昼下がりのカフェで1
四季の中で秋に分類される十月中旬。暑さは残るものの肌を晒すには寒さをおぼえるこの季節。俺、大廻
日常の喧騒が遥か遠くにあるような静けさ、窓の外に目をやれば和を意識した映える庭園。流れる時は等しく平等のはずなのに、この場に身を置くと穏やかに感じられるのは何故だろうか。
きっと繰り返される日常と非日常に心労してしまったからだと思う。逆に言えば心労しているからこそ、このひと時が癒しになっていると。
その為、時間をみつけてはここを訪れていた。心の余裕の偉大さが身に染みて実感できた数か月だった。
「おや、今日は執筆活動していないんですね」
「あ、はい。おかげさまで無事書き上げることが出来ました」
話しかけてきたのはこの店のマスター。
「それはなにより……はい、カフェオレと〝フォレスト〟特製、和栗のモンブランです」
「ありがとうございます」
目の前に注文した品が置かれる。高校生が昼下がりのカフェで何を気取ってと思われるかもしれないが、美味しいのだから仕方がない。ちなみに〝フォレスト〟とはこの店の名前だ。
「それで、今日は彼女さんとデートですか?」
「いえ違います。この人とは初対面です」
テーブルを挟んで差し向かいに座るベレー帽を深く被る女性に俺は目をやった。マスターはその女性の元に俺と同じ商品を並べる。
「それはそれは、早とちりをして申し訳ありません……では」
木製漆塗りの丸盆を脇に抱え、マスターはカウンターへと戻っていった。
「……あの、矛盾しているかもしれませんが、あなたとは初対面ですよね? どこかで会ったことは……」
「え、あの、私の記憶が確かなら初対面……のはずです」
俺は再び女性に視線を注ぎ面識の有無を問う。返された言葉は自信のない否定、女性の瞳には困惑の色が浮かび上がる。
「ですよね。いきなり変なことを訊いてすみません」
謝りを入れると女性は「いえ」と首を横に振った。
「えーと……あなたを何て呼べばいいですかね?」
「そう、ですね。ネット上と同じ〝ちゃんむぎ〟でお願いします。私は
「ええ、それで構いませんよ、ちゃんむぎさん」
提案通り早速そう呼ぶと、ちゃんむぎさんから笑みで返された。その純粋さが眩しく、照れを隠すように俺はティーカップを口に運ぶ。甘さが口内に広がり喉を通して体内を温めた。
枯れ草色の水面に落とした視線をスッとちゃんむぎさんに向ける。
ティーカップを口元に近づけ、入念に息を吹きかけている。
「必死に冷ましているところ悪いんですが、一つ聞いてもいいですか?」
「あ、はい。なんなりと」
ちゃんむぎさんはすぼめた口を緩め、目を細める。
「どうしてその……俺なんかが書いた駄作を称賛してくれたんですか?」
俺は二週間前に初めて書き上げた小説をネットの投稿サイトにアップした。その結果はほとんどの人の目に留まってもらえず、あまつさえ読了してもらったとしても酷評と、悲惨なものだった。予想はしていたが、正直辛かった。
だが、目の前にいる彼女だけが、ちゃんむぎさんだけが褒め称えてくれた。それはもう熱烈なほどに。
だからこそ俺は聞かずにはいられなかった。
そっと鉄製のソーサーにティーカップを置いたちゃんむぎさん。瞳は俺を捉えたままだ。
「自分の作品を自分で否定するのは良くないですよ。ましてやその作品を愛している人の前では絶対に、です」
私、天の邪鬼なんです……そう主張されるのかと待ち構えていたが、捻くれているのは俺の方だったみたいだ。初対面という関係のせいで信頼を欠いていた。
「他の人がいくら非難しようと私は悠さんの小説を称賛します。だってあんなにも素敵な物語だったんですから。
その迷いない言葉を受け入れられない自分がいる。その無垢な眼差しを受け止められない自分がいる。だから俺はそれっぽくはぐらかす。
「ありがとうございます……いや、なんか照れますね」
頬を指でかく俺にちゃんむぎさんは糸のように目を細めて微笑む。
「それじゃあの、小説の話でもしますか?」
「はい!」
待ってましたと言わんばかりに、手を合わせ目を
「―――――」
そしてどちらからともなく話し出す。もちろん彼女には俺の綴った小説が〝事実を元にしたフィクション〟であることは一切伏せて。
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