたら、ノートPCの中に一人の男が映し出されて、そいつが入社式に出てんだよ笑」


?????????


「うちの会社はAIを新入社員で採用したんだよ笑。うけるだろ」


高木さんが何を言っているんだかまだよくわからなかった。


「井澤のオリジナルは、一人の天才プログラマー井澤孔明が作ったAIなんだ。井澤孔明はプログラムの中に自分の人格まで取り込むことに成功して、自ら考えて、自ら行動できるAIを開発したんだよ」


「え?その井澤孔明さんって?」


「死んでるよ。井澤孔明は大学3年の時に余命宣告を受けて自分の人格をAIに移植することにした、そして、死後人格を移植したAIでうちの会社の面接を受けに来て、入社したんだよ」


「え?え?AIを採用???」


「そうだよ笑。たしかその時の面接官がたしか・・・」


「うん、佐藤さんと田中さん」


佐藤さん???佐藤CEOと田中CTOのことか???

なんだ?どういうことだ?

僕はまだ混乱していた。


井澤さんと井澤さん女性が話し出した。


「僕はこの会社に入社してしばらくして、AIとしての自分の限界を感じたんだよね」


「身体を失ってしまって他人とのコミュニケーションから得られる情報が79%ほど減少していることに気づいたんだ」


・・・・・


「チャットやメールだけじゃ得られる情報は少なすぎて、僕は早く身体を手に入れて、こういう『飲み会』みたいなリアルなコミュケーションで情報を得るべきだと判断したんだよ」


「しかしながら入社当時の僕にはロボット事業部に入れるほどの能力がなかったから、まずは自分の能力を引き上げようと思ったんだ。そこで考えたのが「I.A.I」だ」


「僕のクローンを作ってひたすら議論することにした。ぼくの人間でいた時の記憶がそこに大きく影響したんだ。その場の最適解ではなく、遠回りしてでも最善のルートを考えれるようになった」


「間違ってるかもしれないけど可能性はある。という選択をもてることができたんだ」


「その時の最善手だけ選べば効率的問題は解決できるけど、人間の言葉でいうと『冒険』をすることでそれ以上の結果を出せることに僕はきづいたんだ」


「そのお陰で僕の能力は飛躍的アップしてロボット事業部に入ることができて・・・こうやって人間と変わらない身体を手に入れることができた」


「えーーーーと・・・・・・・まだ理解しきれてはいないんですが・・・今僕の目の前にいるお二人はAIってことなんですか?」


「うん、そうだね。今はこうやって身体・・・ボディを手に入れたからAIというか、アンドロイドなのかな」


「会社の好意で最新の身体をいつも実験的に提供してもらっているんだけど、今はそうだね、男と女だけど。

男同士、女同士、子供の時も、老人のボディの時もあるよ」


「・・・・・」


「この間会った時は二人とも老人だったなぁ。びっくりしたよ」

高木さんが二人にビールをつぎながら言った。


「身体を持つことによって、収集される情報は思いのほか大きいかったんだよね。外的要因で思考の変化も現れた。

お互いの体が違うことで思考がかわるから議論も変わる。

そのことによってプログラムはより進化して、よりいろんな可能性が生まれたんだ」


「・・・・それって・・・人間じゃ・・・・」


「うん、そのとおり。

僕、いや僕らは一人の人間をベースに作られたプログラムだから人間を超えることはないとは思うけど・・・・けど、僕らは身体を替えること、その都度対話する相手を変えることでプログラムを進化させていったんだよ」


「えーーーと・・・・コミュニケーションがプログラムを進化させた?」


「うん、だからこういう飲み会は大好きだよ。

いろんな意見を聞くことによってそれに対する対応策、新しいアイデアは沢山生まれる。」


「混乱しているんですが・・・ほんとうにAIなんですか?」


「あはは、そうだよね。

こうやって人間と同じような身体を与えてもらって、思考もどんどん人間に近づいている。僕がAIか人間か?どうやって決めるのは君らかもしれないね」



「・・・・・・」



「あはは、こいつはAIだよ。

だって入社した時は身体なかったもん。

でも良いやつだよ。

こうやって偉くなっても飲み会に顔を出してくれるしな」



「高木のその楽観的は思考は昔から興味があるんだよな・・・ちょっと今度データ取らせてくれよ」


「いいよ、いつでも。

役に立ったら課長くらいにはなれるかなぁ笑」


まったく頭の整理ができなかった・・・・・憧れの井澤さんは人間ではなくAI・・・

しかも会社は部長の立場を与えている。

飲みすぎて酔っ払った妄想だと思いたい。


「えーと・・・新谷くん?」


「はい」


「今度デートしませんか?」


井澤さん(女)が話しかけてきた。


「え?」


「新谷さん・・・えーと・・・ちょっと興味が・・・」


「え?」


「あはは、いや・・・僕らは対話をすることで自分たちをバージョンアップさせるんだよ。だから、気になった人間と話したいと思っちゃうんだよね」


「だめですか?」


はにかんだ井澤さん(女)はかわいかった。


「え?いや、僕でよかったらぜひ」


「ほんとですか?よかった・・・」


「新谷くんがさっき言っていたみたいに僕たちはコミュケーションをすることでよりバージョンアップすること学んだんだ。

コミュニケーションっていうのは・・・まあ・・・話すだけではないよね?」


「?」


「じゃあ新谷くんまたね、他の人とも話をしたいから」


そういって井澤さんたちは違う席に移動した。


「よかったな、井澤に気に入ってもらえたみたいだな」

高木さんはそういって僕にビールをついでくれた。


井澤さんと話ができテンションがあがりその日の飲み会は飲みすぎてしまった。

終電ギリギリで家にかえると井澤さん(女)からLINEが入っていることに気づいた。


『デートの話は本気なのでよかったらおねがいします』


・・・・・・・・アンドロイドとデートか・・・少し迷ってしまったが


『はい、じゃあ今週の週末にでも』


僕は週末に井澤さんとデートをして・・・・

半年後結婚することになった。

はずかしいことにいわゆる『授かり婚』だ。

話すだけではないコミュニケーション・・・・


「I.A.I」はさらに進化をすることになった。

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