第42話 興味の方向性

「それで、結局ターゲットは誰だったんだ? 俺か? それともこの二人のどちらかなのか?」

「…………」


 暗殺者の唇は引き結ばれたまま、一向に開く気配がない。ただ冷たいナイフのような瞳でこちらを睨むだけだ。


 ラーミアとサーシャに敗北したダークエルフは現在、天井から伸びる鎖に引っ張られて両腕を天へと伸ばしていた。衣服は全て剥ぎ取られ、生まれたままの姿を晒しているが、これは別に俺がやったわけではない。


「ご主人様、尋問を続けてもよろしいでありますか?」

「尋問?」


 俺はダークエルフの太腿に突き刺さった短剣に視線を向けた。褐色の肌を伝う血がメイドの言葉に抗議するかのように床を叩いている。


「拷問の間違いだろ」

「この暗殺者はローズマリー様を襲いました。慈悲を掛けるには値しないであります」


 ラーミアの瞳に宿るのは私怨なのか、使命感なのか、どちらにせよ俺が止めなければ暗殺者は見るも無残な結末を迎えるだろう。


「駄目だ。お前は下がっていろ」

「……了解であります」


 こちらの視線から表情を隠すかのように頭を下げると、メイドは大人しく引き下がった。


 これでラーミアにせっかくの機会を台無しにされることはない。そう、正直なところ、不特定多数に狙われることに慣れている俺にとってこのダークエルフのターゲットが誰だとか、命令した人物の正体だとか、そんなことはどうでも良いのだ。


 俺は先日ラーミアに買わせた本の一つを手に取った。


「え? どうしてこのタイミングで嫌らしい本を読み始めるんですの?」


 拷問には関わりたくないとばかりに一人窓辺で腕を組んでいたサーシャが目を瞬く。俺はそれには構わずに本を捲った。


 やはり似ている。鎖に縛られた暗殺者。本にあるシチュエーションにそっくりだ。ならば是非とも言わせてみたい。この手の話に必ず出てくるお決まりの一言、「くっ、ころ」を。


 男女の性行為に関する様々な本を読んだが、これ系のシチュエーションにはお約束と言ってもいいくらいに出てくる言葉。だがその良さがまるで理解できない。


 性行為については脳の快楽物質を操ることである程度推測できるし、真似できている。だが「くっ、ころ」とは一体? 何故人間は「くっ、ころ」に拘るのか、「くっ、ころ」の何が良いのか。知りたい。こいつが襲ってきた理由なんかよりもずっと興味がある。


 俺は本の中の悪役ムーブを真似て、裸の女の顎をクイッとした。

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