第45話 訪問

「あそこがゼニーヌの部屋です」


 ラーズの案内でたどり着いた部屋は城の端にある、誰も寄り付かないような場所にあった。通路にはゼニーヌの部屋の他に二つほどドアがあるが、そのどちらも物置として使われているらしい。


「王女の護衛を務める程の者が住むには、些か冷遇されているように見えるのですが?」

「彼女は優れた魔術師でもありますから。研究の為に周囲を気にしなくていい環境を求めています」

「なるほど」


 魔女が活動するにはもってこいの場所だ。ただフローナも似たような理由で個室を持ちたがるので、これだけで彼女を魔女と断定するのは早計だ。


「それでは行きます」

「待ってください。ここは自分が」

「……分かりました。お願いします」


 ラーズの提案を了承したのは、彼の騎士としての面子を重んじたからか、それとも単に背中を預けたくなかっただけなのか。自分でもよく分からなかった。


 悪魔は不破と猜疑を呼び込む。入念に仕掛けられた罠に足元からゆっくり沈んでいるかのような、なんとも言えない嫌な気分になった。


 コン、コン、コンと部屋のドアがノックされる。


「ゼニーヌいるかい?」

「ラーズさん? は、はい。今開けます」


 部屋の中でガタゴトと音が聞こえてくる。それから少しの時間をおいてドアが開かれた。シャワーを浴びていたのか、ゼニーヌはバスローブ姿で、その顔には普段かけている丸眼鏡がなく、髪も濡れていた。


「どうしたんですか? こんな時間に」

「あ、いや、その……」


 ラーズの視線が宙を彷徨う。しかしそれも無理のないことだろう。白いローブを大きく盛り上げる胸部。ほんのりと赤らんだ頬に張り付く艶やかな髪。ゼニーヌの姿は女の私から見ても、あまりに扇情的だった。


「ラーズさん?」

「あっ……ゴホン。すまない。えっと、フローナとピピナに用事があって。今会えるかな?」

「二人なら少し前に部屋に戻りましたよ?」

「なんだって? いや、それはおかしい。来る前に二人の部屋に寄ってみたんだけど、いなかったよ?」

「そ、そう言われましても。リーナ様のところではないんですか?」

「いえ、違います」


 私が声を掛けると、ゼニーヌは今気付いたと言わんばかりに肩を上下させた。


「リ、リーナ様、いらっしゃたんですね」

「はい。突然の訪問で恐縮ですが、中に入れてもらえますか?」

「い、いえ。それはちょっと……」


 ドアの隙間を小さくして、部屋の中をみせまいとするゼニーヌ。


「ラーズ」

「はい」


 私とラーズはそんなゼニーヌを押しのけて、部屋の中へと突入した。

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